1-05. 迷宮探索へ行く長男はドールマニア
叩きつけてくる棍棒を盾で受け止めてから前へ押し出す。攻撃してきたゴブリンが転ぶと、盾で床に張り付けるように抑えてから、右手に持つミスリルナイフをこめかみへ刺し込む。
少しの間だけ、ゴブリンは痙攣を起こしたがすぐに霧散してしまった。残されたのは魔石が一つ、これで今日は五つ目の魔石を手にすることができた。
石原さんは偵察士で罠の捜索や魔物の探知して、エンカウントしそうな敵を発見し、みんなに知らせてから機動性を活かしつつ弩でゴブリンアーチャーを倒す。
魔術士のまどかは火魔法と水魔法を使い、後方からゴブリンマジシャンと魔法の撃ち合いだ。彼女の魔力は中々のもので、ゴブリンの体力なら大抵一撃で殺せた。それに使う補助魔法である身体強化は中々のもので、強化された尚人たちは機敏な動きで移動や戦闘に活躍してるが、時間制限があるので魔法が切れる度にかけ直しが必要だ。
このパーティでメインアタッカーである戦士の尚人は、刀身のあるツーハンデッドソードで棍棒の攻撃を受け止めてから、横振りで群がったゴブリンを薙ぎ払う。何度かの戦闘をみせてもらったけど、尚人は防御よりも攻撃するスタイルを取ってるようだ。彼に聞いてみたがどうやら防ぐのは苦手だそうで、倒される前に倒すと鼻息を荒くするが、ポーション代が大変だよとまどかは横から苦笑いで尚人の背中を叩いた。
午前中は彼らを観察したけど、攻撃重視で全体的に悪くはないけど、彼ら以上の火力を持つ魔物に攻撃されたら一瞬で崩れそうだ。比較対象が常識外の家族なので、正しいかどうかが判断しにくいところだけど。
「山田君はすごいわね! 貴重なスキルの収納箱を持ってるし、薬草の採取は上手だし、火魔法を使って調理したお昼ご飯も美味しかったよ。洗い物の水は魔法で出したし、まどかちゃんの言う通り、一家に一台はほしいね!」
「……そうよね、わたしの水魔法なんて鍋に穴をあけちゃうもんね」
地下3層にある小部屋のゴブリンを討伐してからそこでお昼を食べて、今はみんなで一休みしているところ。
それはそうと両手を握りしめている石原さんのキラキラした目が眩し過ぎる。この子は学校の遠征研修で同じ班じゃなかったし、俺がいつもは後方で励んでたことを知らないから、いい所しか目に映ってないかもしれない。
それとまどかも気を落とさないでくれ。水魔法は本来攻撃用だから穴くらいは開くんだよ。俺のは威力が弱すぎて攻撃に向かないから、苦肉の策で生活魔法として使っているだけ。
「いえいえ、水魔法はまどかのような使い方が正解だから、ある意味では俺って邪道なんだよな」
「そんなことないよ、山田君はゴブリンを討伐したじゃない。色んな魔法が使えて羨ましいよ」
石原さんは懸命に首を横と縦に振りながら、なんだかすごく持ち上げてくれるけど、余計に気が滅入るよね。だって、俺はゴブリン程度の魔物しか討伐できないんだよ。
「あは、あはは、ゴブリンならね。あ、俺ってコボルドとスライムも討伐できたっけ」
「もういい、太郎。お前は十分に頑張った、それはおれが一番わかるから」
親友は優しく肩に手を添えてくる。研修の時にオークの群れから逃げ回っていた俺を助けてくれたのもこいつだ。持つべきは心を分かち合える友だよな。尚人よ、ありがとう、抱きしめていいかい。
「え? なになに? なんで山田君がウルウルした目で尚人君を見つめてるの?」
「いいんだいいんだ、ようこ。男にゃわたしらにはわからない熱い友情があるんだから」
なぜか慌てている石原さんへまどかは熱のある視線をこっちに送りながら頷いてる。
おいこら。お前が高校の時から期待している腐った展開なんかないぞ。しかも尚人はお前の彼氏じゃないか、あいつになにを求めているんだよこの腐った女め。
「昼からどうする? 午前中のようにおれらは討伐、太郎は薬草採取、時々討伐でいいか?」
「異議なーし」
「山田君、頑張ってね」
「予報すんな。まあ、草刈りの達人と呼んでくれ」
尚人の意見に反対するパーティメンバーはいない。みんなは十分に体を休めたし、俺としては石原さんの声援に応えるため、容赦なくバッサリとありったけの薬草を刈り取ろうかな。
アイテムボックスを背負い、みんなが装備を整えてから俺らは小部屋を出た。
「前方、さらにゴブリン4体が出現。短剣持ち3体に魔法使い1体、魔法に気を付けて」
「了解」
素早く増援を確認した石原さんの警告を受けて、この場にいる敵の攻撃を対応しつつ、新たな敵の動向に目を向ける。
小さな火球が飛んできたけど、この程度ならスキルを使わなくても受け止められる。
「ありがとう、山田君」
ゴブリンマジシャンが使った火魔法を俺が盾で止めたのを目視して、石原さんは弩でそいつを撃ち殺した。
ゴブリンの集団がばらけてしまったので、尚人は次の指令を与えるために少しだけ声を張り上げる。
「右側のゴブリンはおれがなんとかする。まどかとようこは太郎の後ろへ下がってくれ、そこから遠距離攻撃を頼む」
指令を受けたまどかと石原さんは俺の後ろへ後退してきた。
「肉壁くん発見」
「もう、まどかは。山田君に失礼でしょう」
「いいですよ、石原さん。このくらいなら俺でも盾役もどきは務まるから」
水魔法の攻撃に切り替えたまどかは笑いながら、石原さんと一緒にゴブリンを射殺していく。基本的にこのパーティのチームプレイは悪くないよな、指令に対するの反応は早いし、尚人の状況判断もまずくない。迷宮の浅層なら危機が訪れても大崩れはしないでしょう。
おっと、アーチャーが矢を射てきたぞ。守備する範囲を広げてみようかな。
「大範囲防御」
左手に装備しているミスリルの盾の四方へ、輝くバリアのように魔法の膜が広がっていき、飛んできた火球と矢が駆使した盾術によって止められた。
「やるじゃん、太郎くん」
「すごーい。山田君って騎士クラスなの?」
うん。まどかも石原さんも拍手しないで攻撃しなさい、今が絶好のアタックタイムだから。ボーナスステージだよ。
確かにスキルで重装騎士クラスの大範囲防御が使える。ただ、それはあくまで使用することができるだけであって、俺では騎士クラスみたいに踏ん張りがきかない。そのためにオークならともかく、オーガあたりの魔物に攻撃されると体勢を崩されてしまう。
倒れた冒険者なんて魔物にとってはただの美味しい獲物。だから俺にとって、盾術はあるけど信頼して常用できるスキルではない。
あっ、薬草発見! サクサクっと。
お? 魔力キノコみっけ! サクサクっと。
やっぱりメトロダンジョンには貴重な採取アイテムがたくさん生えてあるし、下層へ行けば行くほどそのランクが上がっていく。だけど今日はヤタガラスの臨時メンバーである俺は、無理をすることも無理をさせることもできない。
ゴブリンの魔石は1個が100円、ゴブリンマジシャンの魔石なら150円で引き取ってくれるでしょう。本日の収入は薬草や魔力キノコの買取りを含め、3万円はカタい。一般的にポーターとしての報酬は、買取総額の1割というのがギルドの推奨している割合だ。
梅田駅迷宮の入口から入ったけど、難波駅迷宮の入口から出ればバスで梅田まで行き、後は魔鉄で豊中ギルドへ戻る。あいつらがゴブリンの集団を殲滅したら提案してみようかな。
あ、また薬草を見つけた。軽くサクッと刈ろうっと。
「今日はおつかれさまでした」
「おつかれぇ」
「今日は山田君のお蔭様で儲かったねっ」
「いえいえ、皆様もよく頑張りました。ありがとう」
朝に使わせてもらった待合室で、みんなは装備一式を外してからゆったりと寛いでいる。紅茶やコーヒーなどの飲み物は飲み放題、茶菓子まで備えているのでギルドは冒険者に対して、至り尽くせりなんだよね。その中でも摂津地域の各支部はほかの地域に比べて、提供するサービスが良いことは冒険者の間で知れ渡ってる。
なんせ、池田村にはギルドへの貢献度が強烈に高い一族が住んでるからね。
本日の買取り額は魔石が1割アップで、薬草とかはきれいに採取したことで2割増しだそうだ。全額で3万8千円の収入は、迷宮浅層の探索成果ではいいほうだと思う。
「本当に1割でいいのか?」
「今日は危なくなかったし、無茶もしてないのでギルドの推奨報酬でいいよ」
気遣わしげに尚人が聞いてくるものだから、笑顔で俺が納得してることを伝えた。
「太郎くん様々だよ、本当にありがとう」
胸元が開いたTシャツを着ているまどかは、体を屈めた体勢でお礼を言ってくる。なんだろうね、胸がなくてもその仕草だけで色気を感じるね。
「また、一緒に行きたいね」
「そうだね。一応会社員だから今日みたいに休みの時しか行けないけど、それでよかったらまた誘ってな」
石原さんの提案に俺も興味を覚える。いつもは呆れるくらいの強さを持つツワモノたちと探索してるけど、尚人たちこそが一般的に成長していく冒険者の本来の姿なんだろうな。学ぶべきことはたくさんあったし、足りないものを補う思考も俺にとっては勉強になるものだ。
「よしっ、これで今をときめくミサキちゃんの魔法人形が買える! 予約しといてよかったよ」
「同士太郎よ、お前も予約したのか!」
すかさず反応したのは魔法人形愛好者の尚人。
「当たり前じゃないか、兄弟。も、ということは尚人も予約したのか」
「それこそ言うまでもないぞ。歌姫のマイとタメを張る美咲、精密に作り上げた1/10のボディに魔力を込めれば唄い出す最新バージョン。これを買わずにドールマニアと誇れるか!」
「兄弟!」
「同士!」
流していた汗がまだ乾かないままでも、俺らは即時抱き合うことに嫌悪感をみじんも感じない。
「え? なになに? 山田君と尚人君は急にどうしたの?」
「ようこ、アホはほっとけってやつよ」
まどかも石原さんもうるさい。社会人になってからは、趣味が合うやつを探すことがどれだけ大変かをお前らは知らんだろう。
「でも気になることを聞いちゃった。そっかそっか、太郎くんはマイのライバルの人形を買っちゃうんだ。マイと連絡をするのは久しぶりだから、これをダシにしよっと」
「え? なになに?」
石原さんはいまだに状況外のようだ。まどかはなにか良からぬことを企んでるようだが、そんなことで俺の魔法人形に対する愛が冷めることなどないわ!
「近々お前とこへ行ってコレクションを見せてもらおう」
「ノープレムレム、夜11時以降ならいつでも来てくれ、兄弟」
抱擁から固い握手へと変えた俺ら愛好者は、近い内に熱い再会を誓い合った。
アイドルだけじゃなく、アニメのキャラクター人形も豊富に揃えているのできっと喜んでもらえるはずだ。
「シャワーを浴びよ。今日はここの食堂で美味しいものが食べられるね」
「うんっ! 楽しみ。たまには高級料理を腹いっぱい食べたいよね、まどか」
石原さんがなにかおかしいことを言い出したぞ? 迷宮食堂は皆様にリーズナブルなご価格で美味なお食事を提供するのがわが社の理念だ。食材と調理法にこだわりこそあれど、決して高級料理ではありませんよ? こいつらはいつもなにを食ってるんだ。
「あ、っと……久しぶりに武器と防具のメンテナンスしたいから、あまり高いものは勘弁してほしい」
「……そっかあ」
「うん……」
明らかに落胆の色を隠せない女子二人。
尚人も意地悪を言いたいのではなく、せっかく稼いだんだから、後回しにしてたメンテナンスをしっかりとやっておきたいのでしょう。
こういう時こそ友人たちの役に立つべきだと俺は決意する。
「尚人、メンテは俺にやらせてくれ」
「え? ……あ、そうか。お前はできたんだよな。でもこれ以上甘えるわけには――」
「同級生だろう? しかも今日の俺はヤタガラスの一員だ。仲間外れにするのか? 兄弟」
「同士!」
熱き抱擁よ、もう一度。
呆けた顔してついて来れない女子二人はこの際無視だ。尚人が後で説明してくれることでしょう。
装備の状態にもよるが、メンテナンスに出すと1万円はかかると思う。3人分になると今日に稼いだお金は飛んでしまうので、尚人が迷ったのはそういうことだ。
俺なら修繕はスキルでこなせるし、ファミリー全員のメンテナンスを担当しているので、アイテムボックスの中には各種の材料が取り揃えてる。
さて、同級生たちと楽しいお食事会の前にちゃっちゃと錬金術でメンテをやってしまおう。




