3.10 対話する長男はオークのつまみを調理
『……人族か、我らの言葉を喋れるとは珍しいな。そこにエルフがいるようだが、我らは気取る白き森人が大嫌いなんでな、そいつは無視する。して、人族こんな山奥になんの用だ』
一際大きな鎧オークが槍を突きだしたまま誰何してきた。
エルフはオークが嫌いのは前から知っていたけど、まさかオークのほうもエルフが嫌いとは思わなかった。それにしても白き森人とはなんのことだろう、もしかして黒き森人がどこかにいるとでもいうのだろうか。
『オークナイトよ』
リリアンから鎧オークのことを小声で教えてもらったので、背中にあるアイテムボックスを地面に置く。その行動を見ていたオークたちが警戒度を上げたようで、突き出す槍を振るって見せる。
『できればお話し合いがしたいですけど、まずはみなさんを労いたく、お土産を持ってきました』
『ほう……』
日本酒の入った樽を六つほど出したけど、鼻のいいオークはすぐにそれがなにかを理解した。
『ふむ。粋な真似をする人族だな……よし、ありがたく貰い受けよう。言え、我らになんの用だ』
『先ほど申し上げたようにお話ができればと』
3体のオークが俺の後ろで控えてるハヤトさんたちを一瞥してから酒樽を抱えつつ、しきりと鼻を動かして酒の匂いを嗅いでいる。
『ほう、お話とな。これまで我らと会えば戦う人族とは思えないセリフだ。なにが狙いだ?』
『そんな怖い目で睨まないでくださいよ。本当に今日はなにかお話が出来ればいいなと思ってきたのです』
『お前がか?』
『いいえ。ギルドで仕事を受けてきたのですよ』
『冒険者ギルドが我らオークと話し合いたいだと? 信じられんな』
『いや、ですから槍を突き出さないでくださいよ。ほら、私は武器を持っていないし、護衛たちも後ろで控えているでしょう?』
『ふむ……いいだろう。手土産をもらったことだし、人族と語るのもまた一興。殺すのはいつでもできることだ。小僧、もらった物は我らのキングに献上しないといけないが、我らに飲ます酒はないか?』
途中で物騒なことを言ったオークナイトは地べたに座ると酒を要求してきた。
九条さんから預かったお土産は渡せたことだし、接触することがメインミッションなのでこれでクエストは遂行したと言えるはず。その証拠を今でもスマホで録画する田村さんが証明できる。
『ところで後ろにいるやつに伝えろ。すまーとふぉんで録画するは禁止だ。それが嫌なら話は無しだ』
『……はい』
このオークたちはどういうわけかスマホを知ってた。想定外のことだけど、人間社会の事情をある程度は掴んでると考えたほうがいいかもしれない。
オークとこれからどんな話になるかはわからないけど、こういう場合は後は野となれ山となれだ。元からモンスター族とは対話する方針がギルドに存在してなかったので、決裂してもそれは仕方ないと九条さんも承知してることだ。
『この炙った魚肉は実にうまいもんだ、酒とよく合う。タロウの小僧、お前も中々の腕だな。どうだ、我らの所にこないか? キングに進言して調理人で雇ってもいいんだぞ。今いるゴブリンどもが作る食事はまずくてかなわん』
なるほど。山城地域の北部にいるオークたちは雇用する概念があって、ゴブリンにご飯を作らせてるわけだ。田村さんがオークたちから撮影の禁止を言い渡されたから、俺も情報を心のメモに書き留めておく必要がある。
それにしてもビワコ族の干物はここでも大人気、独占契約を結んで正解だ。
『大変ありがたい申し出ですが、冒険者は副業でして、家のほうで雇われてるんですよ』
『それは残念だ。ほれ、酒を注がんか』
『はい。私が飲めない分、どうぞじゃんじゃん飲んで下さいよ』
『ガハハハ。酒が飲めなけりゃ生き甲斐が半分になる』
辺りはすっかり暗くなって、オークたちに飲ませる酒のアテを作りながらヤマシロノホシの夕食も作っておく。場の雰囲気が悪くないので、警戒心を解すためにハヤトさんたちに横でご飯を食べることを勧めた。アリシアさんはオークが嫌いだけど、今日だけは我慢すると小声で話してくれた。
『タロウの小僧、お前がいるギルドは我らとなにを話したい。我らからキョートを奪った怨敵、人族であるお前らと幾度なく戦ってきた我らになにを望む』
酒杯を地べたに置いたオークナイトのカリスタが鋭い目で睨んできた。ここは心を引き締め、俺が交渉しうる限り、話せることは会話しようと決意する。
『私はギルドから、オーク族であるあなたたちと対話できるかどうかを確かめてきてほしいと言われたんです。だから、カリスタさんとどんなお話をすればいいのか、実はよくわからないのです』
『正直な小僧だな。気に入った』
『逆に聞きたいですが、どうしてオークは私たち人間と戦うのです?』
『異なことを言う。元々キョートに住んでたのは我らだ。その我らを山に追いやったのはお前たち人族ではないか。そのために山に住む我らが食うものも食えず、ほかの種族を違うところへ追い出すほかにない。そのすべてがお前ら人族のせいだ』
鼻息を荒くしたカリスタが空になった酒杯へなみなみと注いでから、一気に酒を仰いだ。
言葉の端々にキーワードが埋め込まれてる。主観の違いは相対する勢力ではよくあること。どちらが正しいというくだらないことを追い求めるより、ここはオーク族が問題と考えてることを洗い出したほうが必要だと考えた。
『実はですね、コボルド族に知り合いがいるんですけど、オークから追われたと言ったのですが、それは間違いないですね』
『そうだ。キングもかなり迷われたが食糧が不足するこんな山の中、このままではすべての種族が共倒れになるので追い出さざるを得なかった。我らも生きていかなければならんからな』
『つまり、山の中は食糧が足りないからコボルド族やほかの種族を追い出さないと、みんなが共倒れになるかもしれないということですね』
『ああ、そういうことだ』
すっかり夜となった今、オークウィザードが点す明かりの魔法でこの場を明るくする。酒のおつまみは少なくなったけど、オークたちは自分たちの袋から出した干し肉を食べてる。オークからすれば悲観的な話であったが、カリスタから悲壮感をみせることがなかったので、そこだけが引っかかった。
『お代わりはどうですか?』
『そうか。ならもらおうか』
山城地域の北部にいるオークたちは食糧が不足していることがつかめた。そのことをどう考えるかはギルドに任せて、あとはオーク側に人間と話し合いする意思を確認すればミッションコンプリートだ。
『変な質問ですけど、カリスタさんは人間が憎いですかね』
『いや。そういう感情的なことで語るものではなく、生存競争で我らが人族に負けたから山へ引かざるを得なかった。それだけだ』
『そうですか……あ、これはうちの店で出す地酒ですが良ければどうぞ』
『……ふむ。口当たりがいい酒だな。人族はいいものを作るから、できればこういう物と交換したいと思ったが、世界樹から聞いた話では遠く離れる故郷で人族と我らは不俱戴天、争わねばならん存在だから残念だ』
『お代わりをどうぞ……あのう、カリスタさんがユグドラシルから聞いた話なんですけど、たぶんそれはカラリアン大陸のことだと思うんで、絶対にとは言えないですけど、こちらの世界はあなたたちの生態がわからないから、そこに話し合える余地があるのかもしれませんよ』
『ほう、では人族と我らは戦わなくても生きていけるとお前はいうのだな? 我らをキョートから追い出した人族が』
店のために購入した地酒はここで飲んでしまってもいいだろうとカリスタの酒杯に酒を注ぐ。あとでまた買いに行けばいいことだ。
俺とカリスタの話を聞いているアリシアさんがハヤトさんたちへ同時通訳する。田村さんが話の内容を記入してるから、ギルドに提出する資料はそれを使いたいと後で田村さんにお願いしよう。
『えっとですね。こちらの世界でラビリ……あなたたちのいうダンジョンが出現して、大混乱になった時代があったんですよ。その時に現れたのがあなたたちなんですね。そこから双方が争いを始めたので、お互いを知る機会がこれまでほとんどなかったと思いますよ』
『ふむ……』
『そこでですね、一度は話し合ってみてはどうかなと私は思うわけなんです。話が合わなければ、それはそれまでかもしれませんが、妥協できることが見つかる場合もあるわけでして』
『なるほど。戦争をする前にまずは双方の主張を述べるべきだとお前はいうのだな? ところでこのみのうタンというのはうまいから、少し分けてくれないか? 子供がな、肉が大好きなんだ』
『ええ、いいですよ。後で皆様の分を用意させて頂きましょう』
『お前は人族でもいいやつのようだ。心配するな。キョートを攻め込んだ時、お前を見かけたら逃がしてやろう』
『――それは、ありがたいことですね』
マズい話を聞いた、ここのオークは山城へ攻め込む気のようだ。
引っかかってた理由もわかった。カリスタは戦争で人間に勝てる自信があるから淡々と構えてた。横にいるアリシアさんが顔色を変えたけど、エルフが嫌いなオークたちは最初から彼女の存在を無視して俺と会話を重ねた。
オーク族とギルドの交渉に一介の冒険者である俺ができそうなことは意思を聞き出し、それをギルドに伝達するだけ。その先はいわゆる政治的な判断が伴うもので、人間を代表する立場にない俺が勝手に決めることはできない。たとえそれが交戦直前の状態であっても、俺が語れることなんて限られてる。
だがこのままにしておくのは寝覚めがすごく悪くなりそうだ。
ビワコ族と交易の約束を交わしたように、ここのオーク族となんらかの取引して、お互いにとって利益になる話ができるじゃないかと咄嗟に考えが浮かんだ。それであればビワコ族の前例もあることだし、俺でも役に立てるかもしれない。
『カリスタさん、本音をいいますとこれ以上の話は私の手に余ります。ただ、今からギルドの副会長を紹介すると言っても信用してくれないでしょう?』
『うむ。お前なら話は乗ってやらんでもないが、ほかの人族はまだ信用できない』
『あのですね、先ほど食べた魚の干物ですが、あれはサバギン族が作ったものです。もしもですよ、もしカリスタさんたちになにか食糧と交換する物ができれば、その仲介を私がやっても構いませんよ。なんてね』
『それは本当か!』
体が大きいオークナイトが立ち上がり、俺の近くまで迫り寄るけど、後ろから駆けつけようとする気配を左手で素早く止めた。万が一の場合はすぐに対応するつもりで、右手は腰にいるリリアンにそっと触れるように魔力の譲渡を準備する。
『え? ええ、今から伝手に連絡して交渉してみましょうか? 食糧はもちろんのこと、交換するものがなければそちらから派遣できるオークがいましたら、こちらが雇用して出稼ぎしてもらうこともできますよ。なはは』
酒の席だし、カリスタと打ち解けようと軽い気持ちで冗談っぽく言ってみた。
『――もしもし、我らがキングよ、人族が交易で食糧を交換してくれるとおっしゃられた。はい……はい……ええ、今の居場所を写真で送信しますので、お待ちしております。はい……わかりました』
スマホで誰かと通話するカリスタは冗談だと受け取らなかったみたいだ。ちくせう!
それとなに気に大事なことだと思うが、なぜカリスタが契約を要するスマホを使ってるんだ。まさか異族を相手に契約プランを整える通信会社があるとは思えない。
ハヤトさんたちも驚いているようで、ギルドへの報告は彼らに任せよう。
『——我らがキングがこちらに来られる。先ほどの話を詳しく聞きたいそうだ』
『ははは……はい』
振り返らなくても後方から四対の視線が非難するかのように背中へ突き刺さる。軽口がこんな展開になるなんて俺にも予想できなかったんだ、責めないでほしい。
『あのぅ、こちらも通話してよろしいですかね』
『うむ、問題ない』
至急に通話したい相手がいる、副会長と副社長だ。不思議なことに二人とも副がついてるのに周りの誰よりも偉い。
新しい種族と出会ったときは、そう簡単に軽口を叩くものじゃないと、今夜はそれを学ぶことができた。




