4.04 へっぽこ長男は迷宮主人と閑談
誤字報告して頂き、厚く御礼申し上げます。
お手を煩わせ、本当にありがとうございました。
「おはようございます。本日は迷宮探索のご利用ですか、それとも迷宮討伐のご利用ですか?」
「迷宮探索でお願いします」
「ッチ……」
城攻めのご利用ってなんですの?
迷宮が多いとはいえ、総構えの前で受付まで設けているのはこの大阪城迷宮でしかやってないことだ。それと、聞こえてこないように顔を背けてるけど、下半身を水槽に浸しているマーメイドは明らかに舌打ちした。
うちの家族はここでラビリンスアタックするらしいが、俺が来たのは初めてだ。オヤジがいうには実力によって出るラビリンスモンスターの種族が変化するみたいで、来たことがないからそんなことは知らない。
「それでは皆様のライセンスカードを預かりますね。お帰りの際に返却させて頂きます。お亡くなりになられた場合はちゃんーとギルドへお届けしますのでご安心ください」
いや、逆に安心できねえよ。
「ありがとうございます」
「夏のフェスティバル、大阪城夏の陣は今月末まで開催してますので、本日無事に帰還ができましたら、ぜひまた来てくださいね」
「ははは。それなら生き延びないといけませんね」
幸永がこともなげに受付のマーメイドと対応しているのだけど、お亡くなりになった場合とか言われたのは気のせいではないはずだ。なぜあいつは平然としていられるのが俺にも、呆けている尚人にもわからない。
「ところで今日はその美しい声でローレライの唄を歌わないですか?」
「あらやだわ。こちらへ戦意を向けない限り、わたしたちもそんなことはしませんのよ」
ローレライでした。
ギルドで指定Aランクの水棲モンスターが下半身にある鰭をパシャパシャと水を撥ねさせ、受付カウンターで冒険者を相手に談笑してる。
尚人ほどの青白い表情じゃないが、俺も場違いではないかと思えてきた。
「あら? Aランクのヴェルディア様、Cランクの山田様、それにEランクの吉倉様ですね。申し訳ありませんが、CランクパーティとしてみなすにはEランクの方が……」
ローレライのご指摘で尚人の顔色が真っ白になってしまった。でもこれは尚人が悪いんじゃなく、知ってるはずなのにここへ連れてきた幸永が悪い。帰り道にきつく文句を言ってやると俺は尚人にサムズアップした。
「えっとですね、美しいお嬢さんのお名前は……」
「あらやだ、美しいだなんてえ——ミウです。ローレライのミウですよ」
なにをナンパなマネしてやがる、この節操無しが。
「ミウさん。私がAランクで二段階を下げたらCランクですね」
「ふえ? そう、なりますかあ?」
「吉倉くんがEランク。二段階を上げたらCランクとなります」
「ま、まあ、その理屈で行くとそうなりますわね」
「山田がCランクですから、Cランクが三人でCランクパーティとなりますよ」
なんだその屁理屈。そんな基準の取り方なんて聞いたこともない。
「そうですねっ! Cランクパーティでしたら全然問題ありません。ようこそ大阪城へ。素敵な探索がありますように、死に急がないでくださいね」
いいのかいそんなで、アバウトすぎるだろうが。
でもよく考えてみれば、冒険者が死んだほうが得られる魔力が多いのに、ラビリンスのほうで選別してくれるのはありがたいことだ。
「大丈夫? ご飯、食べる?」
「ははは。お腹が空いてるわけじゃないよ、リリアンちゃん」
ふらつく尚人を心配して、彼の顔の前まで飛んでいくリリアンに尚人が返事した。
総構えに入ろうとする俺らのことを見ているローレライのミウが、ライセンスカードと俺の顔を見ながら訝しげに視線を向けてくる。
「この魔力……山田、たろう……」
まさかとは思うけど、たぶん聞き慣れたあだ名が彼女の口から飛び出してくるでしょう。
「――あーーー、勇者ところのへっぽこ長男だあ」
もう声を出すつもりはないから心の中で叫んでおこうか。
様式美、ありがとうございますー。
「あはは。マスターもきっと興味を持つと思いますからこちらで連絡しますね。どうぞ大阪城を楽しんで行ってください。いってらっしゃいませー」
「ありがとよ」
事情を知らないほかの冒険者とミウ以外の受付モンスター嬢がチラ見してくる中、さっさとこの場を離れて、早く城内に入ってしまいたいと逸る心を抑えられそうになかった。
『ようこそ大阪城へ。ワタクシがトヨトミヒデコである』
総構えに入るといきなり違う場所へ転移した。
大手門のところで鎧姿に十文字槍を手にするギガンテスに通されて、門を通って枡形虎口に入った俺と尚人は巨大な石で築かれる石垣とそびえたつ多聞櫓に圧倒された。
そこへ、透けている鎧武者の姿が空中に現れた。
頭には棘みたいなのがたくさん突き出してる兜をしているが、サイズがあわないのか、斜めにずれてるのがちょっと気になる。武将がするようなお面を被ってるから性別までは判定できないけれど、ヒデコとご本人が言ってるから女性かもしれない。
それにしてもとよとみひでこってなんなんだ? ラビリンスマスターたちのネーミングセンスを疑いたくなる。江戸城迷宮のラビリンスマスターはトクガワイエヨという名前を自分でつけてるし、いくらお城をラビリンスにしてあるからって、わざわざそういうこだわりを持たなくてもいいと俺は断定してやる。
毎年の10月21日になったら、ラビリンスマスターこそ迷宮から出ないものの、大阪城迷宮と江戸城迷宮がそれぞれ10万を超えるラビリンスモンスターを出撃させ、美濃地域の関ヶ原で疑似合戦をするのは、もはや一種の国民的行事に定着している。
こいつらはいったいなにがしたいのだろう。
「ラビリンスアタックなら三の丸を越えて大手門からのスタートだよ」
「なるほど、それでここへ転移したんだな」
「そうだよ。大手門から外側が三の丸で、一般的に初探索はそこから探索するのが普通だけど、今日はせっかくだから二の丸を案内するね」
「幸永、本当に大丈夫なんだろうな」
「無理だったらすぐに止めるから任せてよ」
幸永のことは信用してないわけではないのだが、大阪城迷宮で俺と尚人は今日がデビューだから心配が尽きない。
ラビリンスマスターがゆらゆらと揺れながらこちらへ視線を向けてくるが、いきなり攻撃してくることはないかなと先から気持ちが全然落ち着かない。
「あれは録画済みのホログラムみたいなものだから警戒しなくていいよ。定型文しか言わないから」
幸永の解説に俺と尚人が安心して胸につかえてた息を吐いた。
『今日は大阪城夏の陣に来てくれてありがとう。本当なら城攻めしてほしかったなあ、そうすれば全軍が打って出れるのになあ』
「なにを言っての、ここのラビリンスマスターはマジもんのアホですか? 3人と一匹でこの城を落とせるわけがないがな」
録画済みの映像ならラビリンスマスターでも怖くはない。いくらでもツッコミを入れてあげられる。
『そんなことはないぞ? 一騎当千の猛者なら総構えからでも斬り込めるかもしれないじゃない』
「できないよ、こんなヤバい城は一騎当万でも無理だよ。ゴブリンだけなら俺は一騎当十できるだけどな」
『そうか、それが山田太郎という者なんだ』
「ん?」
よく考えてみたらホログラムが俺と対話してる。これはどういうことかと幸永に目を向けるが、やつは厳しい目でホログラムを睨んでいる。
「幸永さん、ホログラムが喋ってますけど……」
「いいえ、これはホログラムじゃないよ。本体ではないけど――」
『——ワタクシが大阪城城主のトヨトミヒデコであーる』
ずれてる兜をお面ごと掴んでから横へ投げ捨てたトヨトミヒデコ。肌色が焦茶色で耳が長く、美人というより可愛さが目立っている。パチッとした大きな目、黄金色に輝く瞳が特徴的だ。迷宮主人のほっそりとした顔の輪郭に既視感が思い浮かんだ。
——トヨトミヒデコさんはエルフだ。
「トヨトミヒデコはエルフですか」
『ワタクシはタイコーであーる』
「いや、もうそういうのはいいからちゃんと答えて」
うぜえよ。
こいつからチワワマスターと同じ雰囲気をシックスセンスで感じ取ってしまった。初対面なのにこの慣れ親しんだ感覚をどうしてくれようか。
「このひと、ダックエルフよ」
「そいつはびっくりだ。鴨のエルフって、エルフの新種じゃないか」
教えてくれたのは我がパートナーである妖精。
カモエルフなんて聞いたこともないけど異世界は広いと聞いてたので、きっと色んなエルフがいることでしょうなあ。
『あ、フェアリーさまだ! いやー、こっちに来てよ』
妖精にさま付けした時点でエルフであることが決定だ。懸命に手を伸ばしてリリアンに触れようとするダックエルフは、悲しいことにホログラムなので、そのまま透かしていくのみだ。
「残念だったな、鴨森人よ」
『そんなエルフなんていないよ。ワタクシはダークエルフ』
そうだろうなとは疑っていた。やはり彼女はラビリンスマスターはダークエルフだ。
『ねえねえ、お前が噂のへっぽこタローだろう? フェアリーさまを連れて天守まで来て』
「噂のへっぽこタローって……まあいいや。そこまで通してくれるのか?」
『そうしてあげたいけど、クロダヨシエが止めるんだ。お前の母の時もそうだったけど、本丸に来れるのはそれ相応の実力者じゃないとダメっていうんだ。なんらなあの小うるさいアークドラゴンを倒してくれてもいいよ』
「じゃ行かない」
『ええー!』
ええーじゃないよ。
そのヨシエさんと対戦するまで天守へいきたいと思わないし、その前に人間にとって、空を支配するワイバーンでも強敵なのに、なにが悲しくてアークドラゴンと戦わねばならん。
意味がわからん。
「なあ、カモのヒデコさん。俺らは探索で来たんだ。あんたと話すのは嫌いじゃないけど、こっちはやることがあるんで、もう行かなきゃだめだからお話はここまでな」
『カモじゃないよ……それで、ワタクシを討伐しにきたの? じゃあ、全軍をあげ――』
「——討伐はしない。するつもりはないし、する気も起こらないし、そもそもする力がない」
俺に縋りつこうと先からホログラムが通り過ぎては戻ってくる。やっぱりこいつはチワワマスターと同類だとこの時点で確定できた。
「このラビリンスは畿内最強って言われてるでしょう? 俺らみたいな若造がそう簡単に討伐を挑めるわけがない」
『そうでしょうそうでしょう』
嬉しそうに体を左右に揺らすラビリンスマスター、こうしてみると人間と対立するようなやつには見えない。詳しいことは家に帰ってからかーちゃんに聞いてみるか。
「だからさ、これから探索するつもりなんだけど、ラビリンスモンスターを弱めにして、宝箱にいいものを入れてくれると嬉しいかなって」
『いいよ。そうしてあげる』
「え? いいの?」
なんでもダメ元で言ってみるものだ。
『うん。その代わり、これからもちょくちょくフェアリーさまを連れて、遊びに来てちょうだい』
「おう。それなら約束できる」
『はいっ! 指切りげんまん、ウソついたら槍千本飲ーます』
悪いけど、ホログラムと指切りする方法は寡聞にして知らない。それに槍千本ってなんだよ、怖いわ!
大晦日と三が日は投稿します。よろしくお願いします。
大阪城迷宮
外からの見た目は徳川時代に再建された大阪城を迷宮化したラビリンス。城内は異空間で構築され、その広さを畿内地方探索協会本部はAランク冒険者が組んだ偵察チームで調査したところ、入った瞬間にそれぞれのチームが異なる空間へ転移させられたことが確認された。そのために大阪城迷宮は領域が測定不能のラビリンスとして探索協会で認定された。
ラビリンス攻略において、現在はラビリンス側の案内により、探索行動なら二の丸にある大手門が開門されているため、二の丸までは探索することができる。だが二の丸では随所にランク外のドラゴニュートが警備で配属されているので、強攻は不可と探索協会から冒険者へ通達している。
ラビリンスモンスターは様々な種族が出現すると観測されており、ここなら指定Aランクのモンスターと交戦することが可能だが、探索する度に種族が変化するので特定のモンスターを狙うことは困難である。ラビリンスの内部で区画にある仕切り門の守備兵がギガンテスであるため、探索協会からAランク冒険者パーティ以外は違う区画へ移動しないことの勧告が出されている。




