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勇者家族のへっぽこ長男  作者: 蛸山烏賊ノ介
第5章 独り立ちすることが目標のへっぽこ長男
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5.02 軟弱な長男は彼女と家捜し

 山城地域は襲撃が少ない南方に住宅地が集中している。


 宇治地区におしゃれなコンクリート造のマンションがあるということで、マイが強引に不動産会社へ連れて来られた。


「いやあ、鳳様は本当にお美しいですな。ご希望がありましたらなんでも申し付けてください。

 ご希望に添えないの場合、お待ちになってもらえたらすぐに建てさせますので遠慮はしないでください」


「そうね。歌の練習があるから防音付きは勿論のこと、日々の鍛錬があるのでトレーニングルームは欲しいですわね。

 それに――」

「――ちょっと待った!」


 明らかに嫌そうな目付きで睨んでくる小太りのハゲおっさんを無視して、両手でマイの肩をがっちりと掴む。



「なあに? 発情したの?」


「この状況でどうやったら発情できるかを知りたくはあるけど……

 ――そうじゃない!」


「じゃあ、なに?

  ご飯は先食べたじゃない。もうお腹が空いたわけ?」


「お腹は一杯なのにデザートまで押し込まれたので、晩ご飯が食べれるかどうかすら疑問だ……

 ――そうじゃない!」


「お引越しはやめにしたの? それならウチと――」

「俺の歌を聞け!

 ――そうじゃない。

 俺の話を聞け。ここは()()()()ところだよな?」


「ええ、()()()ターちゃんが住む愛の巣よ」


「そんなスキャンダルはいけませんよ! このわたしがそんなことを許しません!

 鳳様にハエがつくなど――」

「――来ようとは思わないけど、またなおっさん」


 マイの手を握った俺はギャーギャーと騒ぐおっさんの会社から出て、外に止めてある愛車へ駆けこんだ。


 後ろからおっさんが追いかけてきたのでさっさと発車する。



「そんなに急いでなにがしたかったのよ」


「たぶんマイの勘違いだけだと思うけど、俺が急がせたいのは()()()()()()を探すためだ」


「だから探してるんじゃないの。

 ウチはマネージャーにお願いして、知ってる不動産かいし――」

「なぜ俺の部屋探しにマイのマネージャーさんが出てくる?

 ――そんな不思議そうな顔してもだめだ」


「ウチは歌の練習があるからうるさくなるわ。ターくんは近所に迷惑かけたくないでしょう?

 武技の鍛錬もあるのよ」


「マイ。無理矢理に臨時の休日まで取って、一緒に部屋探しをしてくれるのは嬉しい。

 だけどね、俺はできれば一人暮らしがしたい」


 俺の言葉にマイがいきなり両手で顔を覆い、めそめそと泣き声を出した。



「ターくんはウチのことを捨てるね……

 新しい女を作る気なんだわ、弄ぶだけ弄ばれたウチはなんて悲しくてかわいそうな女……シクシク」

「あのなあ」


 シクシクを口で言われても俺はどんなリアクションをすればいいのかがわからない。


「部屋が決まったらいつでもきていいからさ」

「ほんとう?」


 立ち直りが早いやつめ。俺からその言葉を引き出すための芝居だと理解はしてたけど。



「宇治地区はちょっと遠いので、ギルドの近くで家を探すつもり」


「わかったわ。伝手はあるのかしら」


「ああ、ハヤトさんに聞いてみる。

 あの人は山城地域で活動してたから、知り合いがいるかもしれない」


「そういう知り合いがいれば早く言ってほしかったわ。

 そうしたらウチもマネージ――」

「――マイが俺の話を聞かないで先に不動産屋さんへ急がせたからでしょう」


「……ふふ、はやとさんという人とお会いしましょう」


 午前中に連絡を入れてあるので、ハヤトさんはギルドで待ってくれてる。


 その後マイに連れまわされて飯を食べたから、昼食を取ったハヤトさんとアリシアさんに会うため、車のスピードを少し速めた。




 洛中ギルドが近年一番の賑わいをみせてる。理由は簡単、歌姫にしてAランク冒険者の鳳舞がここに降臨なされたためだ。


 ――しくじった。


 マイのことをテレビで見たり、ラジオで歌を聞いたりと、俺の知らないところで働く彼女のことをどこか他人のようにずっと思っていた。


 そのために彼女と行動することが少なかった俺はなんも考えないまま、ハヤトさんたちと再会するためにギルドの中へ入ってしまった。


 その結果がこれ、マイが若い冒険者を中心に人々に囲まれてる。



「ふゆこから聞いてはいたけど、まさか本当に歌姫マイの彼氏だったとはな」


「あははは。子供時からの腐れ縁ですよ」


「腐れ縁であろうかなかろうか、あんなベッピンさんを彼女にできるのは男にしたら羨ましい限りだ……

 ――だがしかーしぃ! うちのアリシアには勝てないぞおお」


「あはははは」


 ――ッチ、背中にいる(アリシア)さんから圧力に屈して、ハヤトさんがどうにかアリシア(エルフ)さんによる暴走モード(エルフシンドローム)を回避しやがった。



「この騒ぎはどうしたらいいかな」


「あ、田村さん、こんにちは。ハヤトさんとアリシアさんの結婚式以来ですね」


「やあ、山田くん。

 ゆっくりお話したいと思うけどね、()()をこのまましておくわけにはいかないでしょう」


「そうなんですけどね、先からマイを連れ出そうかなと頑張ったけど、あの輪に入っていけなくて」


 人で寄り集まった輪がマイを取り囲み、何度か突入を試みたのだが押し出されてしまった。彼女を奪還できないまま、情けない彼氏はお姫様の護衛役を冬子さんに託すしかないのが現状だ。



「静まりなさいっ!

 ここは探索協会、コンサート会場じゃないから静かにしなさい!」


 甲高い声が一喝、喧噪だったギルドの中が静まり返った。


 エレベーターホールから女帝のように現れた九条さんが右手を振り払うと、人の輪がその仕草に合わせて左右へと開き、マイと冬子さんが姿を現した。



「Aランク冒険者、鳳舞。

 ヤマシロノホシ、それに山田太郎。

 名前を呼ばれた人は4階にあるわたくしの執務室に来なさい」


 なぜか怒ってるような顔を向けてくる九条さん。


 怒らせたことはしてないつもりがないのだが、背筋に冷たい汗が流れているのはたぶん悪い予感があるからだ。




「太郎ちゃんが山城地域で住まわれるつもりだと聞きましたが、なぜ専属受付嬢のわたくしにお話されないのが不思議で仕方がないのですわ」


「はあ、まあ……すいませんっした」


 九条さんからのお叱りを受けて、横にいるハヤトさんが顔の前で両手を合わせるところを見ると、情報を漏らしたのはハヤトさんということになる。


 いずれは九条さんにも知られることだからそれは構わないのだけど、彼女から責められるのはどうも違う気がしてならない。それでも謝罪してしまうのは俺が持つ性格なんだろう。



「わかればよろしいですわ」


「はあ……」


 なにをわかれと九条さんはいうのだろう。


「心配なさらずとも、太郎ちゃんのお住まいはわたくしが探してあげましょう」


「え? なんで?」


 ――なぜそうなる? 九条さんの発想が今でも理解できない俺がいる。



「なにかご希望はありましたら遠慮なくおっしゃってください」


「歌の練習がありますので防音付きにしてください。

 それと日々の鍛錬がありますから自宅でなくてもいいですがトレーニングルームは欠かせません。

 ウチのマネージャーがお泊りするときに、近くで部屋でカモフラージュ用の部屋を借りるように言ってます。」


「いや、マイ。俺はさき――」

「――もちろんありますわよ。

 太郎ちゃん()舞さんがご満足のいくお部屋をいくつかご案内しましょう」


 九条さんの案内する物件をマイが真剣な目で検討している。そこに俺の要望が入ってないような気がしないでもないだけど、ここは強く出るべきかどうかが悩ましいところだ。



 そんな俺の肩をハヤトさんが優しい手付きで肩を軽く叩いてきた。その目に宿るは憐れむような色合い、男ならどんな環境に居ても強く生きろと言わんばかりに頭も撫でられた。



「――ワタシとハヤトの家もヒナノに紹介してもらった。

 家具も新しいものを入れてくれるし、家賃も大家価格で契約してくれるから損はしないよ」


 アリシアさんはしきりとマイにおススメしてる。


 これはどういうことかとハヤトさんに目を向けると、やつは死んだ魚のような目をして得体のしれない深淵を覗いてた。


 きっと、ハヤトさんは俺のことをちょっと前にいた自分に投影して、この場で憐れまれたのは俺であるとしても、その感情は自分自身が含まれてるに違いない。



「――ターくん、ここに()()()わ。

 賃貸契約はウチがしてあげたから、ターくんは引っ越しのことだけ考えて」

「え?」


「太郎ちゃん、よくできた彼女がいて幸せですわね。

 太郎ちゃんの要望は舞さんの指導により、わたくしが把握できますようにと教えて頂けましたわ。これからは山城地域で存分に冒険者として本領発揮されても、いつでも温かいお部屋が迎え入れてくれますわよ。

 おめでとうございます」

「は?」


「タロウ。今後はお隣さんでハヤトともどもよろしくね」

「なんで?」


 ほんの少しの間、ハヤトさんのことを可哀そうと思いに耽ってただけなのに、もう本契約が済まされたみたい。



「太郎ちゃんはわたくしの専任冒険者ですから、山城地域へお住まいになられるお祝いとして保証金はいりません。

 毎月の家賃はすでに舞さんの了承で口座から引き落としの手続きを済ませてありますからご心配なく」


「……」


 九条さんの嬉しいそうな顔から眼を逸らし、今でも肩を一定のリズムで叩いてくるハヤトさんの透き通りっ放しの瞳を見つめるとようやく俺も悟りを開いた。


 九条さんに目を付けられたやつは、きっと彼女から逃げられない。





ブクマとご評価して頂き、とても励みになっております。誠にありがとうございます。

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