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勇者家族のへっぽこ長男  作者: 蛸山烏賊ノ介
第4章 他人と関わることが目標のへっぽこ長男
47/83

4.07 野菜狩りの長男は幼馴染と雑談

「前方に機関銃分隊、その後方に砲兵大隊を発見せり」


「リリアン、自分の体を包むように結界を張りなさい」

「はーい」


広範囲防御(ハイパーシールド)


 目を守るためにコーグルをはめ、鼻と口の防御に厚めのマスクを着用し、左手にある盾へスキルを発動させる。


「敵が砲撃開始、着弾に備えよ」


 ミスリルの盾を前に向ける。


 次々と飛来する砲弾(たまねぎ)が迷宮の床に当たると、周囲へ刺激臭を発散する液体が飛び散った。


「全軍、進撃せよ」


 そのえせミリタリーマニアはやめろと洋介に注意したくてたまらない。でもこのラビリンスはやつのツボをドンピシャに突くものだから、ここへ来るときはいつもついて来ようとする。


 それに洋介がこういう風に遊び心満載でラビリンスアタックするのは俺といるときだけだから、いつも好きにさせてる。



 ——旧西宮市の越水地区にある盤滝トンネルを迷宮化した西宮野菜迷宮(ベジタブルラビリンス)。ここは迷宮食堂が野菜を仕入れする迷宮の一つだ。



 玉ねぎの弾丸が当たればそれなりに痛いので直撃しないように盾で防ぎつつ、前進し続ける。


「敵機関銃の射程に入る」


 積まれた土のうの上から凄まじい勢いで弾丸(たね)が行く手を阻むように撃ち出される。皮膚に当たったときはチクッとするくらいちょっと痛い。


 もっとも装備さえ着ていればまったく無害な攻撃だ。



「敵、機関銃射手の正体確認」


「そうかい」


「後方に歩兵中隊発見」


「報告ご苦労さん」


 相手(ラビリンスモンスター)がなんの趣味かは知らないけどヘルメットと軍服を着用していて、射手はピーマンで歩兵がカボチャというのは洋介が一々言わなくても、ここへ何度も来てる俺も熟知している。



「われ、敵陣に突入——撃ちぃ方始めえ!」


「……いってらっしゃーい」


 いや、明らかに剣で切り込もうとしてるから撃ちぃ方はないと思うし、アダマンタイトのカッツバルゲルを使うのはどう見てもオーバーキルだ。ただ本人がノリノリなのでいまさら止める気は起こらない。


 ここのラビリンスマスターは居場所(コアルーム)が発見されてないし、討伐することをギルドで厳禁されているというのに、たかが野菜狩りにプレートアーマーを着込んでる洋介(こいつ)はアホとしか思えない。



「リリアン。無魔法のマシンガンでお願い」

「はーい」


 撃ちぃ方って言うならそれはこっちのほうだけど、自衛軍じゃない俺はそんなことは言いません。



 右手から魔力をリリアンへ送り込み、小さな人差し指から撃ち出された黒い魔力の弾は、突撃してきたカボチャや土のうから反撃するピーマンを撃破していく。


 辺りに落ちてる野菜(ドロップアイテム)がたくさんあるので頃合いを見て、適当に収穫していかないといけない。




「――で夜にきてもらえたら引き渡せますよ」


『わかった。7時ごろに3台の4トントラックを行かせるから、配送は明日の朝でいいのね』


「そうです、それでお願いします。夜の7時にいるようにしときますので」


『じゃあね、たろう坊』


 洋介が所有する重装甲車の助手席でミノリねえさんと通話を終え、袋から取り出した試作のメロン味マカロンをリリアンに渡す。


 洋介の手伝いでカボチャ、ピーマンと玉ねぎはもちろんのこと、その後にキャベツやジンジンなど、店でよく使う野菜を山盛りほどドロップさせた。



「リリアンとのコンビネーションを見させてもらったが、すごいじゃないか」


「まあね。まだまだお互いに慣れないと急場は凌げないだけど、オーク辺りなら大丈夫じゃないかな」


 お調子者のリリアンが洋介に褒めてもらったのに、いつものお調子でリアクションを起こさないのはわけがある。やつは俺からメロン味のマカロンをせがんで、体で抱え込みながら一心不乱にそれを食べている。


 要するに()()()()()はそれどころじゃないということだ。




「洋介、相談したいことがあるけど聞いてくれるか」


「うむ、言ってみろ」


「この前にな、尚人……同級生だった吉倉尚人な。あいつから連絡があって、卒業してから2年が立つけど、未だにEランクから抜け出せないし、幸永と一緒に大阪城迷宮へ行ったとき、高ランクの冒険者の実力に圧倒されて、冒険者としてやっていく自信を無くしたって心細げにいうんだよな」


「ふむ……吉倉か。学校にいた頃は太郎との絡み以外で話したことはなかったが、2年が立って今でもEランクの冒険者ならこれから先が辛いかもしれないな」


「やっぱそうかな」


「吉倉には悪いけど、卒業した同級生で出世する者はBランクまで上がった人もいるんだ。2年で生き残ってる者ならDランクが当たり前でCランクになってもおかしくないぞ」


 洋介はこういうことに遠慮がなく、はっきりと自分の意見をいう。しかもギルドのほうで運営に係ることも多いから冒険者の実情をよく理解している。



「ただな、尚人も冒険者になるのが夢だったから簡単にあきらめたくないって。なんかいい方法はないかな」


「ないな。長い目でみて冒険者は適性がなければ早期にやめたほうが本人のためだ」


「お前、はっきりと言うのはいいけどさ、配慮っつーもんができないのかよ……まずっ! この青汁はなんで苦いんだよ」


「ああ、ゴーヤは体にいいっていうから入れてるんだ……先のお返しだけど、正直に伝えてやるのは本人のためと思えばこそだ」


「ゴーヤって、んものを入れるなよな」


「冒険者たるもの、健康に気を遣うべし」


 梅雨のこの時期に車の外は小雨が降り続いてる。あごを左手に載せて、車外で広がる伊丹村に立ち並ぶ工場の風景を見つつ、親友のことで物思いに耽る。



 ——尚人(あいつ)は冒険者になるのが夢だった。適性がないのはきっと本人が一番知っているはず。それでも冒険者をやめなくちゃいけないのはどうしても納得いかないだろう。


 実は俺もそう思ってる。


 適性でいうなら俺はただの運搬者(ポーター)冒険者(アドベンチュラー)と名乗るのはおこがましい。



 Cランクになったといっても、それは九条さんがモンスター族と交渉に成功したことを評価してのことだ。冒険者稼業でたくさんのクエストを完遂させたからというわけじゃないことを俺自身が承知している。


 今日にこなしたラビリンスで野菜を収穫するようなお仕事。ギルドからのクエストではなく、民間だって需要はあると思うんだ。そこに冒険者(おれたち)の生きる道があってもいいじゃないかな——



「なあ、洋介。クエストというのは国の書類審査を経たものを、ギルドが冒険者へ仲介するという流れでいいんだよな」


「ああ。危険度の分類や税金の納付、それに情報の管理とかがあるから、ギルドはそういう手続きを代行でやってくれてるんだ」


「じゃあ、民間からの依頼をギルドが引き受けるのは無理ってことか」


「民間からの依頼を引き受ける案が出なかったわけじゃない。ただ実現させるのは現時点で無理ということだ。さき言ったこともそうだけど、出せる経費の額が根本の問題だからだ」


 まあ、確かにギルドも予算を度外視でやれるわけじゃないのはわかってる。



「青汁まずっ! お代わりー」


「生野菜が嫌いなお前はちゃんと飲んでおけ」


「まずっ! ……経費の額が問題ってどういうこと?」


「雨だから橋のところで渋滞がひどいな……経費か? ああ、早い話で民間からの依頼は出せるお金が少ないのだ。ギルドだって人手が足りないから、採算の取れない事業には手が出せない」


「それはそうだけどさあ」


「独立した組織とは言え、国からの補助を受けてるため、運営の状況に第三機関から査閲が入るんだよ。国土の復旧がギルドの第一義である今、とてもじゃないが民間から依頼される低賃金のクエストで人員を割くわけにはいかない」


「え、えっと……いつから洋介さんは国の人間になりました?」


 おっかしいなあ。去年までの幼馴染(ようすけ)は確かに俺と一緒に3万とかの報酬で喜んでたと思うけど、今ではこいつのいうことがさっぱり理解できないのは俺の頭が弱すぎたからだろうか。



「そんなわけないだろう。ただ色んな調査クエストを受けていくうちに、違う角度から物事をみなくてはいけないと考えるようになっただけだ」


「ふーん——雨脚が強くなったね」


「そうだな。5時には戻れそうだから7時に間に合うのだろう」


 みんなが変わっていく、それは仕方のないこと。


 でもマイが言ってくれたからというわけではないけど、やっぱり俺は自分らしくやっていきたいし、一歩ずつでいいから前へ進みたい。



「尚人のことだけど、ベジタブルラビリンスのようなところで、低ランク冒険者でもやっていける仕事を作ってみたい」


「……どういうこと?」


「タロット、お腹いっぱいだからリリアンねる」


「おう、着いたら起こすよ。おやすみ」


 もそもそと俺の腰にあるねぐらへ妖精は潜り込んでから、あっという間にすやすやと眠りについた。



「……前にな、山城でワーカー用のクエストを受けたことがあったんだ」


「ああ。山城地域のギルドでそういう特殊クエストがあるのは前から聞いている。協会でも賛否両論はあるけど、悪くない制度とはおれも思う。今は死傷者が多いから依頼はしていないみたいだが」


「おう。そういう方針で低ランクの冒険者が民間から依頼を受けてさ、なるべく危険のない仕事をすればいいんじゃないかな。たとえば野菜採りを専門にするとか」


「……ギルドを通さずにか」


「ギルドが受けないからだろ?」


 渋滞するのは珍しいことだけど、雨が降っているために伊丹村から池田村へ渡る橋に車がいっぱいだ。


 運転席に座る洋介が真剣な目で見つめてくるので、そういう目をハナねえに向けてほしい——と俺はこいつのためにそう思わずにはいられない。



「依頼先をどうやって探す?」


「今でも店が使う食材を採取してくるのは俺だ。これを業務に変えるためのいい機会と思わないか? ただ働きはもうごめんだし、尚人ならきっとやり遂げられるよ」


「賃金の分配や必要経費はどうする気だ」


「うーん……後で考える」


「人材の確保は? まさか吉倉のパーティだけじゃないだろうな」


「えっとな、そのうちに集まるじゃないかな」


「組織をどうやって立ち上げるのだ。資材もいるだろうし、運営するのに人がいるの――」

「――洋介!」


 次から次へと疑問をぶつけてくる幼馴染に、俺はできるだけ優しくみえる微笑みを彼へ送った。



「……なんだよ」


「洋介、お前、()()()()()よ」


「……」


「思い付いたばかりだからわかるわけないじゃん」


「行きあたりばったりってことか」


「違うって——やるだけやって、できなかったらできないでそれを糧にまた違うことをすればいいじゃないか。大事なのは低ランクでも冒険者には生きていける道があることを、これを機に探し出せばいいじゃんってことだよ」


「……そういうことか」


 顔をしかめる洋介の肩を三回だけ揉んであげた。こいつは俺と同じ年なのに、もう肩が凝ってしかたのないやつだ。



「だいたいさ、Dランク以上の冒険者って何人いるの? そいつらだけで全国のギルドを支えていけるとは思えないし、ランクが低いからと言って排除していったらいつまで経っても国土が復旧しないよ。そう思わないか?」


「……幸永にもそういわれた」


 こいつはクソ真面目くんだから周りから期待されちゃうし、期待に応えたいと頑張ってしまうところがあるので、変に突っ走るところは子供の頃から変わらない。



「もしそれが成功すれば、低ランクの冒険者がそっちへ流れていくかもしれない。そうなるとギルドから目を付けられるぞ」


「そんな先のことまで考えられないよ。本当にそうなったとしても冒険者を引き止められないギルドが悪い! ポーターな俺はそう思うね」


 ようやく橋を渡り切ったところで雨が止んだ。


 先まであった雲が消え去り、燦々と輝く太陽が顔を覗かせる。家がある池田村のほうに目をやると、五月山の空に七色の虹が飾られている。



「……太郎がやりたいのなら、できることがあれば協力させてもらう」


「ありがたきお言葉で頼もしい限りだよ」


「タロットぉ、ごはん?」


 久々に幼馴染の無邪気な笑顔が見れたことに心から嬉しく思えた。今日はこいつのために美味しい晩ご飯を作ってやろうといき込んだところで妖精が目を覚ました。


 リリアン、もうすぐ家に着くから待ってなさい。




西宮野菜迷宮


名前の文字通り、ここはこの世界にあった野菜を植物トレント化したラビリンスモンスターしか出て来ないとても珍しくて貴重なラビリンス。ここが初期の冒険者によって発見され、探索報告を受けたギルドは直ちに政府へ迷宮の保護及び迷宮主人と交渉するための手続きを申し出た。


入口と出口があるこのラビリンスを通行すれば宝塚村から三田村への近道となるため、政府からの許可はすぐにギルドへ通知書が届けられた。


ブクマとご評価、ありがとうございます。とても励みになります。

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