4.05 お茶目な長男は鐘を鳴らす
「うわさは聞いていたけど、本当だったんだ」
「お前までなにを言う。へっぽこタロー呼ばわりはお前が教えてくれたんだろう」
大阪城迷宮の二の丸で探索する俺らは、最初のターゲットを入ったすぐの武家屋敷のような建物にした。
「そっちじゃなくてモンスターと対話できることなんだ」
「変なことを言うやつだな。お前だってカラリアン語は話せるだろう?」
建物は塀で囲まれているので門を潜る必要はあるが、そこには足軽の装備を着けてるリザートマンが俺らに槍を向けてくる。
「うーん、そういうことじゃないけどなあ。モンスターと交渉するのは私もやることだけど、ターちゃんみたいに会話はしないかな」
「なにを言ってるのかがわからんけど、お話しないと仲良くなれないでしょう? ……尚人、使い勝手はどう?」
「このツーハンデッドソードは軽いから持ちやすい。ミスリル製ってすごいな」
幸永は洋介から預かった予備の剣を尚人に貸し与えた。
自分はなにもしてないのにしてもらうばかりで畏まった尚人に 、幸永が笑顔で吉倉くんは寄生は嫌でしょうと言って、ミスリル製のツーハンデッドソードを渡した。感謝した尚人は気持ちを切りかえ、慣らすために両手を使って大剣を振っている。
「仲良くねえ……ターちゃんはそういう発想するのよねえ。だから妖精もついてきたんだな」
「なにが言いたいのはよくわからんけど、バカにしてるわけじゃないよな?」
「まさか。羨ましいけど私にはできないことだよ……まあいいや、探索に専念しよう」
「そうだな」
「決めたように前衛が吉倉くん、私は中衛でメインアタッカー、後衛のターちゃんはタンク兼ヒーラー。止めは吉倉くんに任すね」
「おう」
「わかりました」
迷宮魔物を倒すと、わずかながらたまに能力が上がる現象を起こすことがある。尚人の底力が向上することを狙って、幸永はなるべく尚人に止めをさせるようにと指示を出した。
俗で言うとパワーレベリングの行為に、恐縮した尚人へ幸永は笑顔で遠慮しないでと伝えた。
俺はいくらラビリンスモンスターを倒しても能力が上がることがない。呪いというべきか、俺には技能固定という忌まわしいスキルが幼い頃からついてる。それのせいで俺は技能的に成長することができないし、採取刀術のように現在あるスキルで行動が限定されてしまう。
「よっと」
槍を突き出して突進してくるリザートマンへ幸永は詠唱無しで風魔法を放つ。
風の刃は魔力で構成した鎧を突き破り、刻み込まれた4体のリザートマンがその場で倒れる。俺のスキルである弱点出現が発現し、リザートマンたちが瀕死であることを示してる。
「トドメだよ、吉倉くん」
「――あ、ああ。わかった」
初めて見る勇者パーティの賢者が持つ実力に、あっけを取られた尚人が幸永に言われてから、指定Dランクのモンスターであるリザートマンたちへツーハンデッドソードを突き立てていく。
消えたリザートマンの所にドロップ品である刀が現れた。それを手に取った幸永が抜き出した刀を見て感嘆の声を上げる。
「へえ、ラビリンスマスターの言ったことは本当だっただね。いつもなら鉄の槍だけど、リザートマンが超硬合金でできた小太刀をドロップしてるよ」
「ふーん」
「これはギルドでもいい値段で買い取ってくれるし、知り合いの武器商人なら一本で8千円で引き取ってもらえると思うね」
「え? マジか。いきなり2万4千円の収入ってすごいな」
「今日はターちゃんのおかげだよ。普通はこんないいものをドロップしないから」
「そうか? 初めてだからよくわからないや」
ドロップ品や採取品は一旦俺が収納して、探索が終わったら売りに行くと三人で打合せ済みだ。
「……あれがAランク冒険者の力か」
建物の正門から侵入しようとするときに、尚人の呟く声が聞こえてきた。
DランクのリザートマンはEランク冒険者の尚人たちにとっては強敵、それを幸永が難なく手加減した魔法で瀕死に追い込んだ。地道に冒険者生活を送り、少しずつ成長する尚人にはショッキングな出来事かもしれない。
「宝物があるので中に入ろう」
そんな思い悩む尚人に声をかける。
俺がそうだったように、今の彼に慰めの言葉はいらない。人の成長には目標があれば頑張る気持ちも起きるものだけど、遠すぎた目標は乗る越える気すらならない壁でしかない。
和風的な庭園が目の前で視覚を楽しませてくれる。
これが興味を引いたのは鐘楼の中で吊り下げられた大きな金属製の釣鐘だ。庭園に守備するラビリンスモンスターがいないので、こういう時はイタズラをしたくなるものだ。
「そーれ、除夜の鐘だよん」
「まっ――」
離れたところで庭園を探索する幸永がなにか言おうとしてるが気にしない。
釣鐘の横にある撞木を大きく後ろへ引いてから、力を込めて一気に前へ押し出すように紐を引っ張った。
ゴーーーン
うん、心が洗われるような響きだ。
これが除夜の鐘ならあと107回も撞かねばいけないけど、まだ大晦日ではないし、ここは迷宮でお寺じゃないからそんなことはしない。
「もう一回なら――」
「ターちゃん! あれは警備用の鐘だ。兵たちが出てくるよ!」
幸永の叫びを聞いた俺は武家屋敷のほうを見ると、中から和服姿のリザートマンたちが刀を持ってわらわらと湧き出してくる。
やってしまったようだ。後悔はないけど反省はする。
『リリアン、尚人と合流したらバリアを張ってからサンダーだ』
『わかったー』
俺のミスで強制エンカウントになったが、ここはリリアンとのペアで応戦だ。
ザ・リザートマンサムライというかな。
身躱ししながら幸永の魔法をくくり抜け、迫りくる刀持ちのリザートマンは剣術を使って攻撃してくる。リリアンのバリアがなければ切り伏せられたかもしれない。
バリアを切り破ろうとするリザートマンを雷蛇でしびれさせ、幸永の風魔法で瀕死にさせてから尚人が止めを刺した。
ドロップアイテムは超硬合金の野太刀で、一本が1万5千円で売れるだろうと幸永は戦闘の後に涼しげな顔で12本の野太刀を持ってきてくれた。
「おれ、寄生だけやん」
「吉倉くん、気にしちゃダメだよ。止めは任してるから仕事はしてるよ」
肩を落としている尚人へ庭園に植えられた観賞用の松の木を眺めている幸永が慰めた。
「ターちゃん、木の根元にマツタケが生えてあるよ。この大きさなら3千円の値打があるから採取よろしく」
「ああ、それなら俺に任せてくれ」
「採れたら建物の中を回ってみるよ」
「了解」
お金になる植物の採収や獲物の剥ぎ取りなら俺の出番、採取刀術で達人級の技をご覧あれというものだ。
武家屋敷の正面から矢が雨あられと飛んでくる。盾で広範囲防御を張って、幸永と尚人を俺の後ろについて来させ、その体勢で玄関の中に突入した。
足軽兵であるゴブリンが槍で突いてくるところを尚人がツーハンデッドソードで切り崩す。
鉄砲を撃ってくるコボルドに盾で鉄砲の弾をはじいてからリリアンが無魔法の弾丸で掃射した。
新手のザ・リザートマンサムライは幸永が氷魔法で飛ばした氷の槍で刺し殺していく。
たまに天井からフロッグマンのアサシンニンジャが粘りのある体液とマキヒシを撒き散らすけど、これはリリアンのバリアで防ぐことができた。
出てくる敵を排除しつつ、ドロップアイテムを回収して武家屋敷の奥へ俺らは進んでいく。
「お宝、発見!」
「気を付けてよ、ターちゃん。ここに限らず、トレジャーボックスに罠が仕掛けられてる場合があるからね」
「おう、わかった」
倉庫みたいな部屋で守備するリザートマンの槍兵を消滅させるといかにもな感じがする宝箱が鎮座している。こういうものを見るとなぜか気持ちが高ぶってしまう。
でもここは幸永のいう通り、慎重に取り扱ったほうがよさそうだ。
ハイパーシールドを発動させてからミスリルナイフを使って、宝箱の蓋を開かせた。
「……なにも起きらないな」
「罠はなしか……おや? 金のインゴットか? 珍しいものが出てきたね」
黄金色に輝く金塊が幸永の手に収まり、俺と尚人はそのまばゆさに目を奪われた。
「鉱山のほとんどが山間部にあるから金は高く売れるんだ。今の相場が1グラム300円だから……」
収納袋から秤量器を取り出して、幸永はその上に金塊を乗せた。
「3kgぴったりだね。おめでとう、これで90万円。一人当たりが30万円だから、今までのドロップアイテムと合わせると、今日の探索目標がクリアできそうだね」
「やったな、尚人」
「うーん、みんなのおかげだ。おれの力だけじゃ絶対に無理だよ」
ばつ悪そうに尚人が自分の頭をかいてるが、俺からしたら尚人からの連絡がなければここへ来ることはなかった。
幸永のほうは高ランクのクエストをかなり完遂させているのでお金に困ることはないでしょうけど、今日はわざわざ時間を使っ
て一緒にきてくれたことを感謝しないといけない。
「ゆきな――」
お礼を言おうとしたときにそれは起こった。
槍や弓が置かれている倉庫の風景が一変して、水堀が囲んでいる開けた場所に俺ら三人は突っ立ている。
「アイテムを取った後に起こる転移系の罠だったんだね。これはやられたな」
「はーい、エリアボスはミウだよ。死なないように頑張って勝っちゃおうね」
午前中にスーツを着ていた人魚さんが、水堀から貝がらのブラジャー姿で俺らに向かって投げキスしてきた。
「今日は暑いから涼しませてあげるね——ウォーターソードレイン!」
「ターちゃん、バリア張って!」
ローレライの掛け声に合わせて、水堀から無数の水と魔力で形成された剣が空中に浮かび上がった。
『リリアン、多重結界100枚だ』
『わかった——結界!』
「んん? 変な技を使うわね。いいわ、イっちゃえ!」
次々と飛んでくる水の剣がリリアンの作り出した結界を壊していくけど、突破することができなかった。
『リリアン、追加で100枚だ』
『はーい』
一撃で壊される大技なら止められなかったのだろうが、このウォーターソードレインは数で押してくる魔法なので、リリアンの結界で防ぐことができた。
ローレライのミウは魔法が通らないことで、苛立ち気に水堀の中を泳ぎながらさらに水の剣の数を増やした。
「こっちの番だよ、ミウさん」
幸永は右手で火でできた槍をローレライのミウへ投擲する。水の中へ潜ったミウを外した火の槍は水面に到達するとそこで爆発した。
「きゃー」
「手加減はしないからね」
水中から撃ち出されたローレライのミウを狙って幸永が爆発属性の火の槍を投げ続ける。直撃した槍もあったけど、ローレライを倒すには至らなかったみたいだ。
「オコだよ! ミウはもう怒ったからね。みんな、ここに来てー!」
頬を膨らませたローレライは水でできた防壁を使って火の槍を止めつつ、大きな声でなにかを呼びつけた。
「どうしたの、ミウ」
「あー、人間に負けてるんだ」
「だっさー」
「なになに、お遊戯の時間かな?」
「……眠い」
数十体のローレライが集まってきた。
「あの子たちがミウをイジメるの。お願い、みんなで狂わせちゃえ」
ローレライのミウが発した言葉に、幸永の顔をみると額から冷や汗が流れていく。
「ヤバっ! ター、気を付けろ。ローレライの合唱だ」
幸永から余裕がなくなったようで、これはマズい事態になったみたい。なにを気を付ければいいかすらわからず、俺と尚人がおろおろしているときにローレライたちが揃えた声で唄を歌い始めた。
ああ、きれいな歌声だ。魅入られそう……
俺だけを呼んでいるようで、ずっとこの唄を聞いていたい……
だれにもきかせたくない、おれだけがこのうたを……
となりのやつがじゃまだ、きえろ……
きえないならころしてやる……
ころし――
……
澄んだ声が聞こえてくる……
この声は……リリアン……
リリアンが歌っている!
「――なにが起きた!」
夢心地の中でなにかあった気がするけど、まずは状況を確かめないといけないから辺りを見回した。
ローレライがなぜか全員が口を開けたまま呆けている。
リリアンが聞き惚れする声でカラリアン語の唄を歌っている。
尚人は地べたで倒れているが流血はないので気を失ってるのだろう。
幸永の足にいくつもの刺し傷がみられ、その手に俺のナイフが握られている。
「大丈夫か幸永!」
「気を取り戻したか……リリアンのおかげでみんなが助かったよ」
「ちょっと待て。回復」
聞きたいことはあるけど、先にやるべきことは幸永の足へ回復魔法で傷を癒すことだ。
「――あたいらの唄が敗れた」
「人族のくせにやるわね」
「やるじゃん」
「すっごーい。初めてなんじゃない?」
「……終わったならもう帰ろうよ」
「フェアリーがいるなんて狡いわ!」
状況がつかめないまま、堀からローレライたちが色んなことを言ってくるけど、なにがなんだかさっぱりわからない。
「でも負けは負けだからミウたちはここで引くから、ローレライの唄を耐えた証は言い伝え通りにこれをあげる」
ミウがなにか投げてきたので、目を凝らすと足元にホラガイが落ちてくる。
「あたしらローレライ族に攻撃されたとき、それを吹いたら引いてくれるからありがたく貰いなさい」
怒ったままの顔でミウがほかのローレライたちと水堀の中へ潜り、そのあとをいくつもの波紋が広がっていき、それが平らな水面になるまで見つめていた。
——音もなく辺りが静まり、未だに事の成り行きがわからない俺は幸永の顔へ目を向ける。
「……幸永」
「あとでちゃんと話すから、その前に今日の報酬でこれは私にくれないか?」
ローレライのホラガイを手にする幸永が珍しく懇願するような表情で俺に話しかけてきた。
俺がもらっても部屋の飾りくらいしか思いつかないので、ホラガイなんか欲しければ持っていったらいいがなと心の中でそう思った。
本年も残すところ、あとわずかとなりました。ご多忙の中お読みになって頂き、誠にありがとうございます。皆様良いお正月を過ごされますよう、お祝い申し上げます。
では、よいお年を。




