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勇者家族のへっぽこ長男  作者: 蛸山烏賊ノ介
第3章 依頼を達成することが目標のへっぽこ長男
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番外編4 広島城迷宮の乱 後編

『あなたが今回の謀反人ね。ドラゴニュートさん』


『ああ。会いたかったよ、勇者。前回の続きといこうか』


 3mはある巨大な金色の剣を軽そうに担ぐドラゴニュートは、空いてる左手で勇者へ手招きの仕草をみせる。


『……どうしましょう。あなたたちが多く集まっているこの場所ではやりにくいと思いませんか?』


『同感だ……ならばサシで勝負ということで、それでよろしいですか?』


 勇者から問われたドラゴニュートは、返事を彼女のほうではなく、裏御門へ向かって恭しい声で問いかけた。


『――認めよう。お前が望む通りに、勇者に勝てばヒロシマシロダンジョンは人族と敵対しよう』


 気が付けば本丸の上空に大きな竜が飛んでいる。広島城ラビリンスの主、カオスドラゴンだ。



『だが勇者がお前に倒せば、ともに行動した配下は引かせてやれ。お前はもう戻れない心を持った、今さら諭そうとも思わん。そのほかのやつらはだれもがわしの可愛い部下だ、死なせるのは忍びない』


『感謝します……』


 敬愛するラビリンスマスターへ最上の礼を捧げてから、ドラゴニュートはついてきた配下たちに声をかける。


『ワレのわがままによくぞついてきてくれた。ワレが勝てばこのヒロシマという地をワレらが生きる大地としようぞ』


『ウオーーーー!』


 オーガ隊と後から支援に来たオークジェネラルなど、外郭と三の丸を守ってきたドラゴニュートの配下たちが喜びの叫びをあげた。しかしダークキマイラは長年付き合ってきた上司が言い終えっていないことに勘づいてる。


『先代のアスカという女ならともかく、当代の勇者にワレは負けるわけがない――それでも万が一だ。ワレが小娘に敗北を喫したのならお前らは主様に従い、今まで通りの配置に戻れ。せっかく勇者と勝負ができるのだ、復讐者という汚名を着せてくれるなよ』


『……』


 ドラゴニュートの配下たちが押し黙る中、ダークキマイラだけがこの言いつけこそ、自分たちを率いてきた竜人が言い残しておきたいことだと知っていた。いまさらなにも言うことはない。故郷にいたときからこの強い竜人に付き従い、数多の敵と争ってきた。


 勇者との決闘はこれまでたくさんあった戦の一つ、結果はどうなっても、ダークキマイラはいつものように竜人の言いつけを守るのみだ。




『小娘、先手は譲る』


『ええ、誇り高いドラゴニュートさん。お言葉に甘えるわ』


 辺りにいる者は誰もが声を出さずに、これから始まろうとする戦闘に目を凝らす。


 ドラゴニュートの鱗なら勇者が使う魔法じゃ弾かれるだけ、しかも目の前に佇む強者はなにか奥の手を隠しているように思えた。そう考えている勇者は暑くもないのに、背中のほうでは噴き出す冷や汗が止まらない。


『どうした、早く来い。勇者は魔王の天敵、魔王軍の一部隊長だったワレに負けるはずもないだろうに』

『言うわね』


 挑発する言葉を口にしたドラゴニュートの左へ突進した若い勇者が斧を振り払い、右手から左手へ巨大な剣を持ち替えたドラゴニュートが勇者の初撃を難なくいなした。


 斧が跳ね上げられた勢いを利用して、勇者は上段の体勢で一回転してから愛用する武器を振り下ろしたが、その攻撃は幅のある大剣によって止められた。



 勇者は咄嗟に思った。あのように剣を盾に使われたら厄介すぎ。しかも剣が長い分、うかつに懐へ飛び込めない――


『フッ。今回はお前の間合いに合わせてやろう』

『――』


 巨大な金色の剣が半分ほどに縮まり、よく目にするツーハンデッドソードのような形に変化した。勇者はドラゴニュートの真意が掴み切れずに、後方へ大きく飛び下がると斧を持ったまま警戒態勢を取る。


『実に久しぶりのまともな斬り合いだ。これならばゆるりと楽しめるというものよ』


『……そう。ありがとう』


 ドラゴニュートにどういう思惑があるのはわからない。ただ戦えそうな距離になったことに対して、勇者は素直に感謝の言葉を口にした。


 ターくん、力をください——勇者はここにいない恋人のことを心に思い浮かべる。これまでに出会ったことのない強敵との死闘に備えて、斧を握る両手により強い力を込めた。



 ——静まる空間の中を剣と斧の衝突音が鳴りひびく。


 幼馴染たち(パーティメンバー)勇者(マイ)を心配そうな視線で見つめ、反乱勢力(モンスターたち)は自分たちの指揮者を誇るような眼差しで戦闘の行方を見守っている。


 優れた技と技がしのぎを削り、荒ぶる力と力がぶつかり合う。勇者とドラゴニュートの勝負は()()()()かのようにみえた。



 二人の意地(たたかい)が激しく火花を散らす中、杖に魔法を通そうとするセイジに、右前足を切り落とされたダークキマイラが厳しい目付きで睨みつける。


 賢者(ゆきなが)が策を打とうとしたのは(マイ)が劣勢にあると認めたからだ。


 汗が飛び散る勇者と未だに涼しい顔で剣を操るドラゴニュート。


 今の勇者(マイ)は先代勇者に比べて、技量が拙く経験も不足だと先代の賢者(ムスビ)に指摘された。そのために単独で上位種のモンスターと戦わせるなと強く言いつけられたことを、今さらながらセイジは思い出した。


 いくらギルドに恩を売るためとは言え、この指名クエストは受けるんじゃなかったと戦闘の経過を観察したセイジは後悔している。当代勇者パーティの強みは先代勇者パーティと異なり、個人技に頼るのではなく、現時点では集団戦で挑むからこそ強さが発揮される。


 当代勇者の弱さはパーティメンバーのだれよりもセイジが認識をしていたのだ。



 ジリ貧に追い込まれて、体力をじわりじわりと消耗させられつつ、決定打を見出せないままの勇者が驚いてしまった。


 やぶれかぶれの気持ちで振りあげた斧は、()()()防ごうとした剣をドラゴニュートの体勢ごと崩してしまった。


 なんで?


 今の今まで完璧に対応された剣技が、今頃となってほころびをみせたことに勇者は疑問に思った。だけどここを勝負所と直感した体のほうが先に反応してしまい、先代勇者から教わった必殺の連撃を叩き込んだ。



 それは体を回転させながら超高速で敵の左右と上方へ、魔力を乗せた斧が途切れることなく斬りはらう連続技。重さを乗せた素早い攻撃で敵の防御を崩させ、最後の一撃が敵の首を刎ね飛ばす。


 今の勇者(マイ)がもっとも得意とする奥義ーだ。


 正直なところ、この強敵(ドラゴニュート)に通用するとは思えなかった。思いとは別に今はこの技に縋るしかないと、体が勝手に反応してしまっただけ。


 全ての斬撃が完璧に防がれて、絶望するマイは最後となる首斬りの動作に入った。


 この技の弱点はこの後で起きる。斧を振り払ったら大きな隙ができてしまうし、今の彼女では息が上がってしまってるので、先代勇者のように反撃できる体勢に移ることができない。


 東の地にいる彼氏へ思いを馳せて、別れ(さよなら)の言葉はどうか届いてほしいと斧に最期の力(ねがい)を込める。


 ――え?


 情景があたかもスローモーションのように見える。


 斧の刃に斬撃を防ぐ強敵が持つ剣はなく、微笑んでいるようなドラゴニュートの表情が目に飛び込み、無防備な首筋がそこにあった。


 雨雷(チャク)の斧が勢いよく振り払われ、刎ねられた竜人の首が血飛沫とともに空へと舞い上がる。




『見事であった。報酬はギルドで受け取るが良い』

『ウチはまけ――』

『——そなたが()()()のだ、自らの迷いで勝負を汚すな』


 泣きそうな表情して納得できない勇者の反論(くやしさ)を遮るかのように、迷宮主人のカオスドラゴンは断定する言葉(やさしさ)を重ねた。


『長きに渡って仕えてくれた一族である者のしかばねを、この老いぼれにくれまいか?』


『……どうぞ』


 今回の指名クエストは、反乱勢力の()()()()()()()()が依頼されたメインミッションだった。依頼主が見ている前で依頼を果たしているのだから、ギルドへ証拠を提出するのは不要とマイはカオスドラゴンの願いを受け入れた。



『勇者よ。使い手を失った剣、そっちが手にしてみよ』


 カオスドラゴンに言われるがまま、マイは主を失い、迷宮の床で今も光を放つドラゴニュートの剣を拾い上げる。


『え?』


 最初に見たときの巨大な剣より小さくなっているものの、マイからすれば十分に大きな両手剣が、瞬時にして彼女が持ちやすい片手剣へ変化した。


『その剣は()()()が自らの骨で作られたもの、お前のことを認めて変形したのであろう。形見に持ってはやれまいか?』


『ウチでよければ……』


 マイの呟きを満足そうな雰囲気で頷いたカオスドラゴンは、今でも警戒を続ける勇者パーティのほうへ向きを変える。



『さて、表で戦っていた者はすでに奥へ引かせた。老いぼれはここから先に去るゆえ、お前たちも気が済んだのなら、わがダンジョンから出て行かれるがよい』


『……はい』


 セイジの返事に目を細めたカオスドラゴンは一瞬で姿を消した。気落ちしたドラゴニュートの部下たちはぞろぞろと開かれている裏御門へ入り、この場に残るのは勇者たちとダークキマイラだ。



『勇者! 晴れない表情だから言ってやるが、フォルティリック様はブレスも使ってなければ、竜化もしていない』


『……そう』


『カオスドラゴン一族にして誇り高きフォルティリック様はお前に合わせて、人型のままで戦い、人型のままで散ったのだ』


『竜人の名はフォルティリックというのね』


 絞り出すようにやっとの思いでダークキマイラへ返事するマイ。手を抜かされて、勝負を譲られたことは気付いた。ただその理由をマイは知らない。


『もう懐かしき地へ戻ることは叶わない。魔王様の下でおのが力で強敵を葬り、大地を征服していくは遠きはるかの夢……せめて認めた(あいて)と戦えたことをフォルティリック様に代わって、お前に礼を伝えよう。ありがとう、勇者よ』

『――え?』


『だがな、お前たち勇者はフォルティリック様の仇であることに変わりはない。もし再び戦うつもりがあらば、いつでも来い! 相手になってやる』


 残された左前脚を巧みに操り、三つ足のダークキマイラは裏御門の中へ消え去った。すぐに閉じられた城門へ目をやり、ぼんやりと突っ立てるマイは後ろから(ゆきなが)の声が聞こえてくる。


「……モンスターの自殺、かぁ――誇り高いなあ」


 対モンスターの一騎打ちで勇者が初めて敵わないと思ったドラゴニュートのフォルティリック。ラビリンスにはこのような強敵が今でも数多く潜んでいるはず。いつか()()こういう戦いがあるのでしょう。



「ねえ、サッちゃん。ウチは強くなれるかな」


「強くならないといけないよ。大丈夫、うちら()パワーアップするから、お兄ちゃんみたいに一人で抱え込まないでね」

「――そうね」


 心強い味方(ヴァルキリー)が傍にいることに勇者は思わず笑みをこぼした。


 鳳舞には守りたいと思う家族がいる。そういう思いがより強く抱けた戦いを経験できたことに、先まで鬱蒼とした気持ちが吹き飛ばされて、ここにきて初めて生きていることに心から喜びを覚えた。


 探索協会へクエストの報告することを賢者と聖騎士に任せようと勇者は独断した。戦いの証である金色の片手剣を空へ掲げて、戦乙女と魔導師に家路を急ごうと彼女たちへ声を掛ける。


 ラビリンス(ここ)から出たら会いたい人の声を聞こうと、スマホを見る勇者の微笑みは柔らかい。




勇者たちの活躍も必要じゃないかと綴った挿話ですけれど、ドラゴニュートのほうが活躍したような気が……



ご感想、ご評価、ブクマして頂きありがとうございます。

次話から第4章です。また水曜と土曜の投稿に戻ります。

太郎が人との関わり合いで頑張ります。

よろしくお願いします。

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