4.14 薄幸な少女は長男とギルドに同行
大当たりだった。若葉ちゃんの父親は冒険者で2年前に迷宮で失踪した。
その半年後にギルドから送られてきたのは、遺体が見つからないために時間経由により、ギルドが発行する死亡判定証明書だった。
片親となった母親は子供のために懸命に働いた。技能のない母親はワーカーとなって、ある日に山間部の薬草採収クエストを受けたが、二度と家に帰ってくることはなかった。
こんな世の中ではテンプレと思われてるほど、ありきたりのような人生の悲劇が一つ増えただけで、ギルド側は手順に則り、事実を政府に知らせる手続きを取った。
政府から派遣された児童保護課の職員は、流れ作業のように彼女と妹を児童保護施設へ連れて行った。家族が住んでいた家は借家で、別の幸せそうな家族がそこへ移り住んだ。
たった、それだけの話。
冒険者の両親を持った彼女たちの保護者達がいなくなったため、冒険者法により、孤児になった子供を国が養育できる環境を整えるという条例に該当した。
法令を遵守する施設の職員は、所定の手続きを滞りなく進めたのはいうまでもない。
児童保護施設にいる彼女たちの前に、彼女と妹を養子として引き取ってくれる人たちが現れた。
親代わりになってくれる子供のいない家庭は順番で選ばれてるので、姉は備中地域の旧岡山市に、妹は遠江地域の旧浜松市に行くこととなった。
法の前で情は慮るべきものではあるけれど、法は守られるために定められてる。そのために姉妹が離れてしまうのは、これまでに多くあった事例の一つに過ぎない。
両親を失った姉には妹が一人しかいないように、妹にとっても姉は一人しかいない。
彼女たちが選んだのは警備体制が緩くはないけど、厳しくもなかった児童保護施設からの脱走だった。
二人が居なくなったことに気が付いた児童保護施設はすぐに警察やギルドへ通報したが、人手も少なく、そうでなくても日常の職務が多忙であった関連者たちに、彼女たちを追えるだけの人員も期間も足りないのが実情だ。
誰かが彼女たちを保護して、児童保護施設へ通報することにわずかな望みを託し、児童保護施設の事務担当職員は、脱走した二人の子供が行方不明になったと書類にそう記録した。
お金もなく、食べ物もない子供が行けるところなんて、この世界ではそう多くはない。
捕まることを恐れて、人目を避けながら二人が辿り着いたのは田んぼが麓に広がる大きなお城がある山の麓だった。そこでは体の大きくないモンスターが田を耕して、果物を植えていた。
空腹の二人にとって、目に映った果物は美味しそうに見えた。
だから姉はモンスターを恐れつつ、木に実ってる果物を摘み取った。姉妹はその果物で空腹を満たし、近くにあった誰も住んでいなさそうなボロボロの小屋に身を隠した。
毎日、少しずつ摘み取る量を増やした姉は、お城の近くにいる変わったおじさんに盗んだ果物が売れることを知った。
わずかなお金を得た姉は妹のためにおじさんから固いパンを買って食べさせた。固いパンであっても、久しぶりに果物以外の食べ物を口にした妹を見て、姉は涙を流しながら心から喜んだ。
ある日に姉はおじさんから商売の話を持ちかけられた。
何でも近くに新しくできた迷宮があるそうで、そこの1階に生えてる薬草を採ってきたら、果物よりも高値で買ってやろうと。
迷宮が怖い所であることは幼い姉も知っていた。
ただ、妹の笑顔を見ることが彼女の生き甲斐となった今、ためらうべきことはなにもない。
だから彼女は道端から拾った木の枝とボロ小屋に落ちていたカバンを持って、おじさんが教えた新しい迷宮へ足を踏み入れた。
迷宮は薄暗くて怖いところ、でも薬草を摘まないと妹に食べさせるパンが入らない。
勇気を振り絞った彼女は毎日、少しずつより奥深く、より多くの薬草を採れるように努力した。雑草と薬草の見分け方は知らないがとにかく摘めばいい、雑草なら後で捨てればいい。
時には隠れたままで通りすがった冒険者を観察することで情報を得て、少しずつだが確実に行動範囲を広げていく。
そのうちに買えるものも増えてきた。
おじさんから妹のための新しい服も買ったし、ご飯の入ったおかずの少ない弁当も買ったことがある。これからもっと色んなものを買い揃えてあげたいと思うことが、姉の生きる支えとなっていた。
下へ行けば薬草はもっと生えてるはず。今まで怖い目に遭っても危険な目には遭っていない、だからあたしは大丈夫。
もっとお金があったら、妹とこれからもずっと良い生活を送っていける。なくなった両親にちゃんと妹の面倒は見ているとあたしは胸を張れる。
気が付けば、そこは大きな図体をしたオークが我がもの顔で歩いてる地下の3層だった。
——川西支部の手前で車を止めて、若葉ちゃんから今までの成り行きを聞かせてもらった。
その後はリリアンと若葉ちゃんにフルーツタルドを出して、空いてた小腹を埋めるように勧めた。
妹の涼音にも今日に出してあげたデザートを食べさせてあげたいのが彼女の願い。それを断る理由は俺にはなく、快く承諾したのは当然のことだ。
「ついて来て」
「あ、はい」
川西支部に駐車場に車を止めると、若葉ちゃんを連れてギルドの建物へ向かう。日はすでに落ちて、ギルドの中は照明が明るく、クエストから戻ってきた冒険者たちでいっぱいだった。
「おいおい、へっぽこが小汚いのを連れてやがるけど、ここはいつから子供の遊び場になったんだよ」
20代半ばの粋がってそうなやつが俺と若葉を見て、にやけながら口汚く吐き捨てた。
今日はこういう奴にはすごくイラついてしまうけど、ここでいざこざを起こせば若葉ちゃんに迷惑がかかるので、無言でそいつの横を通り過ぎた。
「っけ、噛み付いて来ねえかよ。勇者の一族といっても見かけ倒しはいるもんだよな」
「くはははは、本人の前で言ってやんなよ。可哀そうじゃねえか」
そいつと仲間がまだなにかほざいてたけど、無視と決め込んでるから気にしないようにする。こんなのよくあるテンプレ、高校時代はこういう経験を覚えられないくらい積んできた。
「こんばんは。多田銀山地下迷宮で薬草を採取してきましたので、買取りをお願いします」
「おいおい。多田銀山ラビリンスに行ったなら鉄鉱石くらい掘ってこいや」
買取カウンターにいるのは馴染みのおっさん、口は悪いけど人はとてもいい。いつもならダジャレで返すが、今日はその言葉にムカついてしまう。
「そんなのは冒険者の勝手じゃないですか。
買取りしてもらえないなら隣のカウンターへ行きます」
「……今日はやけに機嫌が悪そうだな。
ああ、薬草だろうがゴブリンの皮だろうが、出してもらえりゃなんでも買うのがギルドだからな」
「すいません」
「言葉の遊びだから謝るこったない。お前も悪くなけりゃおれも悪くない。とっとと薬草を数えて買い取った金を銀行に振り込んでやる」
片目をつぶってみせたおっさんは相変わらずの性格。おかげで気持ちの平穏を取り戻せたが、否定しなければならないことを伝えておかないと。
「おっちゃん、今日は現金でお願いします」
「なんだ? 珍しいな。お前、金欠か?」
「そういうことにしといてくれていいですよ」
いつもは銀行振り込みでお願いする俺が初めて現金の受け取りを願い出たため、おっさんは訝しそうに見つめてくる。
「まあええ、こっちとらギルドだ。振込でも現金取りでも、冒険者様のご希望に添えてみせますぜ」
「——あはははは。勇者とこのへっぽこ長男が薬草で小銭稼ぎだとよ、笑える話だぜ。ぎゃははは」
おっさんに返事するより前、先ほど絡んできたやつが後ろで笑ってた。
家族のことを笑われたから、いつもなら売られたケンカを高値でお買い上げしてやりたいところだが、今はとにかく我慢するしかない。
俺のせいで若葉ちゃんが大変なことになったら、たぶん当分の間は立ち直れそうにない。
こらえろ、俺。
「――お前がそんな口を聞けるやつか。この前に持ってきたゴブリンの皮30枚をギルドで買ってやったじゃないか。いい小遣い稼ぎになったか」
「――あ、ちょ。それは言わないって約束したじゃねえか」
俺が黙ってるのを見たおっさんがなにを思ったのか、粋がってそうなやつの裏話をいきなり大声で暴いた。
いやでもね、ゴブリンの皮は確かにギルドでは買ってくれるけど、手間の割には全然お金にならないので、そこら辺にいる子供でもしないはずだ。
「お前が人のことを笑わなかったら黙っといてやったがな。
ギルドからすれば薬草もゴブリンの皮もドラゴンの角も同じ価値のあるもんだ。小遣い稼ぎであろうかなかろうかじゃんじゃん売ってくれや」
「く、くそー……おい、帰るぞ」
「おい!」
「んだよ」
おっさんに呼び止められた粋がってそうなやつが真っ赤な顔して振り返る。
「ゴブリンの皮があったらまた持って来い。定価だからいつもと同じ10円だ」
逃げるように粋がってそうなやつと愉快な仲間たちは、ギルドにいる冒険者たちから盛大な爆笑で見送られた。もちろん、俺も思いっきり笑ってやった。
「全部で142束だ、いつも以上に丁寧な刈り方してたので色を付けさせてもらったぜ。
全部で8094円だが端数は切り上げで8100円、一束57円は今半期の最高値だ。
……採ったのはお前だか後ろにいるやつだが知らんがな」
「おおー」
最後の言葉は俺とおっさんが聞き取れる程度の小声で話してくれた。
ギルド内がどよめいた。
でもその気持ちはわかる。表彰式こそないものの、各ギルドで薬草の買取値段を競い合う慣習が昔からあった。
たかが一円されど一円。
基本価格が50円からスタートして、だれが一番丁寧な薬草を納品できるかを、若手時代は誰もが競争したもんだ。俺が今まで最高の買取価格は55円、それも意識して根元から慎重に刈ったものだった。
若葉ちゃん、そんな年からその腕を持つとは恐れ入る。今日からお前に薬草クイーンの二つ名を授けよう。
それはそうとおっさんに若葉ちゃんがラビリンスアタックしたことがバレた。
ヤバい。18歳未満なら学校冒険科の先生か、Cランク冒険者の資格がないと同行はできないことは冒険者法で定められている。
「あー、なんだ。
あそこのラビリンスの1層はだれでも入れることになってるんだ。お前がついてるならなおさら心配はない……
よもやあ、2層以下へ連れて行ったわけじゃあ、ないよな?」
うおー、射殺さんばかりの眼力で睨みつけてくるおっさん。ここは答えを間違えたら無事にギルドから出ることが叶わなくなる。
俺は人生で最速の首振りを、頬が飛んでいくじゃないかと思ったくらいおっさんへ振ってみせて、してないことをアピールした。
本当のことは魚雷で記憶の奥底へ沈めることにする。
「わかった。まあ、無茶はするな。それと、無茶をさせるな」
それだけ言って、おっさんは俺に現金を渡してからひらひらと手を振る。
後ろで並んでいる買取希望の冒険者がいるので、若葉ちゃんの手を引くと、ギルドから出ることにした。
「——おめでとう、これは若葉ちゃんが自分で稼いだお金だ。
一束57円は今半期でギルドの最高値だから、自分を誇っていいぞ」
「いや、でも……」
大金をした若葉ちゃんの手が震えている。
その気持ち、頷きたいくらいに同感できる。俺だって最初のうちは震えていたんだから。ただし、手で持つのはお金じゃなくて通帳だったが。
「は、はい。ありがとうございました」
愛車の助手席で若葉ちゃんが泣いている。
妹が心配なので、まずは仮住まいのところへ送り届けてやりたい。
彼女たちのことはその後でなんとかしたいから、周りの人と相談してみるつもり。
周りの人と言っても妖精はその中には入ってない。だって、今も若葉ちゃんの太もも辺りでグースカと寝てるだもん。
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