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勇者家族のへっぽこ長男  作者: 蛸山烏賊ノ介
第3章 依頼を達成することが目標のへっぽこ長男
37/83

3.12 帰宅した長男はへっぽこオヤジに融資

「あ、あのう……」


「はい。なんでしょうか、太郎ちゃん」


「3000万って……」


()()()()()から算定しました報酬ですよ、太郎ちゃん」


 洛西ギルドにある副会長の執務室で明細書を震える手で見つめる俺に、九条さんは穏やかな笑顔で回答してくれた。



 目が覚めたのは小鳥がさえずる朝。


 退屈してたリリアンに起こされて、ハヤトさんたちと夕食の約束をすっぽかしたことを思い出し、慌てて連絡を入れたものの、寝ぼけた声でハヤトさんたちもあれからずっと眠ってたと返事された。


 ホテルでみんなと朝食を取り、ご飯とお味噌汁の和食を食べた後、コーヒーを飲みながら雑談で時間を潰してから山城地域探索協会洛西支部へ向かった。ギルドに付いたとたん、俺は九条さんに拉致されてしまった。



「あの、これだけの大金はめっちゃ嬉しいです。ただ自分で言うのも変ですけど、多すぎじゃありませんか」


「リリアンちゃん、このレモンケーキはおいしいですよ。はい、どーぞ」

「ありがとう」


 九条さんは袋から取り出したレモンケーキをリリアンの前においた。ちゃんとお礼をしてからレモンケーキを食べるリリアンの頭に、九条さんは指の腹で優しく撫でている。


 リリアンは九条さんが話したことを完全に理解することができなかったと思う。それでも自分の名前、ケーキと美味しいという単語でおやつをくれると判断したのでしょう。



「多いですか……太郎ちゃんはギルドが洛東のコボルド族、それに洛北のオーク族と手を結ぶだけで、どれだけの経費が削減できるとお考えですか」


「い、いや。全然わかりません」


「そんな困った顔をしなくてもいいですよ。そうです、太郎ちゃんが言った通り、ギルドのほうでも算出できないのが現状なんです」


「はい?」


「それだけのことを太郎ちゃんはきっかけを作ってくれたのですよ? わたくし個人としてはこれでも少ないと思いますけれど、すぐに捻出できた金額が3000万ですので、遠慮なく受け取ってくださいな」


「そ、そうですか……」


 知恵も知識も少ない自分を叱りつけたいという思いが浮かんだ。


 この金額が適正であるかどうかは、経験が少ない自分では判明できないし、交渉するにも九条さんが()()では優位に立てる見込みがまったくない。その前にモンスター族と会話だけしてきた自分が、完遂した仕事の価値と意味を自分では評価できずにいるのが今の俺だ。



 九条さんは優雅な笑みをたたえたまま、そんな俺に話しかけてくる。


「今後の洛東と洛北ギルドでは冒険者の犠牲が少なくなると予想されます。それに山城地域の山間部へ採取クエストが増えますし、新たに金属に関する採掘と交易クエストが当ギルドで依頼することになるのでしょう」


「そうなんですか。おめでとうございます」


 冒険者の犠牲が少なくなるは確かにいいことだと思う。


「太郎ちゃんには感謝してますのよ……当ギルドに莫大な利益をもたらす今回の出来事、見事にクエストを完遂させました太郎ちゃんに、その報酬をお支払いするのは当然のことです。むしろ少ないと思ってますからね、わたくしは」


「そうですか、それではありがたく頂戴します……紅茶が美味しかったので、お代わりもらってもいいですか」


「ふふふ、わたくしがお入れした紅茶を気に入って頂けたかしら。宜しいですよ、お代わりを入れてさしあげましょう」


「あれ? 九条さんが入れた紅茶なんですか!」


「太郎ちゃんが来られる前に遅めの朝食を取っていましたから。わたくしが入れただからと言って、遠慮なんてしなくてもいいですわよ」


 恐縮する思いがいっぱいだ。俺のレモンケーキをかっさらった鈍感な妖精が羨ましく感じる。



「太郎ちゃんに聞きたいことがありまして」


「なんでしょうか」


 熱湯で注いだ紅茶から香しい匂いが立ちこもる。


「本当は異なるクエストの案内させて頂きいて、太郎ちゃんを鍛えてさしあげようと考えたのですが、太郎ちゃんの()()()でわたくしが忙しくなりましたので、専属受付嬢の仕事は果たせそうにないのです」


「……そう、ですか」


 前から九条さんに俺を鍛えるつもりなんだろうなと思っていた。その読みに間違いはなかった。



「この後に太郎ちゃんは山城でどうなさるおつもりで?」


「紅茶、とても美味しいです……そうですね、九条さんのおかげさまでたくさん稼がせてもらえました。ありがとうございます」


「いいえ」


「これからリリアンと親交を深める時間がほしいし、ハヤトさんとアリシアさんは結婚の準備とかがあって、しばらくの間ヤマシロノホシはクエストを受けないって言ってました。そんなわけで俺はそろそろ帰ろうかなと考えてるんですよ」


「はやとくんとアリシアちゃんのことは聞きました。あの二人にはずーっとじれったい思いをさせられましたが、幸せになってくれたのはお姉さんとしても嬉しいですわ」


「シスターですか、マザーじゃなくて?」


「……太郎ちゃん、あまり軽口を叩くと()()()()怒りますわよ」

「イエスマム!」


 九条さんから直接の答えがなかったのだけど、俺が山城地域から離れることを彼女は了承すると受け取ってもいいでしょう。



「先ほどはお褒めに預かり恐縮ですわ。紅茶のお代わりならいくらでもお入れしますよ」


「いや、このくらいがちょうどいいんです。また今度飲ませてください」


「ええ、こちらへクエストを受けに来られた際、専属受付嬢としていつでもお出ししますね」


「ははは、その設定はまだ続くんですね。わかりました、専任冒険者として楽しみにしてます」


 山城地域(ここ)へ独りで遠征に来て、知らなかった人たちやモンスターと語らい、冒険者と協力しながらクエストもこなしてきた。大切なパートナーである妖精(リリアン)ともここで出会えた。これらのすべては目の前にいる女性が導いてくれたと今は感謝したい。


「ひなのさん、本当に色々とありがとうございました」


「いいえ、こちらこそ太郎ちゃんの頑張りで山城地域が変わりそうです。探索協会の副会長として、感謝いたしますわ」



 これから迎える雨が降り続く梅雨を経て、その後(きせつ)は本格的な夏が始まる。俺にとって、そんな日々をここ山城で過ごしたことは、きっと忘れられない一生の思い出となるのでしょう。




 ムスビおばちゃんに頼まれた京野菜は九条さんが洛西ギルドの倉庫に用意したので、リリアンと手分けで三つの保冷倉庫から保管された大量の野菜をさっさと収納してきた。



「それじゃな、太郎。結婚資金を稼がせてもらって、ありがとな」

「いいえ、こちらこそハヤトさんから色々と学ばせてもらえて、ありがとうございました」


「タロウ、姉妹がそちらに行くのでそのときに行くわ」

「はい、待ってますから絶対に来てくださいよ」


「頑張りや、太郎君。またクエストに行こう」

「またクエストに同行させてください。ユタカさんもゆっくりと休暇を楽しんできてください」


 洛西ギルドの駐車場でハヤトさんとアリシアさん、それに田村さんとお別れの挨拶を交わした。


 冬子さんはハナねえと会うために俺の車に同乗する。ハナねえの提案でしばらくの間に彼女はうちで寝泊まりして、摂津地域で活動する予定を立てると今朝に彼女から聞かされた。



「はやとさん、アリシアさん、ユタカ兄、たろうくんの家でお会いしましょー」


「太郎にあまりを迷惑かけるなよ」

「ええ、お土産を持って行くわ。リリアンさまに」

「冬子も頑張って稼いだんだから、無駄遣いはほどほどにな」


「はーい——行こ、たろうくーん」

「はい、運転しますので乗ってください」


 俺と冬子さんが車に乗り込むと、見送ってくれてるハヤトさんが手を振ってくれた。


「じゃな、太郎」


「ハヤトさんたちも元気で」


 高槻村に美味しいスウィーツが食べれるお店があるらしい。冬子さんの案内でこれまで頑張ってくれたリリアンのご褒美に、そこへ立ち寄ってから帰ろうと車を発進させた。


 結局は30日に満たさなかった山城の遠征。


 当初の目的である水龍ミズチと会えなかったけど、多くの収穫を得ることができて俺は大満足だ。なによりもお金がたくさんで懐がウハウハだ。ムスビおばちゃんに休職を申し出て、半年くらい遊ぼうかなと心がウキウキだよ。




「――なにを言ってんあんた」


「え?」


「派遣してくるオークたちはどうすんの? それにビワコ族とオーク族の交易があるの。()()()()()()で仕事が増えたじゃない、その分は働いてもらうよ」


 このくそばばあ、若人の夢を潰して楽しいのかって罵ってやりたいと怒りを覚えた。だが確かにオークの派遣とモンスター族との交易は俺が原因となった出来事だから、言い返せない自分が歯がゆくてもどかしい。



「タローちゃん、なにか食べたいものある? お母さん、はりきって久しぶりに作っちゃうね」


「い、いやいいえ。ご、ご飯は食べてきたし、長い間母上と会ってないから太郎は寂しかったなあ、()()()()したいかなあって」


「まあ、タローちゃんは口がお上手ね、お母さん嬉しいわ。そうね、リリアンちゃんとふゆこちゃんが来てくれたし、みんなでお茶しましょうね」

「それがいいですっ! お茶しましょう。ビワコ族でもらったお茶がすっごく美味しいからそうしましょう」


 帰ってきて早々、かーちゃんの料理を食べるってなんの拷問だと体が勝手に震え出すほど慄いた。休職の野望は魔王ムスビによって打ち砕かれたけど、しばらくなら仕事に復帰しなくてもいいとのご温情は頂けた。


 俺が住み慣れた池田村をリリアンに案内したいし、冬子さんとこの界隈にある迷宮探索(ラビリンスアタック)するって、約束を交わした。それにもうすぐここへやって来るエルフの鬼ノ城一族を出迎える準備があるので、こういう臨時のお休みはとてもありがたい。



「タロ、でかした。フェアリーさまはうちらが崇める妖精女王(フェアリークイーン)の御使いよ。ここで会えるなんて幸せ! ああ、いつになったらクイーン様に逢えるかしら」


「わかった、わかったから引っ付くなや」


 やたらとべたべたしてくるのがうちの居候、無駄に美人であるダメエルフのクララだ。


 少年時代のトラウマが消えることはない。


 だけど彼女とは今でも仲が良い。トラウマのことは双方とも心の奥に仕舞い込んで、家族の中ではあのときのことは禁句となっている。間違ってクララが聞いたらが最後、未だに傷心と自分で言うダメエルフは、それを言い訳にどこかへ長旅に出かけてしまう。


 それはそうと、妖精女王(フェアリークイーン)は異世界に行かないと出会えませんよ、クララ。



「備中に住むエルフたちがくるですって? 楽しみだわ、タロのことでなにを吹き込もうかしら。エルフキラー? 森人殺し?」


「頼むからありもしないうわさをエルフ限定で撒いてくれるな。それとエルフキラーも森人殺しも同じじゃい!」


「うちにお土産は?」


「あるよ、山城地域で限定発売の水ようかんだ。ビワコ族のお茶と一緒に食べると、これがまた美味しいんだ」


「やるじゃん、さすがは愛しいタロ。うちの好みをよくわかってるね」

「ええい! 嬉しいからってべたべた触って来るな! チ〇コさするな!」


 とんだエロいエルフがいるもんだ。エロフの称号が相応しいダメなエルフ(クララ)




 女性陣が新しい家族のリリアンと客人の冬子さんを交えてのお茶会で楽しんでいるところで、オヤジが厨房から俺へ手招きしてきた。


「なんだオヤジ。お茶飲まないのか? 今度から店に入れようと思ってる新商品だよ」


「それは後でもらう……ところで、お前は遠征でガッポガポと銭を稼いできたそうじゃないか」


 両手をさするオヤジが卑しく見えたのは俺の気のせいじゃないはずだ。



「……まあ、確かに運が良くて普通なら一生遊んで暮らしていける金は稼いできたよ」


「うん。そのなんだな。今度な、町内会で男連中がな、一泊の親睦会を兼ねた会合が有馬温泉でやるんだよな」


「ほほう、有馬温泉で親睦会をね……」


「うむ。もちろん、これからどうやって池田村を盛り上げていこうとみんなが知恵を出し合う大事な会合なんだよ」


「そう。それは頑張ってもらいたいもんだな」


 オヤジの太い腕が俺の首を巻きつき、店内で開かれてる女子会の様子を気にしつつ、俺の耳元で囁いてくるオヤジの声が気持ち悪い。



「旅館やバスとかの手配は町内会の運営費で賄えたのだがな、ちっと言いにくいがコンパニオンを呼ぶ資金が足りなくてな」


「ほほう……それがどうかしたか」


「そこでだ。親孝行の長男(おまえ)なら融通してくれるだろう? オヤジからの一生のお願いとして聞いてくれよ」


 このムッツリスケベオヤジめ。


 息子の金で女を呼ぶつもりとはどういう料簡だときつく言ってやりたい。それと親の一生のお願いをこんなクソみたいなことで使うなと諫めてやってもいいよな。場合によってはかーちゃんにお説教(せっかん)してもらうのもアリだな。


 なにより、そんな楽しそうなイベントに俺を招待してないのは許せない。


 とは言え、(スケベ)からの願いを無下にするのもなんだし、ストリップへ連れて行ってくれた恩がある。それならとオヤジに条件を突きつけることにした。



「トイチな」

「――そ、そんなあ」


 息子としてこんなことで情けない顔をする父親を見たくなかった。


「なあ、利息無しで頼むよ。お小遣いはあるけどさあ、かあさんが使う度に領収書をもらって来いっていうから、使えないんだよ」

「しらん」


 夫婦の決め事に息子を巻き込むのは親として正しくないと頑なに俺は思う。



「くそー、せっかくアリス嬢が来てくれるって約束してくれたのに……」

「――オヤジ、いくらいるんだい? 遠慮しないでいくらでも息子に甘えるがいい。ぼくはおとうさまが大好きな山田家の長男じゃないか」


 そういうことは初めから言いなさい。愛する父親から利息を取るほど、俺も鬼のような息子ではないことを知っておいてほしかった。


「若くてきれいなコンパニオンが10人で20万、アリス嬢が一晩で30万だけど、大丈夫か?」


「即金でお貸ししましょう、明日の午前中に一緒に銀行へ行こうか」


「ありがとう、太郎。お前のような息子を持ったことがおれの誇りだ」

「……そうか」


 こんなことで誇られる息子はどうかと思ったが、それよりもスケベオヤジに伝えておかねばならんことがある。



「アリス嬢の動画を撮ってきてくれ。彼女の動画がなかったら()トイチな」


「うむ、固くお約束しよう。なに、この聖騎士(パラディン)たる山田勇起が万難を排しても()()お届けするから心配するな」


 こんなパラディンは嫌だなと憤りを感じないこともないのだが、ストリップ劇場は撮影厳禁であるため、こういう機会でしかアリス嬢の動画が手に入らない。まあ、どのみちスケベオヤジどもは抜かりなく動画を取るつもりだろう。


 人生でしばしばワンチャンスでしかないことが急に訪れる場合がある。それを逃さないために、お金があるのなら必要な投資は惜しむべきじゃない。俺にとって、アリス嬢の色っぽい動画はまさにそれだ。





今夜に番外編2、明日は番外編3と4を投稿します。

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