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勇者家族のへっぽこ長男  作者: 蛸山烏賊ノ介
最終章 世界最強は勇者家族のへっぽこ長男
75/83

6.02 亀岡臨時支部の戦い 中編

『榴弾砲の射撃準備はもうできたか』

『はっ。滞りなく自衛軍の陣地とギルドへ照準してます』


『ジャミングは?』

『トリエスタ殿に確認しました。

 すでにあちらのほうで準備は終わったとのことで、こちらの砲撃が始まれば、装置をオンするだけで遮断が可能と返信してもらえました』


『作戦が開始したら全員に周波数を合わせた無線機を使わせろ』

『はい。全部隊に渡してありますので作戦開始後の使用は厳命してます』


『うむ。砲撃は精密射撃などしなくていい、とにかく混乱させろ。

 砲撃後の突撃隊はどうなっておる』

『作戦指令書の通り 自衛軍のソノベ・ヒエダノ・チトセ・オイノサカの各観察所に、自動小銃を装備したゴブリン擲弾隊とコボルド狙撃隊が深夜のうちに突入する予定です』


『よろしい。自衛軍とギルドの本部に対する手配が終わったか』

『はい。朝方まで継続する砲撃の後に自衛軍の亀岡防衛基地とギルドにはオーク猟兵隊、ケンタウロス騎兵隊、それにゴーレム防衛隊とラミア魔兵隊が夜明けとともに突撃を始めます』


『敵の増援を遮断する部隊は位置に付いたか』

『はい。敵の最大戦力である勇者を想定して、オイノサカとヒエダノの両観察所を奪取したら直ちにサイクロプス、アルラウネとミスリルゴーレムで編成する特別迎撃中隊が配備される手筈になってます』


『予備の兵力はどうなっておる』

『ハーピー隊とアラクネ隊は各観察所を攻略すれば、すぐに増援として派遣する予定です。

 アイアンゴーレム隊とグリフォン隊、コボルドを乗せるウォーグの騎兵隊、それに予備部隊としてドワーフが後方で待機してます』


『ふむ。キマイラはどうした』

『エルフが出たがってましたが、今回は保護対象ということでキマイラ隊を護衛に回しました』


『よろしい!

 我ら初めての作戦による攻撃だが、指令書通りに準備に取りかかれたことを評価しよう』

『光栄であります!』


 オークキングのドナルドは情報分析隊に所属するオークナイトの報告を聞いてから満足したように大きく頷いた。



『人間が考えた軍隊という組織は実にいい。

 あいつらは憎いだが、持っている豊富な情報はワシらにとっても非常に役立つことばかりだ』


『はい。ダンジョンがあった頃に私達もこうして編成さえすれば、人間ごときに負けることなどなかったのにと悔やまれます』


『過ぎたことを言うでない、これからやればいい。

 本体はワシが連れていくから出発の準備を用意させろ』

『直ちに』


『さあ、迷宮奪還作戦を始めろ!』

『はっ!』


『三頭のトラをこれより放つ。

 行け、(つわもの)たち』


 無線機に向かって命令を下すオークナイトに、ドナルドは苦笑する。旧時代にあった有名な暗号を参謀たちが気に入って、それを取り入れた。


 本来なら攻撃隊から返信されるべき暗号ではあるけど、ジャミングが開始する前に人間側でも受信されるはずだ。


 それはドナルドたち亀山城迷宮に住んでいたモンスター族から人間への宣戦布告である。




「おい、変な魔波が入ったぜ」


「おう、俺のほうも受信した」


「三頭のトラをこれより放つ。行け、兵たち……

 って、なんのことだろう」

「しらん。どこかの部隊が通信テストでもやってるかもな。

 一応隊長にほうこ――」


 旧園部町にある園部観察所で通信科の兵員が受信した魔波で話し合っているときに、風切り音とともに激しい爆発が起きた。


 100人の兵員が駐屯する園部観察所はコンクリート造の外壁に鉄板を張っているため、砲撃を受けても大きなダメージにはならないが、寝ていた兵員は砲撃されたことで大混乱に陥った。



「どこのアホが砲撃してきたんだ!

 すぐに伊丹へ問い合わせてみろ!」

「だめです!

 ジャミングされてどこにも繋がりません」


 砲撃が止み、慌ただしくなる観察所の中で、怒鳴りつけられた通信科の兵員が不機嫌な隊長に自分たちが孤立していることを報告した。


「基地へ人を出せ。どうなって――」


 隊長が指令を出そうとしたところに、窓の外側から小銃の射撃で無防備な兵員がバタバタと倒れていく。


 驚愕した目で入口のほうへ目を向けると、自動小銃を装備したゴブリンが室内へ侵入し始めた。



「な、ゴブリンが銃をっ――」


 額を撃ち抜かれた隊長は目が開いたままで床に倒れた。


 窓の外に狙撃銃で射撃したコボルドが、近距離で絶対に避けられない凶弾を放ったのだ。



「ギャーギャー」


「なんだこいつらはっ! 応射し――ぐわー!」

「拳銃でもいいから撃て撃て!」

「なんでこいつらが銃なんか持ってるんだよ、くそー!」


「ギャーギャー」


 混乱を極めた園部観察所駐屯隊の兵員たちへ、容赦のない殺戮がゴブリンとコボルドの手で行われた。


 同じ惨劇が老ノ坂観察所と稗田野観察所、それに千歳観察所で繰り広げられていることを、死にいく園部観察所駐屯隊の隊員たちは知ることができなかった。




『四つの観察所は制圧完了です。

 そこにいた人間を全滅させました』


『よろしい。自衛軍とギルドの本部はどうなっている』


『砲撃で動けませんと先行した偵察部隊から無線が入ってます』


『後は夜明け待ちってところか』


 廃墟になっていた亀山城の崩れた天守を前に、オークキングのドナルドはオークナイトからの情報に笑みを見せる。


 少しだけ曇ってる部下の表情が気になって、ドナルドは報告の続きを促すように視線を送る。



『ギルドに潜入している第三迷宮の工作員からスマートフォンで緊急の連絡が入ってます』


『ほう。スマートフォンはジャミングで使えないじゃなかったのか』


『いいえ、ジャミングは効いてます。

 それでも通信できるスマートフォンを持つ人物がそこにいると、工作員が情報を報告してきたのです』


『それは興味深いだな……

 そいつがだれだかわかるのか?』

『はい』


『だれだ』


『勇者アスカの長男、タローがカメヤマギルドにいます』


『なんと! へっぽこ長男がおるというのか』


 部下から聞いた名前にドナルドは自分の顎を右手で撫でつつ、目を閉じてしばらくの間に考え込んでしまった。



 勇者一族のタローが妖精を従えて洛北や洛東、それに琵琶湖にいる自分たち異族と交流していることは、第三迷宮のダンジョンマスターから情報が伝わっている。


 面白い人族がいたものだとドナルドはタローに興味を持っていた。


 だけど今回の作戦は自分たちの未来がかかっているために失敗が許されない。


 そう考えたドナルドは夜明けに始める予定だった儀式を早めることにした。



『……アイシャ、すまぬ。

 お前に詫びるために我が命もってお前の後追いしたいものだが、ワシにはダンジョンを守り抜く使命があるゆえ、今はそれができぬ』


『気にしないで、ドナルド。

 ダンジョンマスターとあなたには感謝してもしきれないほどの恩を受けてきたわ。

 残された私のカメヤマ一族と(ダンジョンマスター)をお願いね』


『ああ。お前の命を代償に、カメヤマを名乗るエルフたちは必ず守り抜くことを我が生涯かけて、お前に誓いを捧げよう』


『ありがとう、思い残すことはもうないわ。

 せめて帰れない故郷の森へ思いを馳せて、わたしは妹と一族のために喜んで命を捧げましょう』


 儚い微笑みをみせる美しいエルフに、ドナルドは止まらない涙を頬一杯に流して、差し出された手を握る。



『ドナルドさま。

 うちらの一族もよろしくね』


『あ、ああ。お前たちアルラウネの未来も守ってみせるぞ。すま――』

『謝らないで、ドナルドさま。

 ダンジョンマスターから授かったこの命、ダンジョンマスターのために捧げられるのなら、これ以上の幸せはないだわ。

 だから泣かないで、ドナルドさま』


『すまぬ……本当にすまぬ』


 もはや号泣状態のドナルドに、傍へ寄ってきたアルラウネたちが手ぬぐいでその涙を引き取る。




『始めますわ、ドナルド。

 ――ダンジョンコア』


 エルフのアイシャは亜空間から取り出した、自分の身長以上はある大きな宝石に手をかけた。


 その動作を見習うように、30体のアルラウネが手から伸ばした根をラビリンスコアへ巻きつかせる。



『さよなら、ドナルド。

 妹とわたしたちを守ってくれた迷宮騎士のあなたを愛しているわ。

 ……わたしを忘れないで』


『アイシャーーっ!』


 一体、また一体と魔力を使い果たしたアルラウネが目から光を失わせ、地面へ力なく倒れていく。


 多くの魔力を持つエルフのアイシャが最後の微笑みをドナルドに向けてから瞼を閉じて、彼女にとっての異世界であるこの地で帰らぬエルフとなった。



『人族どもーーっ!

 我が悲願をとくと知れいー!』


 多くの魔力を吸い上げたラビリンスコアがうっすらと赤い光るを放ち、しかばねとなったアイシャの横で流涙するドナルドが左胸へ手を突き刺した。


 取り出した鼓動を続ける心臓はオーク族にしては小さすぎる。それを大事そうに手のひらで夜空へ掲げてから、ドナルドは心臓をラビリンスコアに近付ける。



『戻られよ、我が主(マスター)

 再び我らの道しるべとなり、我らを導いてくだされ!』



 ラビリンスコアが先と違い、物言わないエルフとアルラウネ、それに後ろで控えているオークたちを照らし出して、ドナルドの手のひらにある心臓が大きく脈動し出した。


 増え出した肉が心臓を包み込み、ゆっくりとした変化ではあるがそれは人の形を成していく。


 やがてそれは死んだアイシャと同じような顔をした美しいエルフの少女となって、ドナルドの手のひらで窮屈そうに座っている。




『あ、あれ? あたし……

 勇者に殺されて死んだはずじゃ……』


『お帰りなさいませ、マスター』


 地面に降り立ち、意識を取り戻した裸体のエルフへドナルドはすぐに肩からロープをかけた。


 後ろで控えるすべてのオークと一緒に、ドナルドは蘇った自分の主へ敬意を払うためにその場で跪く。



『――アイシャ姉さん!

 ……そっかー。あたしが死んで、あなたが復活の儀をしたのね』


 エルフのラビリンスモンスターは自分と同じ顔した地面で動かないエルフを見つけて、成り行きを悟った。


 ここで起きたことを把握した彼女は一筋の涙を流す。



『申し訳ございません。

 ワシは力がないばかりにマスターを失い、あげくの果てにアイシャを死なせるようなことを……

 う、ううう……』


『泣かないで、ドナルド。あなたはあたしとお姉さんによく尽くしてくれたわ。

 今までなにが起きたのは後で聞くとして、今のあたしはなにをすればいいの』


 泣き崩れるオークキングへ、ラビリンスモンスターはそっと肩に手をかけて、労わるように言葉をかけた。



迷宮(ダンジョン)を。

 我らの聖地をマスターの手で……』


『わかったわ。

 それが今のあたしにできることなら、あなたたちのためにやってみせる』


 エルフの少女はラビリンスコアに手のひらで触れると廃墟のような風景が一変する。


 本丸に鎮座する巨大な天守、各曲輪に点在する城門と武家屋敷や塀などの防御施設が瞬時に現れて、ひどく濁っていた堀の水も透明度を取り戻し、亀山城迷宮が一瞬にして再生を果たした。



『まずはこんなものね。

 この前はこれで勇者に負けたんだから、もっと強いダンジョンにするつもりよ』


『はい! 御心のままに』


 足元に横たわっているしかばねへエルフの少女が右手をかざすと、それらは跡形もなく亜空間へ収納された。



『アイシャ姉さんとアルラウネちゃんたちはいつでも弔えるように、地下で聖域を作っておくわ』


『はい。それがよろしいかと』


 悲しみを胸に仕舞うかのように、ドナルドは流していた涙を振り払うため、頭を左右へ何度も大きく振った。


 その行動を見守るエルフの少女は口を噤み、優しい目でドナルドを見つめているだけ。




『ところであたしには勇者アスカに殺されるまでの記憶しかないの。

 どうして人族はダンジョンの跡を残したままにしたのかしら』


『はっ! やつらがこれ以上手を出せぬよう、定期にここを襲うようにしてました。

 それに協力してくれたオオサカ第三迷宮のダンジョンマスターからの情報によると、あいつらは将来的にここを観光地にしたい計画があるそうです』


『観光地ね……

 今にして思えば、対立して人族を攫うのではなく、オオサカシロみたいに招き入れても良かったかもね』


『マスター……』


『だけどそれはもうあり得ない選択だわ!

 滅ぼされる前と同じ、人族とは恒久的な戦いを望まないことに変わりはない。

 だけど一度は滅ぼされたこの身、あなたたちのためにも人族と仲良くしないわ』


『はっ!』


 静かな口調で堅固たる決意を語るラビリンスマスターへ、オークたちは片膝のままで頭を下げた。



『ドナルド、この後はどうすればいいかを教えて』


『現在はここ一帯に勢力を伸ばしてきた人族どもを駆逐しようと眷族たちが人族と戦闘中です。

 元々は人族をこの地から生きて返すつもりはないのだが、ちょっと変わった要素が入ってましてなあ……』


 言い淀むドナルドにエルフの少女は不審に思った。


 亀山城迷宮最強の守護神と呼ばれる獰猛なオークキングが戦いにおいて、彼女の記憶ではドナルドが迷いを見せることは一度もなかったから。



『どうしたの、ドナルド?

 ここに勇者でも来ているの?』


『まあ、勇者と言えばそうかもしれませんが、ちっと毛並みが違うというか……』


『なんでもいいの、今の状況を教えて』

『はっ!』


 夜が明けるまでまだ時間はある。



 これまでのことを敬愛する(マスター)に説明するのは部下の責務と考えたドナルドは、後ろに控える情報分析隊のオークメイジを呼び寄せる。


 タブレットを使用しながら、きょとん顔のエルフの少女にできるだけ詳しく話そうと、オークキングのドナルドは近寄るオークメイジに左胸の傷を治させた。





ブクマとご評価して頂き、とても励みになっております。誠にありがとうございます。

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