4.12 非情になれない長男は迷宮で人助け
日中は厳しい残暑が続き、太陽が沈むと涼しい夜風が吹く。振舞の暑さがうそのように肌寒いと皮膚が感じるときもある。
摂津地域に限っての話だけど、俺とリリアンのペアはわりと名が知られるようになった。
変態ポーターとフェアリードール、通称ヘンフェア。
へっぽこタローから卒業かなと思えば、さらに嫌なあだ名となった。へっぽこは認めてやっていもいいけど、変態はないと自分でいい切れる。
ただからかわれる度に妖精のことを説明するのは本当に面倒なので、今は無視することにした。
このあだ名はフリーライフのやつらが悪意で流したことを、馴染みの冒険者から聞いている。シメてやりたい気持ちはあるけど、長い人生で一々切れてもしかたないし、いつか自分の力で敬われるような二つ名を勝ち取ってやる。
だから今日もせっせと冒険者稼業でラビリンスを巡る。
「——おい、こんなところにガキがいるぞ」
「ほっときな、年に何人かはいるんだよ。
おおかた大金を目当てに来てるだろうけど、あいつらが死ぬところを見るだけでこっちは寝覚めが悪くなるんだよ」
「そうなんですね……
——通報するのもだるいし、早く行きましょうか」
棒切れとしか表現しようがない、武器のような枯木に汚れた服を着た少女。彼女を憐れむような目で見ていたパーティが、早足でこの場から去っていく。
それが聞こえないのか、少女は雑草を摘んでは汚いカバンに詰め込んでいる。たぶん、迷宮で生えてる雑草を薬草と勘違いしてるのだろう。
『ねえ、あの子は雑草を摘んでるよね。あれはなにに使うの?』
「……」
リリアンの素直すぎる質問に、俺は答えられる言葉をなにひとつ持たない。
迷宮は誰であろうと来る人を拒まない。実力がなければ死ぬだけだ。
俺が生きてるのはそんな世界で、ここで少女が一人死んでもそれこそ先の女冒険者が言ったように、寝覚めが悪くなるだけ。
だから雑草で喜んでる無知な少女のことなんかとっとと忘れて、自分が受けてるクエストを完遂すればいい。
なに、ここで死んでも死体は残らない。
迷宮は全てがなかったように、棒切れと汚いカバン、それに汚れた服を残して、後はきれいさっぱり消えてなくなる。
ここは多田銀山地下迷宮の地下3層。
下級冒険者を一撃で殺せるオークがうろつき、随所に魔鉄鉱石の鉱脈が点在する中級冒険者向けの狩場だ。
今日のクエストはわりと簡単、第4層で魔銀鉱石を採掘してくれればいい。ラビリンスのオーガくらいなら俺とリリアンにも対応できる。
ここまで一人で来れたのだから、運さえ良ければあの子も帰れるだろう。
『ああ、わかっちゃった。この世界にもこういう子供がいるってことだね。
昔にね、妖精の里に生える草を摘みに子供は来るけど、大抵は森の獣に食われちゃうのよね。この子も運が良ければ生き残る、悪ければ死ぬだけだね。
行こ、タロット』
魔銀鉱石は買取金額がいいから、死ぬだけだから儲かる——
「――ああ、もう!」
死ぬだけってなんだよ!
死ぬかもしれない人をこのまましておくほど、俺は大人になっちゃいねえよ。
しかもなに? なんで中学生くらいのガキがここにいるんだ。普通、こういうのはギルドとか、児童保護課とかが保護してくれるだろうが。
『ねえ、タロットはどこへ行くの?』
『……うっせえな』
定位置の水筒入れから目の前に飛んできたリリアンが、ニヤニヤしながら手で俺の頬を突っつく。
『あの子を助けるの』
『悪いか』
『べっつにー』
肩に座ってきて両足を交差にブラブラする妖精がウザい。なんなんだよ、ちくせう。
「おい、ここでなにしてんだよ」
「――ひっ!」
いきなり声をかけられた少女は驚きつつも、ほっそりとした手に持つ棒切れを向けてくる。防衛しているつもりだろうけど、それではゴブリンすら殺せない。
本人にとっては唯一の命綱なんでしょうけど。
「ここはラビリンスの3層。よくここまで降りられたと褒めてあげたいけど、そんな装備じゃお前、死ぬぞ」
「……」
右手に持つ棒切れを上げたまま、少女は左手で自分の汚れた服を握りしめる。その様子からみると本人も自覚しているようだ。
こんな時、俺はなんて言えばいいのだろうか。
この少女を責め立てる? なんの事情も知らないのに? それができるくらい俺は立派な人間なのか? いや、違うね。
「ま、なんだ。ラビリンスに来るのはお金が欲しいからだと思うけど、先から摘んでいる草は雑草だ。薬草じゃないからお金にならないぞ」
「――」
驚愕しながら見る見るうちに顔を赤くする少女を見て、器用な真似をするやつだなとか思ってる俺は、的外れのことを考えてるやつだと自分でも思う。
打ちひしがれた顔でカバンから雑草を捨てて、少女は所在無さげに作業を続けた。
「ねえねえ、薬草がほしいの?」
「――あ、マジックドールが喋った」
少女の前に飛んだリリアンに、手に握る雑草を捨てるのも忘れて、少女は食い入るような目でジッとリリアンを見つめてる。
「マジックドールじゃない、リリアンは妖精だ」
「そ、リリアンは妖精だよ。玩具じゃないよ」
魔法人形は崇高な芸術品、玩具なんかじゃない。何度言えばわかるんだ、リリアン。
「妖精さん? 妖精さんはいるんだ、すごーい。ねえ、触っていい?」
年相応の嬉しいそうな可愛らしい笑顔で、少女は左手の人差し指で恐る恐るとリリアンのほうへ伸ばす。
褒められたと思ったのか、リリアンは自分に近付いてくる指を避けようとしない。
あと少しで触れるところで、空腹の時に鳴る音が3人の間で前触れもなく辺りを響いた。
俺は朝食を済ませてあるし、リリアンは腹を空くことがないから、音を立てたのは顔を真っ赤にした少女しかいない。
「なあ、お腹空いたの?」
「……」
赤ら顔のままで少女は懸命に首を左右に振っているけど、その速さに応じて腹の虫がさらに鳴り響くのは、この少女が持つ独自の仕様だろうか。
「……あーあ、ちょっと小腹が空いたかなあ。
リリアン、今日のおやつはビッグエッグタルドにしないか」
なぜか気まずそうな間があったので、ここは一つ、うまいものを食べて仲良くなろうじゃないか。
セリフがめっちゃ棒読みだけど、俺の三文芝居をわかってくれるよな? 相棒。
「うん! リリアンは甘いものなら何でもいいよ!」
大喜びの顔で妖精は上下左右にいつもの意味不明な食事の舞を飛行で踊ってる。
おう、さすがは俺のパートナー。演技すらいらないアホの子、俺と同じだ。
「な、なあ。多めに持ってきたからお前も食わないか?」
びっくり仰天の表情でリリアンの舞を見つめていた少女は、俺がとっておきのビッグエッグタルドを持ちながら声をかけたことに反応して、小さな口を大きく開く動作を追加した。
ビッグエッグタルドが放つ甘い匂いに誘われて、フラッとこっちのほうに体を傾けそうな少女は慌てて持ち直してみせた。
「……だ、大丈夫。お昼ご飯は取ってあるから」
「――」
リリアンも俺も二人して涙を流してしまいそうだ。
少女がカバンから健気に取り出したのはビニール袋に入ってる半分しかない、それは食べ残した小さなカキだった。
名も知らぬ少女よ。あれは空腹の人にとってご飯とはいわないし、ご飯にならない。
痩せてるお前にダイエットはいらないと断言してあげるから、俺の分のビッグエッグタルドを食っていい。リリアンの分は、あいつが怒るから分けてあげられないけど。
どうしてもほしいのなら、幼馴染たちに買ってきた分を遠慮なく食べておくれ。
みんながそうだとは俺も思わない、特に幸永やマイには通用しないはず。子供とアホなら俺がそうであったように、餌付けは結構使いやすい手だと今でも思ってる。
リリアンと俺は美味しいものに釣られてしまうからアホなのだが、三つのビッグエッグタルドを完食した少女、伊奈若葉ちゃんはアホじゃなくて12才の賢い女の子。
最初は絶対に俺からビッグエッグタルドを手に取ろうとしなかった若葉ちゃんに、リリアンは自分が食べているものを身体の三分の一ほどの大きさに千切ってから、若葉ちゃんの口に送り込んだ。
空腹の耐えられなかったのか、甘味の美味しさに負けたのか、それとも妖精の可愛さにほだされたのか、若葉ちゃんはリリアンがあげた一切れを大事そうに味わい、俺が目の前に置いたビッグエッグタルドを食べ始めた。
彼女がすごい勢いでビッグエッグタルドを食べてるときに、薬草を収納箱から出してみた。
薬草の特徴である葉っぱの先端に長い軟毛が生えてること、根元に粘り気のある液体が分泌されてることを、ついでに若葉ちゃんに教えておいた。
食べ終わった後に彼女は名前と年齢は教えてくれた。
もっとも一食を与えただけで、人様の家庭事情まで聞かせてもらえるなんて思っちゃいない。
旧時代の都市伝説であったカツ丼じゃあるまいし、それを期待してビッグエッグタルドを出したわけじゃない。ただ単に女の子が腹を空かせるのが我慢にならなかっただけ。
それはそうとうちの店で出してるカツ丼定食はお昼の定番だ。
カラッと揚げたサクサクのとんかつに熱々ふわふわの卵とじをかけて、ご飯のお米もこだわりのある自社生産の箕面米を使ってる。かつお節をダシに使用した塩控えめのお味噌汁とライスは、いくらでもお代わり自由だ。
店のセルフサービスカウンターに置いてあるから、自分で食べれる分だけよそってくれ。
「よーし。おやつを済ませたところで薬草を採りにいくか」
「え?」
迷宮の床に座ったからなんとなくお尻を叩いて、ついてるかもしれない埃を落とす。若葉ちゃんの驚く声に俺がびっくりするわ。
なにしにここへ来たの?
「えって。若葉ちゃんは薬草を採りに来たじゃないのか」
「は、はい、そうですけど……」
スッと3mくらいの距離を取る若葉ちゃんに、へこたれることのない自分がいることに安堵を覚える。初対面の野郎に食べ物だけで懐かれるとは思えない。
そんなのは都合のいい漫画か、小説にしか出て来ないテンプレートなイベントでしかない。
どんな事情がこの少女にあるかは知らないけど、せめて今は薬草を持って帰れるだけ分、採取のお手伝いをしてあげようと考えてる。
何らかのきっかけで身上のことをボロっとこぼすかもしれないから、怖がられない程度のコミュニケーションが取れればラッキーだ。
今でも床で足を広げて、だらしなく座るリリアンにサッと視線を配る。耳を立てて俺と若葉ちゃんの会話を聞いているので、次に自分が何をすればいいかくらいは理解できるだろう。
——あ、首を傾げたぞ。俺の思いが通じてないじゃん。
しかも唇に指を当ててから考え込んだ素振りをみせた。おーい、俺とお前の絆はどうしたんだ。
「……大丈夫です。薬草の見分け方を教えてもらえましたから、一人で頑張ってみます」
「あ、いや……」
そうか、それじゃ命を大事に頑張りたまえ。
——なんて言えるか!
だが中学生からはっきりと断られて、それでも食い下がれる俺がいるのなら、もっと楽で自己主張のできる人生を送ってたはずだ。
どうする?
「ねえねえ、一緒について来てよ。リリアン、薬草を見つけるの早いよ?」
「で、でも、ご飯までもらってそこまでしてもらうのは悪いし、それに……」
妖精さんからのお誘いに、動揺した若葉ちゃんはチラッとおれのほうへ目を向けてくる。
そりゃな、年頃の女の子からしたら若い野郎が怖く見えるのは致しかたないこと。ここは優しいお兄さんが納得できる提案を出してあげましょうか。
「俺とリリアンは4層へ魔銀鉱石を採掘しに行くつもりだ。良かったら若葉ちゃんも一緒にくるといい。
4層には薬草が群生してて、ここよりは多く取れるはずだ。な、リリアン」
「うん、そうだよ。リリアンが見つけてあげるから採りに行こ?」
「で、でも……」
リリアンの小さな手が若葉ちゃんの指を抱えるようにして、彼女をほだすように誘っている。先よりはだいぶ抵抗が弱まっていつものの、彼女は困惑そうに俺とリリアンへ忙しく交差しながら目を向ける。
あと一押しだな。
「そうだぞ、リリアンは薬草発見の達人、今神農と呼ばれるくらいの薬草学マイスターだ。
リリアンと一緒に行くと、びっくりするくらいの薬草が採れるんだぞ?」
「へ、へええ。すごいな、妖精さんって」
「そうだよそうだよ、リリアンはイマシノーまいすたあだよ。薬草なら任せて」
イマシノーってなんやねん、今死んでどうする? そんなマイスターは嫌だよ。大体シンノーは大昔のお偉いさんだぞ、毒を飲んで自殺したんだぞ。
——あ、だから今死のうだったのか。
……違うな、そうじゃなかったはずだ。夜にネットで検索してちゃんと調べてみよう。
そんなどうでもいいことよりも、若葉ちゃんを口説き落とすチャンスを逃してはならん。
「俺なら魔銀鉱石の採掘があるから無視してくれていいからな? だから一緒に行こうか」
「……う、うん。ありがとう……」
おっしゃ! チョロい、若葉ちゃん。
だけど自分を責めなくていい。
お前の敗因は決定的に経験値の不足、スペックまではわからんけど、少なくてももこれまで抵抗した分、ちゃんと自己主張ができる女性に育つだろう。
若葉ちゃんを4層へ連れて行くのなら、防衛計画に多少の変更が必要なのだが、なに、こんなの想定外だけど対策済みの予想範囲内だ。
今までにリリアンと訓練を重ねてきた、危機状況における行動パターンの変化Cパターンが発動する。
いや、確かに訓練を重ねたけどパターンの変化はうそ。
たとえ俺が本当に作戦を練ったとしても、おつむの弱いリリアンは覚えきれないのが関の山だから。
ブクマとご評価、誤字報告して頂き、誠にありがとうございます。皆様のご好意はとても励みになっております。




