4.06 悩める長男は彼女に相談
新年あけましておめでとうございます。お読みになって頂き、厚くお礼申し上げたく、本年も皆様のご多幸を心からお祈り申し上げます。
フッと子供の頃にもらったお年玉のことを思い出してみた。
毎月のお小遣いは定額制だから決まったお金しかもらえなかったけど、お年玉はうちに来る人の数によって変動するものだった。だからお正月になると、こういうときにしか来ない人たちのことを待ってたりしたものだった。
なぜいきなりお年玉のことを言い出したかと聞かれれば、それはハヤトさんとアリシアさん、それに尚人とまどかの結婚式のお祝儀で包むべき金額を悩んでいるからだ。
「多すぎるのはよくないわ、気遣われるわよ。相場なら3000円から5000円でいいんじゃないかしら」
マイが慣れない手付きで肩を揉んでくれてる。その気持ちはとても嬉しいけど、ちょっと痛いかな? あと、鎖骨が凝ることはないのでクリクリと抓らない。
仕事の移動で半日の休みが取れたマイが遊びに来た。
リリアンと初対面を果たしたマイが5秒くらい観察したのちに迷いもなく買ってきたチョコサンドクッキーを妖精に手渡して、リリアンが人に懐く時間の最短記録はこの日に更新されてしまった。
「そういうもんかな……ありがとう、参考にするよ。それにしてもマイは詳しいな」
「ちゃんと調べておかないとターくんと結婚したときに困るでしょう。ターくんはそういうのに無頓着なんだから」
尚人からのプロポーズにまどかは大泣きして喜んで受けたみたい。
卒業してから冒険者の生活を送っていく中で不安定な収入が気になるものの、やはり尚人と一緒になりたいのが夢だったと尚人からの事後連絡でそういう話を聞かされた。
「あ、うん。ごめんな……ちっと痛いよ、マイ」
「ターくんはそういうのに無頓着なんだから」
揉む力を込めてくるマイ。
これは肩揉みというより肩握りと表現したほうがいいだろう。っつか、マジで痛い。こいつ、結婚したい思いを現実の力に変換するなよ。
「リリアン、かたもみする」
「あら、リリアンは優しいのね。それじゃお願いしようかしら」
「うん」
「……蚊に刺されたみたいにチクチクするわ」
それってさあ、なんも感じてないのと同じじゃないかな。でも異性同士のコミュニケーションに入っていくほど、俺は愚か者じゃない。
「結婚か。尚人とまどかに子供が出来たら今度はお年玉をやらにゃあかんやろな」
「ええ、そうよ。だからウチらも早く子供を作って、取り返さないと損するわ」
「そういう考えもあるんだ」
「そういう考えしかないわ」
天下のアイドルがケチくさいぞ。遠まわしじゃなくて、直球で結婚のことをぶっ込んできたと思うけど、どう返すべきか悩んでしまうところだ。
「リリアン、肩揉みはもういいわ。ターくんが飲み物を入れてくれるから、一緒にチョコサンドクッキーを食べましょう」
「……ヒノモトゴ、ワカリマセン」
「あー、マイ。リリアンはこっちの言葉で長文はちょっと――」
『リリアン、肩揉みもういいの。タローが飲み物を入れるから、一緒にチョコサンドクッキーを食べよう』
『うん、リリアンちょこさんどくっきー、食べるー』
俺と同じ年で生まれも異世界だから、マイもカラリアン語を話すことができる。
それはいいのだけど、本人の同意もなく、俺が厨房で飲み物を作りにいくことになったみたいだ。でも、いつものことだからもう慣れてるし、俺も飲み物が欲しいからいいか。
「マイはなに飲む?」
「今日は暑いから、冷たいものがいいわ」
「山城へ行ったときにイチジクを採ってきたからそれをジュースにするけど、それでいい?」
「ええ、ターくんが作ってくれるならそれでいいわ。でも、おみそ汁はいらないの、お昼に飲んだから」
「リリアン、ちょこさんどくっきーがいい」
マイ、おみそ汁はジュースじゃありません。それにみそ汁を作るのほうが大変だから頼まないでくれ。
リリアン、チョコサンドクッキーはクッキーでジュースではないし、そこにおいてあるから、マイに袋から出してもらって自分で食べてください。
「ウチらの結婚資金をかなり稼いだとユッキーから聞いたけれど、いくら貯まったかしら」
「ん? 結婚資金? う、うーん……この前の大阪城迷宮で幸永がお金は俺と尚人の山分けでいいっていうから、あの時で一人当たり70万はもらえたよ」
「この前ではなく、結婚資金、いくら貯まったかしらって聞いたのよ? 山城でたくさん稼げたはずでしょう?」
「……」
奇襲攻撃は卑怯と思う。別に黙ることではないけど、俺の全貯金をマイに知られるのはなぜかためらわれてしまう。
「ターくん。二人の間に秘密はよくないと思うわ」
「……これは秘密じゃなくてプライバシー」
頬に当ててくるマイの両手に力が強められた。
「ターくん」
「マイ」
自分の両手でマイの両手を掴み、彼女の目を覗き込むように凝視して、その瞳に湛えている思いを心で読み取る。
「どうしたの?」
「……」
珍しいことにマイは俺から視線を外した。
「言いたいことはちゃんと言ってくれないと俺もわからないよ」
「……だってえ、この頃のターくんは一人で変わろうとするの。ウチのことを置き去りにするじゃないかと不安だったのよ」
「そんなことはないよ」
「山城で色々と大変だったでしょう? リリアンとパートナーになって、ターくんはモンスターを倒せるようになったかもしれないけれど、それは低ランクのモンスターに限っての話でしょう?」
「それは……そうかもしれないけど。でも――」
マイは俺の両手を振り落とし、手のひらを俺の手のひらに握りしめてくる。
「ユッキーが謝ってたわ、大阪城迷宮で無茶をさせたですって。ローレライと戦って、ローレライの唄でやられそうになって、リリアンが歌った妖精の唄がなかったら危なかったって言ってたわ」
「リリアン、えらい?」
「うん。ありがとうね、リリアン」
「えへへ」
妖精が会話に入ったおかげで場の雰囲気が少し和らいだ。さすがは俺のパートナー、空気は読めないけど空気をかき乱すのは天下一品だな。
「ターくんが子供の頃から強くなりたい思いを抱いているのは知ってる。だからリリアンの力を借りて強くなろうとする気持ちも理解できるつもりよ」
「……」
「だけどね、ターくんが無茶して強くなろうとすると、その無茶を心配する人がいることもちゃんとわかってよ」
「あー……そう、だな」
「だからね、通帳をウチに預けなさい」
「なんでそうなる」
おかしいよ、マイ。どうして話の流れがいきなり俺の通帳をお前に預けるようになるんだ、まずはそれを俺に教えてほしい。
「また美咲の人形を予約して買うつもりなんでしょう? 」
……なぜバレる。
予約したのは山城にいる時、しかも通帳からの振り込みではなく、リリアンと採取したときに素材を買い取った現金で支払いしたはず。
「この前は容認しないって言ったのに。それにもかかわらず、二号さんまでお金で買っちゃうなんて、信じられない裏切りだわ。ウチの胸に高まるこの怒りがわかる?」
「いやいや、言い方がおかしいし、マイのことは裏切ってないし、その前に……俺の手をお前の胸に持っていこうとすんなや!」
二号さんってなんやねん。そんな恨めしそうな目で睨んでも俺は悪くないから引かない。
「ねえねえ、これって、しゅらば?」
「ええ、そうよ。薄情なターくんの裏切り者がね、こんなに愛してあげてるのに、ウチに目もくれないで他の女に手を出すの」
リリアンを掴み取ったマイがウソ泣きで妖精の体を自分の頬に当ててる。
ウソはよくないとマイに言いたいし、俺は趣味のマジックドールを買っただけでなにも裏切ってない。修羅場という日常で使わない言葉を誰から教えてもらったのか、リリアンから聞いておかないといけない——説教をくれてやる。
「ヒノモトゴ、ワカリマセン」
うん、マイがリリアンに話したことが長すぎるんだよね。現状が幼稚園生程度の日ノ本語しか話せないリリアンの理解を越えてる。
『そうだわ、リリアン。タローは女たらしだからあなたも気を付けなさいな』
『ええー、やっぱりそうだったんだ』
話の内容が変わってますがな、マイさん。
それとリリアンも汚れ物を見るような目をして、自分の体を抱えて俺から逃げるな。ドールマニアではあるけど、妖精に欲情するほど、俺はマニアックじゃない。
「自衛軍が近い内に山城地域探索協会の協力で比叡山を攻めるですって」
「そうなの? 聞いてないから全然知らないけど」
うつ伏せになった俺の背中をマイが程よい力加減で気持ちいいマッサージをしてくれてる。
「あら、この頃はギルドに行ってないのね」
「梅雨だし、暑いのは苦手から行ってない」
「ふふ。ターくんって、そういうところは昔から変わらないのね」
「そうだな……あ、そこだ。腰の辺りを親指で押して」
「わかったわ、これでいい?」
「あー、そこそこ」
「もうちょっとだけ力を込めるわ……それで山城に行ったときにいくら稼いできたの?」
……観念すっか、ちくせう。
「……3000万」
「そ」
細かい数値は言ってやんないよーだ。
「通帳を預けてってのは冗談だから、ちゃんと自分で管理しなさい」
「わかった」
「その3000万は産まれてくる長男の教育費にするわ、手を出しちゃダメよ」
「高いよ、教育費が高すぎるよマイさん。お前はどんな子供を育てるつもりなんだよ」
「ターくんみたいに愛しくて、可愛くてしょうがない子よ。一生手放さないわ」
耳元で囁いてくるマイの甘い言葉は心を蕩かせ、体の芯がしびれてしまう。
叶うことなら、彼女の傍で歩いて行ける男になれたらどれだけいいかと、遠い昔に忘れていた夢をなぜか今日は思い出してしまう。
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