番外編3 広島城迷宮の乱 前編
勇者パーティの視点
良ければご一読ください。
仕事のスケジュールをパッと見てから送られてきた動画を開き、スマホの画面に映るのはマカロンを噛んだまま、うつらうつらと舟を漕ぐ妖精の姿。
「可愛い……早く会いたいわ」
うっとりとした目で動画を見ているのはの山田幸子。多くの雑誌の紙面を飾るモデルであり、勇者パーティの戦乙女としても全国で名が知られている。
「幸子、不謹慎と思わないか? 仕事中だぞ」
しかめ面で窘めるのは聖騎士の高坂洋介、その力量の高さに探索協会でお控え勇者と呼ばれている。
「うっさいわね――クエストはちゃんとやるから放っておいてよ」
「お前――」
「まあまあ、こっちは奇襲担当だからまだ時間はある。さっちゃんの言い方も悪いけど、ヨーくんも一々口出ししないの」
目さえ合わそうとしない幸子に洋介が文句を言おうとしたときに、賢者のヴェルディア幸永が二人の間に入った。今日は山陽道地方安芸地域探索協会の指名クエストを受けて、反乱を起こしたドラゴニュートを討伐するために広島城迷宮に来ている。
クエストの依頼主は迷宮主人。人間との関係を快く思っていないラビリンスモンスタードラゴニュートが外郭と三の丸を占領して、迷宮氾濫を起こすように迫った。
大手門のほうでは安芸地域に所属する冒険者たちがラビリンスモンスターと激戦をくり広げ、外郭で戦っている現在の状況は一進一退だ。もっとも、こちらのほうは陽動作戦で本命は勇者パーティによるドラゴニュートの単体討伐だ。
山田幸子は幼馴染の洋介が気に食わない。
彼女にとって勇者パーティなんて家族の利権を維持させるための道具であるし、家族さえ幸せに暮らせるのなら、世間からの評価なんてものはどうでもよかった。
親を亡くした洋介が養ってくれた家族のことを思って、色々と頑張っていることはわかってたし、子供の頃はそんな彼を応援したいと思っていた。
学校を卒業してから、冒険者となった洋介がギルドで立身して、政府をも影響することのできる人物になりたい。そのことを幸永から洋介の未来図を聞かされたとき、バカじゃないのとしか思わなかった。
世間を知らない若造が欲望塗れの大人に取り込まれるだけと、幸子はそう考えている。
勇者とは国が異世界の魔王を討伐した最高実力者たちを束縛するために作られた役職であり、勇者であるがゆえに国の要請と探索協会の依頼に対して選択権が与えられている。
家族と親しい人たちを守るために山田明日香が勇者職を受け入れたと、家族同然の先代賢者である鳳結から聞かされた。
次世代で最強とうたわれている鳳舞は先代の勇者たちに日常生活を送ってほしいと願って、自ら当代の勇者を引き受けた。ただそれは表向きの理由。舞の真意は山田家の長男である山田太郎を守りたいと、当代勇者パーティのだれもが知っていることだ。
――山田太郎は幸子の兄、普段は非常に有能な運搬士。ただ世間での評価は強者揃いである勇者家族の中で、国土の復旧では役に立たないへっぽこ長男として認識されている。
だけど勇者家族だけが太郎の正体を知っている。
山田明日香と鳳結が討伐クエストで子供たちを連れて稲葉山城ラビリンスへ出かけたときに、ラビリンスマスターのリッチーロードから思わぬ反撃を受けた。呼び出されたのは5体のスカルドラゴン、咄嗟のことで守りが崩されて、幸子たち子供を救ったのは瀕死の山田太郎だった。
子供たちはなぜ先代の勇者パーティが山田太郎を窮地に追い込みたくない事情を知ったのはそのときだ。
勇者パーティが政府とギルドの依頼を完遂させる代わりに、政府からは著しく国益と社会を脅かす恐れがある場合以外では治外法権が与えられている。その権利を維持していくために明日香たちは異世界から帰還してからでも武器を取って戦い続けた。
舞が勇者を受け継ぐと言い出したとき、明日香と結は困惑した。
『強くなりたいの。いつまでも母さんとおばちゃんたちに守られるじゃなくて、ウチ自身がターくんを守ってあげたい。それに二人にはこれからもウチらが帰れる場所にいてほしいの』
舞たちは知っていた。
山田明日香が異世界の魔王を討伐したいと思ったのはただ無くした家を取り戻したかったこと、愛する家族とずっと仲良く暮らしていきたいと願っていることを。鳳結はそんな親友の傍で彼女の夢を手伝い、異世界で命を失った夫が遺してくれた子供たちの成長を見守っていきたいことも。
親の世代は生きる世界を取り戻してくれた。
成長する環境を整えてくれた。これからは自分たちが自分たちの力でそんな世界を、家族の人たちを守り続けたいと願う舞に、幸子たちはともに行動していきたいと決意した。
勇者の名は鳳舞が受け継ぎ、当代の勇者パーティが結成されたのは舞が覚悟を語ったときからしばらく時がたって、熱い日差しが眩しかったあの夏の日。彼女と彼たちの目的は家族と幸せに暮らすこと、山田太郎の命を脅かされないことだった――
「――いきますわ」
瞑想していた勇者が目を開き、愛用する雨雷の斧を握ると前へ向かって進み始める。その後ろをパラディンの洋介、セイジの幸永が続き、最後尾を歩くのは魔導師の山田花子。
ヴァルキリーの幸子は遊撃のポジション、遠距離戦と接近戦のどちらも苦手としない彼女は枠にはまらない戦いが得意だ。変化自在な攻撃を誇る彼女は戦闘の状況に応じて、パーティの中では自分の意志でいつも自由に動いてる。
「おいで、風の精霊」
パートナーである半透明の女性が幸子の呼びかけで姿を現す。異世界ではどこにでもいる精霊だが、この世界ではたまにラビリンスの中にいるだけだ。精霊使いと呼ばれる冒険者は数が少なく、その中で最強と言われているのが幸子だ。
多くの反乱勢力が外郭に集まる中、勇者パーティの突入はドラゴニュートにとってまさに晴天の霹靂だった。
『そうきたか……表にいる者のうち、勇者と戦えそうな者を呼び戻せ!』
外郭と三の丸の守りを任されていたドラゴニュートは以前に勇者パーティと戦ったことがあったので、その強さを熟知している。下っ端をいくら集めてもただ一掃されるだけ、範囲魔法が使えるセイジとソーサレスがいる勇者どもと対戦させるのは無駄というものだ。
『どうする? 今のうちに主様がいる本丸へ攻めますか?』
『いや、ここまでだ。人族どもに益させるつもりはないのでな、あやつらを道連れに戦おうではないか』
副将であるダークキマイラからの問いをドラゴニュートは断った。
元からラビリンスマスターを裏切るつもりはなかった。ドラゴニュートが訴えたかったことは広島城ラビリンスを資源のように扱うこの地にいる人族を追い出し、できることならこのヒロシマという地を自分たちが安息する場所にしたかった。
ラビリンスの運営に必要な魔力を貢献する人族が迷宮へやって来るのは別にいい、それについてはなにも言うつもりはない。だが魔王軍に所属していたドラゴニュートからすれば命懸けの戦いこそが彼の生きる喜び。ちょろちょろと弱虫どもが薬草を摘みに来て、宝箱から得られる屑の様な鉄の剣で喜ぶ人族どもが我慢にならなかった。
何度も本丸へ訪れては敬愛するカオスドラゴンに直訴した。
『魔王様は滅ぼされた。先陣だったわしらはこの星を攻める目的を失った。もはや故郷へ帰ることもかなわず、今はひっそりとこの地に暮らそうではないか』
懇願する度にラビリンスマスターは優しい口調でドラゴニュートを諭した。
言われていることはわからんでもない、迷宮以外に帰れる場所なんてない。それでも内に秘める闘争本能が抑えられない。我慢ができなくなったドラゴニュートは秘かに同士を集めて、ついに強硬策に打って出た。
最悪の場合はラビリンスマスターに手を出すことがなく、ラビリンスコアを使ってでもスタンピードを起こさせる。反乱を起こした結果、ギルドが派遣した冒険者どもが攻めてきた。敬愛する主様はギルド側について、ドラゴニュートの目論見は外れた。
それも悪くはないとドラゴニュートは昂る気持ちが心地良い。心行くまで人族と一戦を交わし、負けるのなら華々しく散るのもまた魔王軍の定めだと拳を握りしめる。
『勇者どもが三の丸に侵入して、裏御門のほうへ向かってるようです』
『なに? ……よしっ! 勇者を迎え撃とうじゃないか。魔王軍の意地を見せてくれようぞ!』
ケンタウロスからの報告にドラゴニュートは高揚する。魔王を倒したのは先代の勇者。その先代勇者に認められた当代勇者は未熟だが、自分の手で戦うに値する強さがある。前回はひと当てしただけで勇者どもは退いてしまったが、今回はどっちかが倒されるまで戦えるとドラゴニュートは感付いてる。
「広範囲防御」
「地獄の極炎」
『グワーッ!』
パラディンの盾術がオーガジェネラルの攻撃を防ぐ。たじろぐオーガジェネラルへすかさずソーサレスは炎魔法を叩き込み、勇者がとどめの一撃を加える。
裏御門は反乱勢力が押さえていないために城門は固く閉じられて、今でも不気味な沈黙が続いている。その門の前で勇者パーティとオーガキングが率いる軍勢は壮絶な戦闘を続けていた。
「落雷の嵐」
『アバババババッ』
勇者パーティのセイジはミスリルの盾と槍を構えた重装備のオーガナイトへ、上級の雷魔法で押し寄せる敵の群れに足止めと体力削りを強いた。
「そんな遅い投げ道具じゃ当たらないわよ」
オーガウォリアーが次々と投げつける手斧を避けつつ、ヴァルキリーは手を止めずに精霊の力を乗せた矢でオーガウォリアーを射殺していく。
「引いてっ!」
勇者の掛け声にパーティメンバーが一斉に下がり、先までいた場所へ豪炎が吹きつけられた。
『はんっ! さすがは勇者か、奇襲が避けられたとはな』
舞い降りたのはダークキマイラ。銀色のたてがみがなびく獅子の頭、山羊の胴体には艶やかな黒い体毛、ガラガラヘビのような特殊な尻尾からは、敵へ威嚇するように絶え間なく音が立っている。
「サッちゃん、お姉ちゃん。オーガ隊をお願いします」
「任せて」
「いいわよ」
横で隊を組み直したオーガの対応を勇者はヴァルキリーとソーサレスにお願いした。
「ヨーくんとユッキーはウチのサポート、キマイラをやるわよ」
「うん、わかったよ」
「気を付けろ、こいつは強敵だ」
盾を持ち直すパラディンの後ろへ移動したセイジは詠唱を始める。
「強き心に強き守りの力を……強化」
『小賢しいマネを――』
セイジはパラディンが持つ体力や耐性などのステータスを強化させるための魔法を唱えた。それを眺めていたダークキマイラは冷笑してからブレスを吐く。
「広範囲防御」
灼熱の炎はパラディンが持つ盾に止められて、勇者とセイジを焼くことはできない。盾の後ろにいる勇者はハルバードのような大きな斧を両手で強く握ると、ダークキマイラが放つブレスの終わりを待っている。
息切れしたように火炎放射器のようなブレスはついに止まった。
「強き心に強き守りの力を……強化」
セイジの強化魔法は勇者の体を輝かせ、いつも以上の力を得た勇者がパラディンの守りから飛び出す。叩きつけられる尻尾の攻撃を素早く躱して、地面を蹴った勇者がダークキマイラの頭上へ舞い上がる。振り下ろしたた神器が防ごうとしたモンスターの腕を切り落とす。
『ガウワあああーー!』
ダークキマイラの絶叫が辺りを響き、助力しようとしたオーガナイトは立て続けに射られる矢で止められている。
『覚悟!』
『――やらせるかあっ!』
異世界語で叫ばれた勇者の気合は、横から現れた金色の大剣に撥ねつけられた。
後方へ大きく飛ばされた勇者が前方へ目を向けると、そこにはつやがある黒い鱗で覆われた人型のモンスターがダークキマイラを守るように出現した。
勇者の由来と幼馴染ズの活躍を綴りたい番外編です。




