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勇者家族のへっぽこ長男  作者: 蛸山烏賊ノ介
最終章 世界最強は勇者家族のへっぽこ長男
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6.04 亀岡臨時支部の戦い 後始末

 九条さんが率いる救助隊と合流したのは、ほぼ崩壊した老ノ坂観察所。


 俺を見つけるなり、きつく抱きしめてくるハヤトさんが辺りに激しい戦闘の跡が残っていて、救助の緊急クエストを受けた冒険者に多くの死傷者が出たと話してくれた。


 洛西ギルドへの帰還を目指して、攻撃を受けて半壊した装甲魔動車に乗り込んだ。



 冬子さんの膝枕に頭を乗せ、彼女の優しい手付きで髪を撫でてもらってるうちに熟睡してしまった。


 かーちゃんたちは九条さんたちギルドの幹部と、山城地域探索協会が所有する司令用大型重装甲魔動車の中で話し合いを行ってた。



 目を覚ましたのは洛西ギルドに着いて、アリシアさんが到着の知らせを耳元で囁いてくれたときだった。


 駐車場にいる多くの家族や関係者が歓喜と悲嘆の再会を果たした。


 喜びのあまりに膝が崩れた女性、悲しみで失神してしまった老女。桑原さんは無言で俺の肩を叩いてから、多くの人とギルドの倉庫へなきがらを出すためにこの場を立ち去った。


 次はなにをすればいいかがわからず、途方にくれる俺へ慣れ親しんだ声が後ろからかけてくる。



「本当はすぐに連れて帰りたいけど、ヒナがあんたに聞きたいことがあるからこっちにいなさい。

 それが済んだら一度帰って来なさいよ」

「おばちゃん……」


「それと舞に連絡して。すっごく心配してるから」


「……はい」


「タローちゃーん、一緒に帰るのよー」

「そうだぞ。もう危険な目はとうちゃんが合わさんぞ」


「はいはい。あんたら帰るよ」


 両親の首をガッチリと掴む怪力持ちのムスビおばちゃん。


「タローちゃーん――」

「息子よ――」


 ムスビおばちゃんに引きずられて、かーちゃんとオヤジが九条さんの手配した、スピードが出る偵察型装甲魔動車で池田村へ帰って行く。



 すぐにでもマイに連絡を入れたかったが、九条さんの見つめてくる両目に気圧されて、トボトボと重たい足取りで彼女の後について行くしかない。


 今回のことで知ってることを彼女に洗いざらい吐いておけば、早めに解放されるのだろう。




「――以上が知っていることの全部です」


「そう……太郎ちゃん、お疲れさまでした」


 襲撃されているときも連絡し合っていたので、九条さんに伝える情報は主にラビリンスマスターが現れてからのことが多い。


 いつもと違い、余裕をみせない彼女は顔をしかめて、息を吐いてはこめかみに拳を当てる仕草を何度も見せていた。



「お願いがあるの」


「はい、なんでしょうか」


「太郎ちゃんのスマホをしばらく貸してほしいの」

「嫌です」


 お宝動画とか、お宝画像とかが入ってるスマホを貸せと言われて、はいそうですかと渡すやつはいないと思う。



「太郎ちゃん。今回は日常に起きるモンスターからの襲撃を超えて、ハッキリ言って戦争だとギルドも政府もそう思ってるの」


「そうかもしれませんね。

 でもそれが俺のスマホとなんの関係があるのです?」


「今は集められた情報の整理をまとめているところだから、なんとも言えないんだけど、不審に思えることが太郎ちゃんの話で聞けたの。そのことをこっちで調べたいのよ」


「なんでしょうか?」


「なぜ太郎ちゃんはギルドにいるって、ラビリンスマスターが知ってるということよ」

「——あ」


 九条さんに言われるまで俺も気が付かなかった。


 そう言えばエルフの少女はギルドに現れて、すぐに俺の名前を呼んできた。あれは俺がその場にいることをわかってるからこそできた話だ。



「松尾君から聞いたわ。

 太郎ちゃんはスマホを冒険者たちに貸したですって」


「はい。みんなが最後だと思っていたので、家族や友人に連絡入れたいと言ってました。

 使えるスマホを俺が持ってたから、それで貸しました」


「太郎ちゃんはいい子よ。

 今回は戻ってから亡くなった冒険者もいたの。

 もし亡くなられる前に家族とお話ができたのなら、少しは心の慰めになれたことでしょう」


「そうだといいですけど」


「わたくしは太郎ちゃんほどいい子ではありません」

「そうです——」


 いつもの九条さんならここで冗談を飛ばしてくるのに、今日の彼女は真剣さがずっと続いている。



「太郎ちゃんのスマホを使って、襲撃したモンスター側と連絡を取っていると疑ってます」


「まさかそんなこと……

 そこに居たのは()()()()ですよ?」


「ええ。人間だからと言って、ラビリンス側につかないとは決まってないでしょう?」

「それは……」


 絶句する俺に九条さんは執務室の窓から外の空を見る。



「亀岡盆地は亀山城迷宮に()()わ。

 あれだけの()()を持っているのなら、奪い返すのに相当な犠牲を覚悟しなければならないし、前みたいにラビリンスマスターへの奇襲はもう通じないのよ」


「……」


「自衛軍は全滅、ギルドは支部を失ったわ。

 だれがモンスター側に近代兵器を渡したことだけでも調べ上げたいの。

 それに今回はまんまと裏をかかれたわ。まさかモンスターが一月以上も空白期間を設けて戦争を仕掛けてくるなんて……」


「……」


 自分に語りかけているように、悔しそうな表情をする九条さん。


 唇がうっすらと血がにじむほど噛みしめた彼女が、空に向けていた視線を俺のほうに戻す。



「山田太郎。あなたのスマホは調査が終わるまで、当協会に預けなさい」


「……はい」


「解析が終わるまで当協会は用意しましたホテルで宿泊してください。

 これは貴方だけじゃなくて、亀岡臨時支部にいた()()()()()()()が拘束の対象となります」


「わかりました」


 有無を言わさない迫力で九条さんは俺にきつめの口調で命令してきて、ここは素直に従ったほうが正しいと判断せざるを得ない。


 どのみち、俺の収納箱(アイテムボックス大)に予備のスマホが入ってるので、家族と連絡するときはそれを使えばいい。


 脳内に往来する思いは、山城のギルドが荒れるかもしれないということだった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 前回は本丸の城門で冒険者との攻防戦に気を取られている間、上忍(ニンジャマスター)の策略にかかり、勇者が単身で天守へ突入を果たして、迷宮主人(ラビリンスマスター)であるエルフのジュリアが討伐されてしまった。



 そのために再建された亀山城迷宮の本丸に、新たな最終迎撃用の地下層型迷宮が設けられた。


 亀山城迷宮の地下3層は天井が低く、複雑に入り組んだ迷路のような通路が侵入する敵に多大な犠牲を支払わせるため、所狭しと迎撃施設の武家屋敷が立ち並んでる。



 その最奥にある、大広間が築かれた建物の中で、和服を着たジュリアが迷宮魔物(ラビリンスマスター)に戻ったオークキングのドナルドたちと祝勝会を催している。



『前からずっと解決されていない問題だけど、魔力の補充はどうやって行うってことね』


『この世界に生きるアニマルとプラントを養育することに成功しましたが……』


『放出する魔力の量が人族と比べたら少ないのよね?』


『はい。それが問題かと』


 ドナルドの回答にジュリアは目をつぶり、体を揺らして考え込んでいる。しばらくしてから目を開けたエルフの少女はここの階層主を命じたオークキングへ思案したことを語る。



『……あたしは好きじゃなかったけど、フクチヤマシロダンジョンの提案を受け入れるしかないね。

 その話がまだあればの話だけど』


『まだ有効かと』

『なぜそうとわかるの?』


『マスターが討伐されたときに、ワシはどうにか心臓だけを勇者から奪い返しました。

 その後に崩壊するダンジョンから出たワシらは山の中へ逃げ込んで、方針の違いでバラバラになったワシらだが、何度かフクチヤマシロダンジョンから使いがきました』


『ドナルドに苦労をかけたわね』


『いいえ、とんでもありません……

 かのダンジョンマスターからはフクチヤマ城ダンジョンへ来いと誘われましたが、マスターの復活を目指すワシは断り続けて来ました』


『ありがとう、ドナルド』


 主からの労いにドナルドは頭を振るだけで、再び主に会えた喜びを顔に浮かべる微笑みで示す。



『かのダンジョンマスターはもしマスターが生き返れば、今度はぜひに山陰道同盟へ加わってほしいと伝言を残してあります』


『……人族に討伐されて、あたしらがここに住みつくことを許す気はないってハッキリとわかったの』


 天井に描かれている竜の絵を見て、ジュリアは深いため息を吐いた。


 静かになる大広間で全てのラビリンスモンスターが主の言葉を聞き入っている。



『ダンジョンが崩壊したときに、あなたたち以外の子はどうしているの?』


『オーククイーンのミランダについて行った者たちは、人族と協定を結んでヤマシロの北にある山に住んでます。

 オーガたちは自分たちだけの集団を作ったが人族に討伐されました。

 一部の者は自力で生きようとワシらの元から立ち去った。偵察で探らせた様子では人族と手を組んだり、山で飢えに苦しんだりしているのが現状です』


『……うぐ――』

『マスター……』


 両手で顔を覆い、泣き出すラビリンスマスターにオーガキングのドナルドは慰める言葉が思い浮かばない。



『――今から伝えることを実行して!』

『はっ!』


 涙を止めるつもりのないジュリアは怒りに満ちる面持ちを露わにして、控えるラビリンスモンスターへ、室内に響く声で決心を語り出す。



『カメヤマシロダンジョンから、はぐれた子たちへあたしが生き返ったと連絡して。帰ってくるなら迎い入れたい。

 帰って来ないとしても必要なものがあったら、いつでもなんでも渡すから遠慮しないでとちゃんと伝えて』

『はっ!』


『ドナルド』

『はい』


『フクチヤマシロダンジョンのダンジョンマスターに、サンインドー同盟に加盟すると使者を派遣して』


『では、あの提案は受け入れるおつもりで?』


 部下からの確認にジュリアは頷いて肯定する意思をみせる。



『ええ、和平が望めないのなら人族を()()として受け入れるわ』


『それならここに来る人族の奴隷をアルラウネのレジーナに任せるように進言したいですが』


 ドナルドが言わんとするところをジュリアはすぐに理解した。


 エルフの少女は人族を奴隷にすることを良しとせず、討伐前は共存することを望んでいたことがオークキングに知られていた。



 レジーナはアルラウネの中で最も高い魔力を持っている。


 今回の迷宮奪還作戦で、彼女は勇者を食い止めるための特別迎撃中隊に入り、強力な魔法を駆使して勇者アスカたちを悩ませた。


 普段は明晰な頭脳でドナルドを支え、迷宮の運営に欠かせることのできない貴重なラビリンスモンスターである。


 彼女はなにも人族を目の敵にすることはない。


 ただ、もし人族の奴隷を彼女が受け持つとなったら、レジーナならアニマルもプラントも人族も()()に扱うことをジュリアは知っている。



 自分が産まれた世界で 妖精が住んでいる森の近くに生きていたジュリアは人族とも交流をもっていたため、人族が多様性のある営みで生涯を送ることを彼女は知っている。


 それと同時に人族がつけ上がる種族であることを、ジュリアは熟知していた。


 自分の甘さを断ち切るように唇をかみしめると、ジュリアは指示を待つアルラウネのレジーナへ顔を向ける。



『レジーナ、人族がここに来たらあなたに任せるわ。

 大事な魔力源だからむやみに殺すことは許さない』


『ええ、死なない程度に生かしてあげますのでお任せくださいな』


『……人族は生きることに娯楽が必要ことを知っておいてほしい』


『はいな。死にたいと思わないくらいの楽はさせてあげますね』


 自分に忠誠を誓ってくるラビリンスモンスターへ目をやった。姉のアイシャはこの下にある地下4層の聖域に氷漬けで葬ってある。


 この世界に転移してきて、たとえ迷宮主人になっても、自分がいた世界のように色んな種族と楽しく語り合いながら、生きていけるじゃないかとずっと思っていた。


 そんな彼女の願いは討伐されたことで打ち砕かれた。



 自分を蘇らせるために姉の命は失われ、部下たちモンスターにも長い間に流浪させた。


 この地を守っていくことだけが希望だったジュリアは 今でも人族の領域へ侵略することは考えていない。


 ただ、この地がヒノモト帝国に奪われないために、彼女は迷宮主人としての覚悟をヒノモト帝国へ示さねばならない。



『オオサカ第三迷宮に連絡して。

 カメヤマ長城を築くために助力してほしいと申し入れて、できれば使者に来てほしいとお願いして』


『はっ!』


 命令を受けたオークナイトはスマートフォンを取り出す。



 オーガキングのドナルドは万感を込めて自分の主を眺める。


 天真爛漫なエルフの少女を守っていくことは帰れない世界にいた頃、命を救ってもらったただのオークだった自分が彼女の父親に捧げた破れることのない誓いだ。


 そんな親代わりのようなオークキングへ、エルフの少女は静かに語りかける。


『ドナルド、あなたにお願いがあるの』


我が主(マスター)よ、なんなりと』


『あなたを進化させるわ』

『そ、それではマスターの魔力が――』

『ええ、オオサカ第三迷宮の使者が来るまでしばらく眠りにつくわ』


『しかし――』

『勇者と同じ力で戦ってもらうため、どうしてもあなたに強くなってもらわなくてはならないの』


『はっ!』


『エンシェントオーク、あなたたちオークの始祖になってもわうわ。

 それならあたしたちダンジョンマスターにも負けない力を持つはずよ』


『わかりました。

 それがマスターの願いであれば、このドナルドがカメヤマ城ダンジョンを守る最強の守護者となりましょう』


 固いきずなで結ばれている迷宮主人と迷宮魔物は、新生する亀山城迷宮を難攻不落のラビリンスに変えていく。


 落ち着きをみせた山城一帯のパワーバランスに変化をもたらした。





ブクマとご評価して頂き、とても励みになっております。誠にありがとうございます。

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