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勇者家族のへっぽこ長男  作者: 蛸山烏賊ノ介
第5章 独り立ちすることが目標のへっぽこ長男
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5.11 へっぽこ長男は恋人と朝の接吻

 朝チューは中学生の頃に見てたアニメのヒロインが幼馴染の主人公にする羨ましかったシチュエーション。


 まさか自分が本当に同じ体験するとは、青春期の自分へ夢が叶ったことを叫んであげたい。



「おはよう、ターちゃん」


「……お、おはよーごぜーますぅ」

「ふふ」


 自分の顔が真っ赤になってることは自覚できてる。


 すぐ横にいるマイが朝の光を浴びて、煌めく金髪の輝きに俺の目を奪われていることになぜか恥じらいを覚える。


 こういう時になんて言葉をかければいいかがわからない。


 幸永に聞いておくべきだったと一瞬だけ考えが浮かんだけど、すぐにそれを打ち消すように頭を振った。



 実の姉の処女を奪っておいて、その姉にどんな優しい言葉をかけた方かいいかなんて聞かれた日にはたぶんだけど、ぶん殴ってやることしか思いつかないのだろう。


 もし洋介が同じことを聞いてきたら、俺はリリアンとのコンビ技で、しばしの間に病院で静養させるだけの自信を持つ。



「どうしたの?」


 寝起きでだるい体の上へマイが覆いかぶさってくる。


 その柔らかい感触に、朝方まで二人がずっと起きてたことを思い出す。


「あら? 元気になったわ。また――」

「――健康な男子による生理現象でありますのでお気遣いなく!」


 軽く唇のふれあいに強めのハグ、こいつ(マイ)はいつでも小悪魔(サキュバス)だ。



「い、い、いたくなきゃった?」

「ん? なあに?」


 ——カミカミだ、ダッセーーっ!


「あ、いや……痛くなかったかなって」

「ターちゃんは痛かったの?」

「なんでやねん! めっちゃよかったわ」


「ふふ。じゃあ、いいんじゃない」


 直球すぎるほどのお返事に、マイが嬉しそうに力一杯抱きしめるものだから、大きなお胸が潰れるように押し付けられた。


 ——これはアカンわ、また昨夜のようにたかぶってしまう。



「お、起きようか。な?」


「ターちゃんは気遣いさんだね……

 そうね、風呂に入りたいわ。ターちゃんもくる?」


「ご一緒させてください」


 昨夜は久しぶりにマイが髪を洗ってくれた。


 どこでそんな優しい手付きを学んできたかと、思わず聞いてしまったほど気持ちよかった。


 ウジウジしてた昨日までの自分を叱りつけてやりたい。


 ヤってしまえばどうということはない——というより、こんな気持ちのいいことをなぜ拒み続けてきた意味が今の俺にはわからない。




 俺とマイが着替えてから迎賓館のダイニングへ足を運んだとき、すでに朝食が用意されていて、リリアンが口の周りを汚したままゲップしていた。


「ゆうべはおたのしみでしたね」

「にゃ、にゃんてことを言うんだこんにゃろ!」


 会うなりになんてことを言ってきた。


 ——だれだ! アホな妖精(リリアン)に旧時代の名セリフを教えてリアルで使わせたやつは!



「ねえねえ、そういえばよかったの?」

「ええ、そうよ。次に言うときは先に教えるね」


 マイだった。まさか当事者が伝授したとは思いもつかない。


「食べながらウチの休暇をどう過ごすかを考えましょう」


「わかった。しばらくクエストを受けないつもりだ。

 行きたいところがあったら言ってくれ」


「ターちゃんとひとつになれてよかったわ。

 前より優しくしてくれるですもの」

「あ、うん……」


 手を握ってくるマイに照れながら俺は彼女の手を握りかえす。


 なんだか色々とアホなことを考えてたけれど、今から思えば、それは独りよがりのくだらない思い込みだったかもしれない。


 自分ができることを頑張れるだけやってみる。これからはそうするつもりだ。



「マイがいるとき、ずっとゆうべはおたのしみでしたねって言ってあげるー」

「あら、それはとても嬉しいわ。リリアンはいい子ね」


「にゃ、にゃんてことを言うんだこんにゃろ」


 優しく妖精(リリアン)の頭を撫でる勇者(マイ)が目の前にいる。


 実はそれもいいなと思ってることを口に出して言えない俺は、まだ情けない自分がいることにがっくりと落ち込みそうだ。


 やっぱり殴られてもいい。


 ド畜リア充クソ野郎から、女性の扱いについての奥義を教わってほしい。




 ナツメさんや涙ぐむリディアさんたちに見送られ、俺とマイはイツキさんが操船する筏で琵琶湖を渡り、大津ギルドの近くで接岸する。


『おう、小僧。いつでも来いや』

『はい、また寄ります』


 ここへ着くまでに途中で仕留めたワイルドブラックバスをお土産用にもらった。



 水中にいるサバギン族の強さをまざまざと見せつけられた俺は、大津ギルドの緊急クエストでもしビワコ族が琵琶湖へ逃げ込んでしまったら、冒険者たちはいったいどうやって戦うつもりかと気が付いた。


 ひょっとすると今回の件で俺は先走りしてしまったかもしれない。



「考え過ぎよ。ターちゃんがしたことはちゃんと意味があったわ」

「マイ……」


 そっと頬に温かい手のひらを当ててくるマイの慰めに、乱れた気持ちが落ちつく。


「そうよ。タロットが来なかったら、ゆうべはおたのしみできなかったね」

「それもそうだわ。リリアンはいいことを言うね」


「にゃ、にゃんてことを言うんだこんにゃろ!」


 マイと体を重ねられたのは確かに今回の事件があったから、否定はできないし否定したくもない。


 ——だけどなあ、ほかに言いようがなかったのか、リリアン。




 山城でデートを楽しんだり、洛北や洛東の山間部に住む異族を訪ねたりと二人でゆったりとした時間を過ごした。


 マイの強い希望により、セルリアンナイトの三人ともお食事会を開いた。


 佳奈子はいつもの調子でマイとすぐに仲良くなって、お喋りを楽しんでる。尊敬のまなざしで近寄ることを恐れるかのようにみえた愛実とは対照的だった。



「ねえねえ、いっぷたさいってなあに?」



 レストランの庭でマイと早紀話し合ってるところから舞い戻ったリリアンが、恐ろしい名詞を俺に聞いてくる。


 二人は会うなり射るような眼差しを交し合い、食事の間は目を合わさない二人がすごく怖かった。



「リリアンちゃん。

 一夫多妻はねえ、旦那が一人で奥さんがいっぱいいるってことだよ」


「ふーん。それって、人族のいうヒモってだらしない男のこと?」


「そうとも言うかな?」


 デザートを美味しそうに口へ運び、たまにリリアンへ食べさせている加奈子がいらんことを教えてる。



「先輩、サキのことはごめんなさい。

 わたしも一応は言い聞かせてますけど……」


「いいんじゃない?

 それこそ今は一夫多妻制だからさ、舞センパイが納得すれば、早紀ちゃんは喜ぶと思うんだけどなあ」


 謝ってくる愛実。一方の加奈子が興味なさそうな表情で早紀のデザートへ手を付ける。


 当事者である俺は何も早紀と付き合うなんて言ってないけど、なぜか事態だけが進んでいる。心のどこかで早紀からの好意にドキドキを覚えるのは否定できない。



 ——しょうがないじゃん。


 物覚えがあるときからマイが傍にいたので、女子から異性として好かれることなんて記憶にない。


 マイのことは大好きだけど、早紀みたいにすり寄ってくるタイプではないので、ときめきを感じるのは罪じゃないはず。


 ただ、マイと()()()に男女の仲になったからには、早紀のことを諦めると心に決めてた。



「――ターちゃん、サキちゃんの覚悟は受け止めたわ。

 でもウチが一番だからそれだけは譲れないわ」


「は?」


 テーブルに戻って、デザートを食べながらマイが俺に宣言した。


 なにを話し合ったのは知らないけど、そこに俺の意思は存在するのかと部屋へ帰ったらベッドの上で確認するつもり。



()()()()、マイ姉様からチャンスを頂いたので頑張りますね!

 姉様がいないときは、私が太郎さんの面倒をしっかりとみさせてもらいます」


「へ?」


 固い決意で目を輝かせて語ってくる早紀に俺は返す言葉を失ってる。


 しかも俺のことを()()()()って呼んでるし、マイが先輩から姉様に昇格している。


 これはいったいどういうことだろうか。



「センパイも隅におけないね。

 ハーレムに空きがあったらあたしも予約をいれていい?」


()()()()だめ!

 ちゃんと太郎さんのことを考えない人はマイ姉様と私が許しません!

 ――それより、私のデザートはどこなの?」


「アハハハ。ごめん、リリアンちゃんと一緒に食っちゃった」


「あんたはなんでいつもそうなのよ。

 一言があってもいいんじゃない」


 ——そんなに怒らなくてもいい、デザートならお代わりを頼めばいいから――って、そうじゃない! 俺はまだ早紀と付き合うとは言ってない。


 それにハーレムってなに? マイだけでも持て余しているのに複雑な人間関係なんて築きたくない!


 あ、でも早紀ならしっかりと管理してくれそうだから大丈夫か。


 加奈子も予約するって言ってることだし、この際だからついでに愛実にも声をかけておくか――って、そうじゃない! ハーレムは性格的に無理なんだよ。


 ダレか、オレをタスケテ……




 寒くなる季節で俺と熱い日々を過ごしたマイは仕事に戻った。


 洛中ギルド(トラブル)を避け、洛西ギルドへ拠点を移した俺はヤマシロノホシの受けるクエストに同行させてもらってる。


 洛中ギルドへ行かないのは舞い上がってる早紀を避けるためだけど、近頃やたらと絡んでくるやり手受付嬢の朝倉媛子から避難するためでもある。



 東海道地方本部から戻った九条さんが俺にクエストを案内しようとするとき、なぜか朝倉が同席して九条さんを追っ払おうとする。


 こちらでも火花が激しく散らせていたので、俺の健全なる冒険者ライフを続けるために、運搬クエストの多い洛西ギルドへ移籍すると決めざるを得なかった。


 俺がなにをしたというのか、だれでもいいから教えてほしい。



「――爆発しろ」

「クハっ!」


 亀岡臨時支部からの帰り道に、相談に乗ってもらった田村さんから冷たくあしらわれた。


「たろうくん、モテモテだねっ!

 お姉さんもハーレム成員の立候補していいの?」


「もう、からかわないでくださいよ。俺は真剣に悩んでますから」


 冬子さんが指でツンツンしてくる。


 普段なら雑談で怒ってくるハヤトさんは、奥さんのアリシアさんと手を繋いで周りの風景を楽しんでる。



 亀岡盆地付近で頻繁に起こっていたモンスター族の襲撃は、ここひと月ほど鎮静化している。


 それどころか、モンスター族の影もみなくなり、一帯の山間部を偵察した亀岡臨時支部に所属する冒険者たちの報告によると、住処だった建築物は残っているものの、そこにはモンスターもアニマルもいないと探索クエストの報告が出されてた。



 何らかの原因で洛西の山間部に住む異族が違うところへ移り住んだかもしれないと、亀岡臨時支部の支部長が九条さんへ報告書を提出したらしい。


 その理由として、洛北に住む異族と人間が共存協定を結んだため、生存圏に危険を感じた可能性があると、報告に書き記されたことを九条さんが教えてくれた。



 探索協会の副会長としての九条さんは疑念を抱きつつも、亀岡臨時支部の支部長が主張する意見を受けないわけには行かない。亀岡臨時支部の人員や物資の消耗は大きすぎたためだ。


 所属する熟練冒険者は契約が解かれ、久しぶりに帰れることに歓喜した。


 代わりに派遣されたのは冒険者の経歴が3年以内の若手たち、任務としては旧亀岡市付近一帯の再建を中心としたものばかり。


 自衛軍も最精鋭の部隊を帰還させ、警備隊という形で銃器を中心に装備する1個大隊が派遣されたみたいだ。



 亀岡臨時支部に到着した俺は、任務である食糧と建材を倉庫のほうに納品した。受け取りのサインを終わらせて、しばらくぶりに会う桑原さんたちとの飲み会に招かれた。


 散々とお酒を飲まされたあげく、ギルドの横にある付属宿泊施設へ放り込まれた酔っ払いの俺。


 リリアンのやつが酒臭いと言って、アリシアさんの所へ泊まりに行った。




「――んー……んだよ、うっせえなあ」


 メッセージ着信の通知が枕元で鳴りひびく。


 飲み過ぎて頭が痛いのにやかましい着信音。


 一応はギルドからのメッセージなので、目を通したほうがいいと考えた俺はスマホの画面に目をやる。



山城地域山科支部緊急クエストについて:


安土城迷宮・観音寺城迷宮・彦根城迷宮・佐和山城迷宮・小谷城迷宮、通称城塞(キャッスル)魔宮(ダンジョン)による同時多発魔物氾濫(スタンピード)が発生した。


山城地域探索協会に所属するCランク以上の冒険者は直ちに当支部へ集合せよ。


特記事項:

討伐クエストに付き、Cランク以上であっても運搬士(ポーター)は緊急クエストに参加しなくてもよい。



 室外と室内から湧き上がる冒険者たちの怒声とともに、メッセージの内容で目が覚めた。




明日に番外編6を投稿します。


ブクマして頂き、とても励みになっております。誠にありがとうございます。

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