5.04 打算的な長男は異族と取引
『初めまして、山田太郎といいます』
『フン! 勇者の血筋のへっぽこ長男ならこの地でも知れ渡ってるぞ』
『あのう、だれがそんなうわさを流してるんですかね』
『フーン! 言えるわけがないだろう。
かのダンジョンマスターに迷惑がかかる』
もう我慢できないと思ったので、ついつい初対面のオークウォリアーにうわさのことを聞いてしまった。詳細を知ることはできなかったが、すくなくてもどこかのラビリンスマスターが俺のことをモンスター族に教えていることだけはわかった。
『これこれ、フォルシーア。
そういう二つ名で呼んでやるのは人族とはいえ、礼を欠くことなのだぞ』
『フーン』
フォルシーアと呼ばれたオークウォリアーはやたらと鼻息を吹きかけるのが好きみたいで、その度にリリアンの髪が乱れてしまう。
『ケンタウロスのアンドレアスだ。
ナツメが話を聞いてやってくれと言ったから、その頼みを隣人のよしみで聞いてやろうと思うてな』
『ありがとうございます』
腰を低くしても身長があるお馬さんのアンドレアスは、文字通りの上からの目線で俺を見下ろす。
ナツメさんは俺を連れてきた後、干物の仕事があるからと言ってさっさと村に帰ってしまった。
これから俺とオーク族の族長フォルシーア、それにケンタウロス族の族長であるアンドレアスが話し合うことになった。
『あのう……
後ろから視線を感じますけど』
『ああ、あれな。
あれはコボルドのディータだが、あいつの一族は人族が亀山城迷宮を攻めたときに多く殺されてしまったから人族のお前が怖いんだ。
それでもお前と物を交換したいからここまでやってきたのだがな……』
その前に扉の後ろからチラチラとコボルドの顔が見えたので、あれはなんだろうと疑問に思ったところ、俺の視線に気づいたアンドレアスが解説してくれた。
『あのう、良ければ一緒にお話しませんか?』
『……僕らを殺さない?』
『いいえ。お話ですから武器はほら、出してないですよね』
ビクビクしながらも一応は答えてくれるコボルドが安心できるように、両手を挙げて武装していないことをアピールする。
『お話が済んだら殺すの?』
『なんでそうなる?
手土産もあるのでこちらに来てくださいよ』
今日のために山城のお店で甘くておいしいアップルパイをどっさりと買い込んだので、俺は素早くリリアンのほうへ目を配る。
だがやつは音がでない口笛でわざとよそよそしい態度を取っていた。
モンスター族の族長たちが訝しげに視線を向ける中、もう一度鋭い視線でリリアンを睨みつける。
『ヒノモトゴ、ワカッテマセン』
――だれも日ノ本語なんか喋ってねえよ!
そんなツッコミで心底からイライラしてくる。こうなるであろうと予測はしていたので、次の手はちゃんと手配している。
大事なときにそういう態度をみせるのなら、こいつにもう用はない。
『いやあ。みなさん、すみませんね。
こいつはちーっとおバカなので、無視しちゃってくださいよ。
半年の間、こいつにはおやつ禁止の罰を受けさせてやりますので、手土産のほうは俺が出します』
こんなこともあろうかと、自分のアイテムボックスに同じ量のアップルパイはあらかじめ用意しておいた。
だからリリアンがなにしようと俺が困ることはない。
『はいはーい、みんな食べて食べて』
サッとアップルパイを粗末な机の上に並べていくおバカを眺めつつ、初めからそうしてりゃよかったんだよと俺は鼻息を荒くした。
『食い物でわたしらを釣る気か?
浅はかだな、人族の若造よ。わたしらは亀山城迷宮でお前ら人族と死闘したんだ。
そんなもので――』
『——うまいものだなこれ。フーン』
『本当ですね、フォルシーアさん』
冷めた目をしたアンドレアスの口元に冷たい笑いが浮かび、俺を卑しむ口調で言葉を投げかけてきたところ、フォルシーア族長とディータ族長がこれでもかとアップルパイを次から次へと口に運んでいく。
『これはガキどもが喜びそうだ。呼んできてやるか』
『そうですね。メスたちも食いたがるはずだから呼んできましょうよ』
あっという間にこの場から姿を消したオークとコボルド。
空いた扉を開いた口でポカンと呆けるケンタウロスのアンドレアスへ、俺は一切れのアップルパイを差し出すことにした。
『あのう……美味しいんで召し上がってくださいな』
『うん。これすっごくおいしいよ』
シロップで甘々に煮詰めたアップルのせいで両手がベタベタとなったリリアンは、食べているものをアンドレアスへ突き出してる。
泣きそうな目をするアンドレアスはきっと、どちらかを受け取ればいいのかと悩んでいるに違いない。
『すまない……』
持ってきたアップルパイはここに棲むモンスター族によって、一切れすら残らずに全員で完食した。申し訳なさそうに潤っている目で見てくるアンドレアスへ、俺は何も言わずにただ微笑む表情を向ける。
『お兄さん、美味しかったわ。またおいでね』
『は、ははは……
また今度お会いしましょう』
最後に出て行ったケンタウロスの女性はアンドレアスの娘だそうだ。
アップルパイやマカロンを喜んだ彼女は俺を乗せて、琵琶湖の湖畔を早駆けしてきた。正直な感想で死ぬかと思った。
『ひと——タローとか言ったな……
では改めて聞こう。
――タローよ、お前はわてらになんの用だ!』
『あ、よかったらこれで口を拭いてください』
『すまんのう、助かる』
オーク族のフォルシーア族長は口の周りに食べかすがついてたので、ウェットティッシュを渡してふき取ることを勧めた。
『……もうよい。
タローくん、用件をさっさと伝えてもらいたい。お前はわたしらになにを望む』
『えっとですね。こちらで狩られたイノシシなどの獣肉を分けてもらいたいです』
表情に疲労の色が濃いアンドレアスからの問いかけに俺は自分の要求をそのまま伝えた。
『よかろう。それでは――』
『待て、フォルシーア……
タローくん、用件はそれだけか?』
『今日はそれだけです』
『今日は、と言ったな。次からは違う用件があるということか』
フォルシーアはきょとん顔で、ディータは緊張した面持ちで俺とアンドレアスの対話を見つめている。
『そうですね。早い話、イツキさんたちと同じようにあなたたちと交易したいんです』
『交易とな……
異なる種族のわたしらと対等に交易ができるとでも?』
『ええ。交易をさせてもらえるなら、もちろん対等であることが大前提なんです』
『は、はは――ははははは!』
突然、大笑いし出したアンドレアスにフォルシーアとディータ、それに俺は言葉を失った状態で見るほかになかった。
『フォルシーア! ディータ!
わたしはこのひとぞ――タローくんと交易することにした。異存はあるまいな?』
『まあ、メスどもやガキらも喜んでたし、わてはそれでいい』
『はい。タローさんなら、僕らを殺すことはたぶんないと感じましたのでそれで構いません』
モンスター族の族長たちの話に俺が口を出すことはないので、まずは目的を達成したことを喜んでもいいのだろう。
『して、タローくんよ。お前の言う対等な交易、その条件を話してくれ』
『はい』
俺だってちゃんとシミュレーションしてからここへ来た。モンスター族が呑める話、そして俺がちゃんと利益を得られるようにしないと対等な交易が成り立たない。
『俺があなたたちから買うものは山で獲れるものや狩った獲物、それにあなたたちが加工したものを売ってほしいのです。
たとえばコボルド族が作るお茶、ナツメさんを通して買わせてもらったけど、これからはディータさんから直接に買わせてもらいます』
『タローくんは買うと言ったが、わたしらに人族が持つお金とやらという貨幣は持たないし、持つ気もない。それでどうやって交易をする気なのだ』
『ええ。お金でやり取りするのではなく、あなたたちに人間の作るものがほしいなら、それを俺が買ってきます。
その分の代金を俺があなたたちから買い付けるものと交換させてもらいます。
ただし、俺も儲けがほしいので、輸送などにかかる経費を1割、利益はさらに1.5割を頂きましょう』
『ほほう……フォルシーアの目が回ってるので、詳しく説明してやってくれ』
『リリアン、小麦粉を出してくれ』
『はーい』
ここで用意した20kg入りの小麦粉一袋をリリアンの亜空間から出してもらった。
『俺らのところでこの小麦粉一袋は600円で売られてるんです。
これをあなたたちが買う場合は60円の経費と俺の利益の90円を足して、一袋を750円で買ってきてあげます。
あなたたちはお金を払わない代わりに、俺へ750円相当のものをくれれば結構です』
『ふむ……少し高くないのかな?』
『いいえ。人間にものを売るときだって、儲けくらいは考えますよ。
それに買い付ける量が多いときは品物の販売価格が下がりますので、その分だけ安くなるんですよ。
たとえば一定の量以上なら小麦粉一袋が600円以下で買えますね』
『ほう』
『あなたたちからものを買い付けるときは先と同じように、市場価格から経費と利益を差し引いた代金で支払います。
カモシカでいうと1kg当たり280円が今の相場で重量が250kgなら総額は70,000円ですが、あなたたちが希望するものを俺は52,500円分だけ買ってきてあげます』
『タローくんは対等と言いながら買うときも売るときも、そのどちらも経費と儲けを取っているではないかな?』
やっぱりバレたかと思わずコツンと自分の頭を拳で突っついてみせた。
『ええ、そうですね。儲けさせてもらおうと考えてるのは否定できない。
ただいつでも買いと売りが同時に行えるとは思ってませんので、あらかじめに決めといたほうがいいかなと』
『えっとお……
わてはアホだからようわからんけど、タローがわてらを騙そうとしているのか?』
『うーん、僕もよくわからないんですよ。
でも騙すには聞こえない気がするんですけどね』
『よい! その条件を呑もう。
どのみちわたしらは元々人族と交易なんて考えてなかった。タローくんがわたしらとの交易でお金を儲けたいのなら、よろしい、儲けさせてやろうじゃないか』
頭を抱えるフォルシーアとしきり頭を振るディータを無視して、アンドレアスは尻尾を左右へ揺らしながら俺へ向かって頷いてきた。小さく拳を突き上げて、今日の目的を達せたことに気分が良くなった。
ただ、先に言っておかないといけないことがある。
『アンドレアスさん。武器は買って来れませんよ』
『いい。人族のものなど、ワタシらの体格にあわない。それに……
フォルシーア、見せてやれ』
『いいのかよ。こいつと話が弾んだとはいえ、初対面だぞ』
フォルシーアはアンドレアスの指示に疑問を呈した。
なんのことがわからない俺はただ二人を見ているだけで、自分からなにか言えることがない。
アンドレアスが頷くとフォルシーアは背中にある大剣を鞘から抜き放った。輝くその刀身の光は見慣れたものだった。
間違いなくあれはミスリルで作った剣だ。
『このことは人族のギルドに伝えても良い。
わたしらを滅ぼす気なら死ぬ気で来いとな。
お前らに討伐されたオーガどもとは違い、亀山城迷宮で一度は敗れ去ったわたしらに二度目の敗北はない!』
自信に満ち溢れた表情するケンタウロスのアンドレアス族長は、俺に向かって不敵な笑顔で力強くここに住むモンスター族の意思を表明した。
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