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勇者家族のへっぽこ長男  作者: 蛸山烏賊ノ介
第4章 他人と関わることが目標のへっぽこ長男
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4.16 事情説明の迷宮主人は長男と月見酒

「うん、()()()()よ。こちらに来た初日にホビットから知らせがあった」


 ピエーロさんはお酒が好きなので、池田村の地酒であるゴシュンを用意しておいた。俺から酒を受け取ったピエーロさんはその場で愛用の徳利とおちょこを出して、月明りの下で美味しそうに地酒を嗜んでいる。



 正重はいうと信じられない顔をして、済ました顔のピエーロさんを見ている。


 どうやらピエーロさんは若葉ちゃんたちのことを正重に伝えてなかったみたいだ。ほれぼれするくらいのいい判断だ、ピエーロさん。



「子供がここになんの用かなと観察したけど、どうも孤児の姉妹のようで、住みたかったら好きなだけここにいればいいかなと思って、手を出すなと部下に命じたんだよ」


「多田銀山地下迷宮もそうですか?」


 空になったおちょこを俺の前に突き出したピエーロさんはニコニコと笑い、手酌してほしいみたいだ。こんな安いご用なら、いくらでもやらせてもらおう。



「そうだよ。いやあ、部下から話を聞いた時はマジか! って思ったね。

 いくらあそこは来客用だってダンジョン……ラビリンスだよ? 冒険者じゃない子供が一人で入っていいもんじゃない。だから絶対にあの子……若葉ちゃんだっけ?

 若葉ちゃんの前に現れるなと厳命したんだよ」


「ありがとうございます」


 謎解きじゃないけど、若葉ちゃんがラビリンスで無事に生きれたのはピエーロさんの暖かい配慮だった。なぜか涙が滲んできて、とても穏やかな気持ちになった。



 世の中は一人だけじゃない。


 自分の視野の狭さに気恥ずかしさを感じるとともに、自分が知らないところで人は人を支えてるだなと心から理解できた気がする。



「どうして太郎くんが感謝することは聞かないけど、その謝意はもらい受けておくよ」


「ありがとうございます」


「なに、一応は元日本人なんだ。

 幼い子供が行き場を失い、危ない世の中を彷徨うくらいなら、私のところで良ければいくらでも住んでくれてかまわない。

 それは太郎くんも一緒だよ? 先のやり取りは斎蔵殿からスマートフォンで見せてもらった」


「うわー、やめてえー」


 なんてことをするんだ、正重。恥を、俺の恥を家族以外に晒しやがって。



「なんていうかなあれは……

 そうそう、スローライフだった。

 わがラビリンスならいくらでも寛いでくれてかまわない。妖精(フェアリー)もいることだし、エルフたちもきっと大喜びだよ」


 それは心に響く提案だと一瞬だけ心が揺れ動いてしまった。



「心配はするな。自衛軍でもギルドでも、私とて500年以上も生きてきたダンジョンマスター、だれが来ようとそれを退く程度の力はあるつもりだ」


「お気持ち、ありがたく頂戴します」


 素直に頭を下げてピエーロさんの好意にお礼を言った。



 これまで何度も自分を変えようと思って、気持ちを入れ替えたつもりだったけど、やってることが一緒ならなにも変わらない。だから今回はいつもとちがうことをしてみようと思う。


 全部が変わらないのなら、変わりたいと思うことを一つずつ確実に変えてみせる。



 年月を重ねれば俺が自分自身に望んでいたことが叶うかもしれない。


 だれも変われる保証はしてくれないかもしれない、だけど自分が変わったと思える日が来れたなら、それは十分に価値があることだと信じたい。



「ちょっとショックだ……」


 明らかに気落ちしている正重がボソッと呟いた。


「ん? どうしたのかな?」


 おちょこを口元に運ぶピエーロさんは、チビチビとお酒を愉しむように飲んでいる。



「だって、幼女ズのことは教えてくれなかったじゃないか」


「それだよ。その幼女ズという言葉の発想が私をためらわせたのだ」


「ええー、なんで?」


 二人のやり取りを見て、ピエーロさんの返事に俺は思わず頷いてしまった。



 なるほど、正重とピエーロさんの付き合いは長くないかもしれない。


 だけどピエーロさんは正重の一面を見抜いた。あいつはどこか一歩引いた目線で人や物事、それに世の中を冷めた目で見る癖があるのだ。



「ピエーロさん。俺にも一杯もらえるか?」


 置かれているおちょこは三つ、正重も俺も普段はお酒を飲まないから、ピエーロさんが使ってるもの以外は、お酒が注がれてないままだ。


 その一つを俺は手に持った。



「お? 付き合ってくれるの? うん、私が手酌してやろう」


「はい」


「あれ? 僕のことは無視なの?」


 慌てふためく正重のことは置いといて、こんなときこそお酒の味を知るべきだと俺は思った。


 オヤジたちがなぜ集まれば飲んでばかりの気持ちが少しだけ理解できたかもしれない。




『――朝だぞ、起っきろ! ご飯たべさせろ!』


 うっせい妖精(めざまし)だな……眠い、めっちゃ眠い。


 朝チューならぬ朝チュンで、小鳥が鳴くまでピエーロさんと飲んでしまった。



 いや、正確にいうと俺はほとんどお酒を飲んでなくて、ピエーロさんが出してくれた異世界のジュースを片手に、ピエーロさんが語る異世界物語に魅せられて、夢中に耳をそばだてた。



 同じラビリンスマスターといっても、ピエーロさんの緊迫する迷宮戦記はチワワマスターの異世界山河紀行に比べて、臨場感のあるピエーロさんの語りで異世界の過酷さと非情さが肌で感じたと勘違いするくらい、俺は時を忘れてお話の続きをせがまずにはいられなかった。



「おはようございます」


「おはよう、たろうお兄ちゃん」


 うむ、姉妹の声ですぐに目が覚めた。



 若葉ちゃんの挨拶は礼儀正しく、眠そうな俺を気遣っている様子が見て取れた。涼音ちゃんの愛情がこもったモーニングコールに、さっちゃんが幼い頃よく起こしに来てくれた記憶を呼び覚まさせ、兄としての威厳を示さずにはいられない。



「若葉ちゃん、涼音ちゃん、おはよう」


 ぼさぼさの髪を手串で荒く掻いてから、二人に朝の挨拶をした。朝と言っても10時は過ぎてるから、小屋の中は暑くなってきた。



「ご飯~ご飯~、あさめしだよー」


「リリアンもおはよう」


 ボロ小屋ではあるけど、良く片付いてるのはきっと几帳面な若葉ちゃんの性格からだと思う。



 箱だけの机に朝ご飯のパンと、昨夜にピエーロさんからもらった異世界ジュースを出して、みんなで食べるように手招きした。もはやなにもいうまいと思ってるけど、リリアンはさっそく異世界のジュースに飛び付いて、目を大きくしながら猛烈な勢いで飲んでいる。


 お行儀悪いから若葉ちゃんも涼音ちゃんも見習っちゃダメだからね。



 パンを頬張りつつ、若葉ちゃんに姉妹で俺と一緒に来るように説得した。


 初めは緊張した顔で激しい拒絶反応した彼女は、俺が二人を絶対に守ると言ったのでわずかに態度を軟化させた。



 事情がよくわからない涼音ちゃんは体をこわばる姉くを見て、鼻水を垂らしつつ大粒な涙を流していたが、リリアンがその横でずっと宥めていたのでどうにか泣きやんだ。


 ふー……年端のいかない子供でも、人を説得するのって、本当に難しいことだ。



「妹とずっと一緒にいたいです。別れるのはぜったに嫌です」


「若葉ちゃんと涼音ちゃんが一緒に住むのは約束する。信じてくれ」


「でも……」


 はい。若葉ちゃんから、でもという口癖の反撃が出ました。困ったな。


 信じてくれって言っても昨日会ったばかりの知らない野郎をどう信じろって言うんだ。自分でも怪し過ぎだと思うわ。どうしようか……



 いきなりスマホの着信音が鳴った。若葉ちゃんには悪いけど、ここで一旦間を置くのはいいかもしれない。


『――あんた。どうせうまく説得できてないでしょう』


「……」


 もう嫌だ。


 マイといい、幸永といい、なんでこの血族は読心がこうも鋭くタイミングよく人の心を読めるもんだろうか。遠距離攻撃してくるムスビおばちゃんはまさにその極め付けだ。



『話し合ってるのなら、今すぐその子と代わりなさい』


「はい」


 ムスビおばちゃんにもうお手上げだよ。しょうがねえ、ここは素直にいうことを聞いておくか。



 渡されたスマホを取ろうとしない若葉ちゃんに、ムスビおばちゃんはライブ通話に切り替えろと指示してきた。


 部屋の隅でムスビおばちゃんとしばらく話してた若葉ちゃんは、こっちに一度だけ目を向けてから通話中のまま小屋の外へ出た。



「お姉ちゃんは?」


「うん、ちょっと通話中だから大丈夫だよ」


 不安そうに見ていた涼音ちゃんが遠慮しているように声をかけてきた。


 なにが大丈夫かはよくわからないけど、目に涙を溜めてる涼音ちゃんが泣いてしまうとあだふたする俺が居そうなので、とにかく元気よく笑って見せるしかない。



「ねえねえ、タロット。ヴェスティニーちゃんを出して」


「あ、ああ」


 ヴェスティニーちゃんというのはリリアンがお気に入りのマジックドール。



 俺が高校の時に大流行したアニメのヒロインキャラクターで、歌と踊りがとてもお上手で、双剣使いエルフ姫というヴェスティニーの設定は当時の一部の男子高校生(へんたいやろう)どもに大受けした。


 もちろん決め手はその少なすぎるエロティックな服装と強調され過ぎた爆乳だけど抜群なスタイルだ。



 語り出すと長いからアニメの内容は置いといて、部屋で飾ってあるヴェスティニーのマジックドールと初対面を果たしたリリアンは、その時から二人は永遠の親友になったと、これまで見たことのない真剣な顔で俺に言ってきた。



 そりゃ俺もマジックドールが大好きで一番の趣味だと今でも思っている。


 だけどね、人形を親友に認定するほど俺は尖っちゃいないし、人生を捨ててない。



 ただ、わざわざ無魔法で()()のために保存魔法を作り出したリリアンを見て、俺は何も言わないと心から決めた。たとえそれが出かけている間も携帯する義務付けされても、文句をいうつもりはない。


 要求したことはたった一つ、それはリリアンの新しい親友を俺が保管することだった。



 考えてみてくれ。


 クエスト中に魔法人形と楽しげに話す妖精が俺の傍にいるんだぞ? 事情を知らないほかの冒険者に見つかってみろ。たぶん、その日から俺のあだ名が変わる。


 勇者家族の気持ち悪いへっぽこ変態長男となるのでしょう。


 残り少ない俺のわずかな名誉を死守するため、ヴェスティニーちゃんがリリアンの亜空間に滞在することは絶対にさせない。



 冷や汗しか出ない思い出に心を悩まされつつ、リリアンの要求に応じて、昔は俺も大好きだったヴェスティニーちゃん人形を机の上に置いた。なにをするつもりかとリリアンに聞く前、彼女は魔力を込めた手でマジックドールに触れた。



 聞き慣れたひと昔のアニメソングが流れると、ヴェスティニーちゃん人形は胸を揺らしながら、見慣れた激しい踊りを色気のある振り付けで、リリアンがシンクロしたかのように一緒となって踊っている。


 それを見た涼音ちゃんは先と打って変わって嬉しそうな笑顔で、机の前から動かなくなった。



「どう? リリアン上手でしょう。すずねは一緒に踊る?」

「うん!」


 リリアンに誘われた涼音ちゃんは大はしゃぎでマジックドールとリリアンのマネで踊り出した。


 リリアンのように踊り慣れたステップは刻めないものの、涼音ちゃんは懸命に音楽のリズムに合わせようと可愛いらしい身振りで全身を動かしている。


 いい仕事をしたぞ、リリアン。


 俺は優秀な人々に恵まれてるからいつも危機から回避できたんだ、感謝せねばならない。




 シリコン製の双剣を込められた魔力で光らせて、双剣の舞を見せるヴェスティニーちゃん人形に大興奮した涼音ちゃんはマネして二本の木の枝で振り回している。



「ありがとうございました」


 外から戻ってきた若葉ちゃんはムスビおばちゃんと長いお話を終わらせたようだ。


 真っ赤な両目は先まで号泣した痕跡だと思う。そういうのは聞いちゃダメとマイから教わってるので、今後の予定だけを彼女に尋ねてみようと口を開く。



「お話はちゃんとできたのかな?」


 口を噤んだままの若葉ちゃんは上半身を屈めて、90度の角度でお辞儀してきた。



「太郎さんに色々としてもらえてありがとうございます」

「あ、いやいや。ちょ、ちょっと待って。なんもしてないよ俺」


「あたしは妹のためと言って、ちゃんと考えないで色々無茶をしたの。結局はなにもできてないのと同じことがよくわかりました」

「そ、そんなことはない! 若葉ちゃんはよく頑張ったんだ」


 体を屈めたままの若葉ちゃん、震えたその声に土間へ雫がぽたぽたと落ち続けている。ムスビおばちゃん! こんな健気な子供になに話したんだよ!



「……お姉ちゃん?」

「ごめんね、涼音。苦労かけちゃったわね」


 木の枝を手にしてる涼音ちゃんを若葉ちゃんは声にならない嗚咽で抱きしめた。行動を起こせない俺の肩へリリアンは座ってからしみじみと囁いてくる。


『人族って、本当に大変ね』


 だれがお前の感想を聞かせろって言ったんだよ。どうするのこれ? どうしたらいいの俺。



「お世話になります。どんなことがあっても妹さえ幸せになれれば、あたしはそれでいいです」


 顔を上げた若葉ちゃんは涙の停まらない凛々しい表情で決意を語ってくる。



「絶対に不幸にさせない。どうなろうと俺がお前らを守ってみせる」


 俺も昨夜の決断を変える気はない。



 この天涯孤独の姉妹を放っておくことは俺にはできない。


 どんな話し合いがあったのは知らないけど、姉妹を別々にさせるのなら、俺がだれにも邪魔されないところへ連れて行く。


 それが山田太郎22歳の譲れない決心だ。





ブクマとご評価して頂き、とても励みになっております。誠にありがとうございます。

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