番外編6 最強の冒険者はへっぽこ長男を狙う
ネオジパン党側の視点です。
良ければご一読ください。
「九条のお嬢さんにはいつも困らされるのう」
「まあまあ、そう怒ってやりなさんな。
あれはやんごとなき御方を思っての行いと考えればよい」
「藤田さんはそう言うけど、勇者の若造たちが水龍を呼び出したのはよくないぞ。あれでわしらは議員一人を犠牲にせねばならんではないか」
「瀬田のじいさんや。あんたが大津ギルドに無理な緊急クエストを出さなければこういう事態にはならんかったわい。
畿内で影響力を増したいのはわかる。だけど勇者一族がいる限り、畿内は泳がせてやれといつも言ってるではないか」
「勇者とな……」
窓一つないの室内で、年寄りたちが机の上に用意された飲み物や茶菓子に手を出さないまま、深刻な顔して討論を続けてきた。
「藤田のばあさんよ、あんたが勇者を恐れるのはわかる。わかるがこれ以上わしらには時が残されてないのだ。
現に松平のやつは病院のベッドで憤死したではないか、九州の旧地に帰りたかったとな」
「それがなんだい?
そんなのはあたしらがやろうとすることになんの関わりがある?
華族なんてものはそれこそ旧時代のカビが生えた話、あたしらは国を再建するのが目的ではなかったのかえ?」
きつい目で睨む元気そうなお婆さん。
睨まれた頭の禿げたお爺さんが机から手にした冷めたお茶を飲んで、視線が合わないように食べたくもない茶菓子へ目を逸らせる。
「そうイジメてやるな、藤田。
大津ギルドの件は否定的だったかもしれんが、あんたも黙認したじゃないか? いまさら文句を言うでない。
それに大津ギルドの件は勇者に暴走させて、あやつらを指揮下に置くのが目的の一つだ。まさか水龍を使うとはたまげたがのう」
「そうだぞ、前原の言う通りだ。
勇者が動いた時は予想外の儲けもんだとみんなが喜んだではないか。九条のお嬢さんがこっちの言いつけに従ってくれたら、なんの問題もなかったんや」
「前原さん、そう言うけどあたしは――」
「――黙って聞いてくれや、藤田」
「……」
「山城地域探索協会が支配する近江地域探索協会を、こっちに付く中島のやつに頭として据えおくつもりだった。
だがあのアホは、せっかく手配してやったのに失敗しただけではなく、こっちの手まで九条のお嬢さんに知られたのだから、とんだ使えないバカ者だよ」
「そうだそうだ」
「目をかけてやったのに、九条に屈服するとはなにごとか」
「それだからいつまでもわしらは死ねんのだよ」
周りにいるお年寄りが前原に賛同する声をあげる。
老女はお茶を飲みたいというわけではなく、ただ行き場のない怒りを鎮めさせるために、力一杯湯飲みを握りしめていた。
「幸いと言うべきかな、こっちまで辿れないように手は打ってあったから、九条のお嬢さんが疑念を持っても証拠まではあがらん。
そこでだ、これ以上畿内を好き勝手にさせないために、次の手を打とうじゃないか」
「前原さん。あんたはそういうけど、山城のモンスターと協定を結べたことに内閣は高い評価してるじゃないの。
今回の件で探索協会の本部も九条のガキに畿内本部の副本部長に昇格させるというじゃないかえ」
「わが国土を侵すおぞましい魔物と協定を結ぶ。
資源をもたらす迷宮なら我慢のしようもあるが、九条のお嬢さんにきついお灸をすえてやらんと気が済めんわ!」
いきなり右手を振り払い、前原の湯飲みが床に落とされた。
大きな音を立てた湯飲みがいくつもの破片となって、中身だったお茶は高価のカーペットに染みを作った。
「落ち着いて、前原さん。高血圧が――」
「それは心配せんでいい。
捕らえてあるエルフが回復魔法に長けているんでな、死に目が遠のいたわ」
「……どう足掻くのか、聞かせてもらいたいね」
「藤田、今回も黙って見てくれ。
お前の穏便なやり方にこっちは何年も付き合わされて命をすり減らされた。
勇者という力があるのに、人のために使わない役立たずどもをそろそろ矢面に立たせるときがきたのだ」
「前原あっ! 勇者には手を出すなと――」
「――それはもう聞き飽きたわい!」
怒りに震える老女の手で、握られている湯飲みからお茶が机の上にこぼれる。
緊迫した空気の中、事態を黙って見ていたネオジパン党の党首である瀬田が口を開く。
「そこまでだ、前原さんも藤田さんも」
「……」
後ろに控えている若い女性の使用人が藤田の手から湯飲みを取り、その手をハンカチでこぼれたお茶を拭きとった。
「藤田さんには申し訳ないが、今日は責任について語るために集まってもらったではない」
「……では、これは何のための集まり?
あたしをつるし上げるためになのかえ?」
「そういきり立つな。
お前はいくつになっても若い、羨ましいのう」
「あんたらと違って、あたしゃ囚われのエルフを使って治療してないからね。
自分で健康を保たないと、あっという間にコロッとあの世に行ってしまう」
老女からの皮肉に、党首の老人は苦笑をみせるだけで返事しようとしない。
「さて諸君。わしらは年取っていくばかりで、このままではわしらが死に絶えても国土は復旧されない」
「……」
返答を求めない党首の言葉に、ここにいる全ての老人が口を噤む。
「埒が明かないからそろそろわしらも動くとしよう。
目的は二つ、まずは畿内の支配者にして、やんごとなき御方の信頼が厚い九条のお嬢さんを屈服させる」
目を下に向けた老女はなにも言えないで唇を噛んだ。
「もう一つがこの国の最大戦力である勇者一族をわしらのコマとして使うことだ」
「すまんがそれはちっと難しいではないかな?
あれにはこれまで幾度もなく煮え湯を飲まされてきたし、ぼくらにつかないとむすびの小娘が明言したはずだ。
あいつところのラビリンスグループと衝突するのは さすがに総理も黙ってないでしょうに」
眉をしかめる末席に座る老人が党首の提案に苦言を呈した。
「清原か、お前が喋るのは珍しいな」
「国益を思ってこその話だ。
それより説明はしてくれるか?
人であろうと国であろうと、思惑に乗らない勇者をいかにして動かすのか」
党首の瀬田は清原と呼ばれる老人に答える代わりに、デザインが美しい腕輪を机の上へ、見せびらかすために置いてみせた。
「エルフを従える従属の腕輪、あいつらの術式で人にも効くように改良を施した。
効果は大津ギルドの緊急クエストの時、Aランクパーティを使ってすでに確認済みだ。意思は持てるけどこちらの命令に逆らえん」
「まさか、東海道地方の本部で自害したワイルドファングという――」
「それだ」
「……瀬田さん。あんたの国を思う気持ちは尊敬できるし、これまで導いてくれたことも感謝する。
だけと人の道というものがあるでしょうに、それを外しては鬼となりますぞ!」
「この術式が優れたところはな、従属されていることは口に出せないし、死んだときに術式が霧散するから証拠が残らん」
「瀬田さん――」
「――黙りなさい! 末席の分際でしゃしゃり出るでないの」
「藤田さん……」
「清原。黙れないのなら今すぐここから出てお行き」
藤田は自分たちの党首が目に宿す異様な光に気が付いた。
少し離れたところに座っている前原の顔に、冷めた笑いが浮んでいた。
今まで腕時計をしない瀬田の腕に高貴そうなブランド品の腕時計が嵌められていることを、藤田はできるだけ目を向けないように気を遣う。
荒廃した国土に涙と嘆きで明け暮れた日々。
以前にあった美しい国を取り戻したい思いで集ったネオジパン党は、自分が知らない間に変質してしまった。
ここで反抗的な態度を取り続けると、従属させる手段がある前原は瀬田にしたように、従属の魔道具をだれ構わず使うだろうと、前原の性格を知る藤田は理解している。
清原はネオジパン党の末席にあるけど使える人間だ。
ワールドスタンピードの後、歴代の総理と連絡してきた彼なら、太い人脈を使って旧時代の良きものだけ、次世代に伝えてくれるのでしょう。
ここで彼を失うわけにはいかないと、藤田は密かに覚悟を決める。
藤田が頭を回転させ続ける間にも、ネオジパン党の党首は意味のない自己賛美をくり返し、感動しないわずかな党員へ前原は注意深く観察を続けた。
「――であるからして、わしらは日ノ本帝の国のために粉骨砕身の思いでこれからも動き続けねばならない」
しらじらしさが満ちた盛大な拍手が沸き起こる。
自らも大きな拍手を送る瀬田は、果たしてこの中で何人が前原に掌握されていることに思い悩まずにはいられなかった。
「そこで今回はわしらも現地に出向かうとしよう」
「素晴らしいご覚悟だ。
瀬田さんの熱い気持ちにわたしらも付き合おうではないか」
「そうだそうだ」
「前原さんはいいことを言うわ」
「わしも付き合おう」
「全員が行くのはさすがに党の運営に問題が出そうふぁ。そこで――」
前原は話の途中で藤田へ視線を向ける。
「有能な藤田さんと清原に残ってもらい、国政に影響がないよう、しっかりと党を支えてほしいものだな」
「……わかった、引き受けよう」
「サポートに何人か残していくから心配しなくてもよい」
「ありがたい御配慮だねえ」
体のいい軟禁といったところだと、藤田は前原の真意を悟る。
だが従属させないところは、昔から党を支えてきた仲間に対する最後の気遣いであると、彼女はこの場で自分が敗退したことを知った。
「なにをするつもりだ」
気落ちした清原は最後の気力を振り絞って、ここにいる真の支配者である前原に問いかけた。
「党の主要幹部は秘密裏に山城へ行く予定、そこで九条のお嬢さんと勇者一族を従わせる」
「そんなこと――」
「――政治ならなんの問題にもならんが、冒険者とかいう労働者ではないので、技術的なことは専門家に任せようと考えている」
「要するに老人は大人しく介護されていろってんだよ」
前原の後ろで壁にもたれていた大男が不遜な態度で、失礼極まりない言葉を臆することなく発した。
「……お前が受けてきた教育を知りたくもあるが、敬意を払うことは最低限のことだぞ」
「へいへい、すんませんな」
叱られたというのに大男は悪びれる様子もなく、仕方なさそうに誠意のない謝罪の言葉を口にした。
「鎌本、お前が糸を引いてたのか」
「ババアが生ぬるいことばっかやるから、オレが働かされる羽目になったんだよ。
ちった自覚を持てほしいよなあ」
憎らしげに睨んでくる藤田へ平然とした態度で、大男の鎌本は前原の横に立つ。
「自己紹介はいらねえだろが、敬意ってやつを払ってやらあ。
東海道本部の副会長、鎌本がこの後の実務を引き受ける。
オレがやるからには、徹底的にやり遂げるから安心していいぜ」
返事を待つこともなく、机にあるタッチパネルを使って、鎌本はいくつかの操作をしてから、前方にあるスクリーンに資料を表示させた。
「こっちが掴んでる情報で キャッスルダンジョンが近い内にスタンピードを引き起こす」
「その情報は早く九条の嬢ちゃんに教えてやらんと――」
「――なにを抜かすんだ、ババア」
「なにぃ」
焦りをみせた藤田へ、鎌本は顔を歪ませて凄んでみせた。
「だからてめえはいつまでも九条のおばはんを支配できねえんだよ」
「お前え……」
「さてと、ババアに付き合う気はねえから続けさせてもらうわ……
近江のスタンピードは無視する。
被害が出るなら多ければ多いほどいい、それで九条のおばはんに追い込みをかけるから後はオレに任せとけ」
「……」
悔しそうな表情を見せる藤田を見て、鎌本は満足そうに冷笑を浮かばせる。
「畿内本部の副本部長九条のおばはんには従属してもらう。
これで畿内を掌握することができるから、めでたしめでたしってわけだ。ババアが十数年できなかったことをオレがやってやらあ」
「……勇者一族はどうする?
あれがお前ごときでは敵になり得ない」
「ババアにしてはいいことを言う。
忌々しいことに、オレでは当代の勇者にすら勝てないことは明白だ」
「なら――」
「――だから頭を使うんだよ、ババア」
人差し指で数度ほどこめかみを叩いてから、鎌本は卑しい笑みを藤田に向ける。
「いいアイテムがあるじゃないか?
知ってるか、勇者一族にはへっぽこ長男という使えないやつがいることを」
「……お前、気が狂ったか!
先代の勇者たちは政府にハッキリと伝えたんだぞ。
太郎に手を出したら国が相手でも容赦しないって——」
「はは、ハハハハア――」
狂喜に塗れた笑いが室内をこだまする。
鎌本の笑いに藤田は狂人の本気を感じ取り、体から冷や汗が噴き出してしまった。
「――心配すんなや、ババア。
従属の腕輪はエルフの命が刻み込まれている、生易しい魔力では破れないぜ」
「鎌本……」
「こちらにはまだ数十人のエルフがいるからよ、数十個の腕輪は簡単に作れるんだ。
なんならエルフ狩りでもして増産させっか」
「――」
「オレはよ、若いときに拒んでくれた九条や鳳のおばはんにはもう興味がねえ。たまになら、使ってやってもいいがな。
前原さんがよ、当代の勇者パーティの小娘たちを全部くれるだとさ。
あいつらを思うだけでこう、下半身が滾ってくるんだよな」
「……お前がまともでないことは知っていたが、ここまでとは」
「褒めてくれて嬉しいぜ。
——まあ、ババアは清原のじっちゃんとゆっくりしてくれや。
なあに、飯はうまいもんを食わしてやっからよ、するこったねえなら仲良しこよしに子作りでも励んでみろや」
勇者一族以外では、日ノ本最強の冒険者と言われる東海道地方探索協会の鎌本副会長は控えている部下へ合図して、ネオジパン党の穏健派である藤田や清原たちの議員と使用人を監禁させるように部屋から連れ出した。
太郎は自分が知らないところで、人間からもたらされる危機に見舞われようとしている。
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次話から最終章です。同じく水曜と土曜の投稿に戻ります。
太郎が最強の力で頑張ります。
よろしくお願いします。




