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勇者家族のへっぽこ長男  作者: 蛸山烏賊ノ介
第2章 探索に行くことが目標のへっぽこ長男
20/83

2-07. へっぽこ長男は副会長と面談中

 応接間に戻ってきた九条さんから指輪みたいな金属物を、俺とリリアンに手渡された。


「太郎ちゃんとリリアンちゃんの帯同(パートナー)は滞りなく登録できましたので、パートナーリングを二人はちゃんとつけるようにしてください」


「えっと、パートナーリングってなんですか」


『わーい、お土産もらっちゃった』


 現在の状況を知ろうとしない自律人形は放っておいてもいい。ここは九条さんからパートナーリングのことをしっかりと聞いておこう。



「パートナーリングは冒険者と行動を共にする、冒険者以外の助手をギルドが保証する証明物となります。特に異世界の種族をパートナーに指名した場合、パートナーリングは助手にとって、非常に大切なものとなります」


「どうしてですか?」


「不要な揉めごとを避けるためです。なんらかの証明物を持たないゴブリンが街の中で現れたん場合はどうなると思われますか?」


「……討伐されますね」


「そういうことです。パートナーリングは冒険者の助手にとって、いわば身分証明書となるものです。そのために常時の携帯を強くお勧めします」

「そうします」


「それとこれから言うことをよく理解しておいてくださいね」

「はい」


 九条さんが口調を強めたので、俺も姿勢を正して彼女と向き合った。パートナーリングを持って飛び回っている妖精のことは無視だ。



「お渡しましたパートナーリングにはギルドのほうで追跡の機能がついてます。そのために冒険者とその助手の居場所をギルドが特定することができますのでご了承ください」


「それは……」


 さすがに日々の行動までギルドに明かされるのは嫌だなと思った俺へ、九条さんは視線を強めてからさらに対話を続ける。



「ギルドはなにも冒険者とその助手を追跡したいのではなく、所在を把握してトラブルに対応したいがため、この機能をパートナーリングに付与しました」


「そう言われても俺の居場所がバレてしまうでしょう?」


「宜しいのですか、対象となる助手の社会的な責任は基本的に保護する冒険者が保証することとなります」


「はい」


「万が一、登録されてる助手がなんらかのトラブルに巻き込まれた場合、往々として冒険者がトラブルの結果に相応する責任を負わなければなりません」


「……」


「これまでに何度もそういったトラブルになったことがありました。住民からの通報や冒険者同士で争いになったことなど、特に傷害事件になる場合は裁判に持ち込まれたことがあります」


「そうですか……」


「厄介なことにならないため、ギルドのほうで記録された足跡をパートナー制度に登録する冒険者へ提供することができますし、裁判所のほうでもこの記録を正式な証拠として認めています」


「……はい」


 裁判という言葉が出てきた。思った以上にリリアンを預かることは大変なのだが、今さら見放すこともできない。



「もちろん冒険者のプライベートはちゃんと配慮するようにしてます。追跡するソフトウェアはギルドでも副会長職しか見ることはできません」


「セキュリティは考えてくれてるってことですね」


「そうですよ。データを持ち出すのは常に活動を行っている支部の支部長と事件が発生した支部の支部長、それに帯同制度を登録したギルドの副会長と会長の認可が必要となります」


「そうなんですか」


「悪用されないことに対し、ギルド側も最大限の配慮を行っているつもりです。どうぞご安心ください」


「はい。ありがとうございます」


 そう言われれば頷かざるを得ない。


 リリアンになにかあれば、俺が責任を取れるかどうかは起きた事柄と内容による。妖精のリリアンはとても貴重な存在で、目を付けられないとは保証できない今、なんらかの手を打つのは仕方がないことかもしれない。



 ため息した俺に九条さんは置いてあるポットから、空になったコップへコーヒーを入れてくれた。


 やり方はかーちゃんたちの流儀で、コミュニケーションを取るのはしんどい反面、色々と俺のために手を尽くしてくれる彼女へ感謝しないといけないよね。



「まあ、わたくしからすればあ、いつでも太郎ちゃんの行方が分かるからラッキーって感じですのでえ、リリアンちゃんには大感謝ですのね。はーい、リリアンちゃん、このクッキーはとても美味しいわよお」

「おーーいっ!」


 言葉が理解できなくても、食べ物で釣られた妖精は九条さんの両手で豊かな胸に埋められ、美味しそうにクッキーを小さな口で齧りついてる。見た感じはそそるし、仲良くなれたならいいか……


 ――九条さんに感謝しようとした俺の気持ちはどうなる! 返せ、俺が心から伝えたありがとうを返せ!




「リリアンちゃんは言語を理解できますし、会話する能力もありますので、ここで生きていくために太郎ちゃんが日ノ本の言語を教えていかなくてはいけませんよ」


「わかりました。本人と話し合います」


 いまだにクッキーを食べ続けてるリリアンは、お腹のあたりがちょっと膨らんでいる。そりゃ体の三分の一もあるものを食べればそうなるよな。


 パートナーリングをリリアンが亜空間に入れて、九条さんが確認したところ、しっかりと追跡機能が作動してると教えてもらった。机にあるパソコンを使いながら九条さんがなにか企んでるにしか見えないような笑顔でリリアンの頭を撫でてる。



「それと、太郎ちゃんはもう少し自分が冒険者であることを意識したほうがよろしいのですよ」

「なんで?」


 話が変わり過ぎてついて行けない俺の前へ突き出されたのは一枚の紙。なんだこれは? なにか数字を書いてるけど、リリアンが食べたクッキー代の請求書には見えない。


「昨日の依頼完了報酬明細書です」


「あ……」


 今までは協議で決めた割合で、参加したパーティからポーターの取り分を振り込んでもらってたので、明細書のことは知ってたけど自分で手にすることがなかった。



 冷や汗を流してると、九条さんはできの悪い生徒を諭すように、幾分やさしげな話し方で語りかけてくる。


「太郎ちゃん、いいですか? 探索協会では財務省の指導により、来年度から依頼成果に対する明細書ではなく、冒険者個人宛に明細書を発行するようになります」


「そうなんですか?」


「はい。冒険者は基本的に個人事業主ですので、確定申告を行わなければなりません。そのために収入と支出に関してちゃんと管理したほうがいいと思いますよ」


「はい、返す言葉もございません」


「ギルドのほうでも積極的に冒険者へお渡しするように内部指導をしてますけれど、昨日は太郎ちゃんが颯爽と格好よくさっさと当ギルドから出て行くものですから、渡しそびれて申し訳ありませんでした」


「いいえ、全面的にこっちが悪いので本当にすいませんでした」


 イヤミか? イヤミなんだな? でも明細のことなんて気にも留めなかった俺が悪いんで自分にちくせうだ。



「どこのギルドも規定の価格で報酬を算定してますが、太郎ちゃんも()()()()なら、ご自分で相場をある程度は把握し、クエストの内容と成果を確認して、各地域における探索を行う際、必要な情報を理解する努力が必要だと思われます」


「もうまったくもっておっしゃる通りで……丁寧に教えて頂き、本当にありがとうございます」


 在学中にある程度のことは、必修科目であった探索事業管理の授業で基礎知識を学んだはずなのに、なに一つ実行できてない俺。この二年間、なにをしてたでしょう?



 えっとお、店の仕事をやって、休みの時はたまにギルドでポーターのアルバイト。金がないときは銀行で降ろして、好きな魔法人形を買う。後はマイとデートか、洋介たちとくだらない話か、ジローちゃんと遊ぶかだな。


 うん、なんもやってないや。


 きっと自分でも知らずの間に先生に教えてもらったことを全て返してしまったのだろうね。えっと、だれだっけ? せんせーい、熱心に教えてもらいましたけど、不肖な生徒が全部忘れてごめんなさーい!



 九条さんが机の上に置いてある明細書を指で押してくる。表情はにこやかなものだが、目が笑っていない。これはちゃんと明細書を見ろという意志表示だと思う。



 ……昨日の依頼でミッションA達成が1500円、討伐したニホンザルが6頭で3000円、ゴブリンが7体で14000円だ。ニホンザル1頭が500円でゴブリン1体の報酬が2000円か。


 前に地下鉄魔宮(メトロダンジョン)でクエストを受けたときに、ゴブリンの魔石が1個で100円だから20倍。ここの報酬って、随分と高いものなんだな。


 後はミッションBの追加報酬で1500円が記載されてるので、半日の仕事で合計で20000円の収入が得られたということ。ワーカー向けのクエストは思ったよりと儲けられるものだ。


 そのことを九条さんに話すと、彼女は苦笑いを見せてから教えてくれた。



「あのですね、太郎ちゃん。一般的に等級外冒険者(ワーカー)がミッションBでモンスターやアニマルを討伐することはほぼありません。巡邏するときにそれらを発見することがあれば、追加報酬を加算するように山城地域探索協会が配慮しているのです」


「……そうなんですか」


「それと、迷宮にいるモンスターと野生化したモンスターの強さは根底から違うのです。野生化したモンスターは魔石にある魔力をエネルギー源として、日々の自然淘汰を経て肉体を持つようになると推測されています」


「それは知ってますけど」


「一般的に野生化したモンスターは魔力で構成されているラビリンスモンスターと比べて、持っている知能や戦闘能力が遥かに上回ってると考えられています」


 うーん。いまさら授業でも教えられていた基礎知識をくどくど言う九条さんは、いったい俺になにを言いたいのだろう。



「そういう強力なモンスターを実力のないワーカーが倒した場合、ギルドはご褒美として通常の倍となる特別価格で報酬を渡すようにしているのですね」


「……はい」


 のうのうと生きてる俺の狭い視野の見えないところでは、知らない世界が人々によって営まれてる。そこには人々の思いが絡まれていて、正しかろうか間違ていようか、それはそれで停まることなく動き続けているようだ。



 ギルドで依頼を受けて、達成したら報酬をもらう。持っているお金でご飯を食べて、魔法人形を買って、たまにマイとデートに行って、不足するものはお金で購入する。


 人からの評価なんて人それぞれで俺にはどうしようもないけれど、それだけで生きていてはダメなのでしょうか。


 たぶん顔に影が差したかもしれない。ちょっぴり自己嫌悪に陥った俺を見て、九条さんは机越しに手を伸ばして頭を撫でてくる。



「言い過ぎのでしたらごめんなさいね、ただ太郎ちゃんに知っておいてほしかったのです。こんな凶暴な魔物に脅かされてる日々に、みんなが懸命に生きていこうとしてるんです」


 気落ちした表情でバレたのか、そんな俺へ九条さんが優しそうに笑いかけてくる


「そんな顔しないでくださいな。それで太郎ちゃんがそのことに対してなにかしてほしいのではなく、なにかをしなくてもいいから知っておいてもらいたいかっただけです」


「はい」


 慈しんでくれようとしている彼女に、どう答えればいいのかのが今のおれにはわからない。それでも彼女のいう通りにわからないことを知ろうとする心を持とう。



「それはそうと太郎ちゃんに丁度いいクエストを用意いたしました」


「はい?」


 昨日の依頼完了報酬明細書の上にクエストの資料がサッと置かれた。


「昨日は山城地域探索協会の依頼を体験してくださることで巡邏依頼を案内いたしましたが、見事にクエストを完了された太郎ちゃんには、本日もその素晴らしい実力に合うようなクエストを昨夜のうちに用意しましたよ」


「はえい?」


「もちろん、お断りすることもできますよ。ただ、その場合はさらに高ランクのクエストがお待ちしてますので、今から案内するクエストを受けられたほうが身の安全のためかと」


「はいえ?」


「それでは詳細を説明させて頂きます。耳の穴かっぽじってよくお聞きくださいね」


「あらまー」



 この人ってさあ、多段攻撃を持ってるだよな? 大範囲防御だけでは防ぎきれないと思うよ。


 嬉々として資料を広める彼女へ目を向けつつ、しばらくの間なら鍛えられてもいいかなと、あきらめの思いで考えるようになってしまいました。





今回は太郎の冒険者お勉強の回で、『2-03. 夢見る長男は夢から覚める』後半の回収ですね。

九条があえて依頼完了報酬明細書のことを言い出さなかったのは、太郎に対する教育のためにこの場で持ち出すためでした。


投稿の予定についてですが、来年の4月まではストックがあります。

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