4.09 お気楽な長男は秘薬を作製
梅雨が過ぎて夏空の日差しが厳しい日々が続く。
タナバタマツリは町内会がイベントを起こし、うち店からも売れ筋の焼き鳥とみのうタンなどの焼き肉を売る屋台を出して、畿内から集まってきた人たちで行列できるほどの大賑わいをみせた。
締めは3年前から始まった花火大会。
夜空を彩る鮮やかな大輪が咲き乱れる中、マイと手を繋いで仰ぎ見る火の花びらは、夏の到来を告げてるように思えた。
無事息災の日々が続きますようにと、短冊に込める願いは高校時代から変わらない。
——吉報です。
苦難の末、妖精の秘薬であるマンティコアのお薬が完成した。
最後の素材であるイストの樹液なら獅子山城迷宮に生えてるとピエーロさんから教えてもらえた。獅子山一族エルフさんの熱望により、妖精の紹介も兼ねて、獅子山城迷宮へ一泊の旅に出かけた。
正重が送る自堕落な生活を確認し、イストの樹液が手に入り、リリアンのおかげでエルフさんとの関係が改善して、おおむね満足のいく遠出であった。でも、妖精様の下僕と呼ばれるのはないと俺は思う。
購入したビーカー、丸底フラスコや試験管などの科学実験道具を使って、リリアンが俺からの魔力譲渡でティコアの花、フルフルトの実とワイヤーク草からエキスを抽出した。奇跡を起こすように枯れていく葉っぱから液体が滲み出した時点で、リリアン以外ではこの薬を作れないと理解した。
集めた液体を丸底フラスコに入れてからイストの樹液を加える、この過程でリリアンは何度も失敗した。
なんでも魔力を同時に送り込まないといけないらしく、魔力の量はあたかも月夜に降り積もる新雪のように徐々に加えていかねばならないとリリアンが止まらない涙で喉を詰まらせつつ、俺に語ってくれた。
すまん、リリアン。なんのことか、俺にはサッパリわからん。
ミノタウロスジェネラルたちの協力で貰った血を一滴だけ垂らすと、薄緑の液体に劇的な変化が起こった。紫色の薬液を見たリリアンは部屋の中を飛び回る喜びをみせて、妖精の秘薬が出来上がったようだ。
材料の入手のほかになにも手伝えない俺はただただ拍手を送ることしかできなかった。
——悲報です。
妖精の秘薬であるマンティコアのお薬がムスビおばちゃんから目を付けられた。
きっかけはしょうもない日常の出来事だった。厨房で出没する忌まわしいネズミを罠で捕まえたので、いつものように地下のラビリンスへ放り込んでやろうと思ったところ、リリアンが風魔法でネズミの四肢を切断した。
もがき苦しむネズミに目をやると、お気楽な俺はせっかく出来上がった妖精の秘薬を試したい思いが愚かにも思い浮かんでしまったのだ。
「すっげー……手足が生えてきたよ。あっ! リリアン、ネズミが逃げるから殺して」
「なにやってるの、バカロット」
はい、ごめん。確かにおバカさんです。
無魔法の極小弾丸でネズミを射殺したリリアンを褒めようと顔を上げた俺は、睨みつけてくるムスビおばちゃんのきつい視線と合ってしまった。
「あんた……なんでエリクサーを持ってのよ」
「え? マンティコアのお薬って、エリクサーなの?」
右手で持つジュースのビンへ目を向けた俺はなにかとても嫌な予感がして、仕込みの仕事で汗びっしょりの背中から冷や汗が流れ出した。
事情聴取はここの地下4層で行われた。
こってりとムスビおばちゃんから事細かく絞られた。もちろんのこと、慣例がごとく正座しているのは俺だけで、妖精は正式に商品として発売されるメロン味のマカロンを横で美味しく召し上がってる。
「――わかったわ、それは妖精の秘薬として異世界で知られるマンティコアのお薬というアイテムね」
「……はい、エルフさんたちからもそう聞いてます」
「このことを知ってるのは?」
「えっと……鬼ノ城のエルフさんたち、正重と獅子山城迷宮のラビリンスマスターに獅子山のエルフさんたち。あとはミノタウロスラビリンスの重鎮くらいかな」
こめかみに拳を当てているムスビおばちゃんを上目遣いで機嫌伺いするように、そっと目を向けた俺へ彼女は口を開いた。
「あのねえ、エリクサーというのはね、通常は迷宮討伐しないと入らない超がつくの貴重品なの」
「ふーん」
「ふーんってあんたねえ——あんたの親と私でも数えるくらいしか持てない、戦闘の常識とバランスをひっくり返してしまう反則的なアイテムなのよ。わかる?」
「見たことも使ったこともないけど、そうなの?」
「あのねえ……たとえば前にあんたが戦ったハイオーガがいるでしょう? 瀕死まで削ったのに、いきなり何ごともないかのように全回復したらどうする?」
「——あ」
そういうことですか、そんなことは思いもつかなかった。ただ秘薬という名詞に魅かれて、売ったら高値で買ってくれるだろうとしか思わなかった。
「マンティコアのお薬は、女王様もあまりつくったらダメって言ってたよー」
横でマカロンを啄みながらリリアンが口を挟んできた。
そういうことは早く言えと俺はリリアンを叱りつけてやりたい。でも本当は自分でも分かってる。たとえリリアンから妖精女王の警告を聞かされても、妖精の秘薬を作りたい欲望を抑えられなかったのだろう。
だって、秘薬って言葉はロマンじゃん。
「いいわ。作り上げたものはしょうがない」
「そうそう」
場の空気を和らげようとした軽い口調にムスビおばちゃんから怒りを込める視線が返ってきた。
「ヒナには知られる?」
「いや、言ってない。秘密にしてぼったくてやろうかなと」
「そう。それならいいわ」
「なんで」
「あんたって子はあ――」
「痛っ! 頭をポカスカ叩かないでよ」
「こんなことをあの九条日菜乃がわかったら、あんたはずっとエリクサー作りで人生が終わってしまうことがどうしてわからないのよ」
「そこまでひどいやつじゃないだろう——痛いからもう叩くなよおばちゃん」
息を荒くするムスビおばちゃんは俺を叩く手を止めた。
「太郎。無限に供給するエリクサーがあったら、人間でもモンスターと五分で戦えるようになるかもしれない。だってそうでしょう。死なない限り、いくらでも再生が効くから」
「……」
だれか俺に教えてください。
秘薬を作れることが均衡するバランスをくずしてしまうことにどうして繋がってしまうのかということを。
『そうだぞ。お前が禁薬を大量生産するのなら、たとえお前を倒すことができなくても、このことを日ノ本にある全てのダンジョンに知らせて、この国にいる人族をお前だけ除いて、一人残らず滅ぼすためにもう一度魔物氾濫を起こす!』
だれもいなかったムスビおばちゃんの後ろで、銀色の体毛を光らせて筋肉質な体を持つ巨大な人狼が虚空から真の姿をみせた。
怒気を漲らせた怖い表情、唇から剥き出した鋭い牙、剣のように長く伸ばした爪で威嚇してくるその化け物は滅多なことではみせない、うちの店で日々可愛らしく働いてるポメラリアンの正体。
池田駅人狼迷宮の迷宮主人、狼少女のウィースラが本気のボスモードで現れた。
来週から水曜夜と土曜夜の投稿に戻ります。よろしくお願いします。
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