5.08 へっぽこ長男は湖畔の異族を救援
「よろしいのですよ、太郎ちゃんは自分がしたいようにしなさい」
「あれ?」
洛中ギルドにある副会長の執務室で、九条さんは優雅な手付きで紅茶を入れてくれてる。
正直なところ、俺がビワコ村へ行き、サバギン族やケンタウロス族に加勢したいことが九条さんから止められると考えてた。
だけど九条さんは俺の覚悟を聞いても、顔色を変えることなく許可してくれた。
「大津支部の緊急クエストは通常の協会本部からではなく、ネオジパン党の息がかかってる国土復興省より大津支部へ通達されましたの」
「それって、どういうことですか?」
「太郎ちゃんは当代勇者たちに連絡したですって?」
「あ、はい。俺では守れても反撃する力が――って、なんで知ってんの!」
疑問を答えてくれない九条さん。俺は幼馴染と姉妹に助けを求めたことが掴まれてると思い知った。
「いいこと? 山城地域探索協会は太郎ちゃんにつくわ。
クエストに参加した冒険者を太郎ちゃんから攻撃することは禁ずるけれど、自衛する過程で傷害事件が発生してもそれは仕方ないことなの。
その代わりに証拠はちゃんと残しておきなさいよ」
「……」
紅茶を飲む仕草が普段と変わらないまま、九条さんからすごいことを伝えられた。
攻撃されたら反撃してよし。
それで大津ギルドの緊急クエストに参加した冒険者が大怪我しても構わないと言ってるみたいなものだ。
もちろん俺としてもできるだけ冒険者と事を構えたくない。
ただ発せられた緊急クエストの説明に、ちゃんとした討伐理由が記載されていなかった。
そのために俺は現地へ行って、サバギン族のナツメさんやケンタウロス族のアンドレアスさんから事情を聞いてみるつもり。
政府による国土の復旧クエストというのなら、一民間人の俺ではどうしようもない。
だけど地方の協会支部が自力だけで、三千体以上のモンスター族を討伐できるとは思えない。九条さんは明言してくれないけど、俺の行動を容認した理由はそこにあると自分なりに憶測してる。
「はやとくんたちヤマシロノホシと売り出し中のセルリアンナイトが同行を申し出たのに、太郎ちゃんが断ったですって?」
「はい。ありがたかったですが、断らせてもらいました」
これは交流のある異族に関わりたい俺の私事、家族以外の人たちを巻き込むわけにはいかない。
アリシアさんは鬼ノ城のエルフさんたちに連絡を入れて、彼女たちが駆けつけてくれようとしたのがとても嬉しかった。もちろん、お断りさせてもらった。
「太郎ちゃんがビワコ村へ行くのは止めませんよ」
「いやまあ、本音をいうと、ひなのさんはあっさりと許してくれたのはびっくりした。
拘束されるかなと覚悟したんですよ」
自白したおれへ艶のある笑顔を見せる九条さんは、絡めつくような声音で話しかけてくる。
「もし、わたくしが太郎ちゃんを拘束しようとしたら、太郎ちゃんはどうするだったのかしらね?」
「——反撃させてもらいます」
そういうことを色っぽく聞かれても、俺の返事が変わるわけがない。
「太郎ちゃんはもうちょっと風流を勉強されたほうがいいと思うわ」
「そういうときではないんで」
「それもそうですわね」
あっさりと俺の意見に同意した九条さんは恨めしい表情から真顔に切り替えた。
「わたくしの権限でなるべく山城地域に所属する冒険者を行かさないようにしておくから、太郎ちゃんも余計な気を遣わなくていいわ」
「そんなことしていいのですか」
「今回はそんなことをしなくちゃいけないのですわ」
柔らかい光がさし込む窓へ顔を向けた九条さん。
一瞬だけだが、凄味のある視線が浮かんだようにみえた。彼女の表情を伺えない今、なにを思案しているのかは想像することもできない。
大津ギルドの管轄下にある京都滋賀線の道路を使うほど、ビワコ村と交流のある俺はおバカじゃない。
旧時代の京都府道367号線を沿って、ビワコ村がある旧高島市を目指す。
あらかじめにオーク族のイスファイルさんへ連絡を入れたから、通りやすいように沿路をお掃除してくれるとのことだ。
『アラクネ族にルート上のアニマルやプラントを排除しておくように伝えてくから、急いでくれて構わない』
『ありがとうございます』
『なに、礼には及ばないよ。
わたしたちもこの件には関心を寄せているのでね』
『そうですか』
スマホが使えるイスファイルさん。彼は常に人間の動向を気にして、スマホから情報を得ることに余念がない。
渓流のせせらぎの音に送られて安曇川沿いを北へ向かう。
時折左右にある山林からサルや蚊の軍団が襲ってきて、自分の土魔法投石やリリアンの魔法で撃退して、一刻早く旧高島市にたどりつけるように身体強化をかけた足で進んでいく。
『――こんにちは!
ここを通って琵琶湖へ出たいので、あなたたちと戦うつもりはないです』
『……』
朽木地区に今はゴブリン族が住んでいて、田地を整備して来年から田植えするつもりだとイスファイルさんが教えてくれた。
俺を警戒するゴブリンと衝突しないように一言をかけてから、ゆっくりした歩調を維持し、東に向かって用心しながらすり足で後ずさる。
『タローくんだね?』
『あ、はい』
武器を手放さないゴブリンの後ろ一体のアラクネがから現れて、俺に声をかけてきた。
『イスファイルから村長に話がきてる。
お願いだから同胞を救って』
『同胞って?』
『湖の畔に住むオークやケンタウロスは亀山城迷宮から逃げてきた同胞。
人族と争いたくないために、人族が住む場所から離れたあそこへ移住したの』
『そうなんですか……』
屋台で焼くそばを売るために何度かイノシシの買付けで村へ立ち寄ったけど、アンドレアスさんたちは自分のことを俺に言いたがらなかった。
亀岡盆地が復旧されたことで、ワールドスタンピードの後に、そこに住まう異族たちが洛北の山間部へ追いやられたということになる。
いつか、政府の方針で近江地域を取り戻すために人間と異族が争うかもしれない。
そうなってしまえば俺個人だけではどうにもならないだろう。ただ今回のことには前兆があった。大津ギルドと一部の冒険者が交易でナツメさんたちサバギン族と衝突が起きた。
なにが起きたかを知りたいし、いきなり緊急クエストを出すようなやり方はどうも腑に落ちない。
それにビワコ族はラビリンスグループの取引先、その契約を結んだのは俺なので、安定する食材の仕入れを続けるためにも、ここは努力しないといけない。
『わかりました。微力ですけど、頑張ってみます』
『ありがとう』
夕暮れの空の下で武器を収めたゴブリンとアラクネに見られる中、ナツメさんたちと会うために、最後の道のりは走り抜こうと、自分へ身体強化をかけた。
旧高島市に住むモンスター族は武装を固めている。
俺が着いた頃はちょうど女や子供、それにお年寄りたちが避難するに、ケンタウロスが引く荷車へ乗り込んでいるところだった。
『人族がなにしに来た! 殺されに来たのか! フーーン』
いつも以上に息を荒くするオーク族のフォルシーアさんは全身にミスリル製の防具を装着して、持っている抜き身のグレードソードを俺に向けて威嚇してきた。
数度しか話してないけれど、こういう性格していることはすでに知っているため、特に慌てることもなかった。
『違うでしょう、フォルシーアさん。
タロウさんは僕らと戦うわけないじゃないですか。それに一人だけで来たことだし、なにか話があるじゃないですかね』
コボルドのディータはやんわりとグレードソードの刀身を手で下げさせて、フォルシーアさんを諫めてる。
『タッロ! お前たち人族はここを攻める気か!』
ミスリル製の甲冑が沈む前の夕日に照らされて美しい光を放ち、武器の片手剣を腰に装着したまま、ケンタウロス族の次期族長であるリディアさんは、俺の頭上から怒りを露わにして見下ろしてくる。
『いや、ギルドの妨害でここへの通信が取れないから、なにが起きたのかを確かめるにきたんですよ』
『なにが起きたって?
お前ら冒険者がいきなりナツメの村から魚を強奪して、家まで壊したじゃないか』
『なにそれ?』
『んん? お前は知らないのか?』
『そんなこと俺は知りませんよ』
あっけを取られた俺の表情を見て、リディアさんがいつもの顔に戻っている。その後ろから武装したアンドレアスさんがゆったりとした足取りで近付いてくる。
『人族はわけもなく襲ってきた。すまほというものが使えなくなる前にギルドがわたしらを討伐する知らせは見た。
わたしは前に滅ぼす気なら死ぬ気で来いと伝えておいたはず、ここで引く気はないから反撃させてもらう』
『アンドレアスさん、ちょっと待ってください!』
『お前には世話になったし、わたしらと対等に付き合ってくれた。
お前を殺す気になれないからとっととここから去れ』
『アンドレアスさん!』
『一度は人族によって追われたわたしらだ、二度も同じ境遇を受け入れる気にはなれん。
今すぐここから去れ! わたしはお前に手を掛けたくはないっ』
『話をきい――』
『父さん! 落ち着いて』
『そうそう。あたいらのことを思ってくれるのは嬉しいけど、せっかくタローが心配で来てくれたから、話だけでも聞いてあげてもいいじゃないの』
興奮するアンドレアスさんを横から押さえつけているのがリディアさん。
二頭の大型なお馬さんが暴れているところへ、身体中に包帯を巻いているナツメさんをイツキさんが体を抱えるように支え、痛々しそうの姿で現れた。
『ナツメさん!』
『よく来てくれたね』
『ナツメさん、大怪我してるみたいだけど大丈夫ですか?』
『――大丈夫じゃねえんだよ、小僧。うちのかかあは右目がやられてもう見えねえんだ』
イツキさんの言葉に俺はナツメさんの顔を見る。
右目のところにある包帯は血で滲んていて、痛さからか、左目のほうは涙で潤っている。
『ごめんなさい……』
『おかしな子ねえ、あんたがやったことじゃないから謝ることはない。
目が見えなくなったけど、そのうちに慣れるから大丈夫よ』
『俺に任せて、いい薬があるんだ』
俺の回復魔法では欠損を治すことはできない。
だけど俺にはエリクサー級の妖精が作った秘薬、マンティコアのお薬を持っているから、それでナツメさんの治療に使うつもりだ。
『神の恵みにしてフェアリーの秘法であなたを癒す。
——息吹ぃ』
ねぐらから飛び出したリリアンがナツメさんの前で両手を組み、夕闇が迫る中、輝くばかりの光を放った。
その光を浴びるナツメさんの体は、見る見るうちに傷が塞いでいく。特に右目の辺りは眩しいくらいの光が集まり、固まっていたナツメさんが急いで頭に巻いてる包帯を外すと、自分の右目へ手で触れた。
『見える……お前さん、目が見えるわ!』
『うおーー! 治った、ナツメの目が治った!』
サバギン夫妻以外の全員が妖精へ注目する中、体が少し小さくなり、若干透けて見えるリリアンは俺のところに来ると、右手の中に体を潜り込ませる。
『魔力が減ったの。タロット、増やして』
『――あ、ああ』
右手から魔力をリリアンに譲渡しつつ、この高性能な妖精に驚かずにはいられない。
こいつのスキルに息吹があるのは知ってたけど、俺も回復魔法が使えるために、リリアンのスキルを使用することはなかった。
まさかそれがオヤジの持つ回復魔法と同等……いや、瞬時にして治してしまうからこれはエリクサー級の効果だ。
このことを俺は秘密にするつもり。
リリアンの息吹が知られれば、かーちゃんたちや九条さんが庇ってくれてもギルドや政府に知られたら、リリアンが奪われるかもしれない。
欠損を治せる回復士はオヤジを省いて、その全員が政府の管轄下にあると言われているからだ。
『フェアリー様の伝説は本当だったんだ……』
誰かが囁いた声に我に返った。
俺とリリアンの周りにはモンスター族が集まり、どの顔もうっとりとした悦に入る表情を露わにして、見ている俺のほうが怖くなってきた。
『――タッロ! いや、フェアリー様の使徒殿。
あたしたちのためにフェアリー様と一緒にこの地で住んでください!』
『タロット! サボらないでもっと魔力を送って』
事態の急変でいつの間にか魔力の譲渡を中断してしまった俺をリリアンは叱ってくる。
だけどちょっと待ってほしい。
このままの状態にすると、俺はここに棲んでいる異族に監禁されてしまいそうなので、そのことを先に解決させてくれとごねる妖精様に言いたかった。
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