4.01 働く長男は喜劇を見物
「ハナ会長、お疲れさまです!」
「いらっしゃいませ。もう会長ではないから店ではやめてって言ってるでしょう? ご注文はお伺いましょうか?」
「ビール大ジョッキを人数分でお願いします!」
「はいはい。ビール大ジョッキ18杯、ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「ありがとうございます!」
「なんであんたたちがお礼を言うのよ――いいわ、料理のご注文が決まりましたらお呼びください」
「よろこんで!」
今日はハナねえが店のお手伝いしているので、高校の時から栄のある花子生徒会長親衛隊に所属してた常連客が嬉しそうに注文する。こいつらも学校を卒業してからずっとうちの店に通ってて、晩ご飯を食べていくありがたいお客様だけど、よくやるなと俺はいつも呆れ気味で思ってしまう。
それに劣らず、店内の右側にあるテーブル席を占領するのが幸子生徒会長親衛隊だ。
「で、焼き鳥セットが15人前、焼きめしと焼きそばが5人前でいいですね」
「宜しくお願いします!」
「それでね、お兄ちゃんが琵琶湖から仕入れてきたブラックバスの干物が美味しいのよ。おススメするけどどうします?」
「幸子会長の兄なんかどうでもいいんですが、幸子会長がお薦めするなら頂きます!」
「そう。ブラックバスの焼き魚が15人前でいいですね」
「はい!」
池田村の本店ではなくてもいい、将来はどこかの食堂で支店長を務めたいと思ってる。だからさっちゃんの接客態度がなってないと言わせてもらいたい。だがハナねえもさっちゃんも俺と違って、店のお手伝いを無給で頑張ってくれてるし、彼女らをお目当てするお客さんも多い。それに店長のかーちゃんがなにも言わないから俺も黙ることに徹する。
それと幸子生徒会長親衛隊の隊員たちに言いたい。
――幸子会長の兄なんかどうでもいいとはどういうことだ! 干物を刺身で出してやるからそれを完食しろや。……おっと、接客接客と。
店の一番奥で座っているお客様たちが無言で食べているのは焼き鳥丼定食。
俺は夜になったらその定位置へ行くことを避けるようにいつも注意を払ってる。そこは舞生徒会長親衛隊が牙城とする暗黒の領域、俺がそこに寄れば殺意が込められた睥睨を受けることになる。やつらがいうには、俺の存在そのものが邪悪であり、マイをかどわかした卑劣男だそうだ。
こういう理不尽な扱いは思春期に入ってから俺の日常によくある光景となった。中学生までは俺も反撃してたけど、高校生になったときからは終わりがありそうにないので、できるだけ関わらないようにした。
「今日は男性客が多いわね」
厨房へ水を飲みに来たかーちゃんが汗を拭い、店内に目をやりつつ呟いた。
「ハナねえとさっちゃんがいるのもあるけど、お手伝いしてくれてるエルフさんがいるからな」
「本当に助かるわ。このままうちにいてくれないかしら」
「そうしてくれると嬉しいけど、アリシアさんの結婚式が終わったら帰るって言ってたからな」
「この前にきたエルフの子ね。一緒にきた川島君と結婚するんでしょう? ムスビが若い頃に大恋愛した時を思い出すわ」
「うちの式場を使いたいっておばちゃんにお願いしたみたい」
「ええ、ムスビから聞いたわ。エルフと人間が一緒になるのは珍しいから、パーッと派手な結婚式にしてあげたいわね」
「それはいいかもね」
「――オーダー入ります。焼き鳥セット5、みそカツが3、角煮2人前、から揚げ盛り合わせ」
注文が入ったので、喉の渇きを潤したかーちゃんは店内へ戻り、冷蔵庫から食材を取り出した俺はそれらを炭焼き台の上に乗せる。
鬼ノ城一族のエルフさんたちがリリアンに会いに来た。宿代を払おうとした彼女たちにかーちゃんがお金を受け取ることを拒否した。
人情に厚いエルフさんたちがリリアンを連れて遊びに行く以外の時間はうちの店で働くことをかーちゃんに提案したらしい。それを喜んで受け入れたかーちゃんの英断で、ありがたいことに繁盛する店の外では順番を待つ客で行列を成してる。
同族のバイトさんがいっぱい来たと叫んでから、マイのところへ逃げてしまったクララに見習ってほしいものだ。
「なにする?」
「こんばんは、リリアン。先に焼き鳥セット1人前をもらおうかな」
「やきとりじゅうにんまえ?」
「あ、いや、いちにんまえだよ」
「いちねんまえ?」
「いや、違うんだけどな――ええい! やきとりじゅうにんまえだ」
「ありがとう。やきとり、じゅうにんまえー」
違うんだよリリアン、お一人様に焼き鳥セットを10人前を食わせてどうするんだお前。残ったら全部お持ち帰りじゃないか。
お客さんもリリアンを甘やかさないでちゃんと注文を取らせなさい。おやつを買うために働きたいとかーちゃんにお願いしたのは妖精のほうだから、働くからにはちゃんとしてもらわないと店が困る。
オーダーが多いので炭焼き台から離れられないけど、気が休まる暇もない。
「カウンター席5番、焼き鳥セット1人前ありがとうございまーす!」
「――ハナ会長! おれたちは一生ハナ会長についていきます!」
「気持ちはうれしいわ。だけど一生をともにするのは奥さんにしてあげなさい」
「うおー! おれたちのことを考えてくれるなんて……やっぱりハナ会長が豊中高校で最高の生徒会長だ!」
酔っぱらった野郎どもがハナねえに絡んでるけど、柳に風と受け流せるねえちゃんに隙などあるはずもない。だけどこれで慣例の騒ぎが始まりそうだ。
「ハナ会長が豊中高校で最高の生徒会長とは……たとえ先輩方でもそれは聞き流せない。豊中高校で最高の生徒会長と言えば幸子会長しかいねえ!」
幸子生徒会長親衛隊どもが先輩である花子生徒会長親衛隊に下剋上を仕掛けた。
「ああ? ガキがなにをいいやがる。最高の生徒会長はハナ会長のための言葉だ。ハナ会長以外で使っちゃいけないんだよ」
「花子先輩は確かに僕らのために色々と学校とかけ合ってくれたって聞いたんですけどけど、幸子会長の代で僕ら普通学科と冒険者学科が歴代から続いたいがみ合いが解消されたんですよ。だから幸子会長が最高の生徒会長だあー!」
喧噪になった店内。
その騒ぎを止めるどころか、ほかのお客さんもその雰囲気に乗せられて酒が進んでる。酒類の注文がじゃんじゃん入ってきて、今日も売り上げがウハウハでお大尽様ありがとうごぜーますだ。
「焼き鳥セット追加ワンが35人前だ」
巨乳のポメラリアンはテーブル番号を伝えるのがしんどくなってきたか、数をまとめて俺に言ってきた。まあ、それでいいのだが。
厨房の冷蔵庫にある食材がだいぶ減ってきたので、合間を見て明日のために仕込んでおいた分を裏にある冷蔵庫から補充しないといけない。
「――やるかおらあー!」
「先輩とは言え、こっちも負けるわけにはいかない!」
ヒートアップしてきた店内で、幸子生徒会長親衛隊のバカどもと花子生徒会長親衛隊のアホどもが睨み合っている。どちらも引く気はないらしいけど、傍から見ればただの酔っ払いどもだ。
「どう思いますか、ハナ会長。やっぱ最高の生徒会長と言ったら会長しかいないですよね!」
「幸子会長! 僕らは頑張るから、これからも最高の生徒会長で居続けてくださいよ」
あ、バカタレどもが自分たちの支持する元生徒会長に縋りやがった。
「卒業してからでも慕ってくれるのは嬉しいわ。でもねえ……」
ハナねえがちらっとさっちゃんに目を向ける。
「そうそう、嬉しいからありがとう。でもこれだけははっきりと言っておくね?」
さっちゃんが言いながら両方の親衛隊へ視線を投げかける。
見つめられた元生徒会長親衛隊たちが固唾を飲んで、店の一番奥を占領するお客様たちが落ち着かない様子でうずうずしている。
「マイよ、鳳舞。うちとお姉ちゃんが認める歴代で最高な生徒会長は彼女しかいないわ」
ここにいないマイに投げやがったか、こいつめ。
「うおーーーー! マイ会長、なぜここにいないんですか!」
仕事だからよってツッコみたくてしょうがない。
舞生徒会長親衛隊は歴代の親衛隊でも最も熱狂的であることが知られ、もはやマイ教の信者といっても過言ではない。そんなやつらに目を付けられたらどうなると思うか? 俺になるんですよね。
人が見えないところでコソコソと何かしてくるような陰湿なことは一切してこなかったけど、郎党を組んで正々堂々と毎日のように勝負だと言って、各種のスポーツや各科目のテストに付き合わされた五年間の疲れ果てたの思い出に、今でもうなされる夜を過ごしてる。
「先輩方も後輩たちも、舞会長がここにいないからこっちも先までずーっとその戯言に我慢を重ねてきたけど、もう看過はできない!」
舞生徒会長親衛隊の親衛隊長であるメガネをかけてる知的で美形なバカ野郎が、舞生徒会長親衛隊のみんなを代表するかのように前へ出てきた。
こいつは高校時代に表立って俺へ勝負を仕掛けることは一回もなかっただけど、卒業後に幸永は真実を厳かに俺へ告げてくれたのだ。勝負するメンバーのローテーションや内容を、こときめ細かく綿密に仕立て上げたのが当時の生徒会書記であったこいつだと。ちくせう!
「ほほう、看過できなければどうするつもりだ」
「そうですよ。舞生徒会長は確かに歴代で最も美人であることは認めますけど、それだけのことだ!」
「――勝負を」
両方の親衛隊長から突っかかられても、知的で美形なバカ野郎は平然とした表情で挑発するための白い手袋を床へ投げ捨てた。
わざわざそんなものを用意するところが一々癇に障る野郎だと心の中で憤りを禁じえない。
「受けて立とう」
「幸子会長のため、永遠なる幸子生徒会長親衛隊栄光のため、僕らは負けません!」
「終わらない戦いに決着をつけるために、本日は趣を変えましょう」
知的で美形なバカ野郎の一言で全ての親衛隊員の間に緊張が走る。
もちろんのことだけど、ほかのお客様はこんな毎日のようにくり返すアホな争いを気にすることもなく、飲んで騒いでうちの料理を楽しんでくれている。
「ビールや日本酒ではいつまで経っても勝ち負けがつけられません。今日はウォッカでいきましょう。しかもストレートで」
「――」
「……本気なんですね」
「もちろん」
真剣な面持ちでハナねえ派とさっちゃん派の親衛隊長がマイの親衛隊長を見つめ、知的で美形なバカ野郎はドヤ顔で首をもたげてから睨み返した。
心底からやつらに伝えておきたいことが昔からあったんだ。普通に飲めや! と。
「ハナ会長! ウォッカをあるだけ持ってきてください!」
「幸子会長! 僕らはあなたのために頑張ります!」
「マイさん、私たちに力をください。願えるのなら一日も早くへっぽこタローと別れてください」
「オーダー、ウォッカいちねんまえー」
リリアンがいうウォッカ一年前はどれだけの量になるだろうかと考えつつ、野郎どもは酒のネタが欲しくてやってると俺はそう思いたい。
それでも卒業した後でこれだけ姉と妹を慕ってくれるのは嬉しく思える。なにげに知的で美形なバカ野郎が聞き捨てにならんことをほざいたけれど、お客様に突っかかるほど俺もガキじゃない。
――ちくせい! かかってこいやおらー!
ちなみにこいつらの決着というのは、それぞれの親衛隊に酔いつぶれたやつが何人いるかというくだらない勝負だ。うちがこだわりもって仕入れてきたお酒を吐いたらもったいないと常々に思っていることなんだけど、店内で吐かないように気遣ってくれてることを評価してやろうじゃないか。
本日も池田駅前迷宮食堂をご利用頂き、ありがとうごぜーますだよ。




