2-04. 満腹な長男は幼馴染から情報入手
腕に抱えてる睡眠中のリリアンのことを、出来の良い魔法人形と勘違いしたフロントスタッフが羨ましそうに見てた。妖精がいないこの世界では説明が面倒なので、スタッフの誤解をそのままにしておいた。
旧時代ながらの和風的な旅館、朝食付きで一泊が1500円だ。二階にあるシングルルームに入ると琵琶湖側に窓が設けられ、こじんまりの部屋にベットとテーブルが置かれている。畳で布団を敷いて寝てもいいけど、基本的に俺はベット派なのでこの部屋を選んだ。
ベットで寝かせたリリアンは起きそうにないので、そのままにしておいて、近くにある和食レストランへ夕食を食べに行こうと、冒険用の装備から動きやすい服装に着替える。
『……なるほどね、ターちゃんは九条さんに捕まったというわけだね』
「そうなんだよ。変なのに関わっちまったって感じ」
夕食はステーキ丼を食べてきた。
こういうご時世だから、家畜や家禽を飼育する畜産業は廃れて久しいなのだが、店の前に近江牛ってでかでかと掲げてる看板があるものだから、興味を持った俺は店主に由来を聞いてみた。
「この近くの山で冒険者が狩ってきたビーフを使ってるから、うちはウソ偽りなく近江牛を使用してるのだ」
うん、その理由はなんというか、間違いではないけど釈然としないかな? だがこの手は使えそうなので、我が家で出す牛肉の料理に、箕面牛使用ってメニューで表示させよう。食材は箕面猛牛迷宮産だから偽装じゃないはずだ。
ビーフのことは置いていい話として、スマホで会話中の幸永が話す言い方に、俺はちょっと引っかかった。どうも幸永は九条さんのこと知ってそうで、ここはちゃんと掘りさげたほうがいい。
「幸永ってさあ、九条さんのことを知ってるよね?」
『そうだよ。畿内地方で有能な冒険者なら、九条さんのことを知らない人はいないと思う』
「んん? どういうこと?」
『おめでとう、ターちゃん。九条さんは有能そうな冒険者を発掘してくるのがとても上手なんだ。彼女に目を付けられてるということは、ターちゃんは魔女に認められたということだ。私とヨーくんの人身供養になってね』
「んんん? なんのこと?」
確実に幸永たちは九条さんのことを知ってるということで、持ってる情報を根掘り葉掘り聞き出してやる。それに聞き捨てにならない、魔女という言葉がでてきた。
「幸永、まずは俺が知ってることを伝える。フルネームは九条日菜乃、年齢はハナねえよりちょっと上と思う。受付嬢と勘違いしたけど、山城地域ギルドの副会長で権威のあるお偉いさん。ここまではいいか?」
『うん、続けて』
「見た目はお上品ですごく美人だけど、性格はわりと強引で人の話を聞く耳は時と場合によって持つ。以上で追加情報をくれ」
『……』
「——幸永さん?」
九条さんの観察結果を幸永に伝えると、なぜかスマホの向こうは沈黙したままだ。どうしたのかな? 一応はそれなりに人を見る目はあるつもりだけど。
『うん、よくわかった。私からもママとあすかおばちゃんに言っておくから、ターちゃんはギルドの活動に時間を割いたほうがいい』
「いきなりなにをいう」
『九条日菜乃さん、山城地域ギルドの副会長で、見た目はすごく美人で権威のあるお偉いさん。ここまでは合ってるよ』
おう、合ってるじゃないか。なにか文句を言ってやろうと口を開きかけたときに、幸永は先に話しかけてくる。
『見た目はすごく美人で性格は強引、人の話を聞く耳は時と場合によって持つ。そのくだりで自分の周りにそういう人がいるだって気付かないかな』
「……」
そう言われるとどこかで感じていた違和感を思い出す。
いるねえ、かーちゃんとか、ムスビおばちゃんとか、ミノリねえさんとか……って、あれ?
『そういうことなんだ。見た目はすごく美人と受付嬢と勘違いしたあたりで、年齢がハナさんよりちょっと上という誤認を起こした』
「へ? なにそれ」
『ターちゃんは知らないでしょうけど、ギルドの会長は名誉職なんだ。旧時代の習慣でアマクダリってやつでじいさんとばあさんが多いのよね」
「アマクダリ?」
旧時代で尼さんという宗教に入った女性の人がギルドの会長? でもそれだとじいさんはなれないよな。
『的外れのことを考えてると思うけど説明はしないよ。知りたかったらネットで調べて』
「あ、うん」
『もっとも執行権のない会長職は実害がないから問題にされない。そういうわけでギルドで副会長は事実上のトップなんだ。勉強になったかな?』
「……うん」
そんなセイジ的なことをペーペーの俺に知るわけがないし、クエストさえ行ければ俺には関係のないことだ!
……って言いたいけど、今の幸永は真面目モードに切り替えてるので、そういう場合は口答えはしないほうが賢明だ。
『じゃあ、続けていくね。原則的にギルドの副会長職はその地域の最強の実力者が付くことになってる』
一介のペーペー冒険者にはわかりません。
『九条さんはママたちと同年代で異世界には行ってないけど、あの世代でママたちと肩を並べる豪傑だ。本人聞くといつも笑ってとぼけるが、どうもママたちとは戦友のようだ。』
「え? そうなの?」
世の中には俺が知らないことが多いようだ。色々と世間を知るためにも、ここは本気で探険者を目指したほうがいいかも。
『たぶんまた精神的に逃げに入ってるターちゃんへ今日は追撃させてもらうからね』
「お、お手柔らかにお願いします」
『ははは——陰陽の魔女、それが九条さんの二つ名』
「——魔女!」
『そう。魔力を用いた陰陽術の使い手、特に千変万化する式神は厄介でねえ、今でも私とヨーくんはそれに追いかけられてねえ、すごく悩まされてる。あ、ターちゃんが生贄になってくれたから、私たちはもう助かったのかな?』
「——ど、どどどどいうこと?」
『どういうこともなにも、私とヨーくんは一年前に洛北支部でクエストを受けたとき、九条さんに目をつけてられたんだ』
「そうなん?」
『なぜ私とヨーくんが山陽道や東海道地域に遠征へ行くようになったと思う? 九条さんから逃げるためだよ。あの人は実力相応のハードクエストを容赦なくぶち込んでくれるからね』
「……」
今日が初対面なのに、幸永から聞かされた体験談に覚えがある。それはそうとして、このド畜リア充クソ野郎はなんてことを言いやがる。大切な幼馴染を生贄にするとはどういうこっちゃい。
『私も冒険者でね、友情と命のどっちを取ると言われるとね、一つしかない命を取るしかないじゃないかな』
「おーーいっ」
スマホの向こうにいる幼馴染に読心されて、あいつがケラケラと楽しそうに笑った。ちくせう。
『冗談はさておき、ターちゃんが冒険者の仕事をしたいのなら、もうちょっと真面目に冒険者の経験を積んだ方がいいと思うよ』
「やっぱそうかな」
『私とヨーくんは摂津地域ギルドの主力で働かされてる。マイとハナさんにサチちゃんは仕事の傍らにラビリンスグループとギルドの広告で多忙なんだ』
「うん……」
『マイは辞めたがってるけど、当分の間は手放してもらえないと思うね。サイゾウくんも住処を見つけたことだし、ターちゃんと昔のようにいつも一緒に行動を共にするのは難しい』
「……」
それは俺にもわかってたけど、年が増える度、それぞれの生活で道がちょっとずつ分かれていく。
『もちろん、ターちゃんには私たちと一緒に行動する選択肢はあるけど、どうする?』
「……うーん、素敵な提案をどうもありがとう、かな。ごめんだけど、面倒はかけたくないんだ」
俺と周りの人とは実力差がはっきりし過ぎて、ついて行くことに俺が臆病になってた。もちろんポーターとしては役立つかもしれないけど、みんなが受けるクエストはポーターを必要としないものが多い。
それにヤマシロノホシのパーティと行動して、色々と経験を積みながら自分ができることを今よりもっと増やしたい気持ちが湧き上がってる。
『面倒なんて思わないけどね……うん、わかった。色々と大変でしょうけど、ターちゃんが自分の道を選んだのなら応援してあげたい』
「ありがとう」
『冒険者として経験を積むという意味で、九条さんはうってつけのお人だと思う。振り回されるでしょうけど、実力ギリギリのクエストは用意してくれるはずだよ』
「それが90日もある長期依頼でも?」
『……』
「おい、返事しろや!」
なぜに大事なところで黙る。
『アハハハ。九条さんのことで知ってる範囲のことは伝えたからね、後は自分で見極めて。とにかく、頑張れ』
「なにを頑張るんだ」
『あははは。それと、これ大事なことなんだけど、九条さんはミノリさんと同じくらい、情報戦のスペシャリストだから気を付けてね』
「なにそれ?」
『ハハハ。それじゃ、おやすみ』
「あ、ああ。お休み」
いつもならあいさつ程度しか連絡することはない。久しぶりに幸永と長通話で濃い内容の話を語り合えたことはちょっと嬉しいかな。
なにげなくベットへ目をやると、リリアンの姿が見えなかったので室内を見まわす。目に飛び込んでくるのは窓際でリリアンがガラスに張り付く姿。
『ねえねえ、この世界には変わった鳥がいるね。魔力と紙でできてるこれは生物なのかな?』
「……」
リリアンの視線の先にカナリヤらしき鳥の形したものが俺を見続けている。
……
……リリアン、それは鳥じゃなくて生き物ですらない。あれはね、きっと式神っていうんだよ。
式神の鳥は一瞬でばらけてしまい、ガラスの上で文字を成した。
『うわあ、すごい手品。ねえねえ、これなんて書いてるの? ねえ?』
はしゃいでいるリリアンが並べられた文字を沿って、無邪気に飛び回ってる。
——あすあさ このコと こい!——
うん、ご丁寧に感嘆符までつけて頂き、ありがとうございました。
夜の風に吹かれて文字を成した紙が暗闇に消えたけど、明日の予定がこの瞬間に決まった。朝一に九条さんと会わなくちゃいけないので、今日は早く寝ようかな




