1-06. 長男の彼女は一途なアイドル
「ストリップ劇場へ行ったことはなんとか我慢したけど、これは容認できないわ」
「え? なんで?」
流行りのポップソングが流れる人形の前で、マイが眉をひそめて軽快な動きで踊るミサキちゃん魔法人形を見つめている。
なんでそういう感情になるのはよくわからないけど、ストリップ観賞のことを許してくれたのは正直ありがたい。こいつもこいつなりに成長したってことかな。
「そういうことではないわ。お母さんが言うにはね、たまには男の愚行を許すのもいい女にとっては大事なことよ」
「愚行ねえ……うん、マイはいい女だ」
また俺の心を読みやがった。こいつの隠れスキルに読心がついてるという俺の読みに間違いはない。
「ウチの人形を買わないで、なんでこのいけ好かない女の人形を買ったのよ」
「いや、そもそもお前が魔法人形は絶対に出さないって言ったじゃないか」
「そういうことじゃないわ」
「どういうことだよ」
大きくなるにつれ、この美しい幼馴染の言うことが段々と理解できなくなったのは俺のせいなんだろうか。
「魔法人形を作るために体の隅々まで測らなくちゃいけないのよ? ターくんはウチの裸身を他人に晒したいわけね」
「じゃあ、やめとけばいいじゃないか」
「そうしたらターくんはウチの人形が買えないじゃない」
「俺にどうしろと?」
会話は心のキャッチボール、グローブに向かってしっかりと投げようぜ。
「そうだわ、ターくんが測って作ればいいんだわ。それなら問題ないよね」
「大問題だよそれ……って、いきなり脱ぎ出そうとするな!」
俺はマジックドールなんて作れないし、お金を貯めて気に入ったものを買うのが楽しみだ。それよりしれっとホットパンツに手をかけたぞこいつ。どこの痴女だ? 頂点にいるアイドルがなにをしやがる。
「近頃のターくんがわからないわ」
「うん。俺もなぜかマイのことがわからなくなってきてる」
「お互いにもっと寄り添うべきよ。そうすればこんないけ好かない女の人形なんて買わないはずだわ」
「いや、間接的な要素はあるかもしれないけど直接的な要因にはならないと思う。その前に脱ごうとするな、真っ赤なパンツがチラッと見えたぞ」
肌を惜しげもなく晒す真っ白なキャミソール。めっきり女の色気を付けてきたマイに、思わず視線をバルコニーのほうへ向けてしまった。
「ふふ、興奮した?」
「したから勘弁してくれ」
くそ、艶やかな黒い長髪を指でくるくると巻きながら甘い息を吐きかけてくる。目まいを起こしそうなこの仕草、お前はどこの迷宮からきた魔物だ。
「抱けばいいんじゃない」
「うるさいやい」
天に愛されているこの女を抱くことに、なぜか今でもためらいを覚えてしまう。人気絶頂の彼女が俺のせいでくだらないスキャンダルに巻き込まれてしまったら、心に傷が残りそうだ。
だけれど、子供の頃から俺のために、色々と尽くしてくれたこの女性の邪魔をしたくないというのは俺の思い違いだろうか。
「今でも自分に臆病なのね」
「かもな……とにかくエロの方向はやめろ」
そうだね、この子の前じゃウソはつきにくいかもね。
天才揃いの家族と周りの人々、凡人である俺はせめて邪魔にならないよう、数十歩も後ろへ控えようと思っている。
「わかったわ……えいっ」
「って腕を使って胸を持ちあげるな!」
本当にこいつは俺を困らせる天才だよ。
俺の下半身よ、治まれ!
「ターくんは素直になるべきよ」
「子供を作れってか?」
「そうね、それはいい考えだわ。さすがはターくんね」
「脳の片隅にその考えをおいておく」
ちくせう、この女。ゆっくりとした動作で見せつけるように、肌を露わにするホットパンツで足を組み直しやがった。
「実行してくれればストリップなんて見に行けなくなるし、いけ好かない女の人形も買えなくなるんだわ」
「もしかして、お前を抱いたら生涯牢獄コース?」
「失礼ね、世間的にそれを結婚っていうのよ」
「いやいやいや、言葉の使い方がうちのかーちゃん並みになってきてるぞ?」
「だって、義母様は一生の師匠だから」
「おかあさまってねえ……もっと違うことを学ぼうぜ」
「いけ好かない女の人形を買いたくなくなる方法?」
「はい、振り出しだ」
だからあ、魅入られそうな微笑みで両手を組みながら、その豊かな胸を持ちあげないように。年頃の男の子には辛抱たまらんから。
「まどかからの連絡があったことは感謝するわ」
「ああ、仲良かったもんな」
「ええ。お互いに人形好きの彼氏を抱えて大変だわ」
「人様の趣味に口を出すじゃありません」
けっ、別にマジックドールで変なことはしてないぜ。それよりもこの流れはよくない。このまま人形の話がループしそうだからどうにかして変えなくちゃならない。
「カフェオーレ飲むか?」
「ええ、頂くわ」
うしっ。まずはこいつの好物で釣って、話の方向を逸らしてやる。
「ミルクはいつもとおなじく、多めに入れとくよ」
「ええ、たっぷり入れてちょうだい。ドロドロしてて白く濁った液をたくさ――」
「それ牛乳が腐ったやつやんか! んなのうちには置いてないわ!」
年頃の女の子が猥談みたいな言い方をするんじゃありません。
クスクスと笑っている艶姿の彼女を置いて、俺はキッチンへ砂糖と牛乳がたっぷり入った、彼女好みのカフェオーレを作ってやりましょう。
「この味は落ち着くわ」
「お誉めになって頂きありがとうよ。……ところでなんでミサキちゃんのことが嫌いなん?」
水口美咲、今年17才の現役高校生アイドル。185cmの8頭身にすらっとしたモデルスタイルに抜群の歌唱力で、小中学校生や同年代の女子から絶対的な支持を受けてる。彼女の人気は、ただいま絶頂期のマイに追いつこうと急成長中。
マイには言えないけど、俺もわりとミサキちゃんの歌が好きなんだ。
「ウチは嫌いなんて言ってない、いけ好かないだけなの」
「え、それってどこが違うの?」
それはそうと部屋に戻ったとき、薄めのレースカーディガンで着衣したマイを見てホッとした。肌の露出面積が多いままではたぶん話が進まないと思う。理由は俺の視線が動いてしまうから。
「ええ。あの子がね、マイさんのことを目標にしてますので絶対に追いつくように頑張りますって、ウチに挑戦状を叩きつけてきたのよ」
「すまない、お前の発想がよくわからん。俺の見方なんだけど、それってマイを敬愛してると考えられないかな」
眉間を指で押さえつけてほんのちょっとだけ考えてみた。
うん。思考する方向について、俺の幼馴染はどこかがおかしい。本人は至って真面目のようで憤慨している様子が見て取れる。
「身長185cmのあの子が170cmのウチに追い越したいって言ってるのよ? バカにしてるんだわ、絶対に」
「お前、アホやろ? その会話のどこに身長の要素が含んでたのか、それを教えてほしいわ」
「上からの目線でウチを見下ろしてたわ」
「ただマイより身長が高いだけじゃないのか?」
「あの子の肩を持つのね」
「揉んでやりたくなるわ」
優雅な動作で立ち上がってから座ってた椅子を持ち、俺の前で背中を向けると座りなおした身長が同じくらいの幼馴染。こいつはなんのアピールを俺にしてるのだろうか?
「はい、お望み通り、肩を揉んでちょうだい」
「お前のとちゃうわ!」
――うん、揉んでみたけどこれはちょっと凝ってるね。
そう言えばマイは時間が作れる限り、店のお手伝いをしてくれてる。俺が休みの時は同じように休暇を取って、迷宮探索へ同行してくれてるよな。本当に俺にはもったいない女だ。
「たぶんバカなことを考えているから言うけどね。ウチはしたいことをするだけよ」
「あ、うん、そうだな。悪かったよ」
静かな空間でゆったりとした時間が流れていく中、マイの肩凝りがほぐれるように優しく、力を込め過ぎないよう、弱めの回復魔法をかけていく。
「……あ、あはぁぁん。ん、ん、それ、いいわぁ」
「変な声を出すんじゃねえよ」
しびれそうなあえぎ声に反応して、こいつの頭を手のひらでパシッと叩いてやった。
「痛いわね」
「変な声を出すからじゃい」
「気持ちいいのに?」
「ほかに表現の仕方はないのかよ」
恨めしそうに体をひねったマイは、顔をこっちのほうに向けてくる。
「明日からまた忙しくなるから優しくしてよ」
「はいはい」
再びマイに肩揉みのサービスを無料で提供する。
「組まれてるスケジュールをこなしたらウチは引退するつもりよ」
「え? なんて?」
さり気なく旧時代でいう地中貫通爆弾級の発言がここで投下されました。
人気絶頂の現役アイドルが引退するだと? 全国のファンがびっくりして泣き叫ぶわ。
「気持ちいいところでやめないの」
「——そ、それはいいけどさ、なんでやめるの?」
「そうしないとターくんと一緒に過ごせないじゃない」
「おれか、おれなのか?」
「もう一度いうけど、ターくんのせいなんかじゃなくて、ウチがそうしたいから」
「……おう」
愛情深い女は嫌いじゃないけど、マイのことは今でも掴みきれない。
「ウチはしたいことをするだけ。だからね、ターくんもしたいことしてください。一生をかけて養えるくらいのお金はもう稼いできたから、ウチと結婚してもターくんと二人だけの家で死ぬまで一緒に命の素晴らしさを謳歌できるはずよ」
「答えはノーだ。ヒモ野郎も魂の牢獄も俺のテリトリーでは今のところ立ち入り禁止だ!」
このアホ女にきっちりと言ってやったぞ。
俺にはまだ野望がある。緩く優しく安全に生きていくため、冒険者で稼げるかどうかが知りたい。
「そ、今のところね。ウチと結婚する気になったらいつでも言ってちょうだい」
「……それはどうもありがとう」
穏やかな声で優しいマイの言葉に、俺は野望を貫き通す自信が今にも消えそうだ。
……というかな、マイからプロポーズされてませんか? 一般的には男からするほうだよな。本当にマイの前じゃ、俺はいつも格好わるい男だよ。
「待ってて。引退したらクエストもデートもお祭りもストリップ劇場も一緒に行ってあげるから」
「ストリップ劇場はぜひやめてくれ」
「行くのね?」
「……」
すごい目で睨まれちゃった。ヘビの前にいるカエルって、きっと俺と同じ気持ちになるんや。
「いけ好かない女の人形はやっぱり容認できない」
「……俺は捨てないぞ」
「捨てろなんてターくんの趣味を縛るつもりはないわ。ウチはいい女なんだから」
「俺にどうしろと」
「ウチのマジックドールを作ればいいんじゃない」
「……」
返事したら必ずループに入る。黙れ俺黙れ俺ダマレおれだまれ――
「今月の休みは今日だけよ、肩をしっかり揉んでほぐしてほしいの。そうしたらいけ好かない女の人形は容認しないけれど、許してあげる」
「……」
しゃべるなおれシャべるなオレしゃべるナ――
「カフェオーレのお代わりを後で作ってほしいのね」
「はいよ」
「まどかたちと探索へ出かける時は誘ってよね」
「喜んで」
それならなんの問題もない、愛しい幼馴染よ。
「今度の休みに二人の愛の巣を購入するからついてきて。帰りにアダマンタイト製の檻もついでに注文するわ」
「絶対に行かない」
うん、俺にとってそれは問題でしかない。
幼馴染の鳳舞とずっと一緒に育った。絶大の魔力と天性の闘争本能を持ち、俺らの世代ではその強さゆえに無敵を誇り、彼女を慕う人が自然と彼女のところへ集まって来る。
子供の時から才能豊かな彼女はかーちゃんの初めての弟子として、先代勇者パーティの猛者からあらゆる武技と魔法を学んだ。かーちゃんたちが勇者引退を宣言した時、マイは勇者の地位を受け継いだ当代一の武神。
女神から授かったような美貌で、中学生のマイは姉と一緒にラビリンスグループの広告塔として顔が知られるようになってから、瞬く間にトップアイドルにおどり出た。
高校の時からその実力で最高峰の冒険者の一人となった彼女は、世間をさらに熱狂させていく。俺らの世代は彼女を見上げて、彼女を追いかけて、彼女を目標に日々を歩んできた。
彼女に対して残念と思っていること、それはなぜ山田太郎から離れようとしない。
幼馴染のマイ、俺からみれば本当にアホな女。
俺を見放したらきっと、もっと遠くへ羽ばたけるはずだ。




