1-04. へっぽこ長男は同級生と再会
うん、アテが外れた。
昨夜のうちに連絡を入れたのだけど、幼馴染であるお控え勇者の洋介と当代賢者の幸永は依頼のために、山陽道地方へ調査の遠征に行ってる。俺を誘いたかったらしいけど、山間部の調査クエストなので断念したとのこと。
クエストの期限は設けているけど、冒険者の間で山間部の調査クエストは長引くというのが一般的な常識だ。
そんなわけで畿内地方摂津地域探索協会豊中支部へやってきた俺は、受付のカウンターでその素朴さが美しくみえる受付嬢にクエストの聞き込みをしている。
「……おい、へっぽこタローが来てるぞ」
「ちょっとぉ、声が大きいわよ。やめてあげなさい」
もうね、様式美ってやつ?
隣の席にいるバカップルが俺にも聞こえる程度の声でひそひそ話。ハナねえよりちょっと上くらいの冒険者で、迷宮の中層程度ならこなせる腕を持ってるでしょう。根拠はハナねえより上の年代は死亡率が高くて生き残りが少ないということだ。
「山田様、本日のご希望は危険度5で迷宮の浅層での討伐又は採取クエスト、ポーターを募集しているパーティを探してほしいとのご依頼ですね」
「あ、はい。それでお願いします。あと、できれば東暦20年に豊中高校の冒険者学科を卒業したパーティがあればうれしいかな」
「畏まりました。その条件で検索してみますので少々お待ちください」
「ありがとうございます」
東暦20年豊中高校冒険者学科卒、俺の同級生だ。
バイト感覚で迷宮探索をしているので、いつもはマイたち幼馴染か、ハナねえとさっちゃんについて行くことが多いため、同級生と組んだ経験がほぼない。周りの人たちは俺に甘いから、ついつい俺も甘えてしまうのだけど、これを機に同級生と行くのも悪くないかな。
マイから聞いた話で、クラスの学級委員が組んでた同級生パーティは加入してたクランの遠征で失敗して、迷宮の中層で揃って還らぬ人となった。在学中はそこまで仲良くはなかったけど、たまにくだらない話を交わしたり、休みの時にみんなでお出かけしてたので、切なく思う自分がいる。
まだまだ若いのに、したかったこともたくさんあったでしょうし、付き合っていた風紀委員の彼とどんな最期の風景を眺めていたのだろうか。
はあぁ……朝一番で思い出すことじゃないよね、これって。変なフラグが立たなきゃいいけど。
「――お待たせしました。ご提示の条件での該当するパーティがひとつあります。パーティ名はヤタガラス、リーダーを務めているのは吉倉様ですね。お会いしてみますか?」
「はい、お願いします」
「では2階にある203号の待合室へ行ってください、皆様がそこでお待ちしております」
「ありがとうございます」
「同行の合意なされましたらぜひ安全な探索を心掛けてくださいね」
「わかりました。お気遣いありがとうございます」
木造建築が主流の現在、豊中ギルドは4階建てで、今では珍しいRC建築物だ。
なぜ木造建築が主流かというと、魔力を含んでいる鉄筋などの金属をゴブリンやオーガなどの魔物は、武器装備を作るために襲われることがしばしば起こるからだ。ワールドスタンピードの時に迷宮化した建物以外、地上にあるRCや鉄骨の建築物が全世界的にもれなく壊されたとさ。
そりゃね、鉱石から精錬するよりも、すでにある精錬済みの金属を使ったほうが早いもんね。
豊中ギルドは地下1階が練習場と倉庫、1階が受付と素材買取所に付属ストア。迷宮食堂豊中ギルド店もこのフロアに出店してる。2階は冒険者が使用する待合室にギルドの職員も利用する会議室。3階の半分が図書室と緊急医療室、そのほかのスペースはギルドの事務室で、4階は全てがギルドの事務所となっている。
ちなみにその地域の最強ギルド職員であるギルド支部長は、3階に支部長室を設置してる。
エレベーターはあるけど、歩いたほうが近いから階段を使って2階へ行く。指定の待合室にたどり着くと2回ほどノックしてから扉を開けた。
「久しぶり、太郎」
「お久しぶり。尚人たちは元気してたか?」
俺を出迎えたのはパーティリーダーの吉倉尚人。さし出された右手をがっちりとつかみ、握手で卒業以来の再開を喜び合った。
学生の時は出席番号が近いこともあって、体育とか遠足とかで同じ組にいることが多かった。それにお互いに魔法人形が趣味で、プライベートでも大阪地下鉄魔宮へ最新作を見に行ってたりして遊んでた。
卒業直後はある程度連絡を取り合っていたけど、ここ半年はそれぞれが自分の生活でいそがしくしてたので、インスタグラムで挨拶するくらいだ。
「太郎くーん、元気?」
「山田君、お久しぶりです」
「やあ、まどかに石原さん、卒業以来だね」
髪の毛が短めで活発そうな可愛らしい子は三山円華、尚人が高校の時から付き合っている彼女。マイとは俺の繋がりで高校の時は仲がよかった。
その隣にいるのは石原洋子という長髪を一括りに束ねて、薄めの唇が特徴の同級生。彼女はまどかの幼馴染だけど、高校の時は本を読むのが好きで、いつもなにかの書籍を手に持ってるような気がする。会話はそんなになかったので彼女のことはあまり知らない。
「久しぶりにみんなと会えてうれしいけど、先に今日の探索について話し合おうか」
「そうだな、そうすっか」
提案を聞いた尚人は返事してくれた。
弾む話はいっぱいあると思う。でも今日は迷宮へ探索することが目標なので、基本的な情報を先に共有すべきだ。着用している装備を素早く見てみたけど、おれ以上に彼らは収入が必要だと感じた。傷が多めの鎧や剣の鞘を見ると、たぶんこまめにメンテナンスできるほど資金はない。
クエスト同行の合意さえ決めてしまえば、移動中でも楽しく話せるはずだ。
尚人たちは特にこなしたい依頼がないと話し合いでわかった。できるだけお金を稼ぎたいらしいから、4人で1階の受付へ調査しに行く。
「そうですねぇ……地下鉄魔宮の地下2層で、危険度5のゴブリン討伐というのはどうでしょうか。近頃は魔石の買取価格が1割ほどアップしてますのでお勧めします」
「はい」
「それに地下鉄魔宮なら薬草も群生してますから、追加ミッションの薬草採取をこなして頂ければギルドとしても助かります。薬草の量に応じて、買取金額の増額を配慮しますよ」
「やったね」
受付嬢の提案を聞いたまどかは拳を握りしめて小躍りした。俺が採取の達人であることを彼女も知っているためだ。
「それにしたいけど太郎はいいのか?」
「うん、地下鉄魔宮なら梅田へ魔鉄で行けるし、採取でみんなの役に立てるから俺もそれでいいよ」
すぐに確認してきた尚人へ同意を示した。
「吉倉様、同時に募集されてました回復士ですが、応募する人が現れるまでお待ちしますか?」
「どうしようかな……」
尚人たちは困った顔でお互いの顔を見合っているけど、ここは助け舟を出そうじゃないか。ポーターとヒーラーを兼任できる俺は自分でいうのもなんだけど、なにげに優良物件なんだよね。
「いいですよ、このままで行きます」
「太郎、おれたちはポーションの在庫が——あ、そか」
思い出してくれたか、尚人くん。遠征研修の時に回復魔法をかけてあげたでしょう。
「はい? それでは募集を打ち切ってもよろしいのですか?」
「はい、ストップしてください」
不思議そうに首を軽く傾げる受付嬢へ尚人は笑顔で返事した。
「わかりました。怪我なさらないよう、気を付けて行ってらっしゃいませ」
受付嬢に送ってもらった俺らはクエストを遂行するため、近くにある豊中駅へ向かう。
「……えっと、ヒーラーがいなくても大丈夫なの?」
魔鉄の中で石原さんはまどかに小声で不安そうに質問する。晴れやかな笑みを石原さんにみせてから、まどかは隣に座る俺の右腕を抱えるように掴んだ。
「えへへ、一家に一台はほしい太郎くんがいるから大丈夫だよ」
なんだそれは? 俺は魔力家電製品かなにかかよ。
だけど安心してていいよ、石原さん。欠損じゃない限り、俺の回復魔法で治せる。そういう思いを込めて、石原さんのほうに笑顔を向ける。
それと見た目がしなやかなボディラインだったから、ずっとそうじゃないかなと思ってたけど、弾力性はややあるものの、やっぱりまどかは薄めな胸だったんだなと確認できた。
大阪地下鉄魔宮。それはいくつもの迷宮が結合した迷宮の連合体。旧時代の大阪メトロが迷宮化した魔宮そのものだ。
地上部分を含め、地下1層は迷宮主人が魔力を用いて、旧時代にあった各種の商品を再現し、迷宮の中で魔石を代価に販売している。それとは別に第2層からは迷宮魔物たちが、複雑に入り組んだ迷宮の通路で冒険者の来訪を待ち構えている。
かーちゃんたちは何度もここのラビリンスマスターたちと共存協定を結ぶため、メトロダンジョンを訪れたけど、一度も会うことはできなかった。通路があまりにも広域にわたって、木の根のように張り巡らせているため、コアルームを見つけるどころか、その在り処すら察知できなかったとムスビおばちゃんが悔しがってた。
行方をくらましたラビリンスマスターたちは、自発的に人と交流する態度を示しつつ、時には自衛軍が出動しなければならないほど、迷宮から数多の魔物を氾濫させる。
ラビリンスマスターは何人いるのか、どこにいるのか?
ラビリンスコアはどこにあるのか?
全てが明かされないまま、今日も多くの冒険者が探索のため、一般人は買い物をするためにメトロダンジョンを訪れる。
出現する貴重なドロップアイテム、売られている旧時代の魅力的な品々。
人の心を熱くとらえて放さない。人の命を冷徹に刈り取る。
人々から恐れられながら、ここへ訪れる人が後を絶たない。
それゆえに畿内に住む人々は感情を込めてこの迷宮群をこう呼んでいる。
大阪魔宮と。
次話から水曜と土曜の夜に投稿する予定です。
よろしくお願いします。




