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勇者家族のへっぽこ長男  作者: 蛸山烏賊ノ介
第3章 依頼を達成することが目標のへっぽこ長男
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3.05 不器用なリーダーは長男と恋話

 約束した時間の10分前に洛東ギルドの受付カウンターですでに九条さんは俺らを待ってくれてた。そのしかめた顔からは、俺に事情を説明せよと催促するような鋭い視線で睨みつけてくる。


 アリシアさんは無言で涙を滝のように流してるし、その横でハヤトさんがあたふたのオロオロで椅子にも座らないで行ったり来たりしてる。



 確かに俺の不用心な言葉でこういう状況になったのは認める。


 だけどそれは()()()()でしかなく、元々この二人が告白もせずにズルズルと交際することを引き延ばしてきたから、俺の適当な言葉で混乱してしまったと思う。そういう意味を込めた目で九条さんを見つめ返す。



「はやとくん。アリシアちゃんを連れて顔を洗ってきなさい。このままではクエストの話になりません」


「え、えっと。ヒナ姉さん、おれは――」


「早くしなさい」


 人形のようにハヤトさんに洗面室へ連れて行かれたアリシアさんを九条さんが見送った後、原因の究明を求められるより先に、先手を打った俺はことの成り行きを説明した。



「――というわけで、俺は自分が悪いとは思いませんが、九条さんに迷惑をかけたならそれは謝ります」


「そうね。あの二人は洛中ギルトではやとくんの冒険者登録をしたときから面倒を見てきたですけど、素直に気持ちを打ちあげられない二人にはいつもやきもきさせられますわ」


「わが子を見守るように、ですか」


「そうよ。付き合うなり、結婚するなり、早く落ち着いてくれ――」


 あ、しみじみと語る九条さんが俺のからかう言葉に気が付いて、無言で睨みつけてきた。正確に言うと、弟で表現すべきだったけど、九条さんにはやられっぱなしなので、ちょっとやり返しをしたくなった。



「太郎ちゃん、今日は許しますけど、今後そういう発言があった場合は罰金3万円ですからね」


「高いですね」


 九条さんの罰金3万円は口癖であるようだ。実際に取られることは絶対にないけど、いわばイエローカードみたいなもんだと捉えればいいのでしょう。


「はやとくんとアリシアちゃんのことは二人が解決することです。いい年なんですから、手助けする気にはなれません。太郎ちゃんもいらないことを言うんじゃありませんよ」


「はい、わかりました」


 うぶで表現するには年が行きすぎだと俺も思わないでもない。二人をよく知る九条さんがそういうのであれば、従うのが筋というものだと思うし、本音で言うとエルフの恋に手を出したくない。



「本当はモンスターやアニマルなどの討伐クエストを案内したかったのですが、護衛役の二人がそういう状況なら別のクエストをお願いしたほうがいいかもしれません」


「はあ」


「北のほうからモンスターの襲撃事件が多発しているため、当地域の主力はそちらのほうへ派遣してます」


「そうですか」


「琵琶湖を挟んでの山間はたまにアニマルが襲ってくるだけで、モンスターのほうが居なくなったかと思うくらい沈黙が続いてます。そこで本日の案内として、旧京都府道30号線の道筋に土着しましたモンスターの種族を調査するクエストです」


「調査だけでいいですか」


「ええ、そうです。できるだけ山間部に生息するモンスターの種族を記録してください。当ギルドで1年前に派遣しました調査隊の記録をアプリで登録番号でログインしてから照らし合わすことを忘れずに。期限は3日間、オーガ族を発見したら撤退してください」


「了解です。オーガを見たら退いてもいいということですね」


 モニターで解説しながら九条さんは必要とする資料をプリントアウトしてくれた。



 スマホを活用するのは基本的な技能だが、クエスト中に大雨で使えなかったり、魔力を補充できないがために魔源が切れたり、戦闘中で壊れたりとデバイスを使用するのはリスクが伴うものだ。


 そのためにペーパーの同時使用も調査依頼では大切な手段であると、幸永と正重の二人に言われたことがある。



「以前にオーガの集団による大規模な襲撃がありました。その時に集団がしっかりとした装備で武装化された記録が残ってます。その時は撃退はしましたが、こちらにも大きな損害を被りました」


「オーガですか」


「そういう経緯を踏まえて、オーガについては観測したらその時点でクエストの完了とみなします」


「わかりました。ヤマシロノホシが戻りましたらクエストを受けるかどうかを検討してみます」


「はい。結果の内容によっては山城地域でギルドの方針が変わるかもしれませんので、よろしくお願いしますね」


「プレッシャーをかけないでくださいよ」


 すごいことを和やかな笑顔でいい切る人だ。


 これが平常運転かもしれないけど、小物の俺にはまだまだ慣れそうにない。ほぼ受けるだろうと予測してるけど、ハヤトさんとアリシアさんが戻ってきたらクエストについて話し合おう。




 付属ストアで3日分の食料品を購入し、料金を支払って洛東ギルドの装甲バスに乗った。山の近くまで送ってもらった俺らは武器や防具を着装してから白川を沿って、木々が密集する山の中に入る。


 ハヤトさんとアリシアさんは熟練した冒険者、仕事中で朝のような混乱は見られない。ただ、気まずい空気が二人の間で流れてたので、先頭を進むのはアリシアさんとリリアンのペア、その後ろを俺とハヤトさんが続いてる。



「この調子だと今日で大津へ抜けられそうだな」


「そうですね。この辺りでクエストを受けたことがないからよくわからないですけど、静かですね」


 森でハイキングと思いたくなるくらい、モンスターどころか、アニマルから襲われることもないまま順調に進んでいる。アリシアさんと協議したのは調査クエストであるために、モンスターと遭遇した場合は攻撃をせずに俺が観察を行う。



 昼ご飯はストアで買った弁当を食べた。


 起きるのが早かったのでリリアンに結界と見張りをお願いしてから三人は二時間ほどお昼寝した。


 ハヤトさんはリリアンが張った結界に驚いてたが、アリシアさんは妖精を狂信しているので、リリアンを褒めちぎるだけで終わり。


 妖精が増長したらどうしようかと思ったけど、気をよくしたリリアンが見張りを申し出たので、機嫌を損ないたくない俺はアリシアさんと同じのように妖精を称える賛歌(おやつ)を贈った。



 昼寝はいい、お昼は少しでも眠っておけば午後は気分爽快で仕事が捗る。


 見張り番だったリリアンはアリシアさんに貸した専用の元水筒入れでウトウトしてるようだ。採収できる薬草や野生の野菜はあったけど、今回は三人だけなので珍しいもの以外は地図に記入するだけだ。


 数株のワイヤーク草を採取した。ついでに横にいたトレントも討伐したけど、ワイヤーク草の傍にトレントがいると記憶したほうがいいかもしれない。


 アリシアさんがいうには、異世界にはない現象らしい。俺からすれば理由は重要なことではなく、ワイヤーク草を発見した時はトレントに気を配らないといけないことだ。



「……休憩中でごめんだけど、太郎に聞きたいことがある」


「俺で良ければいいですよ」


 モンスターやアニマルを見かけないということで、途中の報告を見た九条さんは俺に連絡して、付近一帯をなるべく詳しく調べることの指示を出した。それによって進行速度は落ち、4時過ぎの今はやっと山中町地区をぬける辺りで、休憩を取ることにした。


 アップルパイと紅茶をおやつで楽しんだアリシアさんとリリアンは仲良く寄せ合い仮眠中。落ち着かいないでウロウロと歩いてたハヤトさんが意を決して、俺に声をかけてきた。


 予測だけど、高い確率でアリシアさんとのことを俺に聞くつもりだろう。



「あねさん——アリシアのことはどう思う?」


「どうって……ちょっとずれたところあるですけど、いい人だと思いますよ。()()()()にはなりませんけど」


「あ、いや、太郎があね——アリシアをどう思うのじゃなくてだな」


「じゃあ、どういうことですか?」


 髪の毛をかき乱したり、自分の頬を掻いたりしてと、ハヤトさんがもどかしそうに挙動不審な行動をくり返す。


 この場合は俺がどう思うのではなく、ハヤトさんがどう考えていると聞くべき。面白そうなのでからかってみたけど、かわいそうだからちゃんと相談に乗ると心を切り替えた。



「俺が知ってる限り、エルフは恋愛にすっごく真面目で不器用なんです。異世界から転移してきたもんですから、こっちの常識に慣れようと頑張ってるのですけど、貞操観念は異世界のままと考えたほうがいいですよ」


「お、おう。そうか、こっちの常識が通用しないんだな」


「いや、常識が通用しないじゃなくて、恋に妥協しないというか、生涯のパートナーは一人。だから臆病で自分から言い出せないじゃないですかね」


「ほ、ほう。そうなんだ。そういうとこがあるのは全然知らないな」


 ハヤトさんが食い入るように話を聞いて、無意識で俺の手を握ってくる。相手が違うって言ってやりたいけど、話が逸れてしまいそうなのでそのままにしておいた。



「恋の形ってそれぞれだと思います。だけど異世界からきたエルフはこの際、問題じゃないんです。一人の異性として、ハヤトさんがアリシアさんをどう思うことが大事だと思いますよ」


「……そ、だな。やっぱそうだよな」


「ええ。後は若い二人に任せて——って、ハヤトさんのほうが俺より年上じゃないですか!」


「いやまあ、そうだけどよ。なんかお前のほうが知ってそうだし、なにげなくエルフ慣れしてるしよ」


 エルフ慣れってなんの造語? 家にダメエルフがいるのは認めるけど、別にそれでエルフ慣れとかはない。


 異なる世界や民族的な思想は論外として、種族というフィルターを外しちゃえば、人と人がそこにいるわけだから、あとは心を寄せ合うつもりかどうかじゃないだろうか。



 ただ、背中をそっと押すつもりがあっても、はっきりと口出しするまで踏み入れる気はない。それはハヤトさんが自分で異世界からきたエルフにお付き合いしたいと申し出るべきだから。



「ありがとう。そういうのは全然苦手だし、エルフはなにを考えてるかが全然わからんし……それにしてもお前、詳しいな。エルフと付き合ったことあるのか?」


「ないですよ! 彼女は幼馴染って言ったじゃないですか」


 なんて恐ろしいことを言ってくれる。


 エルフは生涯に一人しかパートナーを求めないということは、お別れすることがあったらとても大変ってことだ。背中を押すつもりがあっても、罠に陥れるつもりがないから自分で言えと思ったのに、このおっさんはなんの勘違いするんだ。



「お、おう。なんかすまんな」

「いいですよ」


 謝らなくてもいい。


 ただ将来、もしアリシアさんと付き合って、いざこざがあった場合は俺のせいにしないで自分の判断に泣いてくれればいいと、俺は両手を強く握りしめるハヤトさんに目をやりながらそう思った。


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