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勇者家族のへっぽこ長男  作者: 蛸山烏賊ノ介
第1章 難なく生きることが目標のへっぽこ長男
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1-03. 調理場はへっぽこ長男の戦場

 かーちゃんにバレた。


 かーちゃんとムスビおばちゃんのスマホに送られていたのは、満員御礼の旗が立ち並ぶ十三新劇場の駐車場に、“迷宮食堂”のロゴマーク入り社用魔動車1号の画像。犯人は割れてる、こんなことをするのは酒屋の桑本さんしかいない。あのおっさんもアリス嬢のファンで、オヤジとはいつも猥談で盛り上がるスケベオヤジ2号だ。


 大方かーちゃんに取り入ろうとして密告(チクリ)でもしたのだろう。おかげでオヤジはかーちゃんから愛のある折檻(ちょうきょう)を受けてる真っ最中、息子の俺から見て、いつまでも本当に仲のいい夫婦だ。



「アホだね、あんたら親子は。マイはお仕事(グラビア)で京都のほうへ行ってるけど、帰ってきたらお・ハ・ナ・シがあるだって」


「うん、ものすごい数の着信記録があった」


「なにあんた、取らなかったわけ?」


「うん。ニ・ゲ・ル・なってメッセージが入ってたよ」


「本当にバカね。マイが激怒してるってことじゃない」


「やっちゃったもんはしょうがないし、うたかたの夢に悔いは無しだよ」


「そこまで覚悟してるおバカさんならおばちゃんはなにも言わないわ」


「オヤジみたいなドMになる気はないから、うまく逃げとくわ」



 厨房で仕込みをしている俺に話しかけてきたのは呆れ顔のムスビおばちゃん。


 (オオトリ)(ムスビ)はかーちゃんの親友でマイのお母さん、先代勇者パーティでは賢者(セージ)を務めていた希代の魔法使い。オヤジが戦術的な司令塔なら、ムスビおばちゃんは戦略を司るパーティの頭脳だとミノリねえさんは教えてくれた。



 異世界から帰還したかーちゃんは政府からの迷宮討伐の強い要望を断って、ずっと夢だった食堂をオヤジと立ち上げた。動いたら一直線が信条のかーちゃんを支えたのはパーティ仲間たち。ムスビおばちゃんは遺憾なくその力を発し、駅前の食堂にしたいというかーちゃんの希望を叶えるためにラビリンスグループを立ち上げた。


 客を増やすためと言って、住宅や商業施設を建築するためにスーパーゼネコンを作ったのもこの人。潜在的な客層を開拓するといって、摂津地域で教育機関の設立や運営にも大きく関わっているし、今でも俺らの母校の外部理事長を兼任で務めている。



 先代勇者パーティの全資金を預かったムスビおばちゃんは、農業畜産ファームに食品会社や薬品会社など、僅か10年そこそこで迷宮食堂をラビリンスグループとして育て上げた。その経営の腕は畿内の経済界で伝説を残し、大きな影響力を獲得するに至った。


 いったいこの人はなにがしたかったのだろうか。



 おかげさまで俺はラビリンスグループCEO山田明日香の長男ということで、世間的から見れば巨大企業の跡取り御曹司ってわけだ。正直のところ、そんな実感なんてまったくありません。



「タローちゃんはあ、好きに生きていいのよ」


 卒業後の家族会議、かーちゃんから頂いたありがたい言葉だ。


「一日の経営体験をしてみたけど、あんたはやっていけそう?」


 家族会議の翌週、梅田にあるラビリンスグループの本部へハナねえと一緒にムスビおばちゃんに連れられて、一日だけ色んな会議を回ってみた。


 ぶっちゃけ俺には会社の経営なんて無理だ。ハードなスケジュールの中で理解に苦しむ専門用語を聞く苦行は、人間がすることじゃないことだけはハッキリと理解できた。


 ハナねえはしっかりと助手を立派に勤め上げたので、ラビリンスグループは姉にお任せしたいと俺は夜空の満月に誓った。もっとも、ムスビおばちゃんのほうも最初からそういう意向で手配したと、後となってマイから教えてもらった。



「ターくんはしたいことすればいいの。なんならウチが養ってあげるね」


 マイのご好意はありがたいけど受けようとは思わない。当代の勇者である彼女みたいに、冒険者(アドベンチャラー)としては多く稼げないのだけど、副業が有能な運搬士(ポーター)である俺は、家業の社員で頂く給料を合わせたら、趣味に没頭できて、食うに困らないくらいの貯蓄はある。



 迷宮で一歩間違えれば死があるのみ。


 そんな厳しい世界で俺は緩く、他人にも自分にも優しく、死なない程度で生きていたい。たまになら、心が躍る大冒険をしてみたいかなと思わなくもない。弟のジローちゃんは天才児だし、このまま育てばハナねえが結婚しても跡取りはいるはず。


 一食堂の店長としてなら、調理スキルを持つ俺でも十分にやっていけそうだから、難しいことは周りにいる優秀な人たちに任せたい。



 今はまずは仕込みを終わらせて、賄い飯を作ろうかな。


「おばちゃん、賄いは冷やし中華なんてどう?」


「そうね、今日は看板娘たちはいないから忙しくなりそう。軽めのご飯がいいわ」


「チワワとこから取ってきたみのうタンの試食してみる?」


「いいわね。あいつはケチだから、あんたとこのお父さんや花子たちが魔力を放出しにいかないとタンをだしてくれないの。私と明日香は忙しくていけないのよ」


「まあまあ。ラビリンスは魔力を吸収しないと維持できないからね」



 テーブル拭きしている副社長の承諾も得たということで、冷やし中華にいれる具を考えてみようかな? そうだな、みのうタンを軽く炭で炙ってあげましょう。みのうタンは全国区で有名な食材だから、きっと喜んでくれると思う。




「テーブル1番、7番、15番、27番、大ジョッキ追加ワン」


「追加おおきに!」


 今日も忙しい池田駅前迷宮食堂本店、味よし・量多し・値段安しということで毎日が大繁盛だ。お昼は主に定食の提供だが、夜になれば飲みに来るお客さんが増えるので、固定客が足を運ぶ居酒屋に早変わり。



 店内でキビキビと動き回っているのは身長が100cm、二足歩行する華奢な体だが巨乳を持つポメラリアン。池田駅前迷宮食堂の筆頭看板娘である彼女は多くのファンから愛されている。語尾にワンをつけるものだから、お客さんのほうもまとめて頼むのではなく、一品ずつ注文することが多い。


 ただでさえ厨房は忙しいのにマジでウザい。



「テーブル6番、12番、15番、24番、36番、焼き鳥セットワン。テーブル3番、27番、焼き鳥セット追加ワン」


「はいよ」


 普通に焼き鳥セット七つって言えよ、駄犬め。


 はさみ・かわ・つくね・軟骨・み、五種類の焼き鳥をセットにしたのが夜の人気商品。単品が25円のところをセット価格が100円、池田駅前迷宮食堂が提供するとてもお買い得の本店だけの定番メニューだ。



「カウンター4番に御来客ワン」


「お一人様、いらっしゃいませ!」


 本日もごひいき、ありがとうございます。


 客の入りが多くなってきたので、今のうちに炭を追加しておく。オヤジは()()()()、ハナねえとさっちゃんは仕事、かーちゃんはジローちゃんとオヤジに掛かりっきりで戦力にならない。パートのおばちゃんと厨房の社員はいるけど、ここが頑張り時だ。


 質を維持しつつお客さんを満腹にする。皆様の一時の幸せが俺のやり甲斐だ。やるぞ!




 閉店後、店の裏にミノリねえさんが連れてきた保冷魔動車にみのうタン9トンを引き渡してから、受け取りのサインをしてもらった。去り際にミノリねえさんから不意打ちのセクハラを受けて、今日も防ぎれなかった俺はまだまだ未熟で修行あるのみ。なんのための修行かはよくわからんのだが。



 店内に入ると二足歩行巨乳ポメラリアンは客用のテーブルに突っ伏せたままだ。


「ウィー、おつかれ」


「……ワンワンで疲れ果てたぜ。なんか食わしてくれ」


「みのうタンがあるけど、食う?」


「あのクソ犬ところから取ってきたのは癪だけど、美味しいから食うー」


「食べ物を憎んだってしょうがないからな」


「わちきのとこで出せないのが悔やまれるぅ」


「出せないものはしょうがないじゃん。気にすんなって」



 今夜も良く働いたポメラリアンを労ったら、本来の話し方で夜食をせがまれた。ダメエルフはマイの付き添いでいないし、姉と妹という接客の主力がいない中、閉店するまで来客をさばいてくれた犬ちゃんにご褒美を作って差し上げようじゃないか。



 炭火でじっくり焼き上げたボリュームたっぷりのみのうタン丼。後でかーちゃんと俺、後片付けで残ってくれたパートのおばちゃんが食べる分も用意しておこう。ムスビおばちゃんは明日の本部会議に備えるため、ミノリねえさんの車に乗って帰宅したし、オヤジは本日病欠で食べられないはず。残ったらもったいないので食えない人の分は作りません。



「そうそう、チワワマスターがタナバタまつりの時に店へ食べにくるとさ」


「ええー。今年も来るのかよ、だりぃ……いっそのこと今年であいつの息の根を止めてやろうかな」


 炭火で焼きあげたみのうタンの香ばしい匂いが店内で漂っている。チワワマスターのことをポメラリアンに告げたら、嫌そうな顔で鋭く尖った爪がいきなり両手から飛び出してきた。



 擬態はちんちくりんの巨乳ポメラリアンだが、こいつも現役の迷宮主人(ラビリンスマスター)


 世界規模の迷宮氾濫(ワールドスタンピード)のときに、異世界から時空転移で池田駅を迷宮に変えた。池田で生まれ育ったかーちゃんとオヤジが最初に来たのがこの迷宮。探索で力をつけていき、最下層で変異種の迷宮魔物サラマンダーと激闘した末、日ノ本で初めて迷宮主人と共存協定を結んだのがこの偽ポメラリアンこと、狼少女(ライカンスロープ)のウィースラだ。


 決め手となったのがオヤジの得意、タレたっぷりの大盛り焼き鳥丼だったらしい。まあ、いわゆる餌付けだね。



 池田駅人狼(ウェアウルフ)迷宮(ラビリンス)はいまでも稼働中、池田駅前迷宮食堂本店と長く住んでいる我が家は池田駅迷宮の地上部分にあたる。地下1層は農業ファームで地下2層が畜産ファーム、どちらも広大な地下迷宮となっている。


 地下3層は複雑な通路となる一般公開用の探索迷宮で、地下4層は広がっているだけでなにもないただの空間となっている。そこで我が家の関係者たちは魔法や武技の練習をしたり、ポメラリアンが年に一度は起きる本能の暴走に対応するための、いわば家族専用の贅沢な私有地だ。



 地下5層は迷宮主人の迎撃層間、今でもここに変異種のサラマンダーが迷宮の討伐を目指す来客を待っている。迷宮の心臓(ラビリンスコア)を見せてもらったのもここが初めてだ。今では毎月1回くらい、魔力を注入するために心臓の間(コアルーム)へ訪れている。


 実のところ、大繁盛している店の来客と、これまた来訪する冒険者の多い池田駅前迷宮では魔力を欠くことはないのだが、ムスビおばちゃんの依頼で迷宮氾濫(スタンピード)の出現条件を探っている。



「なんでも試してみることが大事よ」


 子供の時から世話になりっ放しのムスビおばちゃんからそう言われて、俺に断れるはずもないし、堂々とサボれる時間が作れるんだから、嬉々として行かせてもらってます。




「あら、美味しそうな匂いだわ」


 若々しくてお美しいかーちゃんがちらっと厨房に顔を覗かせる。所有する魔力の量に応じて、魂の強さも増大するとチワワマスターから聞いたことがある。さしずめ、絶大な魔力量を持つかーちゃんはいくつになっても美魔女ってことだな。うん、きれいな母親は息子の自慢だ。


 ただ、風呂上りのときに素っ裸でうろつくのはやめにしてもらいたい。実の母だとわかってても、目の毒であることにかわりはありませんよ、お母様。



「今日、箕面迷宮からとってきたみのおタンを焼いてる。ご飯はどうする?」


「大盛よ。かあさん、お父さんの説教で疲れちゃったわ」


「そ、そうでっか……んで、オヤジは?」


「明後日まで起きないじゃないかしら? ところでタローちゃんもエッチなのはだめよ。舞が怒るからね」


「あははは。すでにお怒りかと思うんで」


「ほんと。男って、しょうがない生き物ね」



 無言で両手の爪で研ぎ合っているポメラリアンの隣に座ってから、かーちゃんは小さな吐息をした。


 かーちゃん、説教(せっきょう)折檻(ちょうきょう)は意味が違います。でも夫婦間の対話(コミュニケーション)に口を出すほど俺も愚かじゃないから、なにも言うつもりはございません。



「先月の給料はムーちゃんが振り込んだからね、無駄遣いはダメよ」


「はーい。ありがとうございます、社長」


「いい年して玩具ばかり買うんじゃありません。かあさんはいいけど、舞が誤解したらどうするのよ」


()()か。まあ、趣味は人それぞれなんで。マイに迷惑をかけてないつもりだけどな」


「二人が決めることだからかあさんは口を出さないわ。将来のことをちゃんと考えて、貯金しときなさい」


「わかったわかった。ご飯にかけるタレだけど、多め? 少な目?」


「今日は濃い味がいいわね。多めにして」


「あいよ……おまちどー。タンもご飯もタレも大盛りのみのうタン丼一丁出来上がり、お召し上がりください」


「まあ、美味しそう。タローちゃんが作ってくれた愛のみのうタン丼を頂くわ」



 厚生年金と企業保険、冒険者保険などを差し引くと、俺の手取りは2万2千5百円なり。


 平均的な手取りの収入でみると、高卒の初任給は2万1千円、大卒の初任給で2万8千円、冒険者の月収が約25万円だ。命をかけているからその分だけ高給取りなんだけど、冒険者の死亡率は高いためになんとも言えません。現に卒業した同級生の2割とはもう、二度と会うことはできない。



 ただ、歌姫と称えられてるマイなんて、アイドル業だけで月に100万は軽く稼いでるから、周りの人に比べれば俺は間違いなく低収入者に該当してる。でもね、俺と変わらない勤務時間のオヤジさえ、手取りは20万円だというのに、この差はあり得ないだろう。


 家族企業なのにブラックじゃい!子供からの労力搾取に断固反対するぞ!


 ……まあ、いい。今日に始まったことじゃないし、給料を管理してるムスビおばちゃんに文句をいうのはとても怖い。



 今月は新作の魔法人形(マジックドール)が出るため、まとまった資金は欲しい。マイから折檻を回避するためにも、明日の休みは運び屋稼業(アルバイト)しにギルドへいきますか。


 幼馴染(やろうども)迷宮探索(ラビリンスアタック)するのなら、人間関係を利用して寄生させてもらっちゃおう。




元は本編に書いてたものですが、改稿に伴い、加筆して後書きに移しました。


ラビリンスグループの主な事業展開


◆ラビリンス駅前食堂:

ラビリンス魔鉄の各駅の駅前にチェーン店化されている食堂兼居酒屋。池田駅前に本店が置かれている。ラビリンスグループの中心事業として位置づけられている。

◆ラビリンス魔力鉄道会社:

摂津地域大阪市梅田地区の梅田駅から宝塚村の宝塚までの間がラビリンス魔鉄線路池田本線。梅田駅から播磨地域神戸市の神戸駅までが神戸線。摂津地域豊中村から茨木村の茨木駅までが茨木線。合計三つの線路が運営されている。

◆ラビリンス組:

ラビリンスグループが発注する各種の建設工事を初め、土木や施設の公共事業を同時に請け負う総合建設業。ラビリンス魔鉄とのかかわりから、鉄道敷設や橋梁架設などの土木工事を得意とする。

◆ラビリンスフーズ:

ラビリンス駅前食堂が使用する食材の仕入れ、加工を主な業務として取り扱う。傘下に製塩と製糖工場、製菓会社、お持ち帰り弁当店などの子会社を抱える。

◆ラビリンス魔力工業:

魔石をエネルギー源とする各種の電化製品の製造及び販売を行う。茨木に工場を置き、本社は梅田に所在する。

◆ラビリンス重工業:

工場を伊丹村と尼崎村に設置し、主に魔動車や発魔機を製造する。河内地域河内村や若江村一帯に広がる工場群は日ノ本帝の国自衛軍と探索協会が装備する車両を含む、各種の武器弾薬を製造していると噂されてる。

◆ラビリンスファーム:

摂津地域西宮村、池田村、箕面村、豊中村、高槻村で農畜産業を営む総合ファーム。ラビリンスグループは勿論のこと、畿内地方の家庭や会社を問わず、その台所を支えているのがラビリンスファームと言われている。

◆ラビリンス製薬:

旧時代の技術を取り入れ、異世界から伝わる秘術でポーションなど各種薬品の生産と販売を行う。豊中村にラビリンス畿内総合病院が関連施設として設置されている

◆ラビリンス通信放送:

日ノ本帝の国で最大規模を誇る通信と放送事業を運営する会社組織。自衛軍と探索協会とも事業提携を行っている。




貨幣価値は現在の1/10で設定してます。

2019/9/8に改稿しました。

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