5.10 へっぽこ長男は水龍と邂逅
勇者パーティが誇る切り札の一つである爆発魔法。
本来ならそれは勇者全員が幸永へ同じ魔法を託し、焼け付くほどの小さな火球が広範囲の敵を爆破させる奥義魔法。俺は爆発魔法が使えないので、幸永へ魔力を譲渡するのが普段の役割だ。
三人だけなら威力は落ちるものの、それでもここにいる大津ギルド側の冒険者たちを殺すには十分な威力がある。
「はは、勇者が誇る秘技のエクスプロージョンか、これで終わるのならそれも仕方がねえ。
せめてこいつらの将来を道連れにできれば……」
高速回転する火球を見つめる筋肉ダルマ。
怯えた表情で顔中が汗にまみれ、自嘲するような囁きが気になったので、幸永を止めようと叫ぼうとしたが、先に行動を起こしたのはあいつだ。
「エクスプロージョン」
思わず目を細めてしまうほどの強い光とともに、とてつもない爆発が水飛沫を巻きあげた。
幸永は魔法を撃ったけどそれは琵琶湖へ向けたものだった。
唖然とするこの場にいる人たち、ハッとなにかを気付いた中島支部長は幸永に震える唇で問い質す。
「お、お前……今なにしたか、わかってんのか!」
「もちろんだよ。それを狙って撃ったんだから」
行動を共にする俺の幼馴染と姉妹は無言で湖のほうへ視線を向ける。我に返った筋肉ダルマが緊急クエストに参加する冒険者たちにしゃがれた声を張りあげる。
「勇者どもが攻撃したぞ! こいつらを捕らえろ!」
「あ、あれはもしかして……」
「ああん?」
山城地域で長年活動してきた中年の冒険者が、湖から湧き上がった不自然な一筋の波に目を向ける。その言動を不審そうに見ていた筋肉ダルマが同じ方向へ目をやった。
「――来たわね」
「そうみたいよ、お姉ちゃん」
「会うのは久しぶりかしら」
ハナねえ、さっちゃんとマイが穏やかな口調で話し合い、こちらへ明確に向かってくる、どんどん大きくなる一筋の波へ洋介は表情に微笑みをみせてる。
『我が安寧を妨げるはまたしてもおぬしらか、勇者ああああ!』
異世界から迷宮と共に転移してきた古代龍。
ワールドスタンピードのときに日ノ本へ飛来したドラゴンの進軍を食い止め、激戦の末にこれらを退けたのが凄まじい戦闘力を持つ三大龍。
その三大龍とは富士山を住処とする天龍ティフォン。
呉の海軍魔宮に住まいを構える地龍ユラン。
そして只今俺らの前で怒りを燃やし、体の四周に水の玉を浮かばせているのが、ここ琵琶湖に住む水龍ミズチだ。
体長のわりには頭が小さく、下半身がまだ水の中にあるのも関わらず、すでに水面から現した100mを超す長身は銀色の鱗に覆われ、小さな前足にある鋭い爪を威嚇するようにこっちに向けている。
水龍ミズチにずっと会ってみたかった俺は感動の真っ最中。
会ってみたい理由は子供の頃に三大龍をキャラクター化したアニメが放送されて、ガキだった俺はそれを夢中に見てたからだ。
『お久しぶりです、水龍ミズチ』
フレンドリーの態度で片手を上げる幸永が、友達にあいさつするかのように水龍ミズチへ声をかけた。
『気持ちよく寝てたら魔法で起こしおって、今日はなんの用だ』
不機嫌な雰囲気をまとう水龍ミズチは幸永に答えながら、冒険者たちが集まる辺りを見回す。
『ふん。人間どもが集まってなんとする?
このミズチと争うというのなら――』
水龍ミズチの四周にある水の玉がその数を倍増させた。
『――いつでもくるが良い!』
異世界語を理解できない多くの冒険者からすれば、畿内最強の魔物である水龍が、魂を砕きそうな咆哮をあげてるようにしか思えなかったのだろう。
筋肉ダルマなんかは腰を抜かしたのか、地べたに座り込んでしまい、その横で大津ギルドの支部長さんは茫然となって、口からよだれを垂らしてる。
彼らの気持ちはわからないでもない。
琵琶湖に住む水龍ミズチは人間やモンスター族のどちらにもつかないし、人間と迷宮の争いにも興味がない。だが自らの住処を荒らす者がいれば、だれであろうとその行いに罰を与える。
以前に大津ギルドのとある支部長が危険の少ない漁法で水産物を獲ろうとして、琵琶湖で何度もダイナマイト漁を強行させたことがある。
それに怒った水龍ミズチが安全地帯となった大津ギルド付近で大暴れして、大きな被害を出したことがまだ記憶に新しい。
その時の副ギルド長を務めたのが中島だから、あいつが水龍ミズチを恐れるのはその経験があったためと俺は考えている。
——さて、この怒れる三大龍のミズチをどうしたら鎮められるのでしょうか。
「あら、水龍ミズチのお出ましなのですか?
これでは到底敵うことができませんわね」
聞き慣れた声が耳に飛び込んでくる。
戦意喪失した冒険者の間を抜けて、九条さんが鬼の式神を護衛に、十数人の強そうなギルド職員を連れてこの場に現れた。
神威の下で冒険者たちは損害を出すことを恐れ、大津ギルドが出した緊急クエストは水龍ミズチの出現により失敗という形で終わった。
冒険者たちには山城地域探索協会が依頼解約金を支払うことで九条さんが約束すると、あれほど文句や怒声で荒れていた場は静まり返り、全員が我さきにと言わんばかりに洛東ギルドを目指して姿を消した。
水龍ミズチ様にご退場して頂くため、幸永は五つもの二等級の魔石を捧げ、嬉しそうに水面から尻尾を振る水龍ミズチ様は、返礼に尊大な態度で竜の鱗を勇者パーティの人数分だけ下賜してくれた。
九条さんは物欲しそうにしてたけど、勇者パーティではないのでもちろんだけど彼女はもらえなかった。
二等級魔石はラビリンスでも階層ボスを務める変異種モンスターからしか得ることはできないため、貴重なドロップ品として知られている。
「ムスビおばちゃんからもらったんだ。
水龍ミズチをダシに使えってな」
「マジで?
おばちゃん、奮発したな」
幸永はニコニコするだけでなにも言ってくれないけど、耳打ちしてくれたのは洋介のほうだった。
ちなみにもらった水龍ミズチの鱗は幸永がお持ち帰りして、ラビリンスグループの宝物庫で保管すると回収させられ、秘かに考えた銀色の防具を作る俺の野望が打ち砕かれた。
もっとも、ライオネルが俺に作ってくれるとは思えないけれど。
「幸永くん、あなたはわたくしと尾張地域の探索協会東海道地方本部について来なさい」
「お断りは――」
「できないに決まってますよ」
「はあ……嫌ですけど、一緒に行きましょう」
幸永が九条さんに拉致され、中島支部長とAランクパーティのワイルドファングは、旧名古屋市にあるギルドの本部へ連行されることになった。
「太郎ちゃん、ビワコ族たちのことは任せますね」
「はい」
「当分の間、ここ一帯のクエストは太郎ちゃん以外の冒険者へ依頼を中止させる予定してますの。それを異族に伝えてくださいな。
太郎ちゃんはわたくしからの連絡があるときに、必ず見るようにしなさい」
「えっと、専任冒険者ですか?」
「ふふふ、そうですよ」
快哉を叫びたい思いが湧けあがる。だけどそんな思いも九条さんからの言付けですぐに消え失せた。
「くじょ――」
「太郎ちゃんはだれを呼ぼうとしているのでしょうか?」
「ひなのさん」
「なんでしょうか」
この人はなにを考えているからどこか親しみにくく、愛称で呼ぶのは未だに抵抗を感じる。
「話したワイルドファングのことですが――」
「ええ、わかってますよ。
今回の一件との繋がりをちゃんと調べてみます」
「よろしくお願いします」
「太郎ちゃんの好意には感謝してますわ」
筋肉ダルマが呟いたことを九条さんに告げた。
俺が疑念を持ったくらいだから、九条さんなら何らかの方法で調査することだろう。
「――九条さん、もう出発するって言ってますよ」
「わかりました、いま行きます。
――太郎ちゃん、わたくしは用事を済ませばすぐに戻りますので、寂しがらないでくださいね」
「はははは、どうぞどうぞごゆっくりと」
幸永が九条さんに乗車を急がせてるから、彼女は俺とお別れのあいさつを交わした。
二人を乗せた大型装甲魔動車が発車した後、俺は見送りが残ってるもう一組の人たちへ話しかける。
「じゃあ、洋介兄さん。ウチの姉と妹をよろしくな」
「う、うるさいな。なんだよその兄さんというのは」
ハナねえとさっちゃんは撮影の仕事に戻る予定のため、俺からの強いお勧めで洋介が二人の護衛役を務める。
やつは勇者パーティの聖騎士なのにいつもの迫力が全くなく、俺にからかわれた洋介が顔を赤くしたまま三人で仲良くこの場を去った。
大きなイベントをクリアした気分で俺はナツメさんたちに説明するつもりだ。ねぐらにいないリリアンを探すために辺りへ目を配る。
『ねえねえ、マイはリリアンになにか買ってきてくれたの』
『ええ、ここへ来る途中でうなぎパイを買ってきたわ。
お茶と一緒に食べる?』
『うん! リリアン、うなぎぱいを食べてみるー』
——あれ? そう言えばマイが残ってるけど、仕事は大丈夫かな。
「マイ――」
「仕事なら心配しないで。
畿内に天地崩壊が起きるかもしれないからって、休みをまとめて取ってきたわ」
——お約束の読心をどうもありがとう、おかげでこちらも答えずに済んだわ。
それはいいとして、天地崩壊って……もっとほかにマシな理由がなかったのかとマイに言いたい。
『ギルドからの伝言は了承した。タッロがそういうのなら、あたしたちに異論はない。
——お父さんもそれでいいでしょう?』
『うむ。今まで通りなら文句はない』
普段着に着替えたケンタウロス族の親子は俺から事の結末を聞いて、フォルシーアさんたちと満足した顔で頷き合った。
この地に棲む異族たちも安穏な生活を望み、人間と事を構えたくないと考えてるようだ。
『ごめんねえ、あんたに世話になっといて、お礼に渡せるものが今の村にはないのよ』
『ナツメさん。俺はそういうつもりで来たわけではないから、気にしないでくださいよ』
『でもねえ、干物も全部人間に取られたの。
しばらくはあんたとことは交易できないのね』
『それも含めて大丈夫ですよ。
ギルドのほうでこちらに弁償させるように伝えておきます。ナツメさんたちは心配しないでください』
申し訳なさそうにするナツメさんへ、俺はいとも簡単に約束を交わす。
その程度のことなら九条さんはしてくれる自信を持ってるし、ギルドが誠意を見せてくれないなら、俺が代わりにするつもり。
それでより堅固な絆を築けることができたら、それこそ安い先行投資というものだ。
『ふふっ、俺って、悪よな』
『え? なに?』
『気にしないで、ナツメお姉さん。ターちゃんは時々トリップしちゃうのよ』
『そうなの? たまに変な子だねって思ってたけど、やっぱりどこかイカれた子だったのね』
『こんな子だけど、これからもよろしくしてあげてください』
『まあ、マイはよくできた子ね。
うん、お姉さんに任せときな』
『ありがとう』
ちょっと自己陶酔していたら頭のおかしい子扱いされた。
それはいいとしてナツメさんやリディアさんがマイとすぐに打ち解けたのはなぜだろうか? マイが持つコミュ力の高さに改めて驚かされた。
山の幸が並べられる食卓へ俺とマイが招待され、リディアさんがリリアンを大事そうに女王様が座るような小さな玉座へ座らせた。
なぜかいばってるやつの前には山間部から取ってきた各種の果物が並べられ、妖精様の左右にコボルド族の女性が小さく切った果物を差し出して、かいがいしくご奉仕してる。
『ねえねえ、それを食べてみるー』
『はい、リリアン様の仰せのままに』
『ねえねえ、うなぎぱいちょうだい』
『こちらですね……
はい、どうぞ』
チョイスした食べ物を口にしながらわがままを振舞う相棒へ、俺は生暖かい目で見守ることにした。
『タロー。今日はこっちに泊まっていけ』
『お邪魔していいんですか?』
今から琵琶湖沿いを走るのも深夜の山中を抜けるのも嫌だから、アンドレアスさんからの提案を俺は受け入れるつもりだ。
『うむ。迎賓館とまではいかんが、森の近くに客人用の館がある。そっちのほうで泊まっていってくれ』
『助かりました、甘えておきますよ』
山ブドウで甘く煮詰めたシカ肉を口に放り込んで、その舌がとろけそうな味に、コボルド族の作った芳醇なワインがより一層美味を引き立てた。飯がうまいから俺も空腹を満たすことでいっぱいだった。
だからなのか、俺は気付くことができなかった。
『裏に風呂があるから二人はゆっくりと休んで』
『ありがとう、ナツメお姉さん』
玄関から出るナツメさんをマイが見送った。
リリアンはリディアさんに連れていかれてしまい、ここでお泊りするのはマイと俺だけ。
空いてる部屋は一つのみと言われ、そのほか全ての部屋に鍵がかかっている。
ナツメさんが曰く、清掃中とのことだけど、掃除する異族なんか一人としていません。
「ターちゃんと一緒にお風呂に入るのは久しぶりね。
さあ、行きましょう」
「え? 決定事項なの? ちょ、ちょっとお、マイさん?
あの――あ、手を引っ張るな!」
「お話はお風呂のときにね。
ターちゃんと二人きりの旅先で泊まるのは初めてだから興奮しちゃうわ。
えいっ!」
「って、マイさん?」
俺の彼女がいきなり彼氏を男前なお姫抱っこして、木造で雰囲気がいい迎賓館の中を駆けていく。
彼女の輝く瞳が向けてるのはナツメさんがお勧めする、木製の大き目な二人用のお風呂が置かれている奥の庭。
思えばマイと一緒にお風呂するのは中学校一年生以来だ。
彼女の際どい恰好なら二人っきりのときによく見せつけられてたけど、成長したマイの魅力的な身体は想像の領域でしかなかった。
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