2-09. へっぽこ長男はガンナーになる
うきうきした気分で装甲魔動車へ戻る途中でリリアンに質問する。
『リリアンの亜空間って、どのくらいの物が入るのかな』
『うーん。よくわかんないけど、果物なら一杯入るよ』
意味不明の基準をありがとうね。いや、そうじゃなくて。
『俺の車は入るかな?』
『タロットの車なら3台は入ると思うー』
『そっかー、いっぱい入るね』
『そうでしょう。頑張って魔力で大きくしたの』
俺の車で3台かあ……少ねえっ! でもちょっと聞き捨てにならないことを聞いちゃった。
『へえ、リリアンの亜空間は魔力で拡張できるんだ』
『そうなの。でもね、リリアンは魔力が少ないから大きくするとすぐに魔力なくなっちゃうの。だからね、リリアンはご飯食べて、みんなとおしゃべりして、池でお魚さんと泳いで、葉っぱの上でたくさん寝て、王女様とお花を見に行くの』
遊んでばっかじゃん。
『たまにね、ハッと気が付いたときに亜空間をちょっとだけ大きくするのね。リリアン、がんばってるでしょう? ほめてほめて』
『うん、そだね。リリアンは頑張る子だね。本当にすごいよ』
全然頑張ってじゃねえかコノヤロー。せっかく高機能な収納を持ってるのに、なにやってんだこいつ。
『ねえ、リリアン。俺の魔力を譲渡するからさあ、これからもっと頑張ろう? もっと亜空間広げちゃおうよ』
『そっかあ、それならいつでもできるかも……でもねえ、遊ぶ時間がなくなっちゃうからちょっと嫌かな』
やる気なさそうに右へ左へとふらふら飛んでる妖精。
——甘ったれるなや! パートナーの俺のことも考えろ。お前の亜空間が使えれば、俺は戦闘や移動で重い収納箱を背負わなくてもいいんだよ。こいつにやる気させるにはどうしたらいいんだろう。
……この子はアホそうな子だから、食い物で釣れるかも。よし!
『どうかな。リリアンが頑張って亜空間を大きくしてくれたら、俺もクッキーみたいな甘いものをたくさん買えるようになる。そうしたらね、リリアンはいつでもおやつを食べれるようになるんだよ?』
『ほんと? くっきーみたいな甘いものが食べれるの?』
キラキラした目で俺の顔の前に飛んでくる妖精。
うん、ワンピースみたいな服を着ているこいつは、やっぱりとても可愛らしい顔してる。ちなみにリリアンにとって食事は味覚を楽しませるものであって、生命力の維持とはなんの関係もないと車の中で教えてくれた。
「収納箱」
善は急げっていうから、収納箱に入ってる俺がいつも食べる気に入りのマカロンを取り出した。
『プププっ。タロットって、古臭いものを持ってるのね。収納箱なんて、お爺さんお婆さんしか持ってないの。今時のお仲間はみんな亜空間を使ってるのよ。プププっ』
すっげえドヤ顔で俺をバカにしてるくそ妖精にマカロンを渡す。ま、まあ、俺も人間できてるし大人だし。こんなことで一々切れないよ……
——うっさいわ! 俺は妖精じゃねえし、収納箱だってこの世界じゃ最先端の貴重なスキルなんだよ!
『――! これ、サクふわでおいしい!』
『そうでしょそうでしょ、マカロンはうまいだろ。亜空間を魔力で拡張する気になった?』
『うん! タロットがもっとまかろんをくれるならリリアンはがんばちゃうよ』
それこそお安いご用で。ちゃんとおやつのストックを抱えておくのでこれからは常時拡張だよ、リリアン。今から頑張ってみようか。
『え? なになに?』
『魔力を渡すからリリアンは亜空間の拡張を頑張って』
『わかったー』
俺の右手に握られてるリリアンが首を傾げたまま聞いてきたので、理由を答えてあげた。両手を俺の人差し指にかけてる妖精の姿は、マジックドールみたいでとても可愛らしい。
停めてある装甲魔動車の近くまで戻ったときに、リリアンが後ろのほうへ視線を向ける。それに釣られた俺は身体をひねると、作りの悪い鎧を着こんだ十数体のゴブリンが俺とリリアンを囲むように現れた。
こいつらに付けられたんだ。
俺がうかつだった。車の中で昼食を取ろうと、ミスリルの盾とナイフはアイテムボックスに入れたばかり。ここが敵地であることをすっかり忘れてた。
鉄を溶かしてから叩いただけの鎧と形の悪いショートソードを持っているのだが、このゴブリンたちは物を作れる知識があるということだ。
それに仲間同士でコミュニケーションを取っているようになにやら話し合ってるけど、いくら異世界のことを理解できるとは言え、さすがにモンスターが話す独自の言語まではわからない。
『タロット! リリアンをあいつらに向けて!』
いつの間にか魔力譲渡を止めてる俺にリリアンは叫んできた。なんのことかはよくわからないけれど、とりあえずリリアンの言う通りにする。
『あっちにいっちゃえ!』
リリアンの手からほとばしる光線、これは雷魔法だ。そういえばこの妖精、自分で魔法が使えるって言ってたな。
初撃で3体のゴブリンが倒れ、ぐったりとした様子は起き上がれるようには見えない。そのほかのゴブリンはそれを見てから警戒するように散開する。迷宮のゴブリンならただ突っ込んでくるだけだけど、こいつらは戦闘に慣れてやがる。
『ま、魔力が切れちゃった』
握っているリリアンが体をだるそうに力なくだらけている。
下級魔法を30発くらいしか撃ってないけど、それだけで魔力切れを起こすのだから、こいつが自分で言うように魔法量は少なかったようだ。
倒されたゴブリンの数は7体、リリアンの様子を窺っている残り9体のゴブリンは手に握る剣を掲げ、慎重な足取りで近付いてくる。
『リリアン、魔力を送るけど、あいつらが近く来るまでは撃つなよ』
『うん!』
小声でリリアンに囁くと彼女は理解したようで両手を下げた。それを見ていたゴブリンが一気に駆け寄ってくる。
バカどもが。俺が魔法を譲渡してる間、リリアンの魔法は止まらないんだ。
『死んじゃえ!』
至近距離で乱射される雷魔法を食らったゴブリンたちはバタバタと倒れされた。3体のゴブリンは背中をこっちに向けて逃げようとしたが、1体たりとも逃がすつもりはない。知恵比べは俺とリリアンの勝ち、身体強化をかけてる俺の足の速さをナメるなよ。
『すごいね! こんなに魔法を使ったのははじめてよ』
『そうか』
魔力タンクな俺と魔法使いの相性がいいのは昔から知ってたし、アリシアさんに魔力を譲渡した時に、攻撃の魔法がまともに使えない俺にとって、こういうやり方は魔力の有効な使用法であることを確認できた。
だが魔法使いから離れられないとなれば、戦闘中の行動が限られてしまうし、だれかと固定ペアを組むのはお互いに日々の活動に影響を及ぼすだろう。
マイがパートナーなら特に問題はないけど、あいつは俺の魔力タンクを必要としないくらい高い魔力量を持っている。それにマイは接近戦を得意とするから、このやり方では逆にあいつの枷となる。
そこへリリアンが現れた。
正式にギルドで帯同の登録を行い、少ない魔法量を補うために魔力タンクな俺とペアを組めばお互いの欠点を打ち消せる。俺の収納箱と収納スペースが拡張可能な亜空間を持つリリアンは、お互いにとって、最高なパートナーになれる組合せだといえる。
魔力運搬者(弾)+魔法使い(銃)=連続魔法攻撃 (連射)
うん、いいね。リリアンというガンを得た俺は凄腕のガンナーになれそうだ。
普段の魔力譲渡は亜空間の拡張に使おう。以前なら探索の時に強めな魔物と会敵した時は、否応なしに防御をせざるを得ない俺にとって、これからは対抗手段を持つようになる。
変わりつつある俺の日々に、お前と運命的な出会いができて良かったよ。リリアン様々だな。
これからは毎日のおやつタイムに、リリアンのためのお供えマカロンをさしあげましょう。
『この体勢を早く慣れるためにいつも魔力譲渡をかけておくからさ、亜空間の拡張をやっててな』
『うん、いいよ。タロットの魔力はぽかぽかしてて好きー』
リリアンは機嫌良さそうに黒い魔力弾みたいな魔法を撃ちまくってる。
『なにそれ?』
『無魔法だよ。無魔法はねえ、思うままの魔法を作り出せるの。今までは魔力が足りないから大したことはできなかったけどお、タロットのおかげで色々とできそうよ』
『なんでもありってのはすごいな』
なんだそのチート的な魔法? 思うままの魔法ならとんでもないことができそうだ。
『あ、でもあまり無茶はできないよ? リリアンが知ってる一番すごい無魔法は女王様が使う、里を隠すための結界だよ。魔法の量にもよるけどお、強力過ぎる魔法は使い手が暴走して死んじゃうよ。女王様なら何枚も張れるけど』
『じゃあ、リリアンは無茶な無魔法は禁止な。って、結界はいいな、それなら大丈夫か?』
パートナーを死なすつもりはない。もっとも、妖精さんは透明になるだけで死なないけどね。
便利そうに思える無魔法は二人と相談しながら使いこなしていこう。でも結界は便利だと思う、それがあれば探索がとても楽になれそうだ。マイから折檻を受けそうなときに緊急避難所として使う。
『ちょっと待ってね、試してみるう』
『無理と思ったらすぐにやめろよ』
両手を前へ向かってかざすリリアンは目をつぶってなにかを考えている様子だ。
『――できた! 結界』
体からはっきりと魔力が抜けていく感じがした。こんな感覚はハナねえとペアを組んで、特級魔法を連射した時以来。リリアンが使う結界は特級魔法並みの魔法ということか。
『湖の畔まで半円の結界を張ったよ』
『お、おう』
リリアンの言葉通りだと、パッと見だけでも200m以上はありそうで、結界そのものは不可視だからよくわからない。リリアンがこの範囲の結界を難なく張れるのなら、色んな状況に対応できるようになる。
『なあ、リリアン。結界に入れる者ってどうやって選別する? それと結界はいつまで持つの?』
『結界はねえ、リリアンが入っていいって思った者だけ入れるの。バリアが消えるのは結構かかるよ? こっちで言うとね、朝と夜が10回くらいかな?』
10日間も持つバリアはすげえ。
『リリアン、それってさ朝と夜が1回とかに限定することはできる』
『簡単だよ。ちょっとの間にすることもできるし、タロットの魔力量ならそうだねえ、いまと同じくらいなら100回持つ結界をリリアンにも作れそうよ』
いやいや、とんでもない妖精を拾っちゃったもんだ。なにその防衛能力、圧倒的じゃないか。
きめた、リリアンは大事に養っていく。
俺の死なないライフプランはこいつにかかってる。マカロンのほかに、こいつが気に入りそうなデザートをいくつも用意せねばならんな。
心配ごととして、九条さんがこんなに使える駒をそっと置いておくわけがない。彼女にリリアンの能力を伝えないのは悪手だが、後でバレたらヤバい仕返しがくるのは間違いないだろう。
それよりも今の状況を軽めに打ちあげて、俺が矢面に立つことでリリアンを守る。なんといっても俺という魔力タンクが居なければ、リリアンはその真の力が発揮できないのだから。
『黙っててどうしたの? リリアンなにかいらないことしたのかな……』
『あ、ごめんごめん。リリアンはなにも悪くない、俺がちょっと考えごとしてただけ——そうだリリアン、写真を撮るよ』
『しゃしんってなあに?』
『俺の肩に乗って。写真を撮ったらリリアンにもみせるから』
不安そうにしていたリリアンを右の肩に乗るように誘う。
この子は昨日から俺の家族。かーちゃんの方針でうちにとっての大切な人は血の繋がりに関係なくみなファミリー。新しい成員ができたのなら、みんなに紹介するのが俺の義務なんだ。
『写真を撮るからスマホのほうを見てて。後でみんなを紹介するからな、リリアン』
『ふぁみりーってのはよくわからないけど、すまほを見るね』
妖精の画像を見たらみんなは驚くでしょうけど、俺の自慢できるみんなはきっとリリアンを温かく迎え入れてくれるはずだ。




