1-07. へっぽこ長男は野良でパーティに同行
この頃は休日がちょっと楽しいかな。
尚人たちと大阪魔宮へ迷宮探索してから、近場の探索協会で見知らぬパーティと日帰りの依頼を受けるようになった。
考えてみれば俺って、お坊ちゃまだったよな。
学生の時以外に知らない人と探索なんて行ったことがなかったから、一般的な探索の仕方はまったくといっていいほど、わからなかったと今さら実感できた。
ギルドはいい所だ。ポーターの依頼を受ける時にしっかりと相手の実績を考慮して紹介してくれる。
例えば同行する予定のパーティが記録されてる、過去に同行した外部メンバーの死亡率やクエストの達成率などのデータを参照して、あらかじめ選別してくれるおかげで、今はまだ変なパーティに出会ったことがない。
何度か一人で豊中支部以外のギルドへクエストを受けた。そこで勘づいたことがあるのだけど、俺って、ギルドから気遣われてるんだな。
さすがに勇者ファミリーの一員であることは知られてる。
大事にならないよう、裏で配慮してくれてることはなんとなく理解できた。それはしかたない、俺もそのことは諦めてる。家族のことは俺の誇りであり、みんなを守っていきたいと決めてることだから。まあ、実態はみんなから守られてばかりだけど。
今日は休日なので、やってきましたのは畿内地方摂津地域探索協会川西支部。
山には魔物が住んでいる。人々にとってそれがありきたりの常識。
世界規模の魔力噴出の後、人類以上に魔力に順応できたのは野生の動物だ。
多くの動物は身体に魔力を取り入れ、人が減り続けている間、動物たちは人と同じく、変化した世界に対応できるように進化を遂げた。例えばイノシシは身体を巨大化させ、2m以上の牙を持ち、魔力を帯びた体毛は下級魔法を軽く弾いてみせる。
ワールドスタンピードの時に、迷宮から溢れ出した迷宮魔物の多くは地上で魔力を失って霧散したのだが、一部の迷宮魔物は人と動物を殺し、その魔力を魔石に取り入れたことで肉体を得た。
本能である繁殖を思い出した魔物は旧時代の人類が衰退し行く中、同種で群れを作り、地上でその勢力を増やし続けた。それがモンスターの野生化だ。
動物と同じように魔力をきっかけに、植物もまた独自の進化を成し遂げる。
一部の植物はより多くの光や養分を得るために、攻撃する能力を備え、隣接する邪魔な同種を倒し、栄養素の源となる動物を捕食するようになった。より多くの進化した同種植物を増殖させるため、常に栄養分を豊富に含んだ果実を実らせる植物も現れた。
かーちゃんの話によると、稀に知能と言語能力を得た変異種の植物もいるらしいが、蓄積された知恵がないため、まともに対話ができないようだ。チワワマスターの寝物語によると、日ノ本のどこかの迷宮に世界樹のラビリンスマスターがいるみたい。高い知能を持つと言われる世界樹にいつかは会ってみたいものだ。
植物が密生する山には、動物と魔物が必要とする自然の資源は多く存在する。かーちゃんたち一つ前世代の冒険者たちの頑張りで、畿内や東海道の平原に棲むアニマルとモンスターにプラントは駆逐され、日ノ本の人たちがまた住めるようになった。しかし山間部ではプラントが作り出す天然の要塞によって、人たちの侵入は拒まれている。
政府としては冒険者たちの手で、より多くの国土を復旧してほしいという念願がある。だが危険度が高い割には迷宮探索みたいに実りがよくないため、ギルドへ出された山間部探索の国家依頼は滞っているのが現状だ。
白川小峰城迷宮での敗退は多くの熟練冒険者を失った。畿内地方に限っていえば、旧亀岡市の維持に多くの冒険者が山城地域へ移動してる。危険度が高い依頼を受けられる人はそんなにいない。
「――ギルドでは山田様にこの依頼を受けてほしいですが、いかがでしょうか」
「もうちょっとだけ考えさせてください」
なぜ山のことを考えていたかというと、受付カウンターに座って早々、受付嬢から山間部探索の依頼に、ポーターで同行してほしいとお願いされたからだ。
依頼票の上に記載されている情報によると、川西村清和台から旧兵庫県道12号川西篠山線を北へ進み、ルート上の現況と安全性を確認してほしい。現在は旧猪名川町川辺郡木津地域辺りまでは調査を進めているが、その先にある杉生地区をこの依頼の目標とする。ちなみに危険度は4だ。
旧時代の篠山市はいまだに連絡ができない地域。
受付嬢がこっそりと教えてくれたのは、政府は篠山市に前進基地を設置して、ここを起点に丹波市・福知山市・綾部市などの国土復旧を考えているということ。176号線道路ルートは一番近いのだが道路沿いに強力なオーガの集落がいくつも存在し、自衛軍の畿内師団による進攻は何度も撃退された。
173号線道路ルートは以前に50人からなる冒険者クランが探索に出かけた記録がある。だが一庫ダムの手前にある獅子山城迷宮が小規模的な氾濫を起こし、その探索隊は多くの死傷者を出して壊滅させられた。どうやら通したくなかったらしい。それ以降は不気味な沈黙を続け、国から調査依頼はあるものの、ギルド側は冒険者の派遣をしようとしない。
旧亀岡市からの372号線道路ルートは、亀岡市地域が当時のかーちゃんたちを主力として亀山城迷宮を討伐し、復旧を果たしたのは6年前だ。ただ、今でも時々山間部から動物や魔物が襲撃を繰り返してるようで、372号線道路ルートそのものの危険度が最高ランクの1ですと受付嬢が耳打ちしてくれた。
そこで考えられたのが12号線道路ルートだ。
これまた受付嬢からの情報だけど、12号線ルートで発見した魔物の種族は、ゴブリンやスライムなどの下級魔物が多いそうで、中級ランクのオーガはまだ発見例がないみたい。
また、木津前線キャンプを設置してから、数回の襲撃を受けたものの、そのすべてをギルドと契約した冒険者の駐在部隊によって撃退されたと誇らしげに受付嬢は微笑んでる。
「旧時代の地図と必要な物資は当ギルドが提供いたします。同行されるパーティはリーダーが冒険者経歴8年でランクはCです。依頼達成率は7割を超えてますし、今まで良くない履歴は記録されておりません。実力はギルドが保証いたしますのでどうぞご安心ください」
「あははは、すごいですね」
えっへんとばかりに受付嬢がない胸を張ってるけど、俺が不安なのはなぜそんな優良のパーティと危険度が低めの調査依頼を、俺みたいな記録上はほぼ駆け出しの低ランク冒険者、しかも運搬士オンリーの若造に勧めているということだ。
もしもムスビおばちゃんから、以前にかーちゃんたちが政府からの旧篠山市復旧依頼を断ったと聞いていなかったら、今日の俺はホイホイとギルドのお願いを受け入れたのだろう。憶測だけど、ギルドは俺をきっかけにして、かーちゃんたち現在最強の冒険者を引っ張り出したいのかもしれない。
このクエストに俺が失敗すれば、それとなくかーちゃんたちに情報が流れるでしょう。そうすれば息子の失敗を親が名誉の挽回してはどうかと、そういう噂が立つかもしれないと俺は邪推してる。成功しても、それはそれで次もよろしくお願いしますと、ギルドのほうは使える駒を手に入れられる。
今回はギルドのほうがまだその実力を測り切れない、山田太郎という勇者一族の若手を見極めたいの意図が見えなくもない。考えすぎかもしれないけど、なにも考えないよりはいいと思う。
いいでしょう。
せっかく色々とギルド持ちで依頼を受けられるし、同行するのは実力のあるパーティだ。それに俺という冒険者をただの運び屋としてではなく、役に立てるやつかもしれないとギルドは見込んでくれてるんだ。周りにいるツワモノたち以外に、実力のある冒険者たちと探索するのも今後のために勉強になれそうだ。
報酬も探索成果の1割とは別に、一人当たり2万円の調査費がもらえるから、日帰りにしてはわりと報酬が美味しい調査クエストだと思う。
この依頼、受けよう。
「わかりました。私でよければ依頼を受けます」
「よかったあ、ありがとうございます。依頼の詳細はさきほどお伝えしたように、旧兵庫県道12号川西篠山線をできるだけ北の方向へ進み、ルート上の植物と動物及び魔物の種類を記録してください。もちろん、ルートの安全性を調査することも大切ですよ」
満開の笑みで受付嬢は解説してくれるけど、それはポーターもやらないといけないことかな。
「あのぅ、私はポーターの役割でクエストに同行するなんですよね」
「ええ、もちろんそうですよ。ただし、未知の地域に関する調査依頼の場合はパーティが壊滅する恐れがあります。その場合は生き残ったメンバーができるだけ詳細な情報を持ち帰ることが義務付けられていますので、たとえ運搬士であっても直接の応戦以外は冒険者としての行動を心掛けてください」
「あ、はい」
「ご自身の安全を第一義に考えてくださいね。ほかの探索依頼と同様、未知の地域に関する調査依頼の場合は、パーティが壊滅して戦闘要員が全員死亡しても、運搬士の即時撤退は迷宮探索法施行令で認められております」
「……理解しました」
身震いがしてきた。
ずっと安全地帯で生きてきた俺が、初めて冒険者という危険領域に足を踏み入れた気がする。緊張して顔がこわばったのだろうか、受付嬢が優しげに笑みを見せてから話しかけてくる。
「頑張ってくださいね。ヤマシロノホシの皆様が2階の201室でお待ちしてますので、皆様と合流してから詳細の内容に付いて打合せして下さい」
「はい。色々と教えてもらえて、ありがとうございました」
ギルトが認めているやり手のパーティ、ヤマシロノホシの人たちに会いに行くか。
「おお、なんか細いボウスがきたな」
「おはようございます」
待合室に入るなり、右側のソファーに座っている頬に古傷が目立つ、ガッチリした体格の男からのごあいさつに、まずは無難に返事することにした。
「ふーん。若い人の子ね」
大男の向かい側にいる女性は、長い金髪と細めな体付きして、なにより特徴のある細長い耳が目に飛び込んできた。この人の同族はうちにもいる、異世界からきたエルフだ。
「なんでギルドはこんな頼りなさそう子を紹介したのかねぇ」
ミニキッチンに立つ30代半ばのおっさんは、手に持つ紙のコップを回しながら目を細めて俺を見ている。身に纏っている雰囲気と灰色のマント姿からみると、たぶんこのパーティの回復士なんだろう。
「いいんじゃない? なにかあったらギルドに文句を言ったらいいんだし。それよりもさっさと話を終わらせて行こ? ちゃっちゃとやって早く帰ってこようよ」
やる気なさそうに俺を一瞥してから、一番奥のソファーから立ち上がったのはハナねえと同じ年頃の女性。目元しか現さない防具、ぴったりとした装備と腰に着装する短剣から考えると、この人がパーティの偵察役だと思う。
「ハハハ、ボウス。俺はヤマシロノホシのリーダーで前衛を務める川島隼人だ。向こうのおっさんが回復士の田村豊。若い姉ちゃんは下忍の臼井冬子。ほんでおどろけ、ここにいる金髪のあねさんはエルフさんだぞ? 魔術士の上位である、魔法士の鬼ノ城アリシアだ。どうだ、おどろいたか」
「え? なぜに鬼ノ城?」
鬼ノ城という姓がついてる、異世界から来たエルフにおどろくわ。
「迷宮にいた姉妹と一緒にこの世界に転移してきたのが鬼ノ城迷宮よ。この世界に生きていくってみんなで決めたから、故郷の地を名乗るのがエルフの決まりなの」
面倒くさそうにしてるのだけど、エルフのアリシアさんはちゃんと疑問に答えてくれた。それならうちに居ついてるダメエルフは池田クララというわけだ。よし、今度からイケダちゃんって呼んでやろう。
「お? アリシアがエルフなのはおどろかんのか?」
「はは、ダメなやつを見たことがあるんで」
期待を外してしまったような顔で聞いてきたヤマシロノホシのリーダーに、俺は苦笑して答えた。
「うーん、お前の資料はと……」
リーダーの川島さんはテーブルに備え付けてあるタブレットを覗き込んでる。不審そうに見てくるアリシアさんへ、とりあえず日ノ本人らしく愛想笑いをみせる。
「お、おりょ? なんだぁ? お前が勇者とこのへっぽこ長男か!」
「キターーー! 様式美、いただきました!」
川島さんのめっちゃ驚いてる顔に、俺も思わず反応してしまった。




