6.03 亀岡臨時支部の戦い 後編
夜明け時にギルドへ突入してきたのはオーク、ケンタウロス、それにゴーレムとラミアたちの混合部隊だった。
全身をミスリル装備で固めたモンスター族は、唯一のBランクパーティや若い冒険者たちを蹴散らして、危険を感じた俺はリリアンに結界を張らせた。
驚いたことにオークとケンタウロスが重機関銃を片手で掃射し、ゴーレムが装備するロケットランチャーをぶっ放し、ラミアが手りゅう弾を投げつけてくる。
こいつらがなぜ人間の武器を大量に持っているのか、ここにいる人たちは誰も答えを知らない。
『くっそー。厄介な結界を張られたものだ』
『ええ、アタイらの魔法は通じたけれど、こうも次々と張られてしまうと破れそうにないわ』
忌々しそうに会話するのは今でも結界の外で攻撃してくる異族たち。
俺の結界でこっちにいる冒険者たちが死傷することはなくなったが、逃げることもできなくなった。
しかも継続的に結界を張り続けなければならないので、正直なところ、いくら大量の魔力があっても譲渡し続けるのはちょっときつい。
「すまねえ、お前に助けられた」
「かまいませんよ。俺も生きて帰りたいんですから」
亀岡臨時支部の松尾支部長から感謝の言葉をかけられて、傷付いた心が癒される思いだった。
異族がギルドに突入した直後、反応しきれなかった多くの冒険者や職員たちが倒された。
大怪我した人、命を落とした人、ホールの中で多くの血が流された。地下へ突入させないために階段の近くですぐにリリアンに結界を張らせたが、状況を理解できない冒険者は結界の外側で襲われて死んだ。
助かった何人もの冒険者が激情して俺を掴んでくる。
「こんな力があったらなんで最初から使わないんだ!」
「あんたがグズグズしてなければあの子は死ななかったのに……
この人殺し!」
「へっぽこはどこ行ってもへっぽこだな。人の不幸を見て悲しくないかっ」
気持ちはわからないでもない。
親しかった仲間や親類が死んで悲しくない人はいないはずだ。そうやって責めたい気持ちはわかるつもりだけどきつい。
おれだってこんなことになるなんて思わなかった。
「――お前ら、いい加減にしろ!」
怒りをみせたのは地下の倉庫から上がってきた桑原さんだった。
「そうやってやっかめるのも山田君は結界でみんなを助けたからできることだろが!
山田君がここにいなければ全員はもうモンスターにやられて死んでるんだ。そんなことはちゃんと自分でも理解してるだろが」
結界の中が静かになり、むせぶ声だけが湧き上がった。
「怪我人は医療班が全力を尽くしてできるだけ助ける。
死んだ人たちは桑原が収納リュックに入れた。山城の本部との連絡は終わっているから、九条副会長がおれたちを救助するために緊急クエストを手配してくれてるんだよ」
「……」
「今は心を落ち着かせて、助けが来るまで冒険者らしく耐えてみせろ」
「「……はい」」
松尾支部長の言葉に全員が地べたに腰を下ろし、返事のあとは大部分の人が黙り込んでしまった。ひと波瀾となったけど、これでようやく落ち着きを取り戻せたみたいだ。
「——先はごめんな。
気が立ってたもんだから責めちまったけど、お前のせいじゃないことはわかってる」
「あ、いいえ。いいんです」
20代後半のお兄さんが謝ってきた。
隣から見たことがある運搬士50代のおじさんが申し訳なさそうに話してくる。
「山田。悪いけどスマートフォンを貸してくれないかな」
「いいですよ」
本当はムスビおばちゃんやかーちゃんからの通信をチェックしたいけれど、ここはおじさんのお願いを断るよりも、彼に貸すことにした。
「悪いな、妻にお別れしたくてな。
ガキはできなかったけど、うだつの上がらない俺にずっと付き添ってくれたんや。
お別れだけはちゃんとしてあげたい」
「……」
目の前にいる申し訳なさそうに毛が少ない頭をかいてるおじさんに、俺は上手に返事することができなかった。
それからしばらくの間、魔力を満たしたスマホが冒険者の間を旅した。
『――頑張って。おばちゃんとあんたの親は亀岡の西でモンスターに足止めされてるけど、すぐに排除していくから待てて』
『太郎ちゃん、死ぬんじゃありませんよ。
今は老ノ坂まで来ているので、ここにいる弱いモンスターを倒せばすぐに救助へ向かいます』
返ってきたスマホで着信したメッセージに目を通す。
かーちゃんたちと九条さんの救助チームが苦戦しているのがよくわかった。せっかちな人たちだから、メッセージを送ることよりも真っ直ぐこちらに向かうはずだ。
今回は俺がここにいることで、かーちゃんとオヤジが持つ戦略級武器を使ったら、ここにいる俺らもろとも被害が出るために、使用が封じられた形となってしまった。
しかも後になって地域に与える影響が大きいので、かーちゃんもオヤジもできるだけ戦略級武器を使いたがらない。
どうしたもんだろうかと思ってるときに、心の奥底から震えるほどの圧力を瞬時に感じ取った。
『ふーん……あなたがへっぽこタローね』
エルフの少女が大きな体を持つ精悍そうなオークキングと、軍服姿のオークナイトを従えて、いきなりホールの中で現れた。
こいつはエルフらしく美人なんだけど、このプレッシャーは間違いなく迷宮主人が放つものだ。
「う、うそだろ……
亀山城迷宮のラビリンスマスターは倒したはずだ!」
腰を抜かした桑原さんが座り込んだまま呟いた。
「そんなバカなっ、そんなバカなああ!
確かに倒したのになんで生きてる!」
目を見開いた松尾支部長が感情を高ぶらせたまま叫んだ。
『黙りなさいっ!』
リリアンが張った全ての結果が一瞬にして砕け散り、ラビリンスマスターの威圧を受け、異族以外の人間たちは全員が脱力して立っていられなくなった。
「リリアン、けっか――」
『リリアンさま、結界を張らないで』
『んん? この声は……
——っあー! ジュリアだ、久しぶりぃー』
俺のパートナーは嬉しそうな顔して、ラビリンスマスターのところへ飛んで行く。
最大なカードをいきなり奪われた俺はなにもできないまま、このときに敗北を覚悟するほかなかった。
『へえー。ドナルドもこっちにきたの?』
『ご無沙汰しております、リリアン様。ワシはどこに行ってもジュリアのしもべです』
エルフの少女だけではなく、妖精はオークキングとも親しそうに話す。
『ジュリアはダンジョンマスターになったの?』
『ええ、そうよ。みんなを守るためによ。
一族で最大の魔力を持つあたしがこんな世界で生き延びていくために、ダンジョンマスターになるしかなかったのよ』
『ふーん。しょうがないか……
アイシャは元気?』
『お姉さんはあたしを復活させたいと願ったの。それで昨日の晩に死んじゃった』
『ええー? アイシャ死んだの?
ご飯を作ってもらいたかったのに……』
『大丈夫よ。お姉さんの代わりにあたしがリリアンさまに作ってあげるから、迷宮で一緒に住んで』
エルフの少女と親密そうに戯れながら、妖精が楽しく喋ってる。
俺を含め、支部長と冒険者たちがそれぞれの表情で現状を受け入れた。後はラビリンスマスターの命令で、モンスターたちが殺しに来ることを待つだけだ。
誰もが他人には見えない絆を持つことがある。
リリアンがエルフの少女が住むラビリンスへ行くかどうかは彼女が決めること。すくなくともリリアンと俺は楽しい日々を過ごしたと自分でそう思いたい。
『ねえねえ、ジュリア。
この子がタロット、リリアンのぱーとなーだよ』
『ふふふ、タロットがリリアンさまのパートナーね……』
ラビリンスマスターから冷ややかな目で睨まれた俺は、背筋に冷たい汗が噴き出した。
体の奥底から伝わってくる身震いが停まらず、ひたすらかかってくる重圧に押しつぶされなよう、今は耐えるしかない。
『だからね、リリアンはジュリアのダンジョンには行けないの。ごめんね?』
『……そう、わかったわ。
リリアンさまはしたいようにしてほしいわ、それがフェアリーだもの』
急に圧力が途切れてしまった。
大きく息を吐いた情けない俺のところへ、ラビリンスマスターはゆっくりとした歩調で近付いてくる。
『へっぽこタロット。リリアンさまのことはお願いするわ』
『……あ、ああ』
ようやく絞り出されたのは短い返事だった。
『人族に伝えて。
ここに残っている人族はみーんな生かしてあげるから、さっさとこの地から出てって』
『帰してくれるのか?』
『ええ、帰してあげる。
ただし、ここに残るなら自分の腕で生き残ってみせて。手加減はしないから』
『――わ、わかった』
『そうだわ。あなたの母が頑張ってるけど、これ以上の犠牲は出したくないの。
こちらも引くから、あなたから引き下がってくれるように連絡してほしいの。
お願いできる?』
『わかった』
俺と話を済ませて、笑顔になったラビリンスマスターは、小声でオークナイトに何かを告げた。その後にリリアンとなにやら談笑し出す。
『——三頭のトラが巣に帰る。戻れ、兵たち』
無線機を取り出したオークナイトが、なにか暗号めいたことを呟いたけど、俺にはその意味がわからない。
それよりも、先にムスビおばちゃんへ進撃をやめるように連絡を入れて、松尾支部長と九条さんにここから退却できることを伝えねばならない。
かーちゃんたちは俺が安全になったことを知って、ラビリンスマスターの許可で直接こっちに向かってる。
九条さんは松尾支部長と話し合って、老ノ坂辺りで退却する俺らを待つと返事したみたい。
『あいつらなら全員死んだはずだ』
松尾支部長が気掛かりだった自衛軍は全部隊が異族に殲滅されて、文字通りの全滅となったと、軍服姿のオークナイトがそっけなく吐き捨てた。
ずっと俺を見ていた怖そうなオークキングが巨体を近付かせ、いきなり話しかけてくる。
『へっぽこと呼ばれているらしいが、その魔力の量はなんだ』
『……いや、生まれつきなので自分でもわかりません』
『そうか……
人族に伝えよ。この地はカメヤマシロダンジョンが統治するゆえ、許しもなくこの地に立ち入ることは許さぬとな』
『はい……でも俺は一介の冒険者なので、ギルドが判断するかは責任を持てませんよ』
『別にお前には期待しておらん。
ただ伝えてくれればいい』
『それなら伝言を頼まれてもいいんですけど……』
動けない負傷者をラビリンスマスターの命令で、ケンタウロスの兵士が運んでくれることになってる。
やるせない気持ちになったが、すべての魔動車が砲撃で使い物にならない今、一刻も早くここから退却するために、松尾支部長の判断でお願いしたい。
『へっぽこタロット』
『……はい、なんでしょう』
へっぽこへっぽこって連呼しないでほしい。でも相手がラビリンスマスターだから文句は言えない。
「リリアンさまのしもべであるお前なら、いつでもここへ来れるようにあたしは通達しておくね」
「――な、なんで?」
エルフの少女が流暢な日ノ本語を喋った。
「先から連絡を聞いてたが、お前はうそを言わなかった。
お前をここへ入れるくらいの信頼はしておいてやろう」
「あ、あんたら……」
オークキングもスラスラと日ノ本語を話す。
こいつらはわざと日ノ本語を使わないで俺を観察してたと理解できた。横にいる松尾支部長も開いた口が塞がらなく、ラビリンスマスターとオークキングを見つめたまま動けなくなった。
「タローちゃーん!」
遠くから聞こえてくるのはかーちゃんの声。
ムスビおばちゃんと連絡したときに、かーちゃんたちもこれ以上は亀山城ラビリンスと争うつもりがないと明言した。
だからたとえここにラビリンスマスターがこのままいても、戦闘にはならないはずだ。
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