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勇者家族のへっぽこ長男  作者: 蛸山烏賊ノ介
第1章 難なく生きることが目標のへっぽこ長男
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1-02. ムッツリ長男は父親と修羅の道へ進む

 約50kgのみのおタンが200個で総重量が10トン前後だけど、収納箱に入れておけば重さは関係ない。


 ところでタナバタまつりという旧時代の祭りは今でも続いてる。かーちゃんから教えてもらったけど、世界規模の魔力噴出と迷宮氾濫(ワールドスタンピード)で生き残った旧時代人類(オールドヒューマン)たちが、文化は継承べきだと主張しているみたいだ。


 爺さんと婆さんは政府の裏方にまわって、新時代人類(ネオヒューマン)である俺らをあの輝かしかった日々に導きたいらしい。なにがオールドでなにがネオかはよく知らないけど、人は人だと思う。



 世界規模の魔力噴出以前は、魔法なんて創作の中でしかないものだったが、今は魔力や魔法抜きで生きることはできない。迷宮魔物(ラビリンスモンスター)が排出する魔石は魔道具を使用するために欠かせない重要なエネルギー源。そもそも、魔法やスキルなしでは迷宮探索を行うことは非常に困難だ。


 それが今の世の中の常識。


 爺さんと婆さんたちがネオジパン党という政党を立ち上げて十数年、実現したい目標が旧時代の日本を取り戻すことらしい。新しいのに回帰を求めるのはどうかと思うが、俺にはよくわからない。



 旧時代の世界が崩壊してから50年が立つ。


 俺らが住んでいる日ノ本(みかど)(くに)が実質的に国土として領有するのは東海道地方と畿内地方。東山道地方と山陽道地方に南海道地方は平野を中心に一部分だけ復旧している。そのほかは魔力で進化した強い動物(アニマル)植物(プラント)迷宮氾濫(スタンピード)で地上に土着した魔物(モンスター)たちが棲む地域だ。特に山間部は危険地帯と言っても過言ではない。


 山に一人で行くな! というのが周知されてる当たり前のことだ。



 5年前に旧仙台市の奪還を目指して、ネオジパン党の主導で1万人を数える自衛軍と冒険者の連合部隊が白川小峰城迷宮で全滅した。


 日ノ本帝の国の全人口がやっと500万人に届いた現代、働き盛りの1万人を失ったのは政府にとっても痛すぎるとミノリねえさんから教えてもらった。



 ミノリねえさんというのは先代勇者パーティの一員でかーちゃんの親友、本山実。


 おばちゃん呼ばわりすると本人は本気でキレるから、身の安全を考えた上でミノリねえさんと尊称している。ミノリねえさんは上忍(ニンジャーマスター)として偵察や隠密行動、敵への先制攻撃や強襲を担当していたらしい。



 今は第一線から身を引き、全国最大規模の流通会社を経営する社長さんだ。うちの会社が信頼する依頼先でもある。


 それはいいのだが、いまだに独身で俺が中学生の時から冗談なのか、本気なのか、やたらとちょっかいをかけてくる。マジで困った“ねえさん”だ。おれの下半身への強襲は、5回に1回しか防げない。はっきり言ってミノリねえさんはスキルの無駄使いとしか思えない。



「――たろちゃん、後はあんたに任すからお姉ちゃんとさちこは先に行くからね」


「夜食を作って冷蔵庫においてあげよか?」


「帰る時間がわからないからいらないわ」


「お兄ちゃん、うちもいらないからね」


「わかった」



 みのおタンを拾いつつ、くだらないことを思っている間に、ハナねえとさっちゃんはオヤジが出したコテージでおしゃれな服装に着替えてきた。時々深夜に仕事から帰ってきた二人が店の厨房で食べるものをあさるので、俺は気が付くときに作り置きを冷蔵庫に入れてあげる習慣がある。


 店で使うみのおタンが1トンとして、そのほかは夜にくる予定のミノリねえさんに引き渡そう。この依頼(クエスト)はギルドを通さずにミノリねえさんから直接きたものだから。



 終わってみればやっぱりハナねえとさっちゃんのコンビネーションは圧倒的だ。


 ジローちゃんが産まれてから、かーちゃんは店番のこともあって、中々ラビリンスにやって来ない。ムスビおばちゃんも本部の運営があるので、こういうお手伝いのお願いはしにくい。今日のように短時間で終わらせられるのはハナねえとさっちゃんが居たからこそできたことだ。



「必要な分は取れたよね? わたしとさちこはうざいのが来る前に先に逃げるから、後はよろしくね」


「ええ? 俺もあいつは嫌だよ。マジでうざいから」


「じゃあ、早くしなさい。モンスターが全滅したら絶対に決めポーズで現れるから」


「わかった……オヤジ、早くしてくれ。俺のほうも撤退のようい――」




『――よくぞ我が猛者たちをたおしたものだ。その力、まずは褒め称えてやろうぞ、冒険者たちよ』


 ……なにか声が聞こえるけど、気にしないで今後のことを考えよう。


 ハナねえとさっちゃんがいないとき、幼馴染たちに頼もうと思ったときもあった。俺の彼女がいれば話は変わるけど、あいつらだけだと火力がここまで伸びないし、攻撃力の底上げのためになんかいい手はないのかといつも悩んでしまう。どうしたらいいだろう。もっとも、火力ゼロの俺が言っても説得力がない。



『我が名は箕面太郎(みのおたろう)っす。わが箕面太郎っす(ミノータローッス)の名において、お前たちの挑戦を受けてやってもいい。さあ、全員でかかって来るがよいぞ!』


 オヤジも盾と剣を収納箱(アイテムボックス無)になおしたことだし、そろそろ俺らが撤収するころだ。ハナねえとさっちゃんは深夜まで仕事みたい。帰って来ないから晩ごはんは用意しなくてもいい。今日は作る量が少ないから楽だ。



『おお、冒険者たちよ。我が迷宮の猛者である、ミノタウロスナイトたちを倒しても勝ち誇るではないぞ?この迷宮主人(ラビリンスマスター)である箕面太郎っす、真の迷宮守護たるミノタウロス・バニーガ――』


「――うるせえよ! 犬っコロがキャンキャン吠えるんじゃねえ。毎回毎回本っ当に飽きないなお前は!」



 箕面猛牛(ミノタウロス)迷宮(ラビリンス)迷宮主人(ラビリンスマスター)。それは赤いマントを羽織った身長が60cmくらい、見た目が人畜無害なチワワの獣人だ。両手を掲げて威嚇するように睨みつけてくるが、口から垂らした舌とよだれが滑稽な構図にしかみえない。



 俺の大声でガクブルッと体を震わせるチワワ、その横でバニーガールスーツを着用して、体をクネクネと揺らす変な踊りを見せる4体のミノタウロスジェネラル。っていうか、この前に来たときにこいつらはフンドシを着けてなかったか? 確かミノタウロススモーレスラーとか名乗った気がするが、激しくどうでもいいことだ。



『我が名は箕面太郎っす。その態度はラビリンスマスターに礼を欠くことだぞ、タローちゃん……』


「ミノタウロスを率いてるからって、箕面太郎っすに名乗ってもミノタウロスにはなれねえよ。見た目がチワワそのものじゃねえか、いい加減にあきらめてコタツの中で丸まってろ。それにこの際だ、俺と太郎被りはもうやめてくれ」


 コタツで丸まるのはネコだったっけ? どうでもいいことだけど。



『タローちゃんが冷たいよお、子供の時はあんなに遊んでくれたじゃないか。同じ太郎の呼び名で喜んでくれたじゃないか。グッスン』


『ンモー、ンモー!』


「小学低学年のことを言われても憶えてねえよ。ってか、スモーレスラーどもがうるせえぞ」


 今にも泣きそうなチワワマスターの横で、ミノタウロスジェネラルたちが激しくウサミミの被り物を振っている。このチワワマスターは両親と二人が未婚のときからの縁で、かーちゃんたちが遠征する時に、子供の姉と俺と妹を泊まりがけで預かってくれた。



 本音のところ、ありがたく思っているし、気の許せる親代わりの一人だ。


 それでもここ2年はその箕面太郎っすのキャラ作りがウザすぎる。


 ハナねえなんてもう、この寸劇に付き合って4年。そりゃここにきたくないと思うわけだ。さっちゃんは今年からギルトで冒険者の登録をしたので、まだチワワマスターの新キャラが面白く思えるらしい。どうでもいいんだよ、本当に。



『ンモー、ンモーっ!』


 ミノタウロスジェネラルたちは一生懸命、手振り頭振りで服装のアピールしている。自分たちはバニーガールと言いたいのだろうけど、お前ら、それはもうどうでもいいから。


 ジェネラルさんたちとも子供以来の付き合いで、小さい頃はよく高い高いしてもらった。天井に激突した時はブチ切れそうになるくらい痛かったけど、せがんだのは俺のほうなんで文句は言えなかった。




 崩れた箕面ダムの横にある、元箕面隧道を入口とする猛牛迷宮。


 畿内地方にその異名を轟かせ、かーちゃんとオヤジが10代の頃に双方不殺の共存協定を結んで以来、この迷宮へ挑んだ冒険者(アドベンチャラー)は数知れず、名のある日ノ本の猛者たちはことごとくこのチワワに敗退を強いられた。



 迷宮主人(ラビリンスマスター)の真名はクワード、異世界のカラリアン大陸にいた神獣フェンリルが本当の姿。それに従うミノタウロスジェネラルたちは帝王(キング)級の実力を持ち、その古にカラリアン大陸の各地で武名を馳せていたと、子供の頃にチワワマスターがよく寝物語で聞かせてくれたものだ。


 寝る前に毎回のように語るものだから、暗記ができたくらい聞くのも飽きた。この駄犬は加減を覚えられないチワワであることがすでに子供の頃から証明された。




「クーちゃん、時間があったらまた来るね」

「じゃあね、クーちゃん」


『我が名は箕面太郎っす、クーちゃんなどではない!』


 さっちゃんはまた来てもいいようなあいさつだったけど、ハナねえはくる気がないようだ。チワワマスターの反論に耳を貸すつもりはサラサラないらしく、二人とも急ぎ足で迷宮を出た。



「クー。タナバタまつり用のみのおタンはありがとうな、助かったよ」


『いいよいいよ、ユウちゃん。そっか、またその祭りがやってきたんだね。店へ食べに行くよ』


『モー、モーっ!』


 オヤジがみのおタンのお礼をいうと、チワワマスターはうんうんと頷いて、店にくることを約束した。毎年慣例の行事だから特に用意するものはないけど、うちに居ついてる駄犬がいるので、事前報告だけはしておいたほうがいい。犬同士でなぜか昔から仲が悪い。



「来てくれるとアスカもジローも喜ぶよ。寝かせておいた酒を出すからな、楽しみにしてくれ……タロー、帰るよ」


「はいよ、オヤジ……じゃな、クーちゃん。みのおタンはありがとうございました。リン、ピョー、トー、シャも店に来てよ」


『アスカちゃんとジローちゃんに会いたいね、行くからって伝えて……タローちゃんも気にしなくていい、代償にあなたたちの魔力はしっかりともらったから。タローちゃんのはいつものように、ちょろっとしか出てないけどね。それはそうと我が名は箕面太郎っす、クーちゃんなどではない!』


「はいはい、ちょろっとの魔力でごめんよ」


『モォー』


 飛び跳ねるチワワマスターと、大きく手を振っているミノタウロスバニーガールたちに見送られて、俺とオヤジは迷宮の外に止めてある社用魔動車へ移動する。


 今日はハナねえとさっちゃんがいないから、店内はかなり忙しくなると思う。仕込みを早めに終わらせて、開店のまえにちゃんと賄い飯を食っておきたい。




「あれ?オヤジ、いつもの道と違うじゃんか」


 山中の荒れた道を抜けて、池田村方面なら西側へ向かわなくてはいけないけど、なぜかオヤジは直進で運転してる。この方向だと豊中店へ向かうはずだが。


 不審な顔をみせる俺にオヤジは前方へ注視したまま、アクセルを踏んでいる。



「……伝説のストリップ嬢、サキュバスのアリスちゃんが十三新劇場で7年ぶりに再臨するのだよ」


「!」


 アリス嬢、その名前を聞くだけで心がドキドキしてくる。


 7年前、まだ15才であった少年タローくんは、サキュバスの豊満な女体と、妖艶的な舞踏に青く未開の心を奪われてしまった。


 それは忘れることのできない、記憶の奥底に今でも刻み込まれている、官能へ目覚めた第一歩だった。最年少の俺を見つけた彼女は、心を蕩かす優しい微笑みと柔らかくて暖かいキスの刻印を、俺の魂と頬に残してくれました。



 当時のアリスちゃんは自称19才、あくまで自称なのだが26才となった彼女はどのような新たな感動を与えてくれるのでしょうか。


 たとえ、天国の一時と引き換えに彼女のマイから、これまた終生に渡って忘れたくても忘れられない折檻(ぼうりょく)を受けたとしても、俺もまた現世でうたわれる勇者の一族。血と涙と感性の赴くまま、俺は戦場(げきじょう)へ赴かねばならない。



「オヤジ……」


「なんだ、愛する息子よ」


 ここでオヤジはブレーキを踏んで、社用魔動車を路上に停めた。

 なにをしてるんだこのくそオヤジ!



「ちょ、ちょっとぉ。なんでここで車を停めるんだよ、早くアリスさんに逢いに行こうよ!」


「それこそはわが息子よ、用意はできるな?」


「そう言われるのは心外だなあ、抜かりはないね」



 親子で魔力スマホの電源を落とす。



 なにが言いたいかというと、スマホの電源を切っておかないとかーちゃんに足跡がバレる。

 かーちゃんにバレたらマイに全部が伝わってしまう。

 その後で待つのは想像したくもない悪夢のみ、なんという救いようのない悪魔的な連鎖だ。


 そうならんためにも考え得る安全対策はしっかりと行わねばならない。



「もういいかな、ムッツリ息子よ」


「天国へ導く道を走りぬこう、スケベオヤジ」


 助手席の前方にある魔石へ、俺はありったけの魔力を込めてから送り込んだ。


 エネルギーは満タン、スペックの低い初期の魔動車とはいえ、これで最高速は多少でも増すと思う。


 いざ、ムフフ親子は夢の国へ。ヒャッホー、ヒーウィーゴー!



元は本編に書いてたものですが、改稿に伴い、後書きに移しました。


第一次東北地方復旧作戦

通称:白川小峰城迷宮の戦い


未だに国土の復旧が拒まれる東北地方を取り戻すため、ネオジパン党が主導で国会で採決された第一次東北地方復旧作戦が東歴18年発動された。招集された自衛軍東北予備師団7000人と東海道の各地からクエストを受けた冒険者3500人が旧仙台市の奪還を目指して、3月中旬にが結集し、編成や作戦会議を終えた4月の上旬に下野地域宇都宮支部から進軍を開始した。


モンスターやアニマルの抵抗を受けたが大きな損害を出すことがなく、補給線を整備しつつ、5月の下旬に陸奥地域旧白川市に到達した。そこで白川小峰城迷宮から大規模なスタンピードが発生し、連合部隊は応戦のために進軍の停止を余儀なくされた。


事態を重く見た東北予備師団の師団長と冒険者の代表が一旦ここで駐屯し、白川小峰城迷宮の討伐を慎重に進めることを同行するネオジパン党の幹部に上申した。しかし国会に提出した作戦案の変更を嫌ったネオジパン党の幹部の命令により、即時の迷宮討伐作戦が執行された。


進軍を強く推し進めていたネオジパン党の幹部たちは、最後方から先陣の冒険者部隊と本隊である東北予備師団に指令を下した。三の丸を通された冒険者部隊と本隊は二の丸で分断され、本丸まで侵入した冒険者部隊はそこで強力な攻撃を受け、殲滅させられた。一方の本隊は三の丸から現れた迷宮魔物の部隊と二の丸で抗戦する迷宮魔物の部隊から挟撃を受け、引くこともできず、短時間で撃滅された。


その後、バラバラで撤退する残存部隊は、迷宮が山間部にあらかじめ潜ませた伏兵にかかり、帰ってきた連合部隊は100人に満たないという凄惨な結果になった。同行したネオジパン党の幹部は白川小峰城迷宮の大手門の前で待機したが、最初に被害が出たときにネオジパン党が雇用したAランク冒険者パーティに護衛され、すぐに撤退を始めた。


大敗した第一次東北地方復旧作戦の責任所在が国会で質疑された。それに対して、ネオジパン党は直ちに党の表明を発表した。


『異世界から侵略してきた白川小峰城迷宮こそが今回の元凶である。これを教訓に全国民は魔物から我々日ノ本の民が脅かされてることの自覚を強く持ち、一致団結して日ノ本帝の国の国土を取り戻さねばならない。白川小峰城迷宮は道しるべであり、忘れることのできない仇である。これを討つことが国土復旧の第一歩と誓わねばならない』


当初はネオジパン党に対する責任の追及を求める声があったものの、何人かのネオジパン党に所属する若手議員が辞任し、遺族厚生年金の増額、税率の引き下げや児童養育福祉条例などの法案が国会でネオジパン党の主導により採択された。それにより、当時の総理が第一次東北地方復旧作戦は国家が定めだ政策であるため、これ以上個人に責任を追及するべきではないと国会で発表した。一月後に第一次東北地方復旧作戦の終結が国土復興省から公布された。




明日は2話を投稿する予定です。

2019/9/8に改稿しました。

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