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勇者家族のへっぽこ長男  作者: 蛸山烏賊ノ介
第3章 依頼を達成することが目標のへっぽこ長男
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3.01 へっぽこ長男は副会長から小言

 大津ギルドへ帰還した俺は4階の執務室で報告した後、九条さんのやや不機嫌そうな顔に気圧されて、早めの食事を取る予定は叶うこともなく、状況がわからないリリアンは一人で用意された菓子を美味しそうに完食した。


 ここのソファーは座ったら材質の柔らかさで体が沈み、今日の疲れが癒されて目を閉じたくなる。



「――色々と貴重な情報には感謝しますよ? だけどクエスト中に家業の契約するのは冒険者としてどうなんでしょうね。太郎ちゃんは自分でどう思われますか?」


「……バイト中にちょっと正社員の仕事をした?」


「へー、ふーん。そうですか、太郎ちゃんはギルドの依頼をアルバイトと心得ているのですね」


「いや、言葉のあやで——」

「よくわかりました。以後はその心根をしっかりと正すよう、太郎ちゃんに依頼する内容を修正していかなくてはいけないかもしれませんね」


「ちょ、ちょっと……」


 仕事だから仕方ないだけど、夕方にギルトへ戻ってから8時頃まで、九条さんに口頭で説明しながら記録を作らされた。


 ビワコ村とラビリンスグループが干物の購入に関する契約のことを聞いた辺りから、雲行きが変わった。ねちねちと30分の間も文句をたらたらと九条さんから締め上げられた。


 正直なところもう勘弁してほしい。そうならんがためにムスビおばちゃんと連絡したのだが、結局は役に立たなかったのようだ。



「勘違いされてるようですけど、わたくし、ビワコ村とラビリンスグループの契約については口を出すつもりはありません」


「本当ですか?」


 散々文句を言ってたくせに、いまさらそんなことを言われたって信じられないけど。


「ただ太郎ちゃんが大事な交渉のときに、重きをどこに置くべきかをちゃんと考えてますかと、それをお聞きしたかったのですよ」


「それは……流されるところがあったのは否定しませんが、目的を達するための努力はしました」


「そうですか、それならいいんです。結果からみましたら、今回はビワコ村にいるサハギン族のほうから好意を示してきましたので、最初の交渉は成功したとわたくしは判断しました」


「ありがとうございます」

「——ですが! 本来なら魔物との交渉は困難が伴うもので、時には武力による衝突が起きる場合もあります。そういう危険性をちゃんと考えてくださいね」


「……はい、わかりました」


 精神的の疲れで気落ちした俺に、厳しさいっぱいだった九条さんが一転して、嬉しそうな笑顔で話しかけてくる。



「伝えておきたかったことは話しましたので、褒めるべきことをちゃんと褒めますね。よく頑張りました、太郎ちゃん。おかげさまでずっと停滞してた近江地域において、一歩先へ進められそうです」


「はい。ありがとうございます」


「懸念すべきことはたくさんありますけれど、なにより琵琶湖で水運の目途が立ちそうです」


「はあ」


「それにラビリンスグループが先にビワコ村を抑えてくれたこともラッキーでした。ギルドはですね、色んな利権が絡んでくるから実はとても大変なんですよねえ。むすび姉様なら――」

「むすびねえさまあ?」


「あ、いえ——ラビリンスグループの鳳様ですわよ、オホホホ」


 オロオロしてから笑いで誤魔化そうとする九条さんを見ながら思うことがある。



 なるほど、()()()()()か。なんとなくだけど、少しだけかーちゃんたちと九条さんの関係が見えてきたかも。


 うちの家族を潜在的な敵と認定してるとか、お互いの関係が政府の手先と抵抗する在野の一党とかなら、警戒レベルを維持しなくてはいけないけど、ムスビおばちゃんのことを()()と親しそうに呼んだので、すくなくても人間関係がそう悪くはないと判断してもいいかもしれない。



 いつの間にか横で深い眠りについたリリアンに目を向ける。


 この妖精のおかげで、今日は成果的でも報酬的でも、いい結果を得ることができた。知り合ったばかりのパートナーだが、これからも良い関係を続けていきたいと思う。マカロンの発注はちゃんとしておいたしな。



「口頭での報告でしたが、リリアンちゃんもよく頑張りましたね。お互いの短所を補い、長所を伸ばし合う。きっと大切なパートナーになられますわ、この関係を大事にしてくださいね」


「はい、そうします」


 九条さんの計らいでリリアンの記録については記述内容を必要事項だけに止めた。


 こちらの世界に妖精という種族が存在しない以上、リリアンのことはギルドの本部、ひいては政府のほうで強い関心を示されるかもしれない。そのために記録上では身分の保証がしっかりと書き込まれた。



 ――この者は山城地域探索協会に所属する、ラビリンスグループCEO山田明日香の長男である山田太郎の保護下にあり、山城地域探索協会で登録された正式な帯同者である。山城地域探索協会副会長九条日菜乃が前記の事実を認める――



 いちゃもんをつけたかったら山田明日香か、九条日菜乃を訪ねて来いやと表現したいのでしょうね。


 ご好意はとてもありがたいと思ってる。だけどいつの間にか山城地域探索協会に所属する冒険者として公認された俺。九条さん、どさくさに紛れて手を打ったな? リリアンを抑えられた俺に反論できないのがちょっと悔しい。




「それで午後にですね、ギルドに他の冒険者から連絡があったのですが、太郎ちゃんにギルドで待ってるように伝えてください。なんですって」


「そうですか、わかりました」


 ビワコ村から帰り際、ナツメさんから茶葉を買い付けることを約束してきた。


 お茶を作ってるのはサハギン族ではなく、コボルド族が山から自生する茶の木から摘んだものを使ってるとナツメさんから聞いた。


 ただ、コボルド族は食糧のほかに砂糖や魔石式照明器具などの日用品がほしいようで、茶葉と交換することをナツメさんが代わりにコボルド族へ伝えるように頼んでおいた。


 九条さんが飲んでるお茶はナツメさんが先に融通してくれたもので、彼女もこの茶の香りとわずかな渋みが気に入ったみたい。



「太郎ちゃんの情報からすると旧高島市に住んでいるモンスター族とは、サハギン族以外に今は対話が期待できなさそうですね」


「そうですね」


「そこで太郎ちゃんに提案があります。こちらの情報ですけれど、備中地域でハーピーと交易を始めた冒険者がいるようですが、それに見習いましょうか」


「交易ですか……それはいいかもしれません」


「お年寄りたちに余計な手出しを無くさせるために、最初は太郎ちゃんとむすびね——ラビリンスグループの鳳様にお任せして、徐々に交易品の種類を増やしてから、改めて交流についての交渉を進めるのが良さそうね……」


 ぶつぶつと一人でしゃべり出した九条さん、俺はもう帰ってもいいだろうか。


「そうすると、まずはオークやケンタウロスがなにを求めてるかを知る必要性があるのよね……食べ物なら腹を抑えることができるから、交換物資で食糧の比重を拡大させておけば、こちらが有利に働けそうだわ……」


 話の途中から九条さんは自分の思考に入って、なにやら不穏のことを言い出したけど、悪い大人とはこういう人種なんだろうな。



 俺がジッと見ていると九条さんは視線に気付いて、フッと我に返った。


「——あら、ごめんなさいね。ちょっと思うことがありまして」


「はあ……それはいいですけど、あまり無茶しないでくださいよ。ナツメさんからオークやケンタウロスたちに手を出さないでほしいって釘を刺してますからね」


「太郎ちゃんは優しいのですね。ええ、任せてください。ギルドとしてもモンスター族と対等な関係を築きたいと考えてますし、前に太郎ちゃんのお母さんから住み分けは大事って言い聞かされてますのよ」


「かーちゃんがですか」


 家に帰ったら、九条さんとかーちゃんたちの付き合いを聞いてみたいと思いついた。



「そうです。それにわたくし個人の考えですけれど、こんな時代になって、モンスターやアニマルの全てを討伐することなんて不可能に等しいことですわ。それならどこかで落しどころを付けるのが次の世代への責任だと思ってますの」


「俺らの世代ですか?」


 キッと九条さんから睨まれた。なんでだ? 間違ってないでしょうが。


「わたくしだってまだまだ若いですのよ。太郎ちゃんって、失礼ですね」


「ははは……マジですいませんでした」


 またまたこの人は。冗談が好きにもほどがある。

 気持ちがこもらない謝罪だけど、一応はしておいたほうがいいと思う。この人、ギルドの副会長だし。



 室内にあるインターホンが鳴って、九条さんは机のほうへ行ってからなにか喋ってる。ギルド内の連絡事項と思ったので、あえて聞き耳を立てずに眠っているリリアンの頭を起きないようにそっと撫でる。



「太郎ちゃん、お客様がもうすぐここに来ますわ。ヤマシロノホシというパーティ、ご存知ですよね」


「ええ、先ほどひなのさんが言ってました、他の冒険者から連絡はたぶん彼らのことじゃないかって思ってましたから。ところで、ひなのさんもハヤトさんたちのことは知ってるんですか?」


 妖艶な笑みを浮かべた九条さんは、両手を胸の前に組んで見せた。うん、ちょっとエロいですね。さしずめ、年の功といったところかな。


「ヤマシロノホシ。それはわたくしがはやとくんとアリシアちゃんに付けてあげたパーティ名ですもの、知らないはずないわ」


 あー、九条さんの読心スキルはマイレベルじゃなくて良かった……それに謎が解明できた。最悪のネーミングの犯人は九条さんだったんだ、納得できてしまうところがミソだよな。




「――というわけでリリアンと出会い、一緒にクエストを受けたりしたんですよ」


「そ、そう……ごめんなさい。てっきりタロウがフェアリー様を奴隷にしたのかと勘違いして……」


 そうなんだよ。


 今でこそ大人しく体を縮こまらせるアリシアさんだけど、先は執務室に入るなり、周りが止めるのを振り切って、俺を殺さんばかりに襲いかかってきた。


 九条さんがクマさん式神を飛ばさなかったら、たぶん俺は死んでなくても失神くらいはしてたんでしょう。


 騒ぎでリリアンは眠りから目覚めて、鬼神がごとく暴れるアリシアさんに怯えてしまい、今はブルブルと体を震わせて俺の首の後ろに隠れてる。



「アリシアちゃん? この世界には隷属の首輪がなければ奴隷の契約もないわよ。あなたたちエルフは何度言えば理解してくれるわけ?」


『タロット、この凶暴なエルフ怖い……』


「ごめんさない……」


 小さくなって正座しているアリシアさんのごめんなさいは、いったい九条さんとリリアンのどっちに言ってるのだろうか。


 ここは怒るべきところとは俺も思うけど、うちにいるダメエルフは勘違いで暴走するパターンをいつもやらかしてる。日常の光景でおれはもう慣れてるので、アリシアさんに対しての怒りを感じないだよな。



「アリシアちゃん、謝るなら太郎ちゃんに対して謝るべきだわ。あなた、だいぶこちらの社会に馴染んできたと思ったけれど、まだまだ修行不足だわ」


「タロウ、ごめんなさい。許してくれるなら何でもします……」


「太郎、すまねえ。俺たちがアリシアを止めてやらんといけなかったが、急すぎて抑えられなかった」


「もういいですよ。実害がなかったことですし、アリシアさんもリリアンを思っての行動でしょう? もう謝ってもらいましたので、ここで手打ちしましょうよ」


「太郎、お前はなんていいやつだ……」


「タロウ、許してくれてありがとう。してほしいことがあるならなんでも言って」

「あはははは」


 ハヤトさんは感動して肩を掴んでくるし、アリシアさんは両手を合わせてなんだか目をウルウルさせているけど、エルフさんのなんでもするに騙されちゃダメ。



 恩返しとかでしでかすことと言えば、大概は思い込み(エルフシンドローム)で大暴走して周りを巻き込んでの大惨事。


 しかも、エルフは異性に関する貞操観念が想像を超える領域にあって、エロ方面は冗談でも本人が混乱してさらに事態を悪化させるしかない結果が出ない。


 美しいエルフにエロい願いはなにがあってもしちゃいけない絶対禁則だ。


 うちのダメエルフしか知らないのだけど、俺の予測ではまだ見ぬ特例を省いて、エルフ族なら大差なんてないでしょう。エッチなのはいけないと思います!



「仲直りしたところで、アリシアちゃん、あなたは何しに来たの?」


「はい。フェアリー様に会いに来たの」


 様子を覗いてるリリアンに熱い眼差しで見つめるアリシアさん。


 それに気付いたリリアンがビクッと体を震わせて、そそくさと俺の後ろに隠れてしまった。明らかに気を落としたアリシアさんに今は俺にできることは何一つないのだ。だって、彼女の自業自得ですもの。


「はやとくん、ほかの子のどうしたの?」


「ああ、ユタカさんとふゆこならしばらく休むって。長い間まとまった休みがなかったし、この頃はわりと稼いでるから懐が暖かいんで羽を伸ばしたいだろう」


「そう。じゃあ、あなたたちに太郎ちゃんのことをお願いしようかしら」


「えっとお、別にいいですけどなにをすれば……」


「ひなの、ワタシに任せてほしい!」


 困惑そうな顔するハヤトさんだけじゃなくて、俺も九条さんの言葉に戸惑うばかりだ。アリシアさんの即答にはびっくりしたけど、こっちに近付いてリリアンを見ようとするのはやめたほうがいい。


 ほら、また引っ込んじゃったじゃないか。



「太郎ちゃんはしばらくの間こちらで活動するの、先輩であるあなたたちに彼のサポートをしてほしいわ。詳細は明日の朝に話すから親睦を兼ねてご飯へ行きましょう。ギルド持ちで奢るわよ」


「そういうことなら引き受けよう。姉さんの奢りならしゃぶしゃぶが食いたいぜ」


「異論はない。フェアリー様と食事できるならなんでもいいわ」


『ねえ、タロット。今どうなってるの? なにが始まるの?』


 ついて行けない展開でこれから食事に行くことになったみたい。リリアンは言葉がわからず俺に聞いてくるが、こういう時は変に反抗や質問をしないで素直について行ったほうが無難だ。


 どうせ接待交際費で落とすと思うから、散々イジメてくれた九条さんの奢りで遅めの美味しい夕食を食べましょう。


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