6.05 腹黒副会長は暴力副会長と対立
「――あのくたばり損ないじいさんたちが!」
「お嬢様、そんなにお怒りにならずとも。どうか落ち着いてください」
珍しく感情を露わにした九条に、執事が横で落ち着かせようとするけど、怒りに燃える九条には効き目がなかった。
「コボルド族が亀山城迷宮に戻ると言って、洛東にいたすべてのモンスター族が立ち去ったわ」
「良いことではありませんか」
「洛北の山間部や高島平野にいる多くのモンスター族も消えたわ」
「おお、これで九条家のひが――」
「全部が亀山城迷宮に行ったのよ!」
九条日奈乃にとって、亀山城迷宮の復活は痛手となった。
洛東と洛北の山間部からモンスター族が減少したことで、アニマルとプラントが跳梁跋扈して、せっかく安定してきた山城地域の秩序が再び乱れるようになった。
事態を引き起こした中島が降格して、東海道地方遠江地域にある支部へ転属させられた。代わりに近江地域大津支部へ赴任してきた支部長は、東海道地方探索協会の鎌本副会長の息がかかっていることを九条は知っている。
亀岡臨時支部の陥落に亀岡盆地に駐屯する自衛軍の全滅。それに山城地域に所属する冒険者が多数の死傷者を出したことに対して、政府の内部から、山城地域探索協会に責任を問う声が日に日に大きくなってきた。
「あんなに鮮やかな手を使うとは予想もできないわね」
生き残った冒険者を調べた結果、大阪魔宮が今回の件に関わっていることがわかった。
亀岡臨時支部にいた冒険者の中に摂津地域に所属する、とあるDランクパーティが大阪魔宮で生まれ育った冒険者であることが明らかになった。
しかも彼らはそのことを隠そうとせず、大阪魔宮に殉ずることを口にし、殺されることも恐れない態度を示したのだ。
一応は拘束して除名させたものの、彼らの対応は政府と協議していくことが暫定されてる。
「ついてないわね……」
「お嬢様……」
老いた執事が取り替えたお茶を飲み、九条は心を落ち着かせるようと小さく吐息する。
「モンスターが使った武器は大阪魔宮が流したことは明白よ。
でもね、それならなぜ亀岡臨時支部の警戒度を下げたと、東海道地方の探索協会が横やりを入れてきたのよ」
「そんな――でもそれはお嬢様のせいではありません」
「鎌本のやつよ。あいつはね、これを機にこちらへ勢力を伸ばそうと策を用いてるはずよ。
手始めにモンスターが少なくなった高島平野へ、討伐クエストを出そうとしてるの」
「それではそこに住んでいるサバギン族が討伐されるじゃありませんか」
執事が出す大声に九条は寂しそうに笑う。
「太郎にサバギン族が避難するようにお願いしたのよ。
サバギン族は土地に愛着があるから、立ち去るかどうかはわからないけれど、このことで畿内のサバギン族と関係が悪化しないといいわね」
「総理はなにを考えているんですか! お嬢様がこんなに困っているのに手を差し伸べないなんて」
「ネオジパン党のじいさんたちに抑えられているのでしょうね。
あの人も良くやってくれてるなんだけど、旧時代の力が今でも衰えないからどうしょうもないのね」
「お嬢様……」
「いいわ、愚痴ばかりこぼしても仕方がない。呼び出されているから行ってくるわね。
遅くなりそうなのでご飯はいらないわ」
「……かしこまりました」
敬愛するお嬢さんが立ち上がり、夜風で風邪を引かないように、厚めの防寒着を渡すことが今の執事にできることだ。
深夜に帰ってきたら好みのお茶を入れようと、年老いた執事は心の中でそう考えた。
「お久しぶりです。前原おじさま」
「元気……じゃないみたいだな」
山城地域の南にあるホテルの一室で九条はネオジパン党の幹部たちと会談に臨んだ。
「山城はとんでもない事態になったな、日奈乃くん」
「……ええ、申し訳ございません。前原おじさま」
「お前のせいじゃない……といいたいところだが、そうもいかない。
自衛軍が全滅しているからマスコミどもがうるさくてな、白川小峰城迷宮以来の大敗だと騒いでる」
「申し訳ございません」
九条は前原を警戒していた。
子供の頃は物静かな人だと思っていたが、白川小峰城迷宮で失策したネオジパン党の中で急ー速に勢力を伸ばした。
それからというものはネオジパン党が強硬な政策を国会で打ち立てて、探索協会にもそれとわかるような圧力をかけてきた。
そのために入室したとき、前原を見かけると九条は脈拍が早くなってしまったくらい緊張感が高まっている。
「総理から畿内を託されているそうだが、今回の失態でしばらくは大人しくしてくれんか」
「どういうことですか?」
「今まで日奈乃くんはよくやってくれた。
だが亀岡を失ったことで国民が怒ってるから、君にはしばらくの休暇を与えようと思ってな」
「前原おじさま。失礼ですが探索協会は独立した組織で、政府からの勧告を受け入れますわ。
でもどの機関であれ、協会の独立性は法律で保障されていますので、ネオジパン党であっても介入することは許されません」
「うむ、日奈乃くんの言う通りだ。しかしことがことだけにわたしらも老骨にムチ打って動かざるを得ない」
「なにを——」
「そこでだ、君には当分の間に武蔵地域で探索協会の仕事をしてもらおうと思って、説得するためにわざわざ山城まで来たのだよ」
「……」
なにかがおかしいと九条は警戒するように身を引き締める。
昔ならニコニコと笑いかけてくる瀬田が無表情のまま、事態の推移をただ見ているだけで口をはさまない。
瀬田だけじゃない。
九条を可愛がってくれたじいさんたちが揃って同じような表情でなにも言わない。九条に悪意を持つ者だけが卑しい笑みを顔に浮かばせている。
甘かったかと九条は自分の身になにかが起きることを直感で悟った。
今日のラッキーアイテムが魔法人形と出たので、太郎に借りてくるべきだったと、今さら九条はそのことを思い出した。
式神を呼び出そうとするときに 後方から嫌な声音が聞こえてくる。
「——おっと、動かないでもらおうか。
副会長同士の戦闘は周りを巻き込んでしまうんでな、できるだけ手は出したくない」
「鎌本くん……」
「お互いに副会長職だ、ここは敬意を払うってやつで鎌本さんと呼んでもらいましょうか。九条さんよ」
「やっぱりあなたがいたのね、鎌本くん」
別室から現れたのは九条が大嫌いな男。
権力欲を隠そうとせず、負けたことに根を持ち続け、実力は勇者以外で一番強いために、若いときから手が付けられない暴れ者だ。
「さてと……」
座り心地のいいソファーへどっしりと腰かけてから、鎌本は九条に話しかける。
「オレがここにいるのはあんたの尻拭いだ。
感謝されないとしても、そんな恨むような目で睨まれる覚えはないぜ」
「よく言うわ。裏でこそこそと動き回るくせが若いときから変わらないのね。
亀岡臨時支部の襲撃にあんたも一枚噛んでたじゃないの?」
「言いがかりはやめてもらおうか、オレはただなんもしてなかっただけだ」
「――あなたまさか!」
激怒で立ち上がろうとする九条へ、鎌本は面倒そうに右手を上げて動きを封じる。
「九条さんが昔によく教えてくれたじゃねえか、論よりも証拠ってな。
たとえ知ってたとしても、この件にオレはなんもしちゃいねえ」
「冒険者が何人死んだと思ってんのよ!」
「九条がオレの言うことを聞いてくれねえから、オレも教えようがないだけだ。
ハッキリ言ってあんたから怒られる覚えはねえなあ」
「あんたってやつはあー」
震える九条を面白うそうに眺める鎌本は左手を数度振って、この話題が終わったことを言外で示した。
「んなこったよりどう責任を取るつもり? 畿内地方本部の副会長さんよ。
ここはお前の管轄で、オレはじいさんたちに頼まれて手伝いに来ただけだ。策がねえなら好きにやらせてもらうぜ」
「ここはわたくしが面倒を見ているところよ、手は出させないわ」
「結構なこったあ。だが近江はオレが管轄する東山道地方だから 、この前みたいに口は出すなよ?」
「――くっ」
顔を歪ませるほどの悔しさをみせる九条に、鎌本は今にも笑い出しそうな表情を左手で口元を抑える。
「オレはじいさんたちに賛成するぜ。
このままあんたをここに置いたら、マスコミと政府が協会にごちゃごちゃと言ってくる。
まったくうるさくてかなわねえ、こっちの身にもなってほしいもんだぜ」
「それがなあに? 自分の責任くらいは取りますわよ」
「まあ、話は最後まで聞けって……
——九条、オレ様がお前を守ってやるからよ、武蔵地域の協会へ行って便所の掃除でもしてくれねえかな」
「寝言は寝てから言いなさい!
山城のことはわたくしが自分でなんとかするわ」
「言っとくけど、お前が敬うお方はなんもしちゃくれねえぜ?」
「——死にたいなら初めからそう言いなさい」
あえて九条を刺激するような発言する鎌本のやり方に我慢し続けてきた九条なのだが、やんごとなき御方に関わる話だけは耐えられなかった。
「――日奈乃くん、ここにわたしらがいるから戦うのはやめなさい」
二人が激突する寸前に、前原からの声でどうにか怒気を引っ込めた九条は、両手を頭の後ろで組んでいる余裕をみせる鎌本へ射殺すばかりの視線で睨みつける。
「鎌本くんも謝りなさい。
言ってはならんことが世の中にあるのだよ」
「へいへい……すんませんでしたな、九条のお嬢様よ」
「……」
鎌本のおちょくってくるような口調に、少しだけ収まった怒りがまた倍増しそうな九条は、両手の拳を血がにじみ出しそうなくらいに握りしめる。
九条は鎌本とケンカしたかった。
だけどネオジパン党の幹部がここにいる今、彼らを巻き込むわけにはいかない。
現職の国会議員になにかあれば、九条家に大きなダメージを与えてしまう。
彼女はやんごとなき御方のために京の都を守っていかねばならないし、彼女を信用してついてくる山城地域に所属する職員と冒険者がたくさんいる。
亀岡盆地を失った負い目で彼女は耐え続けるしかない。
もちろん、鎌本にもそのことがわかっていた。だから彼は追い打ちをかけて、九条の精神を乱そうと次の話に移る。
「まあ、ここから離れてもらうのは決定だから従ってくれよ」
「嫌よ」
「お前が出て行かないと次の手が打てねえじゃねえか」
「なんの話?」
「お前ら畿内地方の協会が遊ばせている勇者どもを動かそうと思ってな」
「勇者は国の保障で同意がないときは、政府機関とギルドに協力しないと約束されているはずよ」
「んなのはオレが知ったこっちゃねえ」
「なんですってえ」
「戦力があるなら潰れるまで使わせてもらう。
それでオレ様の名声が上がるなら、勇者もやり甲斐を感じるもんだろうよ」
「鎌本おー」
椅子から腰を浮かせた九条を見て、鎌本は拍手しながら品のない大笑いを室内に響かせる。
その目から漏れている怪しい光に九、条は気付く余裕を失わせている。
「そうカッカすんなよ、九条。
運よく行けばラビリンスグループも国、いや、ネオジパン党が接収するからよ、分け前くらいくれてやるぜ。
——だからお前は黙ってみていろよ」
「外道が! おじさまたちに害を及ぼさないようにあんたを拘束させてもら――」
「――あらよっと」
『睡眠』
九条が立ち上がって式神を呼ぼうとしたときに、鎌本はなにかの粉を振りまき、その後ろにいるギルドの職員服を着た女性が異世界語で魔法をかけてきた。
この瞬間に九条は自分が鎌本に誘導されたことを思い知った。
精神をかき乱すために鎌本はわざと彼女が怒りそうなことを口に並べて、精神の防御が弱まったところで奇襲をかけてきた。
「か、かまも……あん……た……」
「心配すんなって、今はお前に手を出さねえ」
「は……はあ?」
「ムスビのやつとお前をベッドに侍らせて、きっちりヤってやるから楽しみにしてろ」
「……な……なに言っ……」
「いい子で寝ちまいな。
起きたらオレの言うことをよーく聞くお人形さんにしてやっからな」
「……」
深い眠りにつく前に、九条は女性職員へ閉じかけの目を向けた。
黄金色の髪はどこかで見たことがあると彼女は気付き、虚ろ目の顔はアリシアたちエルフのような美しさをたたえていた。
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