4.02 釣り上手な長男はエルフと連携技
去年までは梅雨時から夏が終わるまで、雨と暑さが大嫌いな俺は店の仕事以外、外へ出るのは店の食材を採りにいくか、それかラビリンスでポーターのクエストを受ける時だけだった。
洞窟型のラビリンスは中がヒヤッとして涼しい所が多く、避暑にもってこいの場所だ。
「たろうさん、城攻めしなくていいの?」
「ええ、今日は外曲輪の堀でマグロを採りに来ただけですから、中まで行きませんよ」
鬼ノ城一族のシェールさんがドロップ品の良さで知られる岸和田城迷宮の前で張り切っているけど、難易度の高いこのラビリンスを二の丸まで侵入する気は起きない。
獅子山城迷宮の近くで新たに発見された多田銀山地下迷宮でリリアンとコンビ技を開発したかったが、昨夜にムスビおばちゃんからマグロを仕入れしてきてほしいのメッセージが入った。
急遽に予定を変更して、夜明けまで岸和田城迷宮へ到着するように深夜のうちに社用車を使って出発した。
「じゃあ、俺が釣りますから魚が上がってきたらお願いしますね」
「わかった」
「たぶん櫓から矢が射てくると思うけど、反撃したら本格的な戦闘になるので、当たらないようにあしらってくださいよ」
「そうなの? 魔法で撃ち返したらダメってこと?」
「魔法も矢も禁止ですよ。ここの城兵は矢、バリスター、鉄砲、魔法銃、最後に大型魔砲の順で攻撃してくるので釣りどころじゃなくなりますから絶対にやめてください」
「それは恐ろしいね」
ラビリンスの原形となった岸和田城は正確に言うと海沿いにあって、海と繋がってはいなかった。だけど岸和田城迷宮は元の岸和田城が持つ規模を3倍の大きさで再現したので、防潮堤の役割や沿岸防衛を果たす浜の石垣が海の中へ突出して、水堀は海水で満たされている。
その幅広い水堀の中ででクロマグロが回遊していることはうちの家族に伝わる秘密だ。
釣りするポイントは吊り橋となった東大手門の近くにある竹林、ここなら通る人も少なく、安心して釣りに専念することができる。
釣り糸を垂らすと釣り竿から糸の先まで魔力を通すイメージで疑似餌を動かせる。これ技は幼い頃から釣りへ連れて行ってくれるオヤジからの直伝で、中学生に入ってからやっと習得できた。
ここのクロマグロは素早く動ける餌じゃないと釣らせてくれない。
「かかった! シェールさん、エミリアさん、車の中で伝えた通りでお願いします!」
「わかった」
「了承する」
身体強化がかかってるので、クロマグロの抵抗が弱まった一瞬の隙をついて、一気に釣り上げる。だがここのクロマグロは陸に上がった瞬間が本当の勝負所だ。
「きゃーっ!」
「このぉ、大人しく観念なされよ!」
2mのクロマグロが跳ねる、暴れる、尾びれが振り回される。頭突きされたシェールさんが武器のエストックごと吹き飛ばされて、股が大きく開いたはしたない恰好で転がってる。
攻撃するタイミングを失ったエミリアさんがタルワールを持ったまま、クロマグロから離れたところでオロオロするだけ。
鬼ノ城一族で特に剣術が長けてる二人でも、やはり初見のクロマグロ大暴れには通用しなかった。
味は落ちるがこの際は仕方ない。肩でゲラゲラ楽しそうに笑うリリアンを掴むと跳ね回るクロマグロ向ける。
『リリアン、雷魔法だ』
『わかったー。サンダー』
リリアンの手から迸る雷魔法はクロマグロに直撃して、ダメージと麻痺を同時に与えた。攻撃されたクロマグロはピクピクと体がしびれで動きを止めたので、すぐにエミリアさんへ声をかける。
「エミリアさん、とどめをお願いします」
「了承する」
流れるようなすり足でクロマグロに近寄ったエミリアさんは一刀でその頭部を切り落とした。
「たろうさん、雪辱するから再戦をお願い」
「うむ。わらわからも頼む」
起き上がってからシェールさんが両目からメラメラと燃え上がる炎のように輝かせる瞳で俺にクロマグロ釣りを迫ってきた。その隣でエミリアさんは片手でタルワールを一振りするとシェールさんの要求に同調する。
俺としてはできればたくさんのクロマグロを持って帰りたいと思ってるので、断るつもりは全然ないのだけど、自分の実力に誇りを持つエルフの性格は共通しているとクララを思い出しながら改めて感心した。
時折り大手門の多聞櫓から矢が射られてくるが、シェールさんとエミリアさんが剣で叩き落としているから問題はない。日が水平線から完全に現れたので、これからが釣りの本番だ。
マグロを釣る。
上がってきたらシェールさんとエミリアさんがクロマグロに斬首刑の執行。矢が飛んで来たら彼女らが剣を振るって叩き落とす。俺はリリアンが張るバリアで安全地帯で無傷。うん、楽勝である。
「はっ! 鬼ノ城流奥義黒鮪断頭っ!」
シェールさん、奥義の名がそのままですから手を抜かないでヒネってくださいよ。
「そんな矢など、当たらなければどうということはない」
どこの宇宙軍人ですか、エミリアさん。オリジナリティを求めましょう。
「タロット、おやつのじかん」
どこにいようとお前はお前ということか、リリアン。でもちょっと疲れてきたので、お茶にするのはいい提案だ。
岸和田城迷宮を探索する場合、低ランクの冒険者が選ぶルートは北側の外曲輪から攻め入る。中ランクや高ランクの冒険者は南側にある南大手門から三の丸へ行くか、町曲輪から入って西大手門より二の丸へ挑戦する。
岸和田ギルドはこの三つのルートを推奨してる。東大手門は吊り橋で侵入が難しい上、ここを守っているゴブリンジェネラルは武人として名が知られてるため、推奨ルートから外された。
太陽が昇ってきて、ジワリと汗がにじみ出すくらい気温が上がった。
たまに東大手門へ足を伸ばしてくる物好きや初心者もいるけど、その時はクロマグロ釣りを中止する。
時間を確認すると10時半となった。ここまで2m級のクロマグロが36本、3m級が5本を仕留めることができた。1m級以下は全てリリースした。大きくなったらまた釣ってやるから元気で頑張れと心からの応援付きだ。
「そろそろ帰りましょうか。途中にある堺村でご飯を食べていこう」
「わかった」
「ご苦労様でした」
「タロット、レモンケーキちょーだい」
「リリアン。あとでごはん。おやつ、だめ」
口を開き、顎を落とした表情をアニメで真似てもおやつをあげるつもりはありません。そうでなくてもエルフさんたちが甘やかすから、甘いものを食べる量が増えているのに、太ったらどうするつもりだと俺は言いたい。
まあ、エーテル体で構成するリリアンが太るかどうかはよくわからないけれど。
東大手門の吊り橋が轟音を立てて、こちら側の陸と繋がった。
緊張が走る中、俺は釣竿を収納箱に入れるとミスリルの盾を左手に、リリアンを右手に装着した。シェールさんとエミリアさんはすでに見とれるような構えで剣を握りしめてる。
『先から我が弓部隊の矢をことごとく払い落としたおぬしらは名のある者と見る。名乗ってはもらえないだろうか……やはり言葉は通じぬか』
大手門から出てきたのは純和風の兜と鎧を見事に着こなした威風堂々のゴブリンジェネラル。俺らを見回してから低い声で語りかけてきたが、すぐに気を落とした仕草をみせた。
こういう場合はどう返答すればいいだろうか。ゲームは好きだけど、歴史のシミュレーションゲームは苦手だ。ただ言えることが一つある。それは武人のゴブリンジェネラルが話したことを俺らは全員が理解できてるということだ。
『わらわは異なる世界より、備中国鬼ノ城迷宮を故郷とする鬼ノ城エミリアだ。そっちも名乗られよ』
『おお! これはあいすまぬ。わしは和泉国岸和田城の東大手門を守る岸和田右衛門督我流志守である。以後、お見知りおきを』
『エルフのシェールよ。よろしくね、ウエモンノカミさん』
『リリアンはイケダの食堂に住んでるただ飯食いよ。キシワーダ』
これが岸和田ギルドで警戒されている岸和田城迷宮の東大手門で侵入者を退けてきた岸和田右衛門督我流志守か……いや、つっか、普通にガルシスでいいんじゃねえの? と言いたくなったけど、空気を読める俺は口が開くことはない。
タルワールを鞘に戻すと、エミリアさんは武器を持たないゴブリンジェネラルのガルシスへ敬意を払い、ない胸を前へ突き出すように張りつつ名乗り上げた。
その後に続いたシェールさんはガルシスの力を認めて、自らの名を教えたがウエモンノカミは官位であって名前じゃない。だけど時代劇とかでは劇中の人物が官位で自分のことを呼んでた気がすると、自分の知識のなさに戸惑ってしまった。
リリアンは両手を胸のあたりで組んでから自分の立場を明らかにした。誰であれ、己を知るのはいいことだと思う。たとえそれがただ飯食いでも、自覚さえあれば俺は許せる広い心を持っているつもり。
だがな、リリアンよ。キシワーダは迷宮の名前だ。ゴブリンジェネラルであるガルシスの名前ではないことを覚えてもらおう。
『そこの人族はわしらの言葉を解せぬであろうな』
『いいえ、ガルシスさん。異世界の言葉は理解できますよ』
『おお、さようか。では量れぬほど魔力を持つおぬしの名を教えてはもらえぬか』
『えっとですね。時代劇の言い回しはできないんで、俺の話し方でいいですか』
『構わぬ』
『摂津地域に住んでいる冒険者の山田太郎です』
俺の名前を聞くまでは興味を持った視線で見つめてくるガルシスだったが、俺の名前を聞いたとたんにスーッと目を細めてから低い声で質問してくる。
『……おぬしが勇者と称する一族のへっぽこ後継ぎであるか』
『キターーー! 小鬼将軍から様式美を頂きました!』
なんのこともない、なぜか俺の名はこのラビリンスにも届いてるみたい。ラビリンスマスターには独自のネットワークが存在することは、うちにいる巨乳のポメラニアンからそれとなく聞いたことがある。問題は俺の個人情報が断りもなく流されていることだ。
家に帰ったらポメラニアンに俺のおごりでこれでもかと酒を飲ませて、日ノ本のラビリンスに知られているかどうか、近日中に吐かせてやる。
『良い出会いがあったことに喜ぼうぞ。また会える時が楽しみだ』
俺の絶叫を聞き流したガルシスは微笑みをたたえて、おもむろに空中を掴む動作へ移すとその手に巨大な弓が現れた。
反応ができない俺らを無視してガルシスは弓を引き、魔力で形成された矢が即座に放たれた。その矢は俺らの横を高速で通り過ぎていくと後方にあった木々を巻き込んで大爆発し、爆風に襲われて体勢が崩されそうになったけどなんとか踏みとどまった。
息を飲む俺らにガルシスは体を屈めて一礼してくる。
『いずれか、この岸和田城の東大手門を攻めてはくれぬか。わしが直々お相手いたすぞ』
言いたいことを残したガルシスは城門を潜り、吊り橋がまた上がっていき、再び侵入者を拒むようになった。
『つよいわ、このゴブリンは強いよエミリア』
『ええ、わらわもそう思った。いつか一戦交えたいものよ』
閉ざされた城門を凝視するバトルジャンキーのエルフが二人。別に反対はしないけど、絶対に俺を巻き込むなと帰り道の車内で宣言してやるつもりだ。
クロマグロが秘密であることの説明
岸和田城迷宮の水堀で回遊するクロマグロについて、和泉地域探索協会岸和田支部の現地検証:
立会人:和泉地域探索協会畠山副会長
記録者:岸和田支部太田支部長
検証者:山田勇起、山田太郎、岸和田支部Aランク冒険者4人、Bランク冒険者4人、Cランク冒険者4人
検証結果:
1.先代勇者パーティの山田勇起とその息子の山田太郎以外は釣りに成功した冒険者がいない。
2.釣りあがったクロマグロが陸上でクロマグロ大暴れという技で周りを攻撃する。
3.当ギルドでBランク以上で剣士スキル所有する攻撃役だけが仕留めることに成功した。
4.魔法でクロマグロを攻撃した場合は死骸の破損が激しく、商品としての価値が無くなる。
結論:
海産物であるクロマグロの商品価値は高いものの、特殊な釣りの技能を要し、作業中に岸和田城迷宮から攻撃を受け、陸に上がったクロマグロの屠殺が極めて困難であると観測することができた。この二点により、技能が不足する冒険者や等級外冒険がクエストを受けた場合、高い確率で死傷者が生じると思われる。当ギルドとして、クロマグロの採捕は投入する労力と得られる価値が必ずしも一致するとは限らないと判断し、クロマグロが岸和田城迷宮の水堀に生息することを公表しないものとする。
なお、発見者である山田勇起を初め、今回の検証に参加した者は上記の事実を秘する義務がある。万が一クロマグロの件で死傷者が出た場合、当ギルドはいかなる事柄でも協力はできないことを明記する。




