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勇者家族のへっぽこ長男  作者: 蛸山烏賊ノ介
第2章 探索に行くことが目標のへっぽこ長男
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2-11. 食材発見の長男は魚人と契約

『ありゃ、珍しい客がきたもんだねえ。あたいの言葉はわかるかい?』


 うん、やたらとフレンドリーなサハギンさんが琵琶湖から捕ったお魚を手で掴んだまま、彼女(?)たちが住むこの村にきた俺とリリアンを出迎えてくれた。


 サハギンたちは全身が鱗で覆われてて、目の前にいるみんなが同じキトンみたいな服を着ているためか、正直なところ、俺では性別を判定することができない。



『こんにちは、いきなりお邪魔してすみません。言葉はわかりますのでお話はできますよ』


『あらまあ、異世界の人族もあたいらの言葉がわかるんだね。まあ、珍しい』


 いいえ、俺から見ればあなたたちが異世界人ですよ。でもこれから交渉するのに、そんなどうでもいいにはこだわらない。



『それでうちの村になんか用事? 魚でも買いに来てくれたのかい? 捕りたてがあるから美味しいよ』


 この村で捕れた大きなお魚さんを勧めるように俺のほうへ嬉しいそうに突き出すサハギンさん。


 川や海へ気軽に入れない今の時代では、川から捕れる淡水魚は共存するサハギン族が契約する分を納品し、海ではマーメイド族が気まぐれに海水魚を海の近くに住む人と物で交換する。


 彼らが採捕した水産品はたまに市場へ出荷されたりするけど、一般的に利用されてるのは迷宮産の水産物で、現地から獲れる自生の魚介類は貴重な食材だ。



『おや? 生の魚はいらないみだいね。それなら日干しした魚なんてどう? 塩を多めにまぶしてるからちょっと辛めだけど火で炙ったら美味しいわよ』


『あ、ちょっと待っ――』


 いや、そうじゃない。


 干し魚はうまそうだけど、残念ながら今日は仕入れしに来たわけじゃない。それにしてもこの人懐こさはなぜだろうか、俺が止める間もなく、サハギンさんは急ぎ足で村の中へ入る。



『人族だ、人族が村に来た』

『小っちゃい人族もいるよ、可愛い』

『なんかちょうだい』


 代わりに出てきたのが十数人のサハギン族の子供たち。足元にまとわりついてやたらと騒いでる。


『――タロット助けてえ! く、くさーい!』


 妖精(フェアリー)淡水魚人たち(サハギンキッズ)に捕まり、逃げようと暴れているけどおもちゃに見なされたリリアンを子供たちが手放さない。この様子だと死にやしないから、俺とサハギン族が仲良くなるための献上品の扱いで、相棒にしばらくの間は頑張ってもらってもらおう。




『ひ、ひどい目に会ったわ……』


『あははは。ごめんね、妖精さん。あたいらはこっちの世界で誕生したんだからさ、妖精のことは見たことがないのよ』


 最初に出会ったサハギン族のナツメ・ビワコさんが、子供たちにべたべたと撫でまわされたリリアンを温水で洗い終わったあと、質材がわからない布でリリアンの体を拭く。




 ナツメさんから色々と教えてもらえた。 


■サハギンたちは独自のネットワークを共有し、情報を交換し合ってること。

■サハギンは住んでる場所から村の名前とその集団の姓を命名していること。

■名のほうは中之島迷宮の迷宮図書館から得た資料を参考し、この世界にある名字を用いていること。

■ビワコ村のサハギン族は数年前からこの地に住みつき、ここに住みつくオークやケンタウロスたちとも交流を続けていること。

■ビワコ族は水龍ミズチを生き神として崇めていること。

■ナツメさんの旦那はこの村の村長で名前がイツキであること。



『いやね、ウジカワ村から聞いた話でさ、人族は魚を喜んで買ってくれるのでずっと待ってたけど、一向に来ないからどうしたのかねって旦那もぼやいてたのよ』


『そうですねか』


『あんたが来てくれてよかったわ、これであたいらも魔石や人族のものが買えるわ』


『いいえ、私もいい干物が入手できてよかったです』


『ごめんね、旦那もいればよかったんだけど、野郎どもは午後の漁に出ててさ、夕方にならないと帰って来ないの。でも契約は大丈夫よ、旦那がいないときはあたいが決めれば問題ない』


『わかりました。会えないのは残念ですが今後の仕入れをよろしくお願いします』


 体長が5mを超えるワイルドブラックバスから作った干物を試食させてもらったが、塩味が利いてて噛み応えは抜群で後味もいい。これはうちの店で酒のアテで出せる一品だ。


 ギルドへはクエストの証拠品としてちょっとは出すけど、残りは全部持って帰るつもりだ。



 ムスビおばちゃんに連絡をいれて、了承が得られたのでこの場でビワコ族の水産品を定期的に仕入れする独占契約を、まずはナツメさんと口頭の約束で合意に至った。


 ギルドのクエスト中になにをしてると九条さんから文句を言われそうだけど、俺からすれば貴重な食材の仕入れ先ができそうだったし、ムスビおばちゃんから自分が伝えるって言ってきたので、そっちの協議は任せることにした。



『話の続けだけど、人とは交易したいとあたいらは思うのね。だけどね、ここに住んでるオーク族やケンタウロス族たちとはあたいらが住んでからずっと仲良くしてもらってるの』


『……』


 チラッと見てくるだけど、答えを求められていない気がする。


『漁に使う銛はコボルドに作ってもらってるし、山から獲れる肉や果物とかも分けてもらえるの。だからね、これからもあたいらにとって彼らは大事なお隣さんなの』


 招き入れられた干物がたくさん積んである貯蔵庫のような小屋で、ナツメさんは小屋の空いた窓へ目を向けたまま、穏やかな口調でビワコ村に住むサバギン族の思いを語った。



 視線を俺のほうに戻してから、彼女は強めた口調で俺へ警告を発する。


『人族がここにいる者を討伐する気なら、あたいらは手を貸さない。場合によってはあたいらが武器を取って人族の敵になるよ』



 サバギン族に共有するネットワークがある以上、人間が地上に住むモンスターへどのような対応を行ってるのは、ナツメさんたちサバギンにも知られてるはず。


 彼女は同じ土地に住む隣人のために注意してきたと考えるべきであって、今の俺が彼女に応えられるのは自分の立場を正直に打ちあげることだ。そもそも、ただの冒険者が人間社会を代表することはできないし、それはやっちゃいけいないことなんだ。



『えっとですね。私が来たのはあくまであなたたちビワコ族と最初の接触をするためであって、そのほかのことはこれからあなたたちがギルドと話し合いを重ねればいいと思います』


『あたいらとかい?』


『はい。そんなわけですから、オーク族やケンタウロス族のことはまた別の機会で考えましょう。それに彼らのことはビワコ族を通して交渉するつもりなど()()()ないですし、あなたたちとも関わりのないことだと思ってますよ』


『そうさね。彼らは人族と関わりたくないって言ってたから、あたいらがとやかくいうことでもないさね。ただここで人族と戦いが起きたら、あたいらにも火の粉が降りかかるから、できればなんもないことが一番なのよ』


『はい、その通りだと思います』


『でも心配しないで、あたいらがあんたらと仲良くしてもあの人たちはなんも言わないって、前に話し合いで決めてたことだから』


『そうですか、それは安心しました』


 ナツメさんが入れる香りのいいお茶はとても美味しい。


 店でお客様に出せそうなお茶なので、これがどんな木の葉から作ったのか、後で彼女聞いてみたいと思う。大量生産ができるのなら、ぜひナツメさんたちと取り引きしたい。




 ここまでの話でギルドに報告すべきことはたくさんできた。


 九条さんが探索協会の副会長として、どんな決断を下すかは最初の接触者としての関心はあるのだけど、関与はできないし、関渉もしない。あくまでここは山城地域が代理で管轄する近江地域だから、部外者でしかもたかが一冒険者が口出しできないことは俺にもわかる。


 それでも俺が願えるのなら、ぜひここに住む異族と仲良くやってほしい。それもオーク族やケンタウロス族たちを含めてのことだ。人と争うつもりがないのなら、なにもこちらから仕掛けることはないだろう。



 遠目でしか眺めていなかったけど、オークもケンタウロスも楽しそうに大地を駆け回ってた。このことはギルドに戻ってから口頭で九条さんに伝えよう。



『それはそうと、甘いものはありがとうね。子供たちも喜んでたし、あたいら女は甘いもんが大好物だから。本当に代償は払わなくてもいいかい? まあ、払いたくてもあたいらに人族の貨幣は持ってないからね』


『いいですよ、お金はいりません。なんていうか、この村に来た手土産と思ってくれればいいです』


『タロット、リリアンの分はあ?』


 マカロンはここでも大人気です。


 ナツメさんはお茶と一緒に美味しそうに食べてるし、収納箱にある分だけ、ここに置いていくことにした。あれはわが社の関連会社である、ポメラニスウィーツが販売するものだから、いつでも好きなだけ購入することができる。



 社名の由来はって? そんなの、うちにいる迷宮主人の駄犬しかないじゃないか。あいつは大のお菓子好きだから、ムスビおばちゃんがポメラニアンの功績に報いるため、わざわざ製菓会社を立ちあげたのさ。


 それとリリアン、お前と俺のおやつはちゃんと残してあるからウロウロして心配すんな。




 節穴である俺の目にはどう見たって、サハギン大とサハギン小にしか見えなかったビワコ族の女性と子供たちに見送られて、俺とリリアンは帰路についた。


 遠くのほうで武装したケンタウロス2体が俺とリリアンの様子を窺ってたけど、監視を兼ねてこちらの動きを見極めようとしてただけと憶測した。特にケンタウロスのことは気にすることもなく、俺とリリアンは村から立ち去った。



 鵜川地区と北小松地区を逆行して、俺らは装甲魔動車が駐車中の南小松地区へ戻る。


 帰るまでがクエストだから、できるだけ動物を避けるように木の後ろへ隠れながら移動した。エンカウントは極力しないつもりだが、戦闘となっても今の俺にはフェアリーガンがあるから、ツキノワグマ級以外なら十分に対応はできる。



『もしもし、アリシアさんですか? 山田太郎ですけど、いまは通話しても大丈夫ですか?』


『んん? タロウなの? ええ、今は話しても大丈夫。いきなりカラリアン語でしゃべったからびっくりしたわ』


 装甲魔動車の傍で右手は万が一に備えて、マカロンを食べてるリリアンを握り、左手はスマホでアリシアさんに連絡を入れた。



『ははは、俺がカラリアン語を話せたことを伝えてませんでしたね……えっとですね。単刀直入で申し訳ないですけど、アリシアさんって、フルフルトの実とワイヤーク草をご存知ですか?』


『ええ、もちろん知ってる。それよりもタロウが知ってることにびっくりよ。今日はタロウに驚かされてばかり』


『そうですか、すいません。フルフルトの実とワイヤーク草って、()()()の世界で見たことはありますか?』


『ワイヤーク草はこちらでも見たことある。フルフルトの実のほうはないんだけど、ワタシと一緒に里から出たエヴェリーナ姉は見たって話してた気がする。ちょっといい?』


『なんでしょうか』


『なんでいきなりタロウがそんなことを聞くの? フルフルトの実もワイヤーク草もあるものを作るための素材よ』


 そりゃアリシアさんの言う通りだよな。俺だって急にこんな連絡をもらったらまずは疑ってしまう。


 エルフは変人が多いけど信用できる。


 かーちゃんたちがそう言ってたし、ダメエルフのクララも性格はニート級だけど、信頼できる高潔なエルフだ。ここはリリアンのことを正直にアリシアさんに話そう。



『アリシアさん、すいませんがビデオチャットのほう、お願いできますか?』


『……タロウ、アナタじゃなきゃ通話を切ってるところよ。本当にどうしたのよ……いいわ、切り替えておく』


 ごめんね、アリシアさん。


 だってさあ、妖精の話をすると信じてもらえるまで時間がかかりそうだもん。論ずるより行動、リリアンを見せればすぐに信じてもらえるはず。左手の親指でスマホを操作してからリリアンをスマホの前へ持っていく。



『アリシアさん、この子が妖精(フェアリー)のリリアンです』


『こんにちはあ、リリアンだよ』


『……』


 うーん、画面中のアリシアさんが動かないんだけど、受信しにくい場所にいるのかな。


『くぁwせdrftgyふじこlp! ――』


 あ、アリシアさんが壊れた。しかもいきなり通話が切れた。なにが起きたの?



『今の子、エルフの子だよね?』


『うん。どうしよう、アリシアさんって人にフルフルトの実とワイヤーク草のことを聞いてみようと――』


 着信音が鳴った、しかもハヤトさんのスマホからだ。なにがあったかをハヤトさんに聞いてみる。



「あ、もしもし、ハヤ――」


『太郎か。アリシアが異世界語でしゃべってたから姉妹と話してるかと思ったけど、スマホを落として壊れたから太郎に電話しろってやかましいんだよ。なにがあったのか、教えてくれ』


 そうか、スマホを落として壊してしまったのか。アリシアさんも案外おっちょこちょいだな。


「あははは。ちょっとですね、アリシ――」


『タロウ! どこにいるの? すぐに行くから居場所を教えて。妖精に会わせて!』


 おう、アリシアさん復活。ハヤトさんからスマホを奪ったんだろうね。



『クエストで大津ギルドに来てるんですけど、たぶんまたクエス――』


『——大津ギルドだね? わかった、そっちへ向かうわ。すぐに行くからそこを動くな逃げるな離れるな! もし居なくなったら草の根を分けても探し出すからね! 待ってなさいっ』


『は、はいっ!』


 俺が考えているよりエルフにとって妖精は大事な存在であるらしい。のんきな顔してマカロンを齧るリリアンを見て、こいつがそんなすごいやつとは到底みえないなんだけどな。





誤字報告して頂き、厚く御礼申し上げます。

お手を煩わせ、本当にありがとうございました。


明日に番外編1を投稿します。

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