2-03. 夢見る長男は夢から覚める
身震いしながら成り行きを教えてくれてる妖精は魔法人形のように見えた。一瞬だけど、部屋にあるマジックドールの衣類で着せ替えしたら楽しそうと、俺の頭がトリップしそうになった。
いかん遺憾、イカンですよ。あやうく戻れない世界へ突入しちゃうところだっだ。
『——あいつらね、ずっと大きな木の実を投げてくるの。こわかったあ』
『そうか、大変だったな』
サルどもが投げてたまつぽっくりは15cm、妖精の身長も大体おなじくらい。俺だって身長と同じの木の実を投げつけられたら怖がると思う。
その後に犬神へメっと叱るように睨んだら、しゅんと首を垂らして首を下へ向けたが上目遣いが可愛かった。
隠れたままの妖精から幹の穴越しに10分間ほど事情を聞き出して、ようやく出てくる気になった。どうやらこの妖精は迷宮に迷い込んでしまい、気が付けば見たことがない世界へ転移してきた。
行く当てもなく、ずっと知らない世界を彷徨い続けたらしく、この山へ迷い込んだとき、サルどもに追われて丁度いいへ隠れたみたいだ。
『助けてくれてありがとう。リリアンはフェアリーのリリアンだよ』
『俺の名は山田太郎。太郎と呼んでくれていいよ』
『タロット? よろしくね、タロットぉ』
『いやいや、占いじゃないから——って!』
今日の運勢が頭によぎる……怖っ! あの人マジで怖いよ。
『複数の相性が抜群な異性と素敵な出逢いはあるかもよ』
相性が抜群とか、素敵な出逢いとかは当たってるとはいい難いけど、複数の異性は当たってる……かもしれない。マジか、副会長様。
しばらく山城地域の探索協会に寄らないのほうがいいかもしれない。
『なになに、タロットはなにか気になることでもあるの?』
『いや、こっちのことだ』
どうも、占い道具のあだ名がつくようになりました太郎です。でも今日は色々とあったので、是正する気にはなれません。冒険する気をなくしたら、俺も占い師をやろうかな。
飛び回っていたリリアンはそのうちに疲れたらしく、最初は俺の頭や右肩に座っていたが今は犬神の頭上で寝そべている。
仲良くなるの、早っ!
『——じゃあ、タロットは冒険者なんだ。ナイフしか持ってないけど、攻撃役には見えないね。盾役なの?』
『ううん、どっちも違うね』
『ふーん。すごい魔法量を持ってたから魔法使いだあ』
『それも違う。魔法の量はあるけど下級魔法すら使いこなせない』
妖精は食べもので養分を摂取するのではなく、魔力を活動の源にしているとリリアンは教えてくれた。この世界に来てから、一応は大気中に漂う魔力を吸収してたが交換率が悪く、ずっと空腹の状態が続いたみたいだ。
俺は魔力譲渡のスキルが使えるので、リリアンの体を握ってから魔力を流すように引き渡すと本人は歓喜の顔を浮かばせて、こっちが赤面したいくらいに喘ぎ声が続いた。本人曰く、気持ちよかったのでもうおれから離れないってさ。
『アタッカーでもない、タンクでもない、魔力はあるのにマジシャンじゃない。じゃあ、なにもできないタロットはなんなの?』
『ふっ、この世にはまだまだ見知らぬ神秘と大地が俺を待っている。それを探し求めるのが俺の運命なんだ』
くそチビすけの妖精がいいたい放題言いやがる。
そりゃ俺だって自分が使えないやつだってことを自覚してる。それを初対面でいうことはないじゃないか? だからここはできるだけ格好よくセリフを吐いてやった。セリフだけなんだけど。
『へえ、知らない神秘と大地を求めているんだ。じゃあ、タロットって探険者なんだね』
『——それだ!』
初対面の妖精が良いことを言うじゃないか。
探険者、心に響く名詞だ。
そう、危険があるかもしれない秘境を探し当てるこそが俺に似つかわしい。
うん。今から俺は探険者のタロット・ヤマーダ、未知の場所を探しにいくけど、危険を冒すつもりはさらさらない。
このクエストを最後に冒険者を辞めて、ライセンスカードを探険者って書き換えてもらわなくちゃ!
「——できません」
「え? だって、探険も大事な仕事じゃないですか」
「ここは探索協会ですので、探険なさるのならご自身でどうぞ頑張ってくださいませ」
「そんな……」
夜になった今、俺はギルドの大津支部にいる。なぜかカウンターの対面で座っているのは九條さん。エクスプローラーになりたいって言ったらにべもなく断られた。俺の夢は半日も持たなかった、ちくせう。
——その後、観察塔へ戻ったおれはリリアンに車内で待ってもらうように言付けてから、犬神を同行させてくれたおじさんに感謝の言葉を述べた。回収ボックスの設置場所を教えてもらい、そこへあらかじめ出しておいたサルとゴブリンの死体を廃棄した。
警備員のおじさんと犬神に別れを告げ、リリアンと二人でドライブを楽しみながら、変わるはずの自分を夢見つつ、最高の気分でギルドの大津支部へ車を飛ばした。
ギルドのカウンターに置いてる椅子を座るまで、俺はずっと幸せの気分だったんだ。再びヤツに会うまでは。
なんでギルド大津支部にしれっとした顔で女帝さんが座っていて、俺の帰りを待っているんだよ。
気を取り直した俺はリリアンが車内で待機してることを胸に秘めつつ、夕方にできたばかりの夢を語り出したのだが、取り付く島がなく即断即決で断られた。←今ここ
「太郎ちゃんがどうしてもというなら、わたくしにできないこともないですけど」
「方法はあるんですか?」
一縷の望みをかけるつもりの俺は、満面の笑顔でとても良い表情を見せる九条さんへ向かって体を乗り出す。
「ええ、あるのですよ。わたくしが太郎ちゃんのライセンスカードに、油性マーカーで書いて差し上げましょう。心配しないで、ちゃんと細字タイプで書いてあげますから字が滲みませんわ」
「——んなの自分で書けるわ! 太字タイプとか細字タイプとか、どうでもええわ!」
思わず敬語も忘れて大声でツッコんでしまった。ギルド内にほかの冒険者がいなくてよかった。
九条さんは身体をよろめかせ、涙目の表情で右手の人差し指と中指を唇に当てている。
「太郎ちゃんって、乱暴だったですね。ヒナちゃんはショックを受けましたわ」
「いやいや、ヒナちゃんってあんた……もういいですよ。元々無理ってわかってましたから」
「そ? それなら問題はありませんね」
椅子から立ち上がり、今夜の宿と食事処を探すつもりの俺は、ギルドを出ようと体を出口へ向けた。
「ちょっと待ってください。太郎ちゃんはわたくしに言うべきことがあると思いますが?」
「え? もう用事は終わったんですけど……」
真剣な目付きで見つめてくる九条さんに、まさかリリアンのことがバレたかと冷や汗をかいてしまってる。いくらなんでもそれはないだろうと思うけど、でもこの人ならやりかねないと思ってしまった。
「クエストを終わらせたならちゃんと報告するのが冒険者の務めです。こちらも報酬を支払わねば規則に反しますので気を付けてください」
「そ、そうですね。すいませんでした」
慌てて座りなおして、九条さんが出してきた報告書に完遂したクエストの内容を書き込む。
「くじょ――」
「ヒナちゃんですよ。次に間違いましたら罰金3万円ですからね」
高すぎるわ!
「ひなのさんは山城地域の副会長なんですね」
「占いは見てくれました? わたくしの占いは当たることで知られてますの」
「……」
興味津々の目で見つめてくる九条さんを無視して、せっせと報告書の記載欄にペンを走らせる。
あえて返事しないで占いのことを聞いてきたのは、俺の問いかけを肯定したと考えてもいい。まさかいきなり大物に出会うとはね。引いた当たりは大きすぎるだろう。
聞かれたことは否定しきれないので、占いは本当に当たってるかもしれない。
「ところで太郎ちゃんはわたくしに聞きたいことはありませんか?」
「ないよ」
この人は先からなんですか。今日はクエストを受けたり、妖精に出会ったり、色々とあったので早く休みたい。それに聞いておきたいことは幼馴染にあってこの強引受付嬢にはない。
本当は九条さんから解放されたい気持ちで胸がいっぱいなのは言えない話。
「……いいんですね?」
「なにがですか?」
本当にこの人はなにが言いたいのでしょうか。
「……わかりました。本日のクエストと報告書はお疲れさまでした。明日もクエストを受けるつもりでしたら、スマホに連絡くださいね」
「はい、本日はありがとうございました」
ギルドの入口で見送ってくれた九条さんから一枚の名刺が渡された。サッと目を通すと、役職にはやっぱり副会長様と書かれているが、なぜか丸文字で印刷してた。
愛車の運転席に座ると車の中がやけに静かだったので、助手席へ視線を向けてみるとリリアンは身体を包めて眠ってる。たぶんだけど、心身とも疲労が重なったのでしょう。
先に宿を見つけてリリアンを寝かしつけてあげよう。時間的の無駄を省くため、ご飯を食べるのはギルドのアプリを使って、おススメする店へ行くことにする。
風呂から上がたら幸永に連絡を入れて、九条さんに関する情報を入手しよう。




