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勇者家族のへっぽこ長男  作者: 蛸山烏賊ノ介
第5章 独り立ちすることが目標のへっぽこ長男
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5.05 腹黒な長男は後輩を甘やかす

 ケンタウロスのアンドレアス族長たちと交易の合意に達したその後に、後輩たちのセルリアンナイトを迎えに行った。大津ギルドまで彼女たちを送って、ギルドの前で別れようとしたときに佳奈子からしばらく同行してほしいとお願いされた。


 俺としても彼女たちは懐いてくれる可愛い後輩たちだし、人手が必要な計画があるので了承することにした。


 元気いっぱい手を振るセルリアンナイトと次の日に洛中ギルドで会うことを約束して、九条さんからの連絡で大津ギルドの支部長室へ足を運んだ。



 そこで大津ギルドの支部長と大喧嘩してきた。



「——おいおい、山田あ。うちのクエストをCランク冒険者ごときが放棄とはどういうことだ。

 きちんと説明してもらおうか」


 ソファーの上で足を組む大津ギルドの支部長は、ふんぞり返って入室した俺にいきなり言葉を投げつけてきた。


 状況が読めない俺は支部長の向かい側に座る九条さんへ目をやる。



「中島くん、事情はわたくしが――」

「おいこらクソガキっ!

 おれがてめえに聞いてんだよ、副会長に縋ってどうすんだよ、ああ? 腰抜けが!」


 俺の仕草が気に食わなかった30代前半の見た目が強そうな中島支部長は、ソファーの前に置いてある机に蹴りを入れて、その音にびっくりしたリリアンがねぐらの中へ潜り込んだ。


「はよう説明せいや、おれが納得のいくようにな!」


 顔を歪ませて凄んでくる支部長が足を蹴った机の上に乗せて、息を荒らしながら脅迫してくる。



 こういうのは全然怖くない。


 子供の頃からかーちゃんたちに連れられて、俺が成長するかもしれない可能性を賭け、討伐が必要な迷宮へ一緒に潜ってきた。


 ラビリンスマスターはとにかく強い。ネクロマンサーやケルベロスの迫力に比べれば、このチンピラのような支部長の脅しなんて耳障りにすらならない。


 ただ俺も山城地域で行動する冒険者、最低限度の礼節を守ろうと考えているので、その質問に答えることにした。



「お話はよくわかりませんが、そもそも大津ギルドでクエストを受けた覚えはないんで説明しようがありません」

「んだとこらー! なにごちゃごちゃ言ってんだよてめえ。

 一旦受けたクエストは最後までやるのが冒険者として当たり前の義務だろうが!」


 この人はなに言ってるだろう。


 ギルドの規定でクエストの執行に困難がある場合は、冒険者の判断でいつでもやめることができるとちゃんと冒険者手帳に書いてある。



「中島くん、事情はわたくしがすでに説明し――」

「ここは()()()()()()()()だ、山城地域の副会長さんは黙ってもらおうか。

 あんたがそんなだから、こんなクソみたいなガキまで協会をナメくさるんだよ、自覚くらい持ってくれや」


「あなた、なんてこと――」

「この前も冒険者であるこいつにワーカーの情けないクエストを受けさせたじゃねえか。

 ああいう勝手な真似をされては規律が乱れて非常に困るんだよぉ」


 蔑んだ目付きで大津ギルドの支部長が九条さんへ遠慮のない暴言を吐いた。



 近江地区に現存する探索協会は、東海道地方への道路を維持するための米原臨時支部とこの大津支部しかない。米原臨時支部は城塞迷宮(キャッスルダンジョン)の監視と駐在冒険者の支援が主な仕事なので、クエストの調整や素材の売買を行うのは実質的に大津支部しかない。


 ひょっとして、その辺のことも絡んでいるかもしれない。


 ハヤトさんから聞いた話では俺が九条さんのお気に入りであるとこの界隈でうわさが立っているようだ。でも俺はそういうやっかみの話に立ち入るつもりはない。



「とにかくです。大津支部でクエストを受けていない以上、支部長のあなたに話すことはありません。

 今日は()()()()()()の連絡があったのでこちらに来ましたが、お呼びでないなら失礼させてもらいます」


 自分の主張だけ述べて立ち去ろうとした俺へ、大津ギルドの支部長である中島の野郎はガラス製で重たそうな灰皿を投げつけてきた。


 命中させる気はさすがにないようで灰皿が壁に激突し、大きな音を立てて床に落ちた。



「待てやてめえ。だれが帰っていいっつった!」


 れっきとした敵対行為だ。


「リリアン、結界だ」

「はーい。結界(バリア)30枚」


 リリアンをねぐらから素早く右手で握ると、結界を張らせてから魔力を譲渡する。



「ああん? くそガキが。この支部長であるおれとやろうってのか?」


「先に()()してきたのはあなたです。これ以上の敵対行為を働いたらはこちらも反撃します。

 このことはちゃんとギルドの本部へ報告させてもらうよ」


「勇者ところの落ちこぼれへっぽこがあ……

 フザけた口をききやがってえ……」


 ゆっくりと立ち上がった中島支部長が拳を握りしめて、射殺さんばかりと睨みつけてくる。


 武器を持っていないからこいつの技を知ることはできないが、ギルド側の人とけがを負うような長期戦は避けた方がいいと考えた俺はリリアンに指令を出す。



『リリアン。あいつが来たらしびれさせろ』

『はーい』


「なにを抜かしやがるんだてめえ。モンスターどもの言葉を喋りやがって」


 張り詰める空気の中、一触即発の雰囲気が漂い、どちらか動いてしまえばそのまま戦闘に突入しそうだ。



「やめなさい! 動いたらこのわたくしが相手になるわ」


 凍えそうな声音で九条さんは虎の式神を呼び出し、俺と中島の間に式神は入って、双方が動かないように威圧をかけてきた。




「――ごめんなさい、太郎ちゃん。

 まさかあんなことになるとは思わなかったわ」


「本当ですよ。とばっちりもいいところじゃないですか」


 喚き散らす大津支部の支部長を残して、洛中ギルドへ向かう車内で助手席に座る九条さんが俺に謝ってきた。


「昔からあんな子じゃなかったんです。

 格闘技に長けて、洛西支部で主任だった頃は人望もあったのですよ」


「……そんなの、俺は知りませんし、関係ないじゃないですか」

「そうね……」


 窓越しに夜のライトへ目を向けている九条さんがしんどそうに重い息を吐いた。



「比叡山のオーガ族を討伐したときに、大津ギルドを外したのが良くなかったのかしらね」


「……」


 答えられそうにない質問をされても困る。


 フロントガラスから外を見ているリリアンは、赤く光る信号が緑色に変わる瞬間を待っている。



「ビワコ村のクエストはどうしますか?」


「大津ギルドの依頼なら、そこの支部長ともめちゃったから受けませんよ」


「あ、変わったよ、タロット」


 リリアンの言葉で俺はアクセルを踏み込み、新しい愛車が滑るように動き出した。


「太郎ちゃんって、やんちゃだったのね。読み違えたのかしら」


「さあ? そりゃ俺にも怒ることくらいはありますよ」


 やっと笑った顔をみせる九条さんに一度だけ頭を振ってから、自分がまだ若くて未熟だと思わずにはいられなかった――




 ——先日に起きたことを思い出しながら、リリアンの魔法(フェアリーガン)で罠に落ちたイノシシを仕留めた。


「さすがセンパイ、一撃でやっちゃんなんて、高校の時に実力を隠してたんでしょう」


「そんなことないよ」


「またまた謙遜しちゃってえ。なんだったっけ……脳みそのあるバカはスネを隠すだっけ?」


「佳奈子ってば、知らないことわざを適当につかうんじゃないわよ」


 斬新すぎるたとえに俺もびっくりだ。


 脛ってのは当たったら痛いと思うし、バカでも脳みそはあるから否定しきれないところが辛すぎる。



「あのう……本当に先輩がイノシシを買い上げて、わたしたちに報酬を支払われるんですか? ほんとんど先輩が――」

「いいのいいの! あたしたちも頑張ってるからこんなときは甘えてもいいのよね。

 ねえ、センパイ」


 申し訳なさそうにする愛実が俺に話すところへ、佳奈子があざとくも俺の腕を抱えるようにして、いつものように小ぶりの胸を押し付けてくる。


 見たところ、騎士の愛実と薬剤士の早紀は忸怩たる思いを抱えているようだ。



「ああ、俺からのお願いでついて来てもらってるから気にしなくてもいい。

 今日も同じのように時価で換算してからみんなに現金で報酬を支払う」


 罠を仕掛けたのは俺で、仕留めたのはリリアンの魔法だ。


 セルリアンナイトがしたことと言えば、たまに襲ってくるニホンザルなどのアニマルを撃退するか、自分たち用の薬草を採取するくらい。


 そのことで気を思い悩んでいるようだけど、俺にも()()()()()()があるので、できれば魔法士の佳奈子のように、やったねラッキーって軽く思ってくれたほうが気が楽。



 ただ、あくまで俺を特例として考えるのほうが正しい思考。


 こういう行為は冒険者の間で寄生と捉える人もいるので、そのバランスは自分たちが考えるべきことだ。もっとも、佳奈子も俺が相手だからそうしているようで、普段は頑張る若手の魔法士として山城地域の冒険者たちから可愛がられている。



「センパイ。この前も野菜迷宮(ベジタブルラビリンス)へ行ったじゃないですか。

 あんなに大量な野菜を仕入れて、それにこれだけのイノシシ肉を集めて、センパイはお祭りでもするつもりですか」


「ふふ……ファハハハハハ」


「あ、センパイが壊れた」


 さり気なく距離を取った佳奈子へ俺は人差し指を彼女のほうへ向けた。



「いいことを言うじゃないか、加奈子くん」

「ほえ?」


「まさしくお祭りだよ」

「ぜんぜんわかんないです」


 完全に俺から離れた空色騎士(セルリアンナイト)を気にすることもなく、次にやることを彼女たちへ伝える。



「明日は芥川山城迷宮に付き合ってもらう。狙う獲物はただ一つ」


「えっと。芥川山城迷宮ですか?」


 芥川山城迷宮、別名は軍鶏迷宮(シャモラビリンス)


 見た目は山城なのだが、本丸へ攻め入ろうと思うのなら三の丸から地下層を通る必要がある。


 そこで繁殖するシャモチキンはすばしこい動きで高い攻撃力を誇り、数十羽でくり出す鳥頭(チキン)全体突撃(ウェーブアタック)は冒険者側を恐れさせている。


 ただし、倒したときにドロップする鶏肉の塊はジューシーな上に肉質が引き締まっているため、畿内だけでなく、全国的にも有名な迷宮食材(ラビリンスフード)の一種だ。



「山田先輩。まさかシャモチキンを狙ってるわけではないですよね」


「そのまさかだよ、早紀くん」


「いやあーっ! あたし、明日は急病で休みます!」


 ――どんな病気かは知らないけど、後で回復魔法をかけてやろうじゃないか、加奈子くん。



 今日までに甘やかしてきたのは素材集めのため、誰一人として逃がすつもりはない。軍鶏を挑発してくれる(デコイ)が必要だ。


 ――これまでさんざん甘い汁を吸わせてやったんだ。赤い鶏冠をうまく避けて、精いっぱい頑張ってもらおうか、可愛い後輩(いけにえ)たち。





ブクマとご評価して頂き、とても励みになっております。誠にありがとうございます。

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