2-10. 思案する長男は副会長に連絡
午前中に討伐したゴブリンの報告をアプリで送信し、収納した鎧と剣は後でギルドに提出するつもり。ゴブリンの処理は昨日のクエストを参考に、装甲魔動車の中にあったスコップで穴を掘ってから死体を埋めた。
スマホにたくさんの着信記録が入ってるがそのほとんどは家族からのもので、みんなはリリアンのことが気になってるみたい。正重からは、最新のマジックドール早よ見せろ、なんてメッセージがきたものだから、当分の間はあいつにリリアンを会わせてやらない。
マイからの通話着信もあったけど、あいつは自分が納得するまで聞こうとするから仕事中なので取りません。
北小松地区に足を踏み入り、山のほうに近付くとそこはアニマルの天国だった。
ムササビやモモンガはこちらの姿を確認すると森の奥へ飛び去った。シカが群れを成して、小鹿が興味深そうにこちらへ来ようとしたが母シカに止められた。キツネが警戒しながら近くまで来て匂いを嗅いでは威嚇の唸り声をあげた。
木の上にいた数十頭のニホンザルは生えてる果実を齧りながら食べかすの芯を投げてきた。反撃に土魔法の投石でブロックを投げると、やつらは一斉に森の中へ散らばるように逃げて行った。
攻撃してきた巨大なツキノワグマをリリアンの魔法で倒して、身動きを考えた俺は収納箱を背負ってないため、屍骸はリリアンが亜空間に入れた。
いち早くツキノワグマの接近を発見したのはリリアンだった。
森の奥から現れたやつをリリアンは警告してくれたけど、その時点では小さすぎて俺にそれがツキノワグマだと見えなかった。おかげで余裕を持って応戦することができ、雷魔法でしびれさせてからやつの体力を雷魔法で削りつつ、時間をかけてツキノワグマを絶命させた。
決め手を欠く今の俺とリリアンではそれが精いっぱいで、今後のことを考えるとより強い技を考え出さないといけない。
それでも大きな収穫はあった。遠方を見通せる視力に匂いをかぎ分ける嗅覚、危機を感じ取る超感覚など、聞けば聞くほどリリアンの感覚がスキルかと思えるくらい、妖精はとても素晴らしい能力の持ち主だ。
南小松地区で遭遇したゴブリンのことを聞いてみたけど、リリアンは俺がすでに把握してると考えたようで、まさか発見してないと逆に驚いたてた。
うん、ポンコツなへっぽこ相棒で本当にごめんな。
九条さんは道路を数年前に再整備したと言ったけれど、舗装された道路はすでに草や木などの植物によって崩れされてしまい、その役割を果たさない。
世界規模の魔力噴出から50年、世界規模の迷宮氾濫から40年。人が去った大地に動物たちは進化の試練を経て、魔物に襲われながらもこの世界に対応できる子孫を残し、自分たちが住む領域を自力で確保した。
世界は変わった。
人にとっては住みづらくなったかもしれないけど、いつの時代だって自然の変化に対応できたものが生き永らえる。住み分けは大切なこと。動物たちは力を持ってもそこに居続けて、日々の糧と住処しか求めない。
人が今よりさら進化し、もっと世界に順応できた時、再び活動の領域を広めようとするかもしれない。いや、もうしようとしているのだろう。
だが50年前から始まった災厄ともいえる世界の変化に、自ら変わっていくものたちにはそこにいる権利があると思う。だから、俺にはそれを壊す権利を持たないないし義務も負っていない。
しょせん俺はまだ22才の若造、自分が知ってることは周りから受けた影響が大きい。かーちゃんたちが話すこと、オヤジとおっさんズが酒を飲みながら語ること、幼馴染たちと未来に対する思い。それらが俺の中でちょっとずつ形を成し、自分だけの価値観となっていることをこれからも大切にしていきたい。
極力戦闘を避けるため、偵察の途中から生えてる木々で身を隠しつつ目的地へ向かって前へ進み、ここに住んでいる魔物と動物の種類を地図に記録する。リリアンは行動中に辺りを飛び回っては薬草や果実を見つけてきて、俺に採収するように強く催促してくる。
お前も収納できるから自分でやれ! なんてことを言うのは大人げないと思ったから、保護者な俺は言わないけど。
リリアンのおかげで多くの食べれる戦果が採取できた。襲いかかってきたアニマルを撃退した俺らは、鵜川地区を抜け、旧高島市にあたる平地が琵琶湖の湖景と一体化となって、美しい景色が目の前で開けた。
『じゃあ、行ってくるね』
『ああ、おおまかでいいからね』
着用する服装は無魔法で作り出したものだから、隠形のスキルに対応できるみたいで、地面すれすれで飛んでいるリリアンは、体色の変化で草と同化して姿が見れなくなった。
リリアンには隠形という偵察に最適なスキルがあるため、彼女に仕事の手助けをお願いした。リリアンは俺らのように探索を専門とした勉強をしたことがないので、大した期待はしていない。ただ、彼女に探索するための技術を必要以上に教えたいとも思わない。
彼女は俺のパートナーであり、銃であり、盾である。ついでに魔法人形用の服を買って来て、着せ替え人形に仕立てようなんて思わなくもない。ただそれを実行してしまえば変態な道を走ってしまいそうなので、ただいま迷ってる真っ最中だ。
さて、俺は水辺に集落が存在することを目視できたので、今はどうしようかなと悩んでいる。
サハギン、異世界にから転移してきた両生種族。
ワールドスタンダードの時に迷宮から出た魔物が土着し、競争が少ない水辺で生きることが繁栄につながった。陸上では持つ力を発揮できないけど、水へ入れば彼らは元の力を取り戻す。
歴史の先生からの話では旧時代と比べて、今の世界で大きな川や湖、海などは水の世界になったと考えるべきだという。
元々この世界にいた水生動物や植物は進化して、討伐が困難な水棲魔物とともに水辺へ侵入した人々を攻撃する。橋を作っては壊され、船を出せば沈められる。しかも対話する意識と知能を持つ種族は今のところは水龍ミズチと淡水に住むサハギン族、それにマーメイド族以外はこの国には現れていない。
海を活動の領域とするマーメイド族はいるものの、なぜか人類に対して極めて高い敵愾心をもって警戒する態度を露わにする。
サハギン族は水棲魔物にしては比較的に温和な性格を持ち、異世界語を話すことができ、敵対しない限り、あちらから攻撃することは珍しいとオヤジが話してた。
多くのサハギン族は人間と共存することを選び、政府から委託事業を受けて、建造した橋や渡船の守備につくなど、今やこの社会で欠かせられない成員となりつつある。
そこで問題となったのはもらったクエストの資料に、サハギン族がここに集落を構えてることが記されていない。
以前にヤマシロノホシとクエストへ同行したときにハイオーガを討伐した後、ハヤトさんが川西ギルドへ緊急連絡して、木津キャンプからの応援がきたことを思い出した。そういう前例があるため、俺は九条さんに連絡を入れた。
「ひなのさん、今は通話しても大丈夫ですか?」
『あら、太郎ちゃん。アプリで途中報告は読みましたよ。それでなんでしょうか? 急にわたくしの声が聞きたかったのですか』
こういうときは無視して話を続けることでスムーズに会話を続くものだ。
「いまですね、勝野地区に入って調査してるところですけど、資料上にないサハギン族の集落を発見しましたので、どうしたらいいかを相談したいんです」
ホウレンソウ、報告・連絡・相談。これは社会人の基本だと死んだ爺さんがずっと言ってたと、ご飯を食べながらかーちゃんから聞いたことがある。
『……本音をいいますね。太郎ちゃんが熟練の冒険者でしたら、迷わずに交渉するように追加ミッションをお願いしたいところですが、太郎ちゃんの実力が掴み切れない今、わたくしとしてはすぐに帰還するように指令を出したいと考えてます』
「そうですか」
『ですが、途中報告で武装するゴブリンの件で、ギルドとしてはしばらくの間、勝野地区へ冒険者を派遣できそうにないですよねえ……うーん、うーーん』
「……」
スマホの向こうで九条さんが判断にかなり迷っているようだ。
『……太郎ちゃん。あなたから連絡して相談するということはサハギン族と交渉する意欲があると、ギルドの副会長としてそう解釈してもよろしいですね』
「はい」
『そこであなたに聞きたいのは、もしサハギン族と何らかのトラブルに巻き込まれたとき、あなたに危険を排除して安全に退却できる手段はありますか?』
「……えっとですね。私には大範囲防御と身体強化のスキルがあります。その上でサハギン族は陸上の戦闘が得意ではないことを考えますと、逃げることは可能と思います。ただし、ここは琵琶湖ですので、彼らが水中移動で私を追跡するかもしれません」
『そうなった場合はどうされますか?』
「その場合は急いで南小松地区へ戻り、なるべく水辺から離れるように車の運転を心掛け、早急に大津ギルドへ帰還します」
自分が想定しうる対応策で返事したつもり、後は副会長がどう決断するかを待つだけ。
『わかりました。現場が離脱が可能と判断するのなら、ギルドとしては支持させて頂きます。もし太郎ちゃんがサハギン族と交渉できましたら、近江においての探索活動は前進する可能性が高くなります』
「そうですか」
そういう判断の基準はよくわからないけど、九条さんがそういうならそうだろうな。
『太郎ちゃん。ギルドからサハギン族と接触してほしいの追加サブミッションD、お願いしても大丈夫でしょうか』
「わかりました、微力を尽くします」
『ありがとうございます。もしなにか不穏な動きがある場合は生命を第一義に考えて、遂行中のクエストを放棄してもいいですからすぐに戻ってください。これは絶対に守ってくださいね』
「はい」
スマホの向こうで九条さんはかなり真剣な面持ちで指示してるのだろうね。大丈夫ですよ、俺は探検者なんで、死なないことが探険の信念と只今決めました。
『——タロット、オークの家がいっぱいあったの。それにね、ケンタウロスもいたのね。オークとケンタウロスが一緒に住んでるのは珍しいのよ。あ、そう言えばコボルドもいたわ』
『ああ、ありがとう。それでどうだった?』
リリアンの帰りを待ってる間、水辺から離れて付近を調査してみたが、俺のほうもオークが住む集落を発見した。木造の家屋で屋根は板葺きだったし、畑に作物が植えてあったので、オークたちは俺が思った以上の文明を発展させてるみたい。
『えっとね、オークとケンタウロスは仲良くしてるよ。ケンタウロスに乗ってる全身に鎧を着たオークもいたの。その横でコボルドの兵士が槍を持ってたのね』
『ふむ……リリアン、ギルドへ戻るときに車の中でその話を聞かせて』
『うん』
全身鎧に兵士。
リリアンからの情報だとここに居るモンスターは武装化どころか、集団としての機能が働いてると考えられる。見たことを忠実に報告して、これらの情報をどう扱うかは九条さんたちギルドに任せたほうが適切だと俺は考えた。
『リリアン、これから水辺に住むサハギン族とお話するつもりだ』
『ええー、あいつら生臭いよ』
予定を聞いたリリアンは嫌そうな顔で鼻をつまんだ。否定はしないけどそこは我慢してくれ。お魚は元々そういう匂いがするものだから。




