4.17 整理する長男は人形を贈呈
「よく来たね、今日から二人ともうちの子よ。
お母さんって無理に呼ばなくていいから、わたしのことはムスビおばちゃんって呼ぶのよ」
長旅を経てやっと再会した親と子の絵図になるくらい、目の前に心が温まる光景が記憶に刻み込まれた。
若葉ちゃんと涼音ちゃんと同じ高さにしゃがんだムスビおばちゃんは、二人を強めに抱きしめて、汚れが目立つ長い髪を優しい手付きで撫でるように梳いている。
ムスビおばちゃんの後ろに立つかーちゃんがなぜか完全武装した姿でわんわんと涙を流してるけど、なんで神器の盤古斧まで持つ必要があるのだろう。
あれは異世界で対魔王戦に使ったって言わなかったっけ。
オヤジはオヤジで滅多に使わない戦略級兵器である英雄神の槌矛なんか持ち出して、いったいなにと戦うつもり?
号泣するのは一向にかまわないけど、しっかりと掴んで落とさないでくれ。あれが起動したら池田村が吹っ飛ぶって言ったのはあんたじゃないか。
暴走する二人の思考がまったく読めなくて、なんのためにこんな重装備する必要があるというのだ。
「お兄ちゃんがいい年して恥も外聞もなくグレるからでしょう。
ウィーちゃんに部屋を用意させたから、うちの古着で悪いけど、あの子らの着替えを用意しとくね。
あんな汚れた格好させたままなんて、本当にお兄ちゃんは気が利かないんだから」
どうも両親がこうなったのは俺のせいであるらしい。心当たりはありまくりなのだが、若さゆえの過ちなんてのは認めたくもない。
「じゃあ、後はまかせるね。
そうそう、マイのこと、ちゃんと慰めてよね。自分の兄だけどこんなグズな彼氏なんて、マイもさっさと別れちゃえばいいのに」
「わかったよ」
本日臨時休業の看板を掲げた店の中へ入ったさっちゃん。彼女と入れ替えに出てきたマイが、恨めしそうな顔で口を尖らせたまま睨んでくる。
「マイ――」
「いいたいことはいっぱいあるけど、今はあの子たちのことが先よ。
今度連休を取ったから、ちゃんと付き合いなさい」
「はい……」
返す言葉はなにもなく、ただマイの言ったことを無抵抗に受け入れるだけ。彼女に迷惑をかけたくないと思っているが、実態は彼女に心配してもらってばかりだ。
「あんたたちもいい加減になさい。
戦いに行くじゃないんだから、そんな物騒なものは早く仕舞いなさい」
「でもよ、児童保護施設のやつらが来たら撃退せにゃならんだろ?」
「ねえ、全滅させる気? 勇起は国と戦う気?
それはもう話が付いたからって、先から言ってるでしょうが」
「むすびは政府の陰険なやり方を忘れたの?
あのロクデナシたち――」
「明日香もいい加減になさい!
子供たちが怖がるでしょうが。もういいからあんたらは店でお昼ご飯を用意してなさい」
ムスビおばちゃんに怒られた両親は、トボトボとすり足で神器を肩に担いだ格好で店の中に入っていく。先代勇者パーティの真の支配者は、昔も今もムスビおばちゃんであることに変わりはない。
「マイ、この子たちを連れてお風呂に入れてあげなさい」
「ん、わかったわ」
両親に続いてマイに連れられた若葉ちゃん姉妹は店を通り、我が家の風呂でさっぱりしてくるのだろう。ちょっとした温泉といえなくもない我が家の風呂は、大人数で入浴しても全然余裕の広さだ。
「さて、太郎。お説教は夜にするから、あの子たちの今後のことを教えるわ。
気になるでしょう?」
「はい」
先まで騒々しかった店の前で、ムスビおばちゃんと二人きりでお話することになった。
「結論から言うとね、わたしがあの子たちの保護者になったのでこれからはうちで預かることになったの。
これで若葉ちゃんと涼音ちゃんがはなればなれになることはないの」
「ありがとうございます」
「確かに決まりであの子たちは別々に暮らすことになってたけど、でもそれは条例により抽選の順番でそうなるためよ。あの子たちが行方不明になったから順番が後回しとなったのね。
そこで今朝に施設の職員と相談して、うちが保護者になることを向こうも喜んでたわ」
「そう、ですか」
一連の経緯からみると、俺が独り相撲で勝手に盛り上がってたみたいで格好悪い。恥ずかしさで顔が熱くなったのは気温だけのせいじゃないと思う。
「太郎。おばちゃんね、今回のことで色々とあんたにいいたいことはいーっぱいあるのよ」
「はい」
「でもね、怒る前にあんたが自分からなにかをしたい、だれかのために動きたいと行動したのがとても嬉しかった。
間違いが起きれば問題なんて正せばいい。ただその歳で間違わないように生きられると、おばちゃんたちは太郎になんも言えなくなっちゃうのよ」
「……」
なんも答えられないし、ムスビおばちゃんも無理に俺から答えを聞くことはしないでしょう。
「とにかく、今回は先に相談してくれればすぐに解決したでしょうけど、あんたが望んだことにはなってないかも。
だからね、たまにならこういうわがままは聞いてあげる。やりたいことがあったら、少しずつでいいから自己主張しなさいよ」
「はい」
子供の頃のように、そっと頭を撫でてくるムスビおばちゃんは俺らがガキの頃と同じ、子供たちを大切にしてくれる大人のままだ。
若葉ちゃんは妹と同じ部屋がいいと希望したので、俺が魔法人形の貯蔵庫にした部屋を彼女たちに譲ることにした。
アイテムボックスに箱入りしたマジックドールを片付けていると、涼音ちゃんが目を輝かせてジッと見てくる。
「欲しいの?」
「――え?」
俺からの問いかけに涼音ちゃんが一瞬びっくりして、開いてる両目をさらに大きくすると、俺のところへ近付こうと体を動かした。
「涼音、ダメ。あれは太郎さんのものよ。ここでお世話になるからわがままを言っちゃダメよ」
「う、うん……」
若葉ちゃんに叱られた涼音ちゃんが、箱を取ろうとした手を止めてから、拳を強く握りしめ、その目から涙がこぼれ落ちそうになっている。
ここにあるマジックドールは中学生の時から集めてきたもの、ある意味では俺が過ごした青春の証だ。
ただ箱に入れたままで飾ろうとしないものも多くあり、それで涼音ちゃんが喜んでくれるなら俺はもらってほしいと思ってる。
「若葉ちゃん、ここにあるマジックドールは飾らないものが多い。それで喜んでもらえるのなら、俺は涼音ちゃんにあげようと思うんだ。
それでいいかな」
「でも……もらってばかりじゃ……」
「なんだ、若葉ちゃんもほしいのか。
いいよ、ケンカしないようにちゃんと選んでくれ」
「あ、いや、違うんです!」
慌てふためく若葉ちゃんへ、涼音ちゃんが期待する目を向けている。
たぶんだけど、お姉ちゃんがもらっちゃえば彼女も遠慮なく好きなマジックドールがもらえると思っているのだろう。
ここは後一押しだ。
「はい、若葉ちゃん。これどうぞ」
俺の手から渡すマジックドールは3年前ほど流行ったアニメの主人公で、小学生の高学年である歌唱魔法少女が歌いながら変身するシーンが大人気だった。
購入したのは別にファンだからじゃなく、限定発売という言葉で血迷い、思わず予約してしまったという、飾ってすらなかったマジックドール。
彼女の年齢からすると知っているかもしれないと推測したが、瞳孔が開いたところをみると、どうやら当たりのようだ。
「あ、あの、あのあのあの――」
「はい、これは今日から若葉ちゃんのもの。大切にしてくれると嬉しい」
「あのねっ、たろうお兄ちゃん。これもらっていいのかな?」
「それか。悪役のお姫様だけど、それでいいなら涼音ちゃんにあげるよ」
「やたー!」
俺から押し付けられたマジックドールの箱を抱えたままの若葉ちゃんの横へ、涼音ちゃんが豪華なドレスを着たマジックドールの箱を持って、俺に聞いてきたから快く同意した。
「もっと見てもいいよ、涼音ちゃん」
「ええ、いいの? やたー」
涼音ちゃんがほかのマジックドールを物色する間に、若葉ちゃんが固まっているので、歌唱魔法少女のライバルである舞踏魔法少女の箱を渡すことにした。
「これもな」
「あわ、あわわ……」
マジックドールが入ってる二つの箱を持ったまま、若葉ちゃんが慌て出した。その慌てぶりがおかしくて笑いそうになったけど、マジックドールのほかに片付けるものがあるので、そのままにしておくことにする。
俺らが大人になった分、新しい家族が増えたことで昔みたいに賑やかになることだろう。
漠然とした中、俺は自分自身を変えるためになにか違うことをしようと、フッと考えが脳内によぎる。
明日に番外編5を投稿します。
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