3.04 寝不足の長男は気配りを忘却
昨日の休日は午前中アリシアさんの案内で、リリアンのために教科書と童話集を買いに本屋へ行った。後は京都の観光と称して、旧京都市内のあっちこっちへ連れまわされた。
龍安寺跡、金閣寺跡、銀閣寺跡……すべてが跡地になってた。
下鴨神社や八坂神社など平地にあった旧時代の重要な文化施設は山城地域第一期都市復旧事業計画によって再建されたけど、山沿いにあった各所の名勝は襲撃される恐れがあるため、第一期の計画から外された。
本当に観光であればそれでもよかった。
だが言ったところはもはや山林となった場所ばかり、時々アニマルが襲ってきて、休日だというのになぜ戦闘をしなければならないのかがはなはだ疑問だ。唯一の救いはアリシアさんの案内でワイヤーク草を採取することができたのは嬉しかった。
量こそ数束しか取れなく、近くに潜んでたモンスターのトレントと交戦して、ハヤトさんの助太刀がなければ苦戦してたかもしれない。
でもこれで妖精の秘薬を作る目途が立った。
フルフルトの実はアリシアさんの仲間が備中地域の山奥でフルフルトの木を見たことがあるらしく、彼女たちがきたときに自生してる詳しい場所を聞いてみるつもりだ。
夕方は魔法人形を専門に販売するドールショップへみんなで訪れた。俺が新作をチェックしたいからではなくて、アリシアさんがリリアン用の着替えを買いたいがためだ。
ハヤトさんは物珍しそうに店内を回り、旧式のマジックドールを見つけて大興奮ではしゃいでた。
なんでも子供の時に流行ったアニメだそうで、旧式にもかかわらず、プレミア品ということでショーケースで展示されてたそれは98000円の値段がついてた。この前に購入した最新式の現役アイドルミサキちゃん人形で35000円、放送中のアニメキャラクターなら15000円でも高いと思ったのに、ハヤトさんは現金で支払い、箱を大事そうに持ち、実に嬉しそうな表情してた。
ファンになるってことは、ある意味アホになることだね。まあ、俺には言われたくないでしょうけど。
夕食は二条城迷宮の近くにあるベーカリーレストランへアリシアさんが連れて行ってくれた。焼き立てのパンも美味しいだが、アリシアさんのおススメで食べたウズラエッグサンドが絶品だった。その後は鴨川の畔にあるヒメジカフェ三条店で有名な姫路城迷宮産コーヒーを美味しく頂いた。
リリアンはコーヒーの苦さでもがいたが、アリシアさんが頼んだ特大フルーツパフェで機嫌を直した。異世界の妖精にはコーヒーの苦味からくる甘さがわからないとみる。美味しさが理解できないやつに、もうこの貴重なコーヒーを飲ませるつもりはない。ラビリンスグループが契約できなかった食材の一つがこの姫路城迷宮のコーヒー豆だ。
一日中、飛び回ったリリアンは洗面台のシンクでゆっくりと浸かった後に、アリシアさんから買ってもらった魔法人形用のパジャマに着かえた。よほど疲れたのだろう、ベットに入るとすぐに眠ってしまった。
『――ふーん。楽しそうね』
「まあね。アリシアさんは強引なところもあるけど、ハヤトさんがいいタイミングで別の話を持ってくるんだ。あれはもう、夫婦というかな。阿吽の呼吸だね。それでな、リリアンがドールショッ――」
『た・の・し・そ・う・ね! ウチがいないのにターくんは楽しいそうね』
明日は早起きなので風呂に入り、歯を磨いてから寝る前にマイに連絡を入れた。
あいさつ代わりにスタンプやメッセージなら時間があるときに送るようにしてるけど、あいつも仕事で時間を押してるから、通話をするのは数日ぶり。気が許せるというか、マイとならなんでも話しちゃうくせが俺にあって、気が付けばハヤトさんたちやリリアンの話ばかり。
それをマイが嫉妬したと思う……いや、嫉妬した。
『ウチが毎日毎日深夜まで働いてるのに、ターくんはそうやって女と遊んでたのね』
「トゲあるな……今度の休みにお出かけする? その時にゆっくりお話しようよ」
『うん。今月はもう休めないの。来月の中ごろまでに何とかするから待ってて』
「わかった」
実は、俺も頑張ってるのにって言いそうになったけど、それを言ってしまえばケンカまではならなくても良い雰囲気にはならないだろう。
あいつも今の今まで仕事だったみたいで、やっと俺と話せて嬉しがってたのに、気分を悪くさせる必要性はどこにもない。リリアンたちのことで舞い上がった俺がマイのことを考えてなかったのは悪かったと思う。
「じゃ、もう遅いからマイも風呂に入りな」
『わかったわ。ターくんは浮気しちゃ、いやよ』
「なにと?」
俺がだれと浮気できるというの。妖精? 魔女? エルフ? いやあ、どれもうぶな俺にどれもハードル高すぎる。
『おやすみなさい。好きよ、ターくん』
「ああ、俺もマイが好きだから早く寝なよ。お休み」
通話を切った後にアラームを5時半にセットしておく。布団に入るとリリアンはすでにいびきしながら爆睡している。妖精もいびきするものだなと、しょうもないことを考えているうちに瞼がとても重くなった。
山に囲まれている山城地域の復旧状況は芳しくない。
農業が盛んな洛南は別として、山に接する洛西、洛北に洛東は常に襲撃される危険があるため、この地域で産業がまだ育っていない。そのために冒険者のほかは山城地域へ移住してくる人が少ない。
朝だというのに、摂津地域や和泉地域みたいに出勤する人の姿がまばらだ。もっとも、俺ら冒険者以外は朝の6時に好き好んで通勤するやつもいないと思う。
眠気で気が失いそうな俺は缶コーヒーで目が覚めないかなと踏ん張っている。リリアンなんかはドールショップでアリシアさんに買ってもらった枕や布団を使って、腰にある水筒入れを自分の巣に改造しやがった。それで今はすやすやと気持ちよさそうに眠ってる。
「眠そうだな、太郎。なんだ、夜更かしでもしたのか?」
ようやく夜が明けて、小鳥が朝ご飯を探しに出かけようと、チュンチュンと仲間同士で会話を交わしてるかのようにうるさく鳴いてる。そんな鳴き声の中、ハヤトさんが運転しながら話しかけてきた。
「ちょっと彼女と長話しちゃって」
「か、彼女だとおー」
朝から元気なハヤトさんだ。張り上げた声がとてもうるさく、その証拠にリリアンも眉をしかめた。
「あら、タロウも奥手に見えそうで中々やるね。彼女がいるのね」
「まあ、幼馴染で腐れ縁ですよ」
興味津々な顔して、アリシアさんは前の席からこちらを覗くように顔を向けてきた。ニヤニヤしてるけど、なにが面白いのだろう? あ、そうだ。エルフって恋話が大好きだったんだ。
「このやろう……年上のおれでもまだ女はいないのに、駆け出しのお前に彼女がいるなんて——世の中は間違ってる!」
「なにそれ……ハヤトさんにはアリシアさんがいるんじゃないッスか」
眠いのに絡んでくるハヤトさんがちょっとウザい。
30代前だからおっさんになる前にさっさと女を作れよ。
国だって一夫一妻制の廃止と多産推奨のなんとかという法律が去年に公布したじゃないですか。アリシアさんと息が合ってるからさっさとくっつけちゃいなよ。
あー、眠い。
「なっ! なにを、なにを言ってるんだ太郎君はなにを言ってるんだ」
『はわ! はわはわはわわわ――』
危うく車がスリップしそうになって、ハヤトさんもアリシアさんも挙動不審で大慌てしている。急ブレーキにリリアンが起きってしまい、なにが起きたのか、全然理解できてなさそうな顔でボーっとしてる。
『はわわわはわわ――』
先からアリシアさんは顔が充血し過ぎではないかと思うくらい、異世界語ではわはわしか言わなくなってる。真っ白な肌をしてたアリシアさんがとても可愛く――
――って、マズいっ! エルフがハワハワの真っ赤な顔は思い込みで大暴走の前兆だ!
その証拠にアリシアさんの手に炎魔法が形成しつつある。さらにまずいことに、止め役のハヤトさんがそれに気づいてないようだ。何とかしないとこのままでは本当に車内が炎上してしまう。
一気に目が覚めた!
「は、ハヤトさんには、あ、アリシアさんという大事なチームパートナーがいるからあ、か、彼女ができるとちゃんと紹介しないとだめッスねっ!」
「ち、チームパートナー……」
『はわ?』
あ、うん。二人とも硬直して全く動かなくなった。アリシアさんなんて、先の赤面から青い色の顔に急変化した。この変化、見たことがあったので知ってる。
その昔にクララへガキの俺から大人になったら結婚しようという、よくある幼児の戯言にあのダメエルフが本気にした。中学校一年生になった俺にクララは約束の履行を迫ったというわけだ。それは家族全員を巻き込んでの喜劇、やんわりと断ったつもりだが、クララは真剣過ぎるくらい荒くれて、俺がうそつきだと責め立てた。子供にトラウマを与えたほど、ダメエルフは泣きながら大暴れした。
それは忘れたくても忘れられない、青春の黒くてツラい一ページだった。
「だ、だめじゃないか。なにを言うんだ太郎君はなにを言ってるんだ」
「ふぇー……ハヤトに彼女……」
いやいや、ハヤトさんこそ先からなにを言ってますか。言葉遣いがめっちゃおかしいし、変に繰り返してる。それにアリシアさんは明らかに気落ちしてるよね? 俺もドンカンではないからこの反応ならすぐにわかる。
この二人、両想いだ。
「びっくりするじゃないか。こら太郎、大人をからか――」
「――ハヤトさん、ギルドへ行きませんか。九条さんを待たせると大変ですので」
「そ、そうだな。うん。そうだ、ギルドへ行こうギルドへ行く」
『ふぇー』
どうにか立ち直ったハヤトさんが運転を再開したけど、アリシアさんはエルフシンドロームからまだ回復していなくて、後ろから見えないがたぶん真っ青な顔して助手席に沈み込んでるはずだ。
『なあに? 朝ご飯?』
妖精はまだ寝ぼけてるようで、飛ばずに手と足を使って俺の肩まで登ってきた。すでにばっちりと目が覚めた俺はこのカオスな朝をどうやり過ごそうかと思いにふける。




