5.06 鍛冶エルフが狙うは長男の手土産
国民的秋のイベントであるバトルオブセキガハラが終わり、戦場で屋台を出した俺は笑いが止まらないくらい大いに儲けた。
魔石や屋台の利益を入れずに大判が12枚、一枚の重さが165gだから1.98kg。小判が76枚、一枚の重さが18gだから1.37kg。合計で3.35 kgによる金の収入だけで100万円を得ることができた。
気分が良過ぎた俺はセルリアンナイトの三人へ一人当たり15万、彼女たちから飛びつかれるくらいのアルバイト代を支払った。
来年も絶対にアルバイトするからほかの人を呼ぶなと、加奈子から欲に塗れた目付きでせがまれたので、ビビった俺はその場から逃げるためには承諾した。
今の世は死がいつ訪れるかがわからない世界、一年後の約束はあってないようなもの。でもそれで後輩のセルリアンナイトが喜んでくれるなら、無下にするのは気が引けてしまう。
今日はセルリアンナイトに頼まれて、なんでも在学中からずっと使ってきた装備を新調したいために、高槻村にある特注品専門の防具店へやってきた。
『おお、坊主か。
ここじゃおしゃぶりは売ってないぞ』
「なんでやねん。
防具屋に来ておしゃぶりを買うアホがどこにいる」
『ワシの目の前にいるではないか』
「ちゃうわい。
そりゃガキの頃は世話になったってかーちゃんに聞いたけどよ」
髭面のドワーフ、ライオネルのじいさんはかーちゃんたちと同行して、異世界からこちらの世界に移住してきた訳ありの凄腕鍛冶師。
こっちに長いこと住んでるからちゃんと日ノ本語は喋れる。
ただ自分が作る武具を使うには一般の冒険者では力不足と判断してるため、気に入ったお客さんと会話する以外は日ノ本語で話すことが少ない。
『今日はなんの用だ、メンテはこの前にやったばかりではないか。
言っておくがお前に作る防具なぞもうないわ』
「知ってるよ。今日は俺じゃなくて後輩たちの防具を頼みたいんだ」
俺が愛用するバジリスクの皮を使用した鎧一式は、じいさんが卒業祝いに作製してくれたもの。
盾とナイフとお揃いでミスリルの鎧に憧れていたが、バジリスクの鎧以上の装備は俺にとっては邪魔でしかないと断定された。錬金術を持つ俺はさすがに皮の修復ができないので、メンテナンスのためにしばしばここへ足を運ぶ。
『それなら早く言え。
ふむ、どんなやつか見てみるか』
「お願いします」
『こいつらならワシが打つまでもないな』
じいさんが緊張した面持ちの後輩たちを見るなり、すぐに結論を出した。
『おーい、ヴァネッサ』
『――なんだ、くそジジイ』
『お前に防具の仕事だ、やってやれ』
『またアタイかよ。
わーったよ、やってやりゃいいんだろ』
汚れた手をきにすることもなく、顔を洗っていればすごくきれいなはずなのに、乱れた金髪を面倒そうに掻いた女のエルフが研いでいた鋼鉄製のレギンスを無造作に床に置き、カウンターの中から店内へ出てくる。
「おい、防具を作りたいのはお前らか」
「うわあ、エルフの美人さんだ……だけど小汚いですね」
「あ、こら佳奈子、失礼なことを言うんじゃないわよ」
「こんにちは。せんぱ――山田さんの紹介で防具を買うために来ました。
よろしくお願いします」
「ああ? やまだあ?
――って、タロウじゃん」
横でぼそぼそと話し合ってる加奈子と早紀、それに礼儀正しくあいさつする愛実を無視して、油まみれの腕で俺の首を巻いてくるこのエルフはじいさんが異世界にいるときからの弟子。
ちなみに日ノ本語はとてもお上手、うちにいるダメエルフのクララとはずっと昔からの飲み仲間だ。
「今日はなんだ? メンテはこの前にやったばかりではないか、もう傷がついたのかよ。
腕を磨けよな、ウリウリ」
「ちゃいますって。後輩の防具作製でついてきただけですって」
このエルフ、色気がまったくないのに胸が大きいエルフ変異種だ。
顔に弾力に富んだ胸を押し付けられても、全くといっていいほど欲情する気が起こらない極めて珍しい生き物だ。
「そうかよ。どれ、見てやるか……」
鍛冶エルフから真剣な目で見つめられる後輩三人は落ち着かない様子でもじもじしている。加奈子に至っては頬を赤らめて上目遣いで見る目返した。
――って、なにをしてるんだ加奈子。
これはお見合いじゃないぞと後輩にお説教してやりたい。
「あー、これじゃな……西本さ――」
「――また西本さんに押し付けたら、お土産で買ってきたお酒は渡しませんよ」
「――西本さん、試着室を開けてくれ」
呼ばれた西本さんというおっさんはポカンとした顔で俺とヴァネッサを見てから、なにか得心したように俺へ頭を下げる。
「これでいいんだろ?
ちゃんとやってやっからよ、酒はどこだ?」
「あげますって。あげるからもう放してよ」
グイグイと鍛冶エルフが大きいな胸を押さえつけてくるのに、俺が気になったのは油の臭いだった。やっと怪力から解放してもらえたので買ってきた地酒をヴァネッサに渡した。
「ひょー、これは九条家秘蔵のヒナノじゃないか。
――でかしたぞタロウ」
「とんでもないです。後輩たちの防具をよろしく」
九条家では市販しない地酒を昔から造っていた。
市場に出回ってないから幻の酒で知られていると田村さんから聞いてたので、九条さんにお願いしてそこそこの量を譲ってもらった。
酒好きの鍛冶エルフなら知っているだろうと考えたが大正解のようだ。それにしても酒の名前がヒナノって、あまり飲む気にならないのはなぜでしょう。
「お、オッホン。坊主、ヒナノにお土産の酒があるなら――」
「後輩たちのために頑張ってくれる鍛冶師にしかあげるつもりはないよ」
「んな!」
じじいめ、焦った顔が目に浮かぶと秘かに考えてたのは間違いじゃなかった。
あたふたと慌てふためくドワーフは弟子のエルフところまで行って、酒へ手を伸ばそうとしたが、弟子から一回転する回し蹴りがみぞおちへきれいに決まり、両手でお腹を抱えた格好でノックアウトだ。
「人の物に手を出すんじゃねえよ、くそジジイが。
――蹴るぞコラ」
「いやいや、もう蹴ってますって」
一言をエルフに言わずにはいられなかった。
「ヒナノお、ワシのヒナノがあ……」
「お前のじゃなくて、これはアタイのもんだよ」
ヒナノさんがドワーフとエルフ大人気だ。
本人が聞いてたらどう思うだろうと思ったりしたが、人気なのは酒であって九条さんじゃない。
もし鍛冶師匠と弟子が九条さんの家で作られた酒と知ったならば、きっと媚を売りまくることだろう。これは黙ってお言うた方が良さそうだ。
「じいさん、あんたにもあげるよ」
俺から手渡されたヒナノを大事そうに両手で握りしめると、両目を潤わせてからドワーフのじいさんは口を開く。
「なんていい子に育ったんだ。
よし、アダマンタイトで水差しを作ってや――」
「いらねえよ」
アダマンタイトは貴重な金属、資源の無駄遣いはやめろと血迷ったじじいを俺も蹴ってやりたい。
「おし! いいもんをもらったからアタイもいい防具を作ってやる……
付いて来な、お前たち」
「はーい」
「ありがとうございます」
「先輩、ちょっといってきます」
「ああ、行っておいで」
手招きされたセルリアンナイトの成員はぞろぞろと試着室へ鍛冶エルフと一緒に入っていく。
どんな防具を作製してもらえるのは鍛冶エルフの気分次第、腕は確かだから先輩としても心配はない。
鍛冶エルフの趣味が露出多めの防具であることはそっと先輩の胸の内に秘めておいたから、安心して作ってもらいなさいと後輩たちを送り出した。
「じいさん……って、昼間から飲むなよ」
「試し飲みだ!」
そんながぶ飲みが試し飲みなわけがないと言いたい。
「話があるから飲むのは後にしてくれ」
「むむ、しょうがねえ。で、話はなんだ」
「アイテムボックス」
ライオネルのじいさんは瓶の蓋を閉めて、カウンターの向こうにある椅子へ腰かけた。収容箱を呼び出した俺は50枚のなめしたイノシシの皮を取り出して、カウンターの上に置いた。
「手土産なら酒がいいぞ」
「だれがやるっつった」
じいさんにもなると面の皮が年齢と比例して厚さを増すのだろうか。
「これで防具を作ってほしい」
「なんと、お前は一人前の鎧を作るのに50枚もあるワイルドボアを使うのか?
それは勧めないぞ。重たくてしょうがない」
「なんでやねん。そんな防具を着けたら動けなくなるわ」
「ワシもそう思うのだがお前が着たいなら作ってやらんでもない」
説明不足の俺が悪いと込み上げてくる怒りを自分でどうにか胸の中に沈めた。
「……知人がな、ワイルドボアのレザーアーマーなら売れるって教えてもらった。
これで作れるだけ作ってもらえないかな」
「なんだ、冒険者を辞めて武器商人になる気か」
「違うよ。ただ知人が防具屋に伝手があるなら、そっちのほうが利益はあるって教えてくれたから」
「まあ、ワシとこは防具を作るだけで売りをしてないからやってやらんこともないが、売るところがあるのか?」
じいさんは俺がだれかに騙されてるではないかと心配してくれてるから、その気持ちはとてもありがたい。でも知人というのは田村さんのこと。紹介料は総売り上げの3%を渡す約束で、洛西ギルドの近くにある防具量販店と契約は済んである。
イノシシの皮はギルドのほうでも買い取ってくれる。
だけどせっかくまとまった量があることだし、今後はビワコ村がある場所のオーク族から継続的に入ってくるので、活用してお金を稼げるのならそれに越したことはない。
「まあいい。この大きさの皮なら一枚で兜、胸甲。手袋、ブーツのフルセットアーマーを三つは作れるはずだ。
手間賃は2万円を払ってくれたら作ってやる」
「2万円ですか……」
防具量販店と1セットを2万5千円で購入する契約を結んである。
1枚が3セットなら1万5千円の差格が俺の儲けとなる。正直なところ、一頭を丸ごと買ってくれるギルドに売ったほうが儲けは出るかもしれない。
ただ、防具量販店はできるだけ安価で仕入れて新人冒険者に安く売りたいと希望してたから、俺としてはそのお手伝いしたいと考えてる。
「これからもうちに発注をかけるなら安くしてやらんでもない。
弟子の腕磨きにも役立つしな」
「乗った!」
「ただし、今回は契約してないから2万円な」
「ちぇ。それでいいよ」
がめつくはないけど、防具屋をずっと営んできたじいさんはけして甘くはない。
「前金を3割ほど置いてけ」
「え? 前金を取るの?」
「当たり前だろうが。ただでやらせる気なら皮を全部持って帰れ」
「わかったよ。えっと全部でいくらかな」
『90万だよ』
寝ていると思ったリリアンがねぐらから顔を出して、暗算した支払いの金額を告げてきた。
『珍しいじゃねえか。こんなところにフェアリーさまがいるとは』
『あはは、お髭さんの土人がいる。
こんにちは、リリアンはリリアンだよ』
『ほほほ。フェアリーさまはりりあんというのか。
こんにちは、ドワーフのライオネルだ、よろしくな』
『ライオネル? わかった、リリアンはライオネルを覚えておくね』
異世界の住人ドワーフと妖精のリリアンが仲良さそうに話している。
クララから聞いた話ではリリアンたち妖精は幸をもたらせる伝説の生き物だそうで、異世界では大変珍重される存在であるみたいだ。
実際、俺もリリアンのおかげで独り立ちができたみたいなものだから、伝説がウソではないことを証明してくれるありがたい神様だ。
90万円は俺の歳からすればホイホイと出せる大金ではない。だが俺にはこの前に屋台で稼いだお金が収納箱に入れてある。
使うべきのお金は惜しまずに出すのが山田家の流儀。ここはじいさんの心証をよくするのなら、ケチらないでポンと現金でお支払いしてあげましょう。
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