5.07 やり手受付嬢は長男をロックオン
鍛冶の名人であるエルフのヴァネッサがお作りになった装備で後輩三人衆が美しく着飾り、そしてたっぷりな色気を振りまくお姿に生まれ変わった。
ギルドに入るなり、彼女らへ向けられる視線がとにかくすごい。
もちろんのこと、彼女らと一緒にいる俺も注視も的で、おもに野郎どもからの妬みと嫉みを絡んだものだ。それがどことなく気持ちいいのはけして俺が変態になったからではない。
見た目は可愛い系で元気さが取り柄だった後輩たちが、一夜にして魅力のある女性へ変身を遂げた。
その過程を共にした俺からしたら、蛹から飛び出した美しい蝶を間近に目撃したようなもので、防具の製作にこだわる鍛冶エルフは、メイクを施す腕も達人級だったのだ。
「センパーイ。今日はどうしますか?」
加奈子は魔法士らしく身を守るためにロープを羽織っているものの、はだけたロープを前から見ると、中に見えるのは肩を露出させてる皮革のタンクトップ。
小ぶりな胸を腰にある装甲が持ち上がるようにして、開いた胸元の谷間にドキドキさせられる。短めのスカートから健康そうな太ももを露わにし、目が釘付けになるくらい瑞々しい肌が視線を外させない。
鍛冶エルフの神業が成す奇跡に感嘆せずにはいられない。
「加奈子、また山田先輩を困らせているでしょう」
薬剤士の早紀はその性格に合わせて、落ち着いた和服をイメージした巫女装備。
引き締める帯は彼女の細い腰のラインを強調させ、なによりもゆったりとした服を着ていたときにはわからなかった胸の大きさが明らかにされた。
肌の白さが際立つうなじ、メガネを外してコンタクトレンズに変えて、ちょっと気弱そうな少女の面影はすでに過去の記憶、成熟した女性の色香を漂わせている。
アラクネの糸を素晴らしい防具に変える鍛冶エルフに心から感謝しよう。
「先輩、今日は同級生の男子からラビンリンスアタックを誘われてるんですよ。
すっごくしつこいから、どうしたら断れるんでしょうか」
三人の中で一番の変化を見せたのが、前は騎士みたいな鎧兜の恰好を着用してて愛実だ。
鍛冶エルフは騎士に使用する技を実演させ、彼女のスタイルに合わせた防具の作成に取りかかった。
出来上がったのがいわゆるビキニアーマーだった。
もちろんヴァネッサだって何も考えてないわけじゃない。
ビキニアーマーといってもそれはあくまで見た目だけで、腕部や腹部に網シャツ、脚部では網タイツのような糸帷子の装備を先に着て、その後に空色のビキニのような防具を装着する。
網の部分はヴァネッサのこだわりで肌色にして、網と網の間は透明な膜が張られているため、わずかな魔力を通すだけで高い防御力を引き出せるように製作されている。
パッと見ただけではビキニアーマーにしかみえないこの装備は男女を問わず、ギルドの冒険者たちに多大な衝撃を与えることに成功した。
同時に彼女たちとクエストを同行する俺は、いつでも眼福で満ち足りる冒険者ライフが約束された。近い内にお酒の差し入れをヴァネッサに持っていくつもりだ。
同性からのセルリアンナイト問い合わせが多く、困り果てた彼女たちは俺に相談してきた。
ヴァネッサは確かに腕のいい防具製作者ではあるけど、基本的にライオネルの言いつけでしか動かない。彼女のやる気を出させるには、美酒が必要であることが俺ら家族の常識だ。
そんなわけでライオネルのじいさんに迷惑をかけるわけにはいかない。そこで俺は洛中ギルドで女性冒険者にお断りを入れた。
心のない女性から暴言雑言で罵倒されてしまった。
傷付いた心を癒してくれたのは相棒。ミサキ人形2号と同じ舞踏を覚えた妖精が、素晴らしい踊りと歌をその夜に披露してくれた。
「まなみ、そういうときはガツンと言って断った方がいいよ」
「先輩、わたしはちゃんと行かないってはっきりと断りました。
でもぉ、どうしても一緒に行きたいってとにかくしつこいんですっ」
「そういうときはね、ブ男は消え失せろとかさ、クソガキはおとといきやがれとかさ、バカタレがため口を聞いてんじゃねえよとかさ……
あ、なんかへっこんできたぞぉ」
全部俺がこの前に洛中ギルド女性陣から言われたことばかりだった。
もっとひどいことを言われた気がするけど、自分の精神を守るために脳が忘却させたみたい。
「まなみ、今度からそういう連絡があったときは私に任せて」
なぜかは知らないけれど、巫女装備に変身してからサキの言動が大胆になってきた気がする。
ちゃんと自分の意志を伝えるようになったし、なにげに俺とラッキースケベのイベントが多発するようになってきた。加奈子が右腕にプニなら、早紀は左腕にムニュで沈み込むことがあったりする。
俺も男だから、そういうのはドキドキする。
だけどマイと通話中に、早紀が後ろから身体ごと寄りかかられたときは、違う意味で心臓の鼓動がドキドキバクバクしたものだった。
「センパーイ、今日はいいクエストがあるんですって。
内容を聞いてみませんか?」
「お、おう。受付嬢から案内を聞いてみようか」
まさか加奈子が今は一番安心するキャラに変わるとは思わなかった。
この子が体を密着させてくることは確かにたまに起きる。
ただそれはどこか打算があるように感じられ、あからさまにウソとわかるようなものだから変な気にはならない。
心のどこかで彼女たちとはそろそろ別行動にしたほうがいいという思いは抱いている。
それは予感からではなく、マイが本気で怒りそうになったためだ。
後輩の冒険者と行動することに彼女は嫉妬したりしない。ただ彼女からすれば後輩たちが俺に近すぎて、この頃は情緒不安定に陥っているらしい。
『いい加減になさい』
メッセージに添付されたのは俺が加奈子と早紀に抱きかかえられたときの画像。
それは愛実が面白がって撮った写真だった。
4人の間にしか回ってないこの画像がなぜマイの所まで届いたかはよく知らないけど、だれかが意図的にマイに流したかもしれない。
これはちょっとまずい事態になりそうなので、変な状況になる前に脱出を試みる必要がある。
「――ですので、近頃は各種の鉱石に対する需要が高まっております。
山田様でしたらオーク族と親密なご交流がありますので、洛北の山間部で入手されることが可能だと思います。
そのために本日はこの交易クエストがお薦めとなっております」
丁寧な言葉とは裏腹に欲望が込めた言葉で、俺を誘導しようとする洛中ギルドのやり手受付嬢。
この人もギルドの職員だから、俺の情報なんて丸わかりとは知ってるつもり。ただどいつもこいつも自分の業績を上げようと、利用する気満々でクエストの案内するのはいかがなものだろう。
セルリアンナイトは一緒に行動するだというのに、そこをちゃんと考慮しているのかどうかが疑わしい。
「受付さんはこう言ってますが、みんなはどう思う?」
「センパーイぃ、あたしはこれでいいと思うなあ」
——うむ、加奈子くん。欲望だけで満たされた視線をどうもありがとう。
そういう君の生き方は嫌いじゃない。応援してやるからぜひこのままで生き続けてほしい。
「山田先輩が決めたところなら、私はどこでも行きますよ」
——あうあう……サキちゃん。
そう言われるとイケない大人のいく場所へ連れて行っちゃう沿い? なんてことを言いそうになって、慌ててブレーキをかける。
この子なら本当について来るだろうと直感が告げてる。
「あのぅ、このクエストでわたしたちが役に立つことはあるのでしょうか」
今でも寄生ではなく、対等な関係でありたいと心がけるまなみの姿勢に褒め言葉をかけてあげたい。
セルリアンナイトは彼女を中心に動いてるため、いつかは時間を作って、ラビリンスで彼女のランクが上がるように手伝ってあげるつもりだ。
「……わかりました、交易クエストを受けたいと思います。
なにかサブミッションがあれば説明してください」
「はい。サブミッションAはアラクネ族が希望する織機を届けてください。
サブミッションBはオーク族が提示された米を輸送してほしいのです。
報酬の詳細は依頼書に記載されてますので、承諾して頂ければ倉庫へご案内します」
ハキハキと元気よく語り続けた受付嬢の名札を確認して、洛中ギルドにヒメありと田村さんが言っていたことを思い出す。
俺の場合は九条さんが直々ご案内してくれるため、各ギルドの受付嬢と直接対応することは少なかった。
そのことを心配してくれたハヤトさんと田村さんが山城地域の探索協会について、色々と情報を提供してくれた。
一昨年前に激戦区の洛中ギルドに配属され、余すところなく才腕を振るい、埋もれている実力派の冒険者を発掘しては次々と相応のクエストを完遂させた。
去年に案内したクエストの達成率は九条さんに次いで、山城地域探索協会のナンバーツー受付嬢に輝いたのが、目の前にいる綾小路媛子だ。
「ふふふ、若手有望株の山田くんを九条のババアに渡してたまるかってんだ。
絶対に奪い取ってやるから覚えておきなさい」
「……うん? なにか言ったか?」
「いいえ、なんでもありませんよ。空耳じゃないですか」
「そ、そうですか」
倉庫へ行く道中に、蚊が囁くような声でなにかブツブツと呟いた綾小路さんの言葉は、身体強化をかけていない俺の耳に届くことはなかった。
山城地域での交易クエストは俺にとっては大の得意。
スキルの収納箱は無論のこと、洛北の山間部にいる異族とそれなりに友好な関係を築いてる。
そのために動物と植物の襲撃以外は、大きな危険に遭うこともなく、スラスラと山の中を散歩するかように森林の奥へ入っていける。
途中で遭遇したカモシカやイノシシを狩り、早紀は薬草や自生する果物を採取しつつ、オーク族の要塞に付いたのが午後1時頃。
オーク族に米俵を1000俵ほど届けて、ギルドが受け取る分の魔鉄鉱石を受け取った。
それとは別にオークセイジのイスファイルへ連絡を入れて、出発する前にオーク族が欲しがっている各種の京野菜を30万円、それと20万円の調味料を山城地域の卸売市場から仕入れてきた。
それらの商品をオーク族に引き渡し、イスファイルが認定する50万円相当の魔銀鉱石を代償として、入手することができた。
これだけの数なら、間違いなくギルドで50万円以上は買い取ってくれるから、今日の利益は十分に取れたと考えてもいいだろう。
「センパイ。アラクネって、思ったより怖くなくてよく見たら美人ですね……って、センパイ?
顔が怖いですけどどうしたんですか?」
「山田先輩?」
「あなたたち、静かにしなさい」
『人族よ、怖い顔してどうしたというのだ』
アラクネの村で織機を届けてから、代金であるアラクネの糸を受領した。
俺もここに来るのは初めてなので、村長であるアラクネさんに手土産のデザートを贈呈し、村長宅で村長から歓待を受けた。
出された美味しいお茶を飲み、ギルドのアプリに目を通したときに、緊急クエストの公告が映し出された。
近江地域大津支部緊急クエストについて:
1.近江地域の旧高島市に住む敵対勢力であるサバギン族を初め、不法占領するすべてのモンスター族を討伐すること。
2.出発の予定は本日より三日後、報酬はクエスト案内で確認すること。
3.ポーションなどの消耗品と食料は大津支部が提供する。
4.依頼を受ける冒険者は明後日までに登録を済ませること。
その他:不明点は大津支部の受付にて問合せすること。
脳内に思い浮かんだのは、湖の畔で人間の思惑を気にすることもなく、生き生きとした顔で穏やかな日々を野原で送る、あの善良な異族たちのことだった。
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