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勇者家族のへっぽこ長男  作者: 蛸山烏賊ノ介
第3章 依頼を達成することが目標のへっぽこ長男
33/83

3.08 小金持ちの長男は先輩と再会

 初々しくて見てられない熱々のカップルをクエストに誘うのは気が引ける。そんなわけで田村さんと冬子さんがこっちに来るまで、リリアンと言葉の勉強したり、ドールショップへ行ったり、山の麓で野菜や植物の素材を採取したりと、その日に思いついたことで時間を潰した。



「リリアン!」


「まかせて」


 進化した大きな角で飛び跳ねながら突っ込んでくるカモシカに向かって、リリアンが俺の右手の中で()()()()()()()


「出会ったことを運の尽きと諦めなさい。あなたに捧ぐ最後の歌は灼熱の調べ、骨まで燃えちゃえ!」


 リリアンが持つ紫色の扇子から、魔力で構成された槍がカモシカを目標に射出された。それを避けようとカモシカは右へステップを刻むが、魔力の槍はグイッと軌道を変えて、無防備の側頭部に突き刺した。



「悲しむことない、灰すら残さないあなたの人生は不幸じゃないわ。わたしが送った炎のレクエイムで帰らない旅路へ逝けるから」


 俺の手から抜けた巫女姿のリリアンは空中で浮いたまま、倒れたカモシカへ扇子を指してから決めポーズだ。



「あー、リリアン。先のは無魔法で火炎術じゃないぞ」

「?」


「それとだ。その決めゼリフはリュートを奏でながらでないとカッコよくないね」


「ヒノモトゴ、ワカリマセン」


 きょとんとした顔の妖精は俺の助言を理解してくれなかった。



 言葉の勉強で俺はリリアンが興味持てそうな動画を彼女とネットで探してみた。


 数多のアニメの中で俺が中学生の頃に流行った異世界転移のアニメを彼女はいたく気に入った。特にお気に入りのキャラがそこそこの人気があったサブヒロインである歩き巫女。今のセリフは従者である西洋の神が奏でるリュートを背に、決め技を放つ際に必ず口にする言葉だ。


 なぜ歩き巫女に西洋の神が従者になってるのは当時からの禁句。異世界での出来事だからアウトではないというのが擁護派(ファン)の言い分。



 歩き巫女のマジックドールを欲しがったリリアンを連れて、ドールショップで探してみたけど発売された魔法人形は品切れで置いてなかった。店員が問い合わせしてくれたけど、古いマジックドールなのでほかのショップにも現物はないと申し訳なさそうに断ってきた。


 俯くリリアンを気の毒に思ったのか、奥の倉庫から歩き巫女の装備部品だけが出てきたので、店員はそれをリリアンへプレゼントしてくれた。


 俺は代金を払おうとしたけど、部品は予備で仕入れたもので、すでにドールの本体がないため、店においても価値がないからお金は頂けないと、笑顔が素敵な店員はお金を受け取らなかった。


 リリアンが持つ装備の巫女服と扇子の由来は人がいい店員の好意である。お返しというわけではないけど、来月発売のミサキ人形第二弾をその店で予約済みだ。



 カモシカの死体は傷が少なく、買取りの値段は上がると思う。京都にきてから懐は温かいどころか、おれにとっては高熱といってもいいくらい、かなりのお金を稼いだ。


 念願だった愛車を装甲化させる予算ができそうなので、家に帰ったら行きつけの魔動車整備工場で相談に乗ってもらおうとひそかに考えてる。



 解体したカモシカと採取した薬草や野菜をアイテムボックスへ収納し、暑さで汗を流す俺へリリアンは扇子をパタパタと扇いでくれてる。無魔法で壊れないように強化したとはいえ、しょせん元はドール用の飾り扇子だから風を感じることはないけ、その気持ちがとても嬉しかった。


『今日はこのくらいにしようか』


『ねえねえ、おやつは?』


『もう夕方だからおやつはダメだよ。晩ご飯が食えなくなる』


 おやつは3時に食べたことを覚えようとしない妖精に、この後で食べる予定の夕食を断る理由に使った。食事で栄養分を取らない妖精にはいささか苦しい言い訳だが、リリアンはそこまで頭が回らない子だから丁度いいだろう。


「ヒノモトゴ、ワカリマセン」


「なんでやねん」


 俺が喋ってたのは異世界語、日ノ本語ではありません。



 バスに揺らされながらなにを食べようかと思案してるとき、スマホに通話の着信があったので出ることにした。


『いまどこ?』


「あのう、どちらさまで?」


『寂しいなあ、あたしのこともう忘れたの? あんなに温かったのになあ』


 スマホの画面をみて、冬子さんからの通話と表示されている。温かいというのならそれは認める。俺が放つ()()()()()()()は彼女から高評価だったから。


「冬子さん、どうしたですか」


『いえね。もう山城についたから、晩ご飯がまだなら一緒にどうかなって連絡したの』


「いいですよ。俺もまだなんで一緒に食べましょう」


『で、いまどこ?』


 振り出しに戻った、この人はマイと同じ技を持つらしい。家へ遊びに来たらマイを合わせてあげようと心に誓う。




「あと20分で洛西ギルドのバス停につくと思います」


『そ。じゃあ、先につくと思うからそこで待てて。あたしが乗ってるバスは大山崎城の手前まで来てるの』


「了解です、冬子さん」


『またあとでね。はやとさんとアリシアさんのことは詳しく聞かせてもらうからねっ』


 通話が切れた後に腰にあるリリアンのねぐらへ目をやった。


 すやすやと眠る妖精はすることがないときに、自動的にスリープモードへ切り替えるという便利な機能が付いてる。


 確かに魔力の譲渡による亜空間の拡張は大事だけど、リリアンにはこの世界で楽しく過ごしてほしいから、仕事以外の時間は彼女が自由に動けるように魔力の譲渡はしないことにした。




 ギルドへ納品した結果、果物の買取がビワ10kg900円、イチジク15kg1500円、ウメ20kg800円で合計3200円。同じ収入が得られるのなら1週間で俺の月給とほぼ同じ。でも、これはリリアンがだれも摘んでいない木を発見してくれた幸運があったため、明日も見つかるとは限らない。


 カモシカは部分によって値段が違うので1kg当たり250円が今月の相場だ。ギルドで解体した後に重さを測ってもらい、重量が200kgだったので、総額50000円が買取りの金額だ。



 本日の日当は53200円なり。果物の木を見つけたのもリリアン、カモシカを最小限の傷で倒したのもリリアン、妖精様に足を向けて寝ることができない。こういう時はちゃんとお礼を言うのが社会人の基本だ。



「リリアン、ありがとう」


「ヒノモトゴ、ワカリマセン」


 なんでやねん。ありがとうという言葉は初級教科書の最初に書いてあったし、俺は教えたはずだ。


 寝起きの妖精はボーっとした表情でポリポリとお尻をかいてる。はしたない仕草なので、今度からやめさせるように淑女のたしなみを教えていこう。



「たーろうくん」


 ギルドの入口からタンクトップとホットパンツを着た健康そうな女性が艶やかな声で俺を呼んだ。中にいる冒険者たちが声に反応して、全員がこっちに目を向けてくる。


 注目されている中、冬子さんは俺の間近にまで走ってきて、左腕を両手で抱えるようにしてきつく掴んでくる。



「ごめんね? 待った?」


 上目遣いで色っぽい視線と許しを請うような静かな口調で冬子さんは密着したまま、俺の腕に弾力性のある胸を押し付けてきた。この様子をギルド内の冒険者たちが見ていて、特に若い男性の冒険者からは棘のある眼力を飛ばしてくる。



「冬子さん。ちょ、ちょっと離れてくれませんか」


「ん? なんで? あたしといるの、いやぁ?」


 抱かれている腕が胸の谷間に挟まれて、冬子さんの身体ごと揺さぶられてる。女の体と接するのはまだ慣れないけど、子供の頃から周りが女ばかりだから、女性がすることはある程度ならすでに慣らされてる。


 間違いなく、この人はこの状況を楽しんでると俺は確信した。


「セクシーデビルは相変わらずイタズラがお好きですね」


「ははー、バレたぁ?」


 ハナねえから教えてもらったあだ名を口にすると、色気のある笑みを見せる冬子さんは俺の腕を放してくれた。



「ハナ会長から教えてもらったでしょ」


「はい、そうですよ」


 髪の毛を乱さんばかりに、冬子さんは笑いながら俺の頭を手櫛でかき回した。元気のいいお姉さんが久しぶりに弟と会ったような雰囲気に、ギルト中の冒険者が俺と冬子さんに対する興味を失せたかのように元の行動に戻った。


「ハナ会長は元気?」


「ええ、多忙ですけど元気にしてますよ。冬子さんと会いたいって伝えてと言われました」


「きゃー、うれしい。その伝言をちゃんと伝えてくれたたろうくんにぃ、お姉ちゃんがご馳走を奢っちゃうからね」


 髪をかく手付きから撫でる動作へ移る冬子さんに、俺はそのお誘いを変更させてもらうつもりで口を開く。



「今日はですね、わりと稼ぎましたから俺に奢らせてくださいよ」


「あらまあ、ちょっと見ないうちにたろうくんは大人になったのね? お姉ちゃん感激しちゃう!」


 抱きついてくる冬子さんの体から微かな香りを漂わせる。若い冒険者野郎はまたもや睨んできたけど、こっちはこの柔らかい体と弾力性のある物体を記憶に刻む作業で必死だ。嫉妬するやつをかまってる暇はない。



『ねえねえ、この人がフユコって人なの?』


「あら、可愛らしいお人形さん。この子がアリシア姉の言った妖精さん?」


 俺の腰にあるねぐらから顔を覗くリリアンを、冬子さんは興味深そうに指を突き出した。噛まれても知らないよといいたいところだけど、臆病なリリアンがそんなことするわけもなく、ねぐらの中に潜ると布団を蓋にして隠れてしまった。


「あれれ? ひょっとして、あたし嫌われた?」


「そんなことないですよ、びっくりして隠れているだけです」


「ちょっとショックかな」


 少しだけ気落ちした表情をみせる冬子さんに俺は()()()()()()()を授けることにした。



「冬子さんはなにか美味しい甘いものを持ってますか?」


「うん、あるよ。温泉へ行ってきたからお土産に饅頭を買ってきた」


 小豆味はリリアンも好きだから特に問題はない。


『リリアン。冬子が温泉饅頭という美味しい甘いものを持ってきてくれたけど、食べる?』


『リリアン、おんせんまんじゅう食べるー』


 あっという間に飛び出すいやしんぼうの妖精は冬子さんの右肩に飛び乗った。状況がわからず、リリアンと俺を交互して見てくる冬子さんに俺は打開策の()()()を伝える。



「冬子さん、温泉饅頭を一つ、リリアンにあげてくれませんか? それである程度は懐いてくれると思いますよ」


「う、うん。わかった」


 冬子さんが買ってきた饅頭の大きさはまだわからないけど、もし大きかったら食べやすいように半分にして、首を楽しそうに揺らすリリアンに与えてほしいと冬子さんに話そう。


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