6.01 亀岡臨時支部の戦い 前編
最終章の始まりです。
山城地域山科支部の緊急クエストへ参加したハヤトさんたちのことは心配だけど、正直なところ、運搬士が活躍しない討伐のクエストでは俺にできることがない。
今の俺にできるのは桑原さんたちに同行して、洛西ギルドと亀岡臨時ギルドの間を荷運びのクエストで勤しむことだ。
『うーん、不思議な戦いっていうかな……
スタンピードは前に大阪魔宮とかで経験したことがあったんだ。
でもそんときはもっとこう、殺すぞーって感じで来てたから、今回みたいに戦っては引いて行くってのは初めてだな』
「そうですか。俺はスタンピードの経験がないからなんとも言えないけど、危険が少ないほうがいいじゃないですか」
『まあ、それはそうだけどな。
そういえばアリシアも頭を傾げてたな。
やる気があるのかなって』
「元気に帰ってきたら食事に行きましょうよ。
緊急クエストは報酬がとてもいいんで、俺に奢らせてくださいな」
『ははは、いいぜ。心配してくれてありがとな。
お前もクエストのときは気を付けろよ』
「それこそ大丈夫ですよ。
洛西ギルドから亀岡ギルドまでの道に敵影無しですから、桑原さんたちもボーナスゲームって言ってました」
『そうなのか。
——じゃ、こっちは命を大事にの方針で行くからまた会おうな、太郎』
「はい、また会いましょう」
ハヤトさんとの通話が終わり、まだ寝る気にならない俺は亀岡臨時支部付属宿泊施設の外へ出た。
12月を1週間が過ぎた今、月の明かりで大地が照らし出され、寒さのある夜風は肌に突き刺すような冷たさだ。
鳥肌が立つほどの身震いに排泄したい欲望が湧きあがる。
辺りは耳鳴りがするくらいの静けさ。
放尿で気持ちよくなったところで温かい布団に潜り込み、明日朝の出発に備えて両目をつぶる。
横から聞こえてくる小さな寝息はリリアンのもので、たまにだけどこいつもいびきをかいたりする。
甲高い夜空を切り裂くような音、最初はそれが耳鳴りと思った。
だが立て続けて起きる大きな爆発音と地響きで、尋常にならない事態が起こっていることを知る。
『——な、なに?
なになになに?』
「リリアン、外に出るぞ!」
急いで装備を身に着けた俺は、部屋の外で桑原さんたちに会った。
廊下では冒険者たちが怒声をあげ、時折仲間の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
外へ走り去る人や怪我した仲間を抱える人が行き交い、混乱が続く中に俺は桑原さんから声をかけられる。
「山田君、大丈夫だったか」
「桑原さんたちも大丈夫そうで良かったです。
なにが起きたのですか?」
「よくわからないわ。
いきなり爆発音がきこえ――」
「――大範囲防御!」
増野さんの奥さんが話している途中で壁が砕け散り、風と共にコンクリートの塊が襲いかかる。
咄嗟のことだからリリアンの結界では間に合わないと、脊髄反射のように盾の術で飛んでくる塊を防いだ。
鳴りやまない風切り音、その後に続く爆発。この現象に子供の頃にテレビで見た光景だ。
亀岡臨時支部は砲撃にさらされている。
腕の痛みを回復魔法で治してから、ねぐらで震えるリリアンに指令を出す。
「リリアン、移動結界だ」
「……ば、結界」
見たことのない現象に妖精は本能的に怯えていると思うけど、慰めてやれるのは安全が確保できてからだ。
「桑原さ――」
「あかり! 大丈夫かおい!」
あかりさんは増野さんの奥さん。
彼女は床に倒れて、腕に大怪我を負っているらしく、血が流れ続けている。
「回復!」
すぐさまに血止めのために回復魔法をかけた。
俺は無詠唱で魔法が使えるが、こういう場合は声を出したほうが人は安心する。
あかりさんの様子を確かめると腕以外は目立った怪我がないため、先の衝撃で失神しているだけかもしれない。
「あ、あかりは無事か!」
「あ、いや、俺は医者ではないから詳細は知りません。
とりあえず回復魔法はかけておいたんで、出血は止められたと思います」
「落ち着きなさい。
ここにいたら危ない。医療室がある支部の建物へ行こう」
増野さんが奥さんの心配で俺の肩を揺さぶってきて、それを止めてくれたのは桑原さん。
今はリリアンに教えた移動しながら、かけられる結界を使っているので、砲撃の直撃を食らっても無事なはずだ。
移動結界の効果を説明して、怪我した仲間を肩で支える冒険者、増野さんのように背負うことを選んだ冒険者。
そんな人たちと俺は着弾して崩壊していく宿泊施設の外へ出て、すぐ近くにある分厚いコンクリート造の支部に入る。
支部の中は宿泊施設では比べられないほどの大混乱に陥っていた。
「園部観察所にいる自衛軍からの連絡は!」
「——ありません!
最後の通話が途絶えた後、連絡が繋がりません」
「自衛軍の本隊はどうした!」
「向こうも砲撃されてるので、今は掩体に避難するって連絡がありました」
「本部に連絡は!」
「ダメです。魔力のジャミングがかかってますから、繋ぐことができません」
「スマホも使えないか」
「はい。先から試してるんですけど、だれも使えないんです」
亀岡支部の支部長は部下に連絡の状況を確かめてるようだ。
亀岡支部の建物は厚さのあるコンクリート造で、砲撃なら直撃されても壊れることがないと桑原さんが教えてくれた。
桑原さんは率先的に若い冒険者を連れて、混乱が収まるように支部長の指示に従って行動し始めた。
医療班は怪我人に手当てして、増野さんは奥さんに付き添いつつ、治療の手助けをしている。
強力なジャミングがかけられた今、俺はまず自分しかできないことをしようと思い、スマホで連絡を入れる。
『……あら、こんな真夜中にどうしました?
太郎ちゃんから愛の囁きは嬉しいですけど、明日にしてもらえると助かるわ』
「ひなのさん。冗談ではないので、ちゃんと俺の話を真面目に聞いてください」
『……太郎ちゃん、真剣な声をしてるわね。
なに? なにがあったの?』
「亀岡臨時支部が砲撃に晒されてます」
『——なんですってえええっ!』
九条さんはスマホからでも漏れるくらいの声をあげた。
こんなに声が飛び交っていなければ、きっと周りにも聞こえたことでしょう。
「ジャミングがかかってるから、スマホも魔力無線も使えません」
『太郎ちゃんはなぜ連絡できるの?』
「まあ、そこは勇者家族特製ということにしといてくださいな。
それで今から亀岡支部長のところへ持って行きますんで、後はよろしく」
『ええ、助かるわ』
スマホを持ったままイラつきが収まらない支部長のところまで走っていく。おっさんは走り寄る俺へ不審な顔を向けてくる。
「太郎か。そう言えばお前は回復魔法が使えたな。
悪いが、こっちよりも医療班を手伝ってくれないか」
「支部長、俺のスマホは使えます。
今は九条さんに繋いでるから、話してやってください」
「なにぃ、それは本当か!
ちょっと貸してみろ。
――あ、副会長ですか。はい、丸山です。あ、はい――」
用事を済ませた俺はとりあえず支部長の指示通り、医療班へ行って回復魔法をかけてこよう。
――心の中で葛藤し続けていることがある。
それは欠損した患者について、俺は妖精の秘薬を出すべきかどうかと考えた。だがポメラリアンとの約束はあるし、ここで出してしまえば隠せなくなることが火を見るよりも明らかだ。
結論として秘薬もリリアンの息吹も使わないことにした。
万が一、そのことが後でバレてしまったらここにいる人たちから罵られるかもしれない。だけど俺には守るべき生活があるし、大事にしたい人たちがいる――
卒業の日、担任からお別れの言葉が心の中で浮かび上がる。
『門出の日に言うべきことじゃないことはわかっているが、冒険者の道を選んだのならば、今日の卒業は永遠の別れと思え。
先生はみんなの幸せを願いたい、だけどうそをつくのはもう嫌だ。冒険者の道は険しく儚い、戻らないかもしれないお前たちのことを先生は一生忘れない。
死んだ同級生を忘れるな! 怪我して冒険できなくなった同級生にできることがあったら手を差し伸べろ。
冒険者は運、使い果たしたやつは帰って来ない。それを承知して道を行くのが冒険者だ。
生きるも死ぬも それは自分が選んだ道だってことを忘れるな』
今日という日はここにいる冒険者にとって災厄だ。
迷宮がある世界で生きる俺がヒーローイズムに囚われるな、今に自分ができることだけをしよう。
手を怪我で血が止まらない冒険者へかざす。
「回復」
「次はこの人をお願い」
看護師に言われたまま、俺は次の患者の場所へ移動する。
『人族は助けないことにしてるの』
『なぜ?』
『人族は欲深いの。
昔に助けた子がいて、逆に捕まってしまったの。
それで女王様からは自分の身を捧げる覚悟ができないなら、人族を助けちゃだめだって』
『もし俺が怪我したらリリアンは助けてくれる?』
『そんなの当たり前じゃない。
そういうことを聞くタロットが変なの』
『リリアン……』
人目がなければリリアンに頬ずりしたことだろう。
俺が回復魔法をかけている間、リリアンはなんの動きもみせなかった。ナツメさんのときはすぐに息吹を使ったから、そのことをリリアンに異世界語で質問してみた。
返ってきたその答えに感動しそうになった俺は、リリアンのことを大切にしていこうと改めて心に決める。
砲撃は続いているものの、支部内はようやく落ち着きを取り戻した。
俺のスマホはただいま冒険者の間を旅している。
連絡を終えて、支部長から返されたスマホをここにいる冒険者たちが、家族や友人と連絡するために貸してほしいとお願いされた。
生涯最後の連絡かもしれないと言われれば、俺も断るわけにはいかなかった。
「ありがとうございました。帰ったら必ずお礼をさせてください」
「別にいいで――そうですね、絶対にお礼してくださいよ。
お食事なんかは最高ですね」
言わんとすることを若い女性の冒険者たちが理解してくれたようで、晴れやかな笑顔してスマホを帰してくれた。
お食事なら生きている人しかできないこと、お礼したいのならぜひここで生き延びてほしい。
『なあに……こんな朝早くどうしたの?』
うっすらと空が明るくなっているいま、俺はムスビおばちゃんに連絡した。
「おばちゃん。緊急事態だから単刀直入で言いますけど、亀岡支部が襲撃されてる」
『そう……いつかは起きるかと思ったわ。
それで日奈乃には伝えたの? あの子なら飛び上が――
ちょっと待て、なんであんたがこのことで連絡してきたわけ?』
寝ぼけていたおばちゃんの声が変わった。
たぶんだけど、亀岡臨時支部がいつかは襲われると予測していた。ただその知らせが俺からとは考えてなかった。
「おばちゃんに連絡を入れたのは冷静に聞いてもらうためだ。
かーちゃんとオヤジが聞いたら大変なことになるから」
『まさか、あんたは亀岡にいるじゃないでしょうね』
「大当たりぃ。
さすがはおばちゃん、なんでもよくわかってくれる」
『——すぐに行くからそこで待ちなさい!』
「はい。どうしたらいいか、支部長に聞いてみ――」
激しき続いた砲撃が突如に止んだ。
静寂する臨時支部の中で、ここにいる全員が隣にいる人と顔を見合わせる。
『――モンスターどもが来襲!
その数、数えきれません!』
屋上にある観測所から女性職員の悲鳴がスピーカーを通してホール内に響き渡った。
「全員すぐに武装しろ!」
「くそー、どうなってやがる」
「嫌だあー、だれか助けてよ!」
「自衛軍はどうした! あいつらはなにをしてるんだ!」
「さっさとしろお前ら!
非戦闘員は地下の倉庫に行け、魔法が使えるやつは窓から射撃の用意しろ!」
よく考えてみれば、最初からムスビおばちゃんに知らせておくべきだった。
かーちゃんたちなら、この事態をどうにかしてくれたかもしれない。俺はいつも誤った判断するから、ときには取り返しのつかない状況へ発展してしまう。
『今の声はなに? そこはどうなっているの!』
支部長の怒号に戸惑いつつも武器と防具を着装する冒険者たち。
スマホの向こうから聞こえてくるムスビおばちゃんの声に、俺は自分がどうしたいいのだろうかと考え込んでしまった。
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