3.09 幸せを祝う長男は交渉依頼を受託
山城の北部はオーク族が一大勢力を築いて地域を支配している。以前から山間部へ侵入した冒険者がオークから攻撃を受けてたし、たまにオークが集団で山城に襲来する事件も起きたことがある。
コボルドシャーマンのストゥーンからの情報で、コボルドを含めたほかのモンスター族がオークによって住処であった山間部から洛東へ追い払われたと、調査クエストを受けたときに九条さんから説明を受けている。
「今回の調査はオークと接触して太郎が交渉できるかどうかが目的、だが無理はするなとのお達しだ。太郎が対話不可能と判断すれば即撤退だからな」
「わかった」
「了解だ」
「うん」
アリシアさんが先に返事すると、田村さんと冬子さんが続けてハヤトさんの指示に同意した。今回のクエストで護衛される側に回った俺は自分の装備を確認して、定位置の腰にあるリリアン用の新しいねぐらへ視線を向ける。
「たろっと、なにかな」
「いいえ、なんでもありませんよ」
アニメを見たいがために、近頃のリリアンはメキメキと日ノ本語が上達してきて、簡単な会話なら喋れるようになった。おツムは弱いのに、まったく無駄に高性能な妖精だ。
変化したパーティの人間関係を慣らすためか、田村さんと合流してからヤマシロノホシはいくつかの危険度が低いクエストを受けた。年齢の割にうぶ過ぎたアリシアさんは、おもに冬子さんからのからかいに感情をかき乱されて、クエスト中に簡単なミスをしてしまうときがある。
冬子さんがいうには早く慣れてほしいからわざとやってるとのことだが、俺からするとたぶんそれは言い訳の成分が多く含まれ、アリシアさんの反応を面白がって、やめるにやめられないようにしかみえない。
そのおかげというわけでもないけど、恋人であるハヤトさんと亀の甲より年の功である田村さんからのフォローもあって、アリシアさんはクエスト中なら、動揺をみせることがだいぶなくなってきた。
恋煩いは本当に厄介極まりない。
ヤマシロノホシと一緒にクエストへ同行した結果、俺とリリアンのペアにいくつかの問題が浮かび上がった。
まずはリリアンの守り。
体のつくりが霊体であるためにリリアンが怪我をすることはないのだが、俺が足を取られて倒れたときに下敷きとなったリリアンが若干薄くなったのだ。
すぐに魔力を譲渡したから大事になることはなかったけど、アリシアさんの脅迫に近い勧めでギルドが紹介した防具工場へ、装甲板を張り巡らせたリリアン用のねぐらを作製した。
ほかにも攻撃魔法の火力不足やリリアンとの連携のまずさもハヤトさんたちから指摘された。だが俺にとって、それよりも問題となったのが、リリアンの結界はある程度の強さを持つモンスターだと割られてしまうということだ。
発覚したのは洛西ギルトでゴブリンの討伐を受けて、旧西京区辺りの山間部へ出かけたときだった。
空からハーピーの攻撃を受けたとき、いつものようにリリアンへ結界を張る指示を出した。何度か足蹴りを防いだが、いきなり結界を壊したハーピーの攻撃を、俺は咄嗟に盾で止めたので怪我はしなかった。
その後でヤマシロノホシのみんなにお願いして、結界の強度試験を行った結果、ゴブリンなら無事、ハーピーの攻撃なら5回までは防げることがわかった。レベルの差ではないかとアリシアさんは推測を立てた。
レベルというのはこちらの世界にはなく、異世界にのみ存在する制度。そのためにレベルが低い妖精リリアンの防御力では、格上であるハーピーの攻撃力を受け止めきれない。そういう見解をアリシアさんは示してくれた。
結界は俺とリリアンの命綱。
その後にリリアンは見るからにすごく落ち込んだのだけど、俺には対策がないわけでもない。年配者のいうことは聞くようにと、小さい頃からかーちゃんに言われ続けた。
俺が想定する対策は言葉で聞いたのではなく、チワワマスターがいる猛牛迷宮で実物を自分の目にした。
今日はクエストの遂行を兼ねて、オークと遭遇したときに攻撃されれば、リリアンのバリアで試したいことがある。失敗したらそれまででまた別のことを考えればいいと割り切って、リリアンに自分の力を信じさせるためにも、俺らはやらねばならない。
「太郎も用意はできたか」
「はい、大丈夫です」
洛北ギルドから貸し出された耳の横に取り付ける監視装置が落ちないように、側頭部を巻く帯を少しきつめに締めてから俺はハヤトさんへ返事した。
「ふゆこは偵察、会敵すれば報告が先だ。前衛はおれ、後衛はアリシアとユタカさんだ」
ヤマシロノホシのメンバーたちが無言で頷いて、リーダーの指令を了承した。
「ギルドでひなの姉からくどくどと言われたからこれ以上おれも言うつもりはないが、太郎はとにかく自分の守りだけを考えろ。アリシアへ魔力の補充はありがたく受ける。しかし今回は前のようなマネするなよ?」
「わかりました……結界は自分の安全を守るためだから、それは構いませんよね」
「ま、まあ。それならおれたちも助かるから構わないか」
ハヤトさんが念を押してきたのは俺に戦うなってことだ。
前回はポーターだったので、危機に面する際の戦闘はやむを得ないだったけど、今回は俺がメインミッションを担当するため、戦闘に加わることは許されない。仕事の条件というのならそれを受け入れるべきだろうけど、オークが攻撃してきた場合に結界を試すことだけは譲らない。
「目的は護衛対象の太郎がオーク野郎と話せるかどうかを確かめることだ。太郎がオーク野郎と対話中は周囲の警戒を怠るな。撤退の合図を太郎がすれば速やかに太郎を回収して、とにかく後退することに専念しろ」
恋には奥手のハヤトさん、冒険者としてならリーダーらしい姿勢をみせる。
「危険を避けるためにオーク以外とエンカウントした時、反撃は許すがこっちから手を出すな。各種の採取物を見つけても無視しろ。なあに、嘆きことはない。コボルドくんの時とは比べられないけど、今回の成功報酬は一人当たり50万だから、しばらく遊んで暮らせるぞ」
「信じられない額だな」
「やったね」
クエストを受けたときに、田村さんと冬子さんがすでに聞いた話だけど、それでも二人はハヤトさんが告げる高い報酬を喜んでいる。しかしアリシアさんの様子が少し変わっていて、なぜかここで顔を赤らめた。
「ウォッホン」
わざと咳の一つしてからハヤトさんが真面目な顔をする。
「みんな、聞いてくれ。クエストが終わったらおれはアリシアと結婚する」
「それはめでたいこと、アリシアがずっと待ち望んだことだ。二人ともおめでとう」
田村さんが先よりもっと嬉しそうな表情をみせて、照れる表情のハヤトさんの肩を三度ほど叩いた。彼からすればもどかしい弟がようやく勇気を振り絞って、異世界からきたお姫の願いを叶えたと、二人が交際することについての感想を聞かせてくれた。
「やったね! アリシアさんが待った甲斐があったわ。結婚しても赤ちゃんが生まれるまでパーティは一緒よ」
冬子さんに抱きつかれたアリシアさんが、真っ赤な顔を恥ずかしそうに両手で覆った。散々二人をからかった冬子さんだけど、だれよりも二人が一緒になれることをずっと願っていた。
しかしだなと俺は思う。
ハヤトさんのプロポーズはクエストの前に言うべきことではなかった。旧時代の数々あったフラグから拾い出すとこれは大当たりとなりそうなフラグの一つだ。そう思う俺は気持ちを込めて口を開く。
「おめでとうございます。結婚式は出ますのでお幸せに」
うむ。人様の幸せに旧時代の伝説が邪魔するものじゃない。
「前方、オークの集団を発見。数は6体、全員が槍と鎧で武装してる」
天龍寺跡から北へ、山間部へ入った俺らは冬子さんの誘導で進む。途中でイノシシやシカネなどのアニマルを避けて、いつもの川沿いを進むのではなく、広がる森林の中で辺りを警戒しながら突き進んだ。
冬子さんの報告を聞いた田村さんが地図に目を通すと、俺らは旧左京区京北細野町というところまで来たみたいだ。
「アイテムボックス」
収納箱を呼び出した俺は交渉に備えて、それを背負うことにした。
「俺が前に出ます」
「たろうくん、気を付けて。遠くからしかみえてないけど、あいつらはちゃんとした鎧を着てるよ」
警告を受けた俺は冬子さんに一礼してからパートナーに声をかける。
『リリアン。オークと会ったらまずは結界を頼むね』
『う、うん……また割れちゃうかな……』
『大丈夫、俺とリリアンならいけると思う。ダメならほかの方法を考えよう』
『わかった!』
自信なさげのリリアンを落ち着かせるために、変化の少ない口調と低い声で語りかけた。彼女から元気よく返事を聞いてから、冬子さんが戻ってきた方向へ歩き始める。
ギルドで九条さんからお願いされた。
コボルド族と接触し、コボルドシャーマンのストゥーンから聞いた情報で、山城地域の東側にある山間部はオーガが勢力を築いてることがわかった。
九条さんは北側の山間部に根を張るオークの動向を探りたいと考えていた。そのために俺の扱いについて、ムスビおばちゃんと連絡を取ったくらい悩んだらしい。
相談されたムスビおばちゃんが交戦ではなく、交渉であるなら、社会人の経験も積めるだろうと九条さんに返事したという。一般的な社会人がオークと交渉することにはなはだ疑問を感じないわけでもないけど、九条さんの願いを聞き入れることにした。
オークとの接触状況により、山城地域におけるギルドの方針が決まると言われたからだ。
俺は若造だが誰かに期待されたら嬉しいし、それに応えてあげたい気持ちも胸の中にある。
ここに来てわかったことだけど、山城地域は冒険者が仕事するには危険が高く、人々が住まうには環境的に厳しすぎる。そのわけはモンスター族の存在にある。
自分がその改善に手助けになれるのなら、死なない程度に頑張りたいと俺は思った。
だから俺は鋼鉄製の全身鎧を兜まで一式で揃い、同じく鋼鉄製で均一性のある槍を向けてくるオークたちへ、できるだけ愛想よく声をかける。
『こんにちは。暑い日の中、お勤めお疲れさまです』




