2-02. 投石する長男はクエストで運命の出逢い
九条さんはカウンターにあるパソコンのモニターに映る資料を、タッチペンで操作しながら俺にクエストの案内しているところ。
「——これはいかがでしょうか? 近江地域と山城地域を結ぶ、京都滋賀線の道路監視設備交換及び付近の巡邏依頼ですね。これは当協会が手配する危険度5の特定クエストとなります」
「内容を教えてもらえますか?」
「メインとなるミッションAは道路沿いにある、3号観察塔の中にある監視機材に使われてる魔石の交換です。当協会が支給する魔石を使用することが条件となりますので、交換後の写真はギルドの専用アプリに送信してください」
「メインってことはほかにもあるのですか?」
「はい、こちらはサブのミッションBは周囲の現況を偵察し、もし動物や魔物が付近で現れれば、対応が可能なら自己判断で討伐して、成果の写真をアプリに送信してください」
「成果って、死骸ですね」
「そうですよ。買取りが可能な対象なら当協会か、山の反対側にある大津ギルドへ持ち込んで頂ければ買い取らせて頂きます。ここまではよろしいですか?」
「はい、問題ないです」
「ゴブリンなど買取りができない死体はその場所で埋めるか、火魔法による焼却などで現地処分してください。処分する手段がない場合は観察塔の外にある保冷式回収ボックスの中に置いても構いません」
「はい」
俺の火魔法は使い物にならないので、ゴブリンはアイテムボックスに入れてから回収ボックスへ捨てるようにすればいい。
「なお、クエストの最中に万が一対応が難しい高ランクの個体と遭遇した場合、直ちに当協会か、または反対側の大津ギルドへ撤退してから必ず事後の報告を行ってください」
「はい」
「現場でなにも異変がなければ、その旨を専用アプリに送信か、事後にギルドで所定の様式で報告書を作成してください。サブミッションBは内容に応じて、規定の追加報酬をお支払い致します」
「わかりました、ありがとうございます」
最初の会話でかなり混乱してしまったけど、ちゃんと普通に対応できるお姉さんだった。案内されたクエストも聞く限り、戦闘するかどうかは判断を任せてくれるので、思ったより簡単なクエストだ。
説明を聞いた俺がホッとして、背もたれに体を預けると九条さんは先と違って、背筋を伸ばしてから緊張感のある表情で語りかけてくる。
「太郎ちゃんが誤解しないようにお伝えしますけど、このクエストは元々やむを得ない事情により、等級外冒険者になられた方々のために、山城地域探索協会が用意しました特定のクエストなんです」
「——え?」
「そのために報酬も1500円と低めな金額となっております。通常は太郎ちゃんのようなきちんと技能を修め、ライセンスをお持ちになる冒険者が受けられるクエストではありません」
「そ、そうなんですか……」
九条さんの話を聞き、思わず崩した姿勢を正してから座りなおす。
等級外冒険者とは国が定めた法律に基いてギルドが用意した、探索中に起きる傷害または死亡事故を自己責任と認める様式にサインと捺印をして、ギルドの提供するクエストを受けられるようになった、探索向けのスキルと国の資格を持たない労働者のことだ。
冒険者になれない人や急に大金が必要な人は、この制度を利用することがある。
一般的にワーカーがクエスト中にアニマルやモンスターに遭遇した場合は死ぬ確率は冒険者のそれよりも高い。
しかも冒険者保険に入ってないワーカーが多く、たとえ生き残っても治せないなんらかの傷を負って生きていくしかない。ラビリンスグループの工場で働いてる元ワーカーがいるけど、そういう社員は体になんらかの障害を負っているのだ。
ワーカー専用のクエストなら、なぜ九条さんはこのクエストを俺に提示したのだろうか。
「本来なら太郎ちゃんに提示しませんが、近頃の山城地域ではモンスターの襲撃が多いため、当協会に登録されてるワーカーがクエスト中に死亡する事故が多発してます。そのためにワーカーに対して当分の間はクエストの受け付けをさせないことになっております」
「……」
なんだか切ない話を聞かされてしまい、答えられる言葉が思い浮かばない。
「太郎ちゃんは山城地域での活動が初めてですし、近江地域方面で活動を予定しているとのことで、今回は今のところ停滞しがちなクエストを案内させて頂きました」
「そうですか」
「言い過ぎと承知の上で申し上げますけれど、ライセンスを持ち、通常のクエストを受けられる立場にいることをご自身が理解してもらえればうれしいですわ」
「いいえ、色々とありがとうございます」
人によって、九条さんの言うことは大きなお世話かもしれない。だけど俺には本当にありがたかった。
衣食住が満たされている俺は、どこかで冒険者稼業はアルバイトみたいなもんだと考えてる。でもこの仕事は死と隣り合わせ、いつ死んでもおかしくないのが当たり前。
ヤマシロノホシのハヤトさんたちとクエストに同行した時も、防御する手段を持たなかったハヤトさんたちが、いとも簡単に死を覚悟したことを目の当たりにした。
「本当にありがとうございます」
「いいえ」
もう一度頭を下げると九条さんは朗らかに笑ってくれた。
子供の時はかーちゃんたちと、高校生や卒業後は幼馴染らと探索へ出かけた。死を直面したことは一度だけ、それ以外は死にそうにない、絶対に死なない迷宮探索へしか行かない。そういう意味では俺も自分が冒険者としては異常だと思う。
今後も冒険者としてクエストを受け続けるつもりだし、日ノ本の各地で行ってみたい場所が俺を待っている。だからこそ俺は覚悟しなければならないことがある。
不死身じゃない俺がいつ死んでおかしくない世界に生きてるから、せめて冒険のときは、死なないように努力し続けることを自分に言い聞かせていたい。
「それではこのクエストをお受けしますか?」
「はい、謹んでお引き受けします」
「そうですか。太郎ちゃんは素直で鍛え甲斐のある子みたいですね」
「——はい?」
粘り気のある視線で直視してくる九条さんはまたおかしくなった気がするけど、ここはどう返事すればいいのでしょうか。
「以後、山城地域と近江地域で依頼を受けられるときはわたくし、ヒナちゃんが太郎ちゃんの専属受付嬢となります。くれぐれも警告しておきますけど、この辺りで活動されるときはわたくしを通さないと、ひどいことになりますよ」
「うん?」
なんか九条さんがおかしいことを言い出した。
「えっと、どういうこと? Aクラスのパーティに専属する受付嬢を指名できるのは知ってますけど、俺ってE級ですし、パーティじゃないですよね?」
「いいえ、わたくしが太郎ちゃんを専任冒険者と指名しましたので、回避はできませんし、拒否権もありません」
「ええー、ないの? 専任冒険者なんてものは聞いたことないし、そもそも法の根拠はどうなる」
「専任冒険者の制度はわたくしと太郎ちゃんだけのために、ただいまわたくし、ヒナちゃんがが作りました」
「作ったんだあ」
「ですのでどこのギルドでも一切通用しません。法の根拠は心が通い合っているわたくしたちに必要がありません。むしろ邪魔です」
「ええー」
なにその独裁者みたいな即断。
ドヤ顔で微笑んでいる九条さんの後ろで、ギルドの職員たちは揃ってゆっくりと首を横に振ってた。最初に対応してくれた受付おばさんは声を出さずに唇を動かしてる。
『あ・き・ら・め・ろ』
なんだよそれ!
はい、どうも。山城地域のギルドに所属する強引美人受付嬢九条日菜乃さんの専任冒険者、山田太郎であります。
専任冒険者なんてわけのわからん冒険者になったからといって、ライセンスカードに記載事項が増えることもない。得することと言えば、山城と近江地域でクエストを受ける時は、いつでも美人受付嬢に対応してもらえるってことかな。
おばさん受付の読話によれば、断ると確実に粘着されるとのことだが、彼女は青白い表情で読話してくれたので、美人受付嬢に二人の会話が発見される前、俺はありがたく専任冒険者に着任することにした。
——粘着って、なんやねん。
元は国道1号線のルートをたどっている京都滋賀線を愛車で運転中です。
プリントアウトしてもらった地図を見ると、間もなく予定地の3号観察塔に着く予定。雨にぬれず、破れにくい専用紙を持たされたのはすぐに記載できるよう、ペーパーワークのほうが早く書き込めるためだ。これは前に田村さんからも教えてもらえた。
クエストの情報や地図データは、ギルド専用のアプリでダウンロードすることができ、そのほかにも交通や天気情報、おすすめの武器屋や道具屋に美味しい食事処など、冒険者ライフに盛り沢山の必要な情報を閲覧することができる。
さて、今日の運勢はどうかな?
『本日の貴方はまさに大一大万大吉、複数の相性が抜群な異性と素敵な出逢いはあるかもよ。ラッキーアイテムは棍棒、探索するときは足元と周りに気を配ってね』
——うん? なになに? 占い師:山城地域探索協会副会長 九条ヒナノ
……
——なにしてんねん、あの人! 外れまくってるじゃねえか。それに大一大万大吉ってなんやねん。かの有名な武将の旗印じゃねえか、占いと全然関係ないやんけ。
無理やり関連性をくっつけるのなら、暴君とは出くわしたけど、素敵な出逢いなんてどこにもないやん。
でも待ってよ、協会の副会長って……
九条さんが山城地域ギルドのナンバーツーってこと? いや待て待て。アプリで占いの内容以外は嘘を書かないだろうし、受付嬢と思ったが大物だったってこと? 夜になったら幸永と連絡をとって確認してみよう。うん。
——怖っ!
あれえ? 3号観察塔に到着して、早足で塔の入口へ向かおうとしたときに、なんといきなり犬のうんこを踏んじゃった。
『探索するときは足元と周りに気を配ってね』
……呪いだな、あれは占いじゃなくて絶対に呪いだ。怖っ!
「ご苦労さん。うんこを踏んだみたいだけど、すまないね。たぶんあれはここで飼っているクロが粗相をしたもんだよ」
「いいえ、こちらが気を付けなかったんです」
気の良さそうな警備員のおじさんが横にいる、人と同じくらいの高さはある大きな犬の頭を撫でながらあいさつしてきた。
進化した犬の一部は強力なアニマルに成長し、再び人類の友として舞い戻ってきた。
犬だけでなく、冒険者の中にはなんとコボルドやハーピーを手懐けて、冒険のお供として同行させてるため、ギルドのほうでそれ相応の制度がある。
異世界ではテイムというスキルはあるらしいとかーちゃんが言ってたけど、日ノ本では異世界から転移してきた者以外にうちの家族や周りの人を含め、そんな便利なスキルを持ってる人間はだれもいない。
「本日はどのようなご用でこちらへ?」
「魔石の交換に来ました。その後で周囲を見回ります」
「そうか……若いのに大変だね。頑張りなさい」
「は、はあ……ありがとうございます」
警備員のおじさんが両目に雫の光を宿らせて、俺の手を固く握ってくる。等級外冒険者と勘違いされたかもしれないけど、弁解する気になれないのでそのままにしておいた。
魔石の交換は塔内にいる係員から指示されたのですぐに終わらすことができた。でもやっぱり同情した視線を向けられたから、そそくさとその場を去り、サブのミッションBの巡邏へ出かけることにした。
一人で周囲の探索へ行くつもりだったが、若いから死ぬことがあってはいかーん! そう叫んだおじさんがパートナーの犬神みたいな大きな犬を押し付けてきた。元から死ぬ気なんてないし、人の好意を断るのもなんだし、進化した犬と戯れるのも悪くないと思ったので、犬神をお供にさせてもらった。
おじさんに巡邏の範囲を確認してみたけど、特に決まりがあるわけではないらしく、危なくなったらすぐに帰って来なさいとくり返し注意された。
それならと犬神を連れて山歩きしようと考えた俺は、おじさんに手を振りつつ山に入る。人気がいないところで収納箱のスキルを使い、取り出したミスリルの盾とナイフを装備した。後は辺りに気を配りながら犬神と山の上方へ向かって歩き出す。
気分爽快でとても快適な散歩となった巡邏依頼。
旧時代の車と比べて、今の魔動車は排気ガスというものがないので空気がとてもいいと、高校時代の国語の先生がなぜか懐かしがってた。
もうすぐ本格的な夏になるでしょうが、山の中はわりと涼しく、何度かゴブリンとエンカウントしたけど、俺が攻撃するよりも犬神による噛み殺しのほうが早かった。
ところで俺の土魔法はコンクリートの強度を持つ、四方10cmくらいの塊を作り出せる。使いようのない魔法と思ってたけど、ハイオーガとの会敵以来、なにか遠距離攻撃はできないかとこれを活用する方法を考えてた。
『キッキィー』
『キーッ』
木の上からニホンザルが15cmくらいのまつぽっくりを投げてきた。当たったら結構痛いので、俺と犬神を守るために盾のスキルを使って防いでる。それを面白がってか、やつらは調子に乗ってさらに投げる数を増やしやがった。
『グルルルゥ』
今までの俺なら、犬神のようになす術もなく木の上にいるニホンザルへ虚しい威嚇を続けるか、それかさっさとこの場から逃げ出すだけの二択であった。
今までの俺ならば。
「ブロック、ていっ!」
初撃は外れたがサルどもが驚いて、まつぽっくりを投げる手が止まってしまった。
バカめ。俺の魔法量なら連撃ができるから、攻撃を中止させたおのれ自身を恨め。
身体強化がかかっている右の手のひらに魔力を込めて、土魔法で作ったブロックを連投する。オークが相手なら大したダメージを与えられないかもしれないけど、サルやゴブリン程度なら一撃で仕留められそうだ。
ここに人間投石器が誕生した。
数頭のニホンザルが即死で木から落ちてきて、それを見たサルどもはほうほうと山の奥へ逃げた。犬神が殺したゴブリンも、ニホンザルの死体もスマホで撮影してからデータをアプリで送った。
これで多少のお小遣いは稼げたはず。犬神へのお礼はアイテムボックスから出したおやつ、猛牛迷宮特製の美味しいビーフジャーキーだ。
自分でここ一帯をわりと回ったと判断したので、そろそろ観察塔へ戻ろうかなと思ったときに、犬神がとある大きな松の幹へ向かって激しく吠え出した。
なにか見つけたのだろうか。
「犬神君。ちょっとストップ」
吠えることこそやめたものの、唸る犬神は松の幹に空いてる穴を睨んだままで動かない。
そして、俺は異世界の言葉を耳にする。
『——やめてやめてやめて——来ないであっちに行ってよお、シクシク……』
まさかと思った瞬時に拳ほどの穴へ異世界の言葉で声をかけてみる。
『だれか、そこにいるのですか?』
『——え? 言葉がわかるの?』
ひょっこと穴から小さな頭がそろりと覗くように現れる。
この世界でこんな幻想的な小人は旧時代の童話にしかいない。
ダメエルフやチワワマスターから、こいつの姿とまつわる話を聞いたことがある。異世界カラリアン大陸の最奥に存在する太古の森を住処とし、神話では人族以外の異族にとって、永遠なる運命の導き手として謳われているという。
ライトグリーンの髪と細長い耳が特徴的な異世界の小さな住人、こいつはフェアリーだ。
犬神がまた涎を垂らしながら吠え出して、妖精は再び穴の中へ隠れてしまった。
探索協会クエスト危険度の説明:
危険度1:Aランクパーティが受ける危険度がもっとも高いクエスト。
危険度2:BランクパーティまたはAランク冒険者が受けるクエスト。
危険度3:CランクパーティまたはBランク冒険者が受けるクエスト。
危険度4:DランクパーティまたはCランク冒険者が受けるクエスト。
危険度5:EランクパーティまたはDランク冒険者が受ける危険度がもっとも低いクエスト。
危険度5については特例記載があればEランク冒険者が受けても良いクエストもあります。例として薬草採取クエストやゴブリン討伐クエストなどがあります。




