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勇者家族のへっぽこ長男  作者: 蛸山烏賊ノ介
第5章 独り立ちすることが目標のへっぽこ長男
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特別編1 ばとる・おぶ・SekiGaHara 前編

 小雨が降り続く中、視野を奪うかのように辺りは濃霧に包まれている。


 寒気を帯びた風が開けた平地を吹き抜けて、この肌寒さは目が覚めきれない寝起きに少々応える。



「寒い、なんでこんな寒いのにあたしはここにいるの?

 ——あ、センパイ、おはようござーます」

「おはよう、かなちゃん。顔を洗っておいで」


「先輩、油は過熱していいですか?」

「まだいいよ。合戦が始まる前でいいから」


「キャベツと玉ねぎは切りました。後はなにすればいいですか」

「うん、仕事が早くて助かる。

 じゃあ、みんなが食べる朝食をお願いできるかな、サキ。」

「はい!」


 天下分け目の合戦と言われるこの一戦を、江戸城迷宮と大阪城迷宮が毎年の今日、10月21日に再現するためにラビリンスからモンスターを出兵させてくるのだ。



 最初こそ政府のほうも迷宮から出た大軍に警戒して自衛軍を出撃させたが、合戦が終われば人間を襲うこともなく、それぞれのラビンリンスへ戻っていくモンスターたちだった。


 今ではギルドも観察を続けているものの、ラビリンスマスターへ抗議を申し入れることはなくなった。



 テレビの生中継もあって、今では周囲には安全な場所から観戦する観光客がいっぱいだ。


 合戦の後に探索協会が指定する枠に合格した若手冒険者たちは、落ちている魔石を回収してから協会に売るという救済策まで取られている。


 もはや秋の一大国民イベントとなっているのが、この()()()()()()()()()()の現状だ。



 そこで高校最後の年に、俺と幸永たちは学校を休んでやったのが、焼きそばとカラアゲ棒を()()()()()()()に、魔石で販売(こうかん)するための屋台だった。


 きっかけは観戦中に人間の屋台をジッと見ていたゴブリンが多くいたので、ひょっとすると売れるかもと思い浮かんだことだった。


 洋介には呆れられたけど、面白いことが好きな幸永と金が欲しい正重はすぐに乗ってくれた。思惑は大当たりして、かかった経費を差し引いても、笑いがとまらない売り上げが上がった。



 去年はハナねえとさっちゃん、それにマイがわざわざ仕事を休んでまで手伝ってくれた。


 今年からは自分でやろうと考えた俺は、運よく使えそうな後輩が現れたので、探索とかの報酬で甘い汁を吸わせて、逃げられないようにたっぷりと恩を着せてやった。




「こんな戦場近くにいて、大丈夫ですか?」


 愛実は辺りの様子を心配そうに目をやる。


 去年までは勇者たちが身近にいたので、混戦に巻き込まれても簡単に逆襲をかけて撃退した。でも今年は俺に心強いパートナーがいる。


 なんの心配もない。


「リリアンがいれば大丈夫」

「もう食べられマセン……むにゃむにゃ」


 ——なんて古典的なお決まりをやってくれるんだ、リリアン。


 寒さが苦手なリリアンが魔力コンロの近くで寝ぼけていた。帰ったらドールショップで厚めのドール用防寒着を買ってやろうと予定を立てた。



「8時に始まるから、ご飯を食べたら準備に取りかかろう」

「はい」


 これまでに12回の合戦があって東軍が11勝1敗。西軍が唯一勝った戦いは松尾山に配陣したコバヤガワ勢が裏切らず、西軍の総攻撃に加わったと当日の中継で見た記憶がある。


 さて、今年のバトルオブセキガハラはどんな結末を迎えるのだろうか。




 あれだけ濃い霧がうそのように晴れていき、視界一杯に軍勢がひしめき、兵士の背中にある幟が鮮やかに風でなびかせている。


 一発の銃声が戦場で響き、その火蓋で戦いが切られ、風の音がつわものどもの喊声によってかき消された。


 イイ隊の発砲の後、最初の激突は西軍ウキタ隊と東軍フクシマ隊の間で火花が散らされる。これはもう様式美のようなもので、特筆するものはなにもない。



 持ってきた携帯テレビで合戦の中継に目をやり、俺はそばとキャベツを大量に炒めていき、横で早紀が薄く切ったイノシシ肉を鉄板に並べる。


 後ろのほうでは愛実が調合した唐揚げ粉を一口サイズに用意した鶏肉にまぶし、油の温度を注意してながら鶏肉を揚げていく。



「こんなごっこ遊びはなにが面白いのですかー?」

「ロマンかな?」


「ラビリンスマスターなのに?」

「それを言われると、俺もどう返せばいいかがわからん」


 揚げたてのカラアゲを面白くもなさそうに串で刺していく加奈子の疑問は、正直なところ、だれも答えを知らない。


 合戦の歴史なら、だれであろうと中之島迷宮図書館で調査することはできる。ただ異世界から来たラビリンスマスターたちが、毎年にその再現をする理由がわからない。



「山田先輩。イノシシ肉は焼きましたので、今のうちに補充用のキャベツを切っておきますね」


「おお、ありがとう。

 よく働くサキに臨時手当(ボーナス)を考えとくからな」


「ありがとうございます」


 した分の仕事は評価すべきと俺は考えてる。朝から手が止まらない早紀にボーナスを弾んであげたいのは当然のことだ。



「センパーイ、あたしのボーナスは?」


「かなちゃんはカラアゲでも食っとけ」

「もうもらってますよー」


 カラアゲを頬張りつつ、串へ刺す作業を続ける加奈子の横で、リリアンが口を押えながら地べたで転がっている。


 あれはたぶん、揚げたてのカラアゲを噛んでしまい、熱々の肉汁にやられたと俺は推測する。



 東軍のクロダ隊とホソガワ隊は西軍のガモウ隊にシマ隊と一進一退の激戦を続ける。いつも通りなら午前の11時まではこの調子で大きな進展はないはず。


 そろそろお客さんが来店する時間だ。



「かなちゃーん、店の前で()()をお願いね」


「センパイ。大丈夫ですか? あいつらは襲ってきません?」


「あー、今年は大丈夫。

 リリアンのバリアは選別できるから、俺らに襲いかかるやつはバリアの外へ弾き飛ばされる。

 な? リリアン」


「はむはむ」


 ——聞いちゃいねえ。


 妖精はカラアゲがお気に入りのようで食べることに夢中してる。醤油で下味をつけているから俺が自慢する一品だ。



「センパイ、焼きそばとカラアゲは魔石一個でいいですよね」

「そうだよ」

「缶ビールも魔石一個ですよね」

「うん」

「セットで売りませんか?

 焼きそばと缶ビールのセットで魔石が二個、カラアゲセットもそれでやりませんか?」


「それな!」


 ——良いことを提案するんじゃないか、加奈子くん。売り上げに応じて臨時手当(ボーナス)を考えてあげよう。




 ついにお客さんがやってきた。


 幟を見たらタナカ隊の足軽ゴブリンで、屋台の前でウロウロしている。


『いらっしゃーい。焼きそばにする?

 それともカラアゲにする?

 セットもあるよ』


 今日の接客のために、簡単な異世界語を空色騎士(うりこ)たちに教えた。


 ゴブリンはギャーギャーしか言わないから、異世界語を理解することはできないだろうけど、たまに大物が店へくるために準備だけはしっかりとやっておく。



『ぎゃーー』


 刀を抜いた足軽ゴブリンが結界の外へ飛ばされた。その同僚も刀を抜こうとするが次々と吹っ飛んでいく。


 焦っている足軽ゴブリンへ俺は手にした魔石を見せ、焼きそばとカラアゲを食べるフリして、ついでに缶ビールを飲むフリも演じてみせた。



 一体の足軽ゴブリンが理解したようにポンと手を叩き、バリアの外へ出るといきなり同僚を切り倒した。


 地べたに落ちた魔石を拾い上げたそいつは店の前でカラアゲ棒を指して、魔石を加奈子に渡す。



『まいどありー』


 その光景が引き金となった。


 バリアの外では魔石を巡って、足軽ゴブリンによる熾烈な激戦が始まった。



 片手をカラアゲのほうへ向けて無念な表情で魔石と化するゴブリン。槍で味方(ゴブリン)を刺して卑しく笑うやつは、背後から刀を掲げる死神(ゴブリン)を知ることができない。


 片目を失った勝者(ゴブリン)戦利品(ませき)を持って、店のほうへ向かって歩いてくる。


 前線でだるそうに槍を叩き合う(ゴブリン)どもよりも、店の前でくり広げる死闘のほうが面白いのは気のせいじゃない。



 店ではセルリアンナイトのメンバーがモンスターの殺し合いを気にすることもなく、加奈子はお客さんの要望で商品を渡し、早紀は焼きそばを入れ物に詰めていき、愛実は相変わらずカラアゲを揚げている。


 ツッコむ気になれない俺はリリアンを目で探してみると、あいつはまた口元を抑えつつ地べたで転がってた。


 なんでもいいけど、学習しろやと言いたくてしょうがなかった。



 戦場での戦闘はますますヒートアップしていき、流れ矢が時折り飛んでくるが、ゴブリン程度の攻撃ではリリアンのバリアが破れることはない。



「センパーイ、ビールの追加をお願い」


「はいよ……アイテムボックス」


 キンキンに冷えたビールの売れ行きが良く、店の近くで合戦をそっちのけで飲み出した足軽ゴブリンまで現れた。


 さすがに同士討ちは効率が悪いとみたのか、戦場で魔石を拾ってくる班まで出てきてる。




『——ああ、合戦はたまらぬわ。

 ビールとカラアゲをもらおうか』


『岸和田うえのなんとかガルシスさん?』


 十文字槍を持ったまま、甲冑を着込んでる武将の顔に見覚えのある。そいつがご機嫌な表情で店の前に現れた。


 確かにそんな名前だったと思うけど、はっきりと覚えていない。


『岸和田なんとかかんとかではない!

 岸和田右衛門督我流志守だ、ちゃんと覚えておけい!』


『はあ、すいません』


 どうでもいいから適当に流す。



『今日はラビリンスから出てここでなにしてるんです?』

『……わしは岸和田右衛門督我流志守ではない』


 ——いや、さきそうだって言ったじゃん。



『わしはアカシ掃部助であーる。掃部(かもん)とでも呼べ』

『カモンさん、ビールいかがっすか』


 ——もうなんでもいいや。せかっくなので商売しよう。



『もらおう。魔石はないが代金はこれで構わないか?』

「もちのろんでございますですのよ」


「ひゃっ! 金だよ」

「加奈子ぉ、金だけどあれは大判だよ」

「すっごー」


 俺だけではなく、セルリアンナイトも大判一枚に驚いてる。ただこれがどれだけの値打になるのか、はっきりいって全然わからない。



『ビールを一箱、焼きそば山盛り10人前にカラアゲ棒30本でいいかがっすか?』

『それでよい』


 吹っ掛けちゃえと思ったら、なんとそれでまかり通った。



『ウキタのやつが待ってるからもう行く。

 また岸和田城へ遊びにきてくれい』

『毎度ありがとうございました』


 ウハウハの大儲けに腰も自動的に屈める俺、お大尽様とはこういうお客のことだと確信した。岸和田城へ行くのは構わないけど、できればお金に豪気なカモンさんと再会したい。



 さてと、足軽ゴブリンを相手に魔石の収入もいいのでしょうけど、去年の経験で名のある大物が次々とやってくるはず。


 去年は魔石で支払いをお願いしたが、カモさんのおかげで今年は拘らずにもらえるものなら、なんでもいただくことにしようじゃないか。





最初に思いついたストーリーがこれです。

ある意味ではこれが書きたくて始めた小説でした。


ブクマとご評価して頂き、とても励みになっております。誠にありがとうございます。

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