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勇者家族のへっぽこ長男  作者: 蛸山烏賊ノ介
第4章 他人と関わることが目標のへっぽこ長男
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4.08 呑気な長男は妖精と技の検討

 尚人は今、梅田にあるラビリンスグループで新設された材料調達課で社員として働いてる。


 まどかと石原さんは出向社員で迷宮食堂の各店やラビリンス製薬へ実際に必要される資源を現場から学んでいるところだ。



 結論でいうとムスビおばちゃんは俺の提案に興味を持ってくれた。いつまでもオヤジと俺に頼るわけにはいかないというのが彼女から聞いた理由だった。


 なぜ発案者の俺が外されたというと、単に事業の進行についていけなくなったからだ。



「ギルドに依頼をかけられない以上、低ランクの冒険者に相応の仕事を与えるその発想はグループにとっても利益のあることよ。しばらく一緒にやってみなさい」


「わかった。頑張ってみる」


「ゆくゆくは民間の探索会社(ギルド)に変わるかもしれないわ。そういう信念を念頭において行動しなさい」


「……あ、うん。それができたらすごいっすね」


 そんなことをムスビおばちゃんに言われても正直なところ、俺にはなにも思い浮かばない。



 各地にあるラビリンスから採取できる材料の一覧表を作成してから、運搬と保管方法の確保、雇用人員に関する福利厚生の策定、給料や歩合などの賃金、計画取引先の事前折衝、必要資材の買付けなど、それらのことを幸永と尚人が畿内各地を回りながら夜遅くまで働いていた。


 もちろん、俺も彼らの行動を共にした——最初は。


 だけど途中から話せない飾り人形と化した俺は、自分が持つ才能の限界をあらためて思い知らされた。



 これまで冒険者として限界を感じて、ラビリンスグループへ転職した社員の中で、力が限られてもやはり冒険者としてやっていきたいとの思いから、材料調達課へ転属を希望する人が出てきてる。


 毎月に一定の固定給がもらえて、ノルマの採取や運搬の量に応じてオプション契約で特別報酬が出る給料の制度も魅力的であるらしい。



 そういうわけでアイディアの報酬としてムスビおばちゃんから一週間の有給が与えられて、俺は材料調達課の実務から離れることとなった。


 元から尚人からの相談で始まったことなので、特に思い残すこともなく、池田駅前迷宮食堂の厨房という自分の居場所に戻った。




「——国土復興省の発表で自衛軍の第三師団が洛東の比叡山を取り戻したみたいよ」


「へえ、自衛軍も中々やるじゃん」


 時事にあまり興味のない俺に、ムスビおばちゃんがカウンター越しの雑談で教えてくれた。



「洛北に住むオーク族と政府の共存協定に、異族側の保証で大阪城ラビリンスが名乗り出たって報道があったの。ラビリンスマスターのトヨトミヒデコが協定の異族側立会人として参加したって話よ」


「トヨトミヒデコって——なんでラビリンスマスターが共存協定の保証人になるんだよ」


「前代未聞のことでみんなが驚いてるわ。ヒナに連絡してみたけど、笑うだけなにも教えてくれないのよ」


「そりゃびっくりだな。国も協会もよく認めたものだ」


 雨の影響でこの頃は客足も少し落ちてきてる。


 エルフさんたちを目当てに来ていたお客さんも、彼女たちが備中地域に帰ったため、店から足を遠のいた。




 ——ハヤトさんとアリシアさん、尚人とまどかの合同結婚式は演出が華やかで、料理もうちの調理人たちが腕を振るい、豪華なご馳走がお客様に振舞った。


 ハヤトさんたちの来客は畿内で活躍中の中堅冒険者が多く、尚人たちを祝ったのは俺らの同級生を初め、先輩や後輩、それに懐かしい先生方もきていた。



 冬子さんはこっちに来てからすぐ、ハナねえとさっちゃんの東海道探索に同行した。


 アリシアさんがスマホで招待状を送ったのでギリギリだけど、ホクホクの顔で結婚式の直前に戻ってこれた。本人が曰く、3年くらいは遊んで暮らせるお金を稼いできたらしい。



 マイが友人の代表で祝辞を述べて、今一番流行りのポップソングを歌ったときは会長が大いに盛り上がったが、俺はマイのお招きで水口美咲が特別来賓で歌ったことに驚いた。


 二号さん人形と同じ歌を聞いたときは意味もなく絶叫したところ、マイから白目で睨まれた。


 二組が投げたブーケトスを高い身体能力で奪い取ったマイの行動は、きっとこの合同結婚式の伝説として語り継がれることだろうと心からそう思った——




 ムスビおばちゃんがずっと意味ありげに見つめてくるので、しばらくは友人たちの結婚式のことを回想して逃げてみた。ただ放っておいても視線が外れそうにないので、ムスビおばちゃんへ返事することにした。



「九条さんにトヨトミヒデコの話は聞かないからな」

「なんでよ」


「面倒なことに巻き込まれそうだもん」


「それはあるかもしれないね」


 自分のあごに右手のこぶしを当てるムスビおばちゃんは眉間にしわを作って、考え込むように沈黙した。



 その間の俺はオーダーが入った焼肉定食の焼き肉をお鍋で炒めて、ご飯とみそ汁、それに本日の一品をトレイに置いてからポメラリアンに持たせる。



「……いいわ。あんたに連絡を取らせようと思ったけど、あの子のことだから、またあんたになにかやらせるかもしれない」


「それは嫌だな」


「明日から本部で会議とかあるから、おばちゃんはしばらく来れないと思うの」


「わかったあ。いつもお疲れさま」


「材料調達課ができたおかげで、あんたと勇起を頼らなくてもいいようになったの。製薬のほうも仕入れ先が増えたって喜んでだわ」


「それはよかった。尚人たちもやり甲斐ができたことでしょう」


 顔を近づけてきて、覗き込むように見てくるムスビおばちゃんの顔が視野いっぱい迫ってくる。



「自分が始めたことなのに、気にならないのね」


「だって、俺ってば、全然役に立たなかったもん」


「その気があれば明日からでも課長にしてあげる」


「やめたほうがいいって、立ち上げたばかりで相応な人材じゃないと務まらないよ」


「謙虚とみたほうがいいのか、それとも自分を卑下しているのか、おばちゃんはあんたの真意が読めないわ」


 お鍋を洗いながら、ムスビおばちゃんの追求から逃れるように、から揚げの揚げ具合に目をやる。



「うーん……弁えてるってことかな?」


「なによそれ」


「あれだってなお——吉倉くんの相談事で咄嗟に思いついただけ。おばちゃんが全社挙げての後押しと幸永の実行力、それと吉倉くんの頑張りがなかったら、ただのたわごとで終わったって自覚してるよ」


「……あんたって、消極的なのに時々驚かされるくらいの積極さがあるから、今でもおばちゃんはあんたのことがよくわからないのよ」


「ははは。俺も自分のことがよくわからないね」


 話の続きを諦めてくれたムスビおばちゃんはレジで待つお客さんの対応でカウンターから離れる。


 今日は厨房で働くパートのおばちゃんが一人しかいないので、洗い物を手伝いにいくとしようか。




 結婚式直前に来た鬼ノ城のエルフさんがフルフルトの実をお土産に届けてくれた。なんでもまたほしかったら、リリアンのために持ってきてくれると妖精への好意を示してくれた。


 気持ちは嬉しいし、彼女たちが配送してくれるなら、備中地域まで出向かなくても済む。まったく無料というわけにもいかないから次に会ったとき、買取りの価額を決めようと無理やり了承してもらった。



 これで後はチワワマスターのところでミノタウロスジェネラルから血を頂いたら、妖精の秘薬であるマンティコアのお薬が作れる。どんな効果があるかと勝手に色々と想像しながら、近い内に箕面へ行ってみることにした。



「リリアン、どれがいいと思う?」


「うーんとね、リリアンはカッコいいのがいいかな」


「魔法にカッコいいとか、カッコ良くないとかは全然関係ないけどな。リリアンが使うんだから、()()()()使()()()()それでいいよ」


 一週間の休みと言っても特にすることがないので、リリアンとネットサーフィンでなにか魔法となれそうな自然現象の動画を探してる。



「あ、タロット! これがいい」


「どれどれ……スパイダーライトニングか、雷魔法だな。それはいいけど、この前のように使()()()()魔法はやめろよ」


「ひのもとご、わかりません」


「ウソつけ! めっちゃ流暢に喋ってるじゃねえか」


 以前にネットでみた竜巻の動画でそれを魔法で再現したいと言って譲らないリリアンと大阪城迷宮で試してみたが、一瞬で莫大な魔力を引き抜かれた俺と透けて見えたリリアンがその場で倒れ込んでしまった。



 巨大な魔力の流れで驚いたラビリンスモンスターのドラゴニュートが飛び出してきて、あわや交戦するように事態となった。


 現れたトヨトミヒデコのホログラムのおかげで事なきを得たが、さすがにあの時は俺もリリアンを叱らざるを得なかった。



「じゃあ、明日にラビリンスへいくか?」


「うん、明日ダンジョンへ行こ」


 異世界では迷宮をダンジョンと呼んでいるので、リリアンはこっちの世界に合わせてラビリンスと呼ぶ気はないみたいだ。


 二つ以上のラビリンス群をギルドのほうでダンジョンとして位置づけしているけど、リリアンがダンジョンのほうが話しやすいのなら、わざわざ彼女の知識を訂正する気はない。


 俺から見ればどっちでもいいんだから。




「——リン、ピョー、トー、シャ!」


 箕面猛牛迷宮の入口へ入ってすぐに大声で叫んだ。


 周りの風景が一変し、執事服姿のミノタウロスジェネラルが4体とセーラー服を着たチワワが一匹。


 なにがしたいんだこいつ(チワワマスター)は。



『よくぞ我が猛者たちをたおし――』


「倒してもないし、戦ってすらねえよ!」


 ほんま、毎回やらにゃ気が済まんのかこの犬は。


 ミノタウロスラビリンスは現役の迷宮。


 本気で最深層までくるつもりならかーちゃんたちでも死闘を覚悟する必要性がある。幸いというべきか、俺の家族と付き合いが長いから入口でミノタウロスジェネラルの名を呼べば、ここまで転移してくれる。



 ちなみにチワワマスターの真名で呼ぶのはタブー、どうやら真名を聞くと闘争本能が騒いで元の姿に戻り、入口に現れて戦闘に突入しようとするらしい。


 そういう物騒な話をオヤジから聞いたことがある。



 一応は冬子さんを誘ってみたが、彼女はうちの店でアルバイトしたいからと一言で断られた。


 かーちゃんから聞いた話だけど、なんでも店に来る親衛隊からチヤホヤされてかなり気を良くしたみたい。



 年頃の女性だし、ハヤトさんとアリシアさんの結婚に当てられたかもしれない。人の恋路を邪魔する気はないので、当分の間は誘わないでおこうとその場で決心した。



『冒険者よ、今日はこの箕面たろ――』

「リン、ピョー、トー、シャ。誰でもいいから血をちょうだい」


『モー?』


 ミノタウロスジェネラルが4体揃って同じ方向で首を傾げる。シンクロ率は褒めてやるけどはっきり言って可愛くない。



『冒けんし――』

「実はな、この妖精リリアンと知り合って、ちょっとしたお薬を作りたいけど、最後にミノタウロスジェネラルの血が必要みたいだから血をわけてほしい」


『ぼうけ——』

『——リリアンだよ』

『モーモー』


 俺から説明を受けていたミノタウロスジェネラルたちはリリアンを見た瞬間に、理解したように同時に右手の拳で左の手のひらを叩いてる。


 息がぴったりだということを再度確認できたが、やっぱりミノタウロスがする仕草は可愛くない。



 腕を切断しようとするリンを止めて、小指から出した血をビンに入れた。


 用事を済ませた俺とリリアンはラビリンスの1層で魔法の練習する許可を、ミノタウロスジェネラルから得た後に転移してもらった。


 しゃべらせてもらえなかったチワワマスターはずっと後ろでいじけながら泣いていたけど、そんなの知らないね!



『ねえ、タロット。後ろにいたイヌちゃんは強いダンジョンマスターよね』


『そうだよ。神獣フェンリル、名前はクワードだ』


『クワード様なの! いやー、リリアンはクワード様に会いに――』

『――行かせないからね。いま行ったら明日朝まで帰って来れない』


 リリアンの口調だとチワワマスターのことを知ってるようだ。伝説同士でなにか繋がりがあったのかもしれない。



 それは構わないけど、人から構ってもらうことが大好きになったフェンリル。リリアンが行くと絶対に自慢話とか、こっちに来てから得たえせ知識とかで一晩中は語るでしょう。


 そんなの、俺がさせないから。



『それよりリリアン、雷魔法の特訓、スパイダーライトニングだ!』


『むー……わかったよー』


 チワワマスターよ、俺にとってこっちのほうが大事なことだ。悪く思わないでくれ。


 また気が向いた時か、素材を採りに来るときに会いに来てやるからな、気長に待ってろ。





ブクマとご評価、ありがとうございます。とても励みになります。

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