番外編5 迷宮主人は裏側で暗躍
異族とラビリンスマスターの視点です。
良ければご一読ください。
「はい、これが受領書よ。ここにサインして」
「ワシの名をかね」
差し出された一枚の紙にオークキングのドナルドが困惑した表情して、黒い鎧と顔を覆う面を着用した女性から受け取ったボールペンを持ったままで質問した。
「ええ、貴方の名じゃないと後で請求書が出せないじゃない」
「人族の真似をするとは思わなんだ。まあいい……ほれ」
「はい、確かに……
人間を嫌ってるわりには人間の言葉が上手なんじゃない」
「敵を知るために敵の言語を学ぶべきなのだ。こっちの人族が情報というもの重んじる、それを取り入れるのは勝つために必要なことだ」
ドナルドから突き返されたボールペンを受け取ると、女性は何もない空間から3台の新しいスマートフォンを横にある机の上に置いた。
「はい、追加のスマホよ。主が無料でいいですって。
こっちの名義で運営する通信会社だから足がつかないし、毎月の料金はこちらが持つから好きに使っていいよ」
「礼を言わせてもらおう」
摂津地域北部、山城地域西部の山間部に広がる深い森の中、巨木で作られた要塞は、オークキングのドナルドが率いる多種のモンスター族が根拠地とするところ。
山に存在するあらゆるの資源を使って、旧亀岡市を脅かす一大勢力を築いてる。
ここにいる種族に悲願がある。
それは先代勇者パーティとギルドの冒険者たちによって討伐され、今は存在しない亀山城迷宮の復活だ。
そのためにドナルドは協力者から人間が使用するデバイスを取り寄せ、ここに住むエルフを大和地域のギルドに潜り込ませ、今日までに人間側の情報を収集することに務めてきた。
「比叡山にいたオーガたちは全滅したのは知ってる?」
「スマートフォンを使ってネットで見た。だが自衛軍だけでオーガ族を殲滅したとは思えない」
「そうね……こっちで掴んだ情報なんだけど、京都の北にいるオーク族が援軍を出してる。
同じ出身のオーク族としてどう思う?」
「どうも思わん。
オーククイーンのミランダはワシの求婚を断ったのでな、あやつが別れの一族をどう導こうと興味などとうに失せたわ」
「そう。まあ、いいわ。貴方の作戦が成功したら、その後に必要な建材や食糧をそれぞれの収納袋に入れてあるから、不足があったらまた連絡して」
「かたじけない」
「お支払いは魔金鉱石ではなく、魔鉄鉱石と魔銀鉱石でお願いね」
「用意させよう。渡せるときに連絡する」
声や仕草は若い女性のように思われるが、長寿な森人の例もあるので、それだけで目前にいる女性を推し量るのは愚かだと、オークキングのドナルドはそう考えている。
「お仕事ではないけど、一つ聞いていいのかしら」
「答えられるなら」
「人間がいう亀岡盆地を取り戻しても、その後の維持が大変だと思わない?」
「愚問だな。ダンジョンはワシらの故郷、これを取り戻さんで生きてなんとする」
オークキングの傲然とした態度に女性は小さく笑ったが、お面が邪魔してドナルドにはそれを知ることはできなかった。
「ワシからも一つ伺わせてもらおう」
「お答えすることができたらね」
「なぜここまでワシらに肩入れする?
おぬしらは人族と仲良くやってるであろうに」
「マスターのお考えなど、思慮が足りないあたしではわかりません」
そう話してから女性は横にある椅子へ腰かけて、すぐに立ち去るだった予定を変更した。
その行動を見た女性を待つ同じ格好した5人が入口にあるソファーへ静かに腰を下ろす。5人を気にすることもなく、女性はオークキングのドナルドへ向けて、回答の続きを語り出す。
「ただ、マスターが今の世の中を気に入ってるような気がするの。
少なくてもあたしはそう見える」
「ほほう、今のありようを気に入るとな」
「ええ。様々な種族が大地に住みつき、それぞれの生き方で生きていく。それに――」
「それに?」
女性が被っている面を外して、彼女のために用意された飲み物を手に取り、一口を飲んでから話を続ける。
「人間よ。
全ての大地を貴方たちのいう人族が独占することにマスターは望んでない。
そういう風にあたしはマスターの言動から見受けるの」
随分と若いダークエルフだと、ドナルドは女性に対する初対面の印象を持った。
「なるほど。だがその言い方からすると、貴殿の主はワシらがこの大地を独占することも望んでないと聞き取れるのだが」
「独占したいの?」
「異なことを。
ワシらが望むはダンジョンを取り戻し、その地で生きていくことだ。そのほかのことは望むべきでない」
「そうなの? じゃあ、マスターにそう伝えておく。
ほかに欲しいものがあったらいつでも言って」
椅子から立ち上がり、面を被りなおしたダークエルフは今度こそ帰路につこうと壁にかけているロープを身に着ける。
「なら、手に入れてほしいものがある」
「なあに?」
「人族が使う重砲や小銃というものだ。それも弾薬込みで入手してほしい」
「ふーん……いいわ、マスターに話してみる。
大阪魔宮の第三迷宮主人であるマスターなら、なんとかするのでしょう」
「手数をかけるがお願いする」
この世界にいる人間のように、頭を深く下げてくるドナルドへダークエルフは同じのように一礼した。
「次に来るときに返事できると思う。その時に待っているものを一緒に持ってくるね」
「まさか、もうそれができたというのか……」
「ええ、もうすぐできるわ。
貴方が待ち望んでいた迷宮の心臓がね」
「おお……かたじけない。
ぜひおぬしの主に、このドナルドから心よりお礼を申し上げたいと伝えてもらいたい」
涙を流すオークキングへ用事は済ませたとばかりにひらひらと右手を振ってから、ダークエルフは同行者たちと一緒にドナルドの部屋を退去する。
鉄製の城門でオークナイトから見送られたダークエルフと同行者たちは、南にある本拠へ向かって山林の中を早足で駆けていく。
「——つ、疲れたあ。ちょっと休憩タイム」
いきなり足を止めて座り込む同行者へダークエルフがすぐに引き返して声をかける。
「マスターあ、あたしが言うのもなんだけどさあ……
貧弱すぎっ!」
「そうそう、運動しないとあかんよ」
ダークエルフ隣にいる同行者がフードを外して、金色の髪が風になびき、しなやかな手でマスターと呼ばれる同行者のフードを外す。
艶やかな黒い髪がマスターの背中を流れるように垂れていく。黒い瞳で周りにいる者たちへ恨めしさを込めて、唇を尖らせてから愚痴をこぼす。
「あんたたちエルフみたいな体力がないのよ、インドア派のわたしは」
「心臓の間でネットゲームばかりやってるからら、体力なんてつかないの」
太陽の光に当てられて、輝く金髪を持つエルフは体を屈め、マスターと呼ばれる少女の頭を優しく撫でる。
「マスター。先の話だけど、オークキングに人間の装備を渡してもいいでしょう?」
「いいよ別に。欲しければ大砲でも戦車でも戦闘機でもあげるわよ。
——あ、戦闘機はワイバーンたちが襲うから意味ないか」
「それじゃ使えるやつらに召集をかけて、奈良にある人間の武器工場へ襲撃しないと」
「——そんなくだらないことしないわよ」
ダークエルフの提案に黒髪の少女は憮然とした表情で金髪のエルフから水筒を受け取る。
「あー、六甲の水はこの時代でも美味しいね」
「そう。それなら頑張って取ってきた甲斐があったわ」
「アイテムリストにあるものは、なんでも取り寄せられるから問題ないの。
今の時代の物はリストにないからだめだけどね」
「わかった、引き渡す武器の種類はマスターが考えてよね」
ダークエルフと会話しつつ、金髪のエルフから顔や首筋に流れる汗を拭かせている黒髪の少女は頷いてから右手を前へ向けた。
「ライラちゃん、おいで」
『――バウッ』
「きゃーー」
鬱蒼とした森の中に3mを超える魔犬ライラプスが現れるなり、大きな舌で嬉しそうに黒髪の少女をペロペロと舐め出した。
その光景をエルフたちが助ける様子はなく、ただ呆れた顔で眺めているだけ。
「こらー! そんなことばかりするとご飯はあげないよ!」
『クーン……』
叱られた魔犬ライラプスが体全体を地べたに伏せて、上目遣いで黒髪の少女の許しを請っているようだ。
「うん、許してあげる……
ティベリア、ライラちゃんのよだれを拭いて」
「はい、マスタートキコ様」
金髪のエルフであるティベリアに体を清められてから、髪を束ねたラビリンスマスターのトキコはしばらく考えるように空を眺め、意を決したような面持ちでダークエルフへ指令を下すために口を開く。
「トリエスタ。
後で彦根城迷宮へ行って、小規模な迷宮氾濫を起こすように伝えてきて」
「わかりました。
どのようなモンスター、そしてどれくらいの期間がよろしいので?」
「オーガあたりまででいいわ。
本気でなくていいから、大津辺りをかき乱してほしい」
「はい」
「期間はねえ……
そうね、12月の初めから1週間の間ってところかしら。そう伝えてきて」
「畏まりました、マスタートキコ様」
「その間にドナルドも準備が整えられるのでしょう」
薄笑いを浮かべたまま、魔犬ライラプスへ手招きして呼び寄せる。
魔犬の背中に自分の体を預けると、従者のエルフたちへ大阪魔宮の第三迷宮主人、異世界転生者だった北条友季子は青く広がる空へ向けて、凍えるような視線で厳かに宣言する。
「城塞魔宮の主たちに伝えよ。
人間たちが占領した亀岡盆地をオークたちが年内で攻め落とすゆえ、その陽動作戦に必ず助力せよと!」
ご感想、ご評価、ブクマして頂きありがとうございます。
次話から第5章です。また水曜と土曜の投稿に戻ります。
太郎が独り立ちで頑張ります。
よろしくお願いします。




